ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの社会

ヤニス・バルファキス 訳・江口泰子 講談社 2021.9.13
読書日:2022.2.20

2008年のリーマン・ショックのあと、資本主義が倒れたあとのあり得たもう一つの世界を描く小説。

左派の人たちのおめでたさには呆れることが多いけど、どのへんで呆れるかというと、世界への怒りを市民のみんなが共有してくれて、いざというときに世界中のみんなが一緒に立ち上がって戦ってくれると信じているようなところかな。少なくともこういう革命的な美しい幻想を抱いていることが多いような気がする。

この本はSF仕立ての小説になっていて、天才技術者が開発した機械がパラレルワールドの別の世界との通信を可能にし、そっちのもう一つの世界では、2008年のリーマン・ショック時に資本主義が倒れていて(もちろん、市民のみなさんが立ち上がって(笑))、新しい世界が誕生しているのだが、そのシステムがうまく機能していて驚く、というのが主な内容。

まあ、左派のみなさんの好きな、平等、共有(シェア)、共同管理(コモンズ)というのがおおむね発想の中心になっていますが、参考になるところもあるのでまったく駄目ってわけじゃないけど、たぶんうまく行かないだろうな、という感じです。ここに出てくるアイディアは以前見たものもあるから、バルファキスが考えたというよりも、すでにあるアイディアを集めたものでしょう。

面白いのは、小説になっているので、左派の人たちの心理というのも描かれていて、左派の理想主義者の挫折の感覚も分かるところ。

いろいろツッコミどころ満載の内容だけど、わしは最初のコーポ・サンディカリズムから、もう駄目だった。サンディカリズムとは、組合主義といって、資本家ではなく組合が会社の経営を行うこと。

では、もう一つの世界では会社はどういうふうに経営されているのだろうか。

その世界では、会社は従業員が1人1株だけ持っていて、ピラミッド組織ではなく完全フラットな組織で、職種は自由でなにをやってもよく、事業計画は誰もが提案できて、どれを採用するかは投票で決め、給与は基本給はみな同じだが、働きに応じてボーナスを投票で配分する、というものだそうだ。

事業計画は最低1ヶ月間かけて従業員全員が案を読み込んで、投票で決めるんだそうだ。たぶんこれは1年で1回やるのだと思うけど、どう考えてもこんな計画経済どおりに1年間なにごともなく進むはずがないので、ちょっと難しいのではないだろうか。あっという間に事業環境が変わる世界にわしらは住んでいるというのに。

事業では、すばやく、軽やかに判断しなくてはいけないことのほうが多いだろう。間違ってもいいからすぐに決断することの大切さは、企業経営においてよく聞くことだ。するとやはり重要な決断は少人数のグループで行わなくてはいけないのではないだろうか。

一方、ボーナスの配分もこれでいいのだろうか。

たとえばひとり100ポイントずつもらって、それを同僚に配分するんだそうだ。まあ、同僚が10人ぐらいなら可能かもしれないけど、何百人も同僚がいたらどうやって全員の仕事を評価できるんだろうか。きっと自分の周りの人間に対してしか評価できないだろう。わしなんて、会社で隣の別の仕事をしているグループの人間の働きを評価することすら無理だろう。結局、いつも一緒に仕事をしている仲間といえる範囲でしか評価できない。すると、このシステムでは何万人という規模の会社は運営自体が不可能で、想定すらされていないんじゃないだろうか。

わしがともかく不信感を持つのは、経営にしろボーナスにしろ、みんなで決める、みんながみんなを評価する、という部分だ。こんなふうに「みんなで」という発想が好きな人がいるけど、わしはこういうのはうまくいかない、とすぐに判断してしまう。

なぜか。

わしは評価、決断というのは人間が行うにはかなりコストが高い作業ではないかと考えている。一般の人ができるのは、せいぜい専門家が作ったいくつかの選択肢からどれかを選ぶくらいではないだろうか。それ以上複雑な評価、決断をみんながやらなくてはいけないとすると、それは不可能だと思う。面倒くさくなって、なんでもいいからそっちで決めてくれよ、となるのではないだろうか。

こういう意志決定の困難さに比べれば、従業員一人一株一票、という会社の制度はまだ受け入れられる。従業員自体が会社の所有者で、しかも1株に制限されるので資本家がいなくなるのだそうだ。

ほかにも、個人が中央銀行に口座を持つので銀行がなくなる、とかは現実にあり得るかもしれない。実際に通貨がデジタル化されるとそういうふうになるのかもしれない。こういうのは検討の余地があると思う。

さて、パラレルワールドのもう一つの世界は、経済的には資本主義が倒れたところまでは万々歳なんだけど、でもそれで全部解決されるわけではない。

例えば女性蔑視の家父長制的なジェンダーの問題はそのまま残っていて、こちらの方は当面解決不能らしい。この問題はわかりやすいのだが、さらに興味深いのは登場人物のひとりアイリスが抱く、市場への嫌悪感だ。

資本主義が滅んだあとでも、交換をおこなう市場は残った。ところが、アイリスはすべてのものに市場価値をつけて(値段をつけて)交換の対象にするという考え方自体を嫌悪しているのだ。アイリスにとってすべての行動が善から発して、それに見返りを求めないことが善らしい。だから資本主義がなくなっても、まだ不満なのだ。

たぶんこれが著者バルファキスの本性なのでしょう。市場も必要なく、仲間と助け合って生きていける世界。そういう世界が望みなのだ。

そういう世界に憧れる人がいるというのはなんとなく理解はできる。よくある幻想は、かつて原始時代の世界はそんな世界だったというものだ。でもねえ、わしはそんな世界はかつて存在したことがなかったという方に100ペソ賭けますね。逆にどうしてこんな幻想が繰り返し表現されるのか、そっちの方が不思議。ともかく、左翼の人の世界では、みんな仲良く、が至高の善となるようだ。

物語は、その後、一時的にパラレルワールドか繋がるワームホールの扉が開いて、人が行き来できるようになり、ある者は向こうの世界に行き、ある者はこの世界に留まる。その辺はちょっと意外性があるように書かれていて、小説としては完結するようになっているが、まあ、そこはわし的にはどうでもいいかな。だって登場人物の誰にも共感できないんだもの(苦笑)。

小説としてはいまいちな感じだけど、資本主義が滅んだあとでどんな世界を左翼の人たちが思い描いているのか、かなり具体的にまとまった形で見せてくれているという意味ではけっこうこの本はいいかもしれません。

題名の「クソったれ資本主義…」は「クソどうでもいい仕事…」という表現が流行ったので、乗っかったのでしょうか。クソ◯◯、という表現は、まだしばらく使えそうですね(笑)。

★★★★☆

 

糖尿病の真実 なぜ患者は増え続けるのか

水野雅登 光文社新書 2021.6.30
読書日:2022.2.8

これまでのインスリンを与える治療方法や食事療法は間違っていることを指摘し、糖質オフの食事で糖尿病は改善できることを主張する本。

わしも糖尿病の境界にいる人間なので、こうして関連本を読んでいるわけだが、この本はインスリンのリスクやインスリンの検査方法、治療に使える薬について具体的に書いてあるところが良かった。

ともかく著者によると、糖尿病治療の標準ガイドラインはまったく間違っているそうだ。

まず食事療法の、「炭水化物6割、タンパク質2割、脂質2割」という配分が間違っている。この割合にはなんの根拠もないという。単に日本人の平均的と思われる割合を表しているだけなんだそうだ。それに、カロリーを重点にしているところも間違っているという。カロリーはその成分を燃焼させたときに発生する熱量を求めたもので、身体に入ったときの代謝とはまったく関係がないという。

さらに間違っているのは、インスリンを投与することだそうで、著者によればインスリン投与こそが糖尿病を悪化させる真の悪玉なんだそうだ。

インスリンをつくる膵臓(すいぞう)のベータ細胞は、膵臓の1パーセントしかないそうで、この少ないベータ細胞は現代の糖質にあふれた食事で酷使されているので、気絶(!)もしくは死んでいくという。そこでガイドラインでは、酷使されているベータ細胞を休ませるために、インスリンを投与するのだという。

ところが、人工的にインスリンを与え続けると、逆にベータ細胞は自分が働かなくてもインスリンがあふれているので、休みすぎてしまい、どんどんインスリンをつくる能力を失っていくのだそうだ。結果的に、ベータ細胞は死滅してしまい、インスリンはまったく作れなくなるので、一生インスリンを手放せなくなる。

それだけでなく、インスリンを投与すると当然ながら血糖値が下がるので、その飢餓感はものすごく強く、糖分の入ったものをどか食いすることになり、また血糖値が上がって、負のスパイラルに突入するそうです。

インスリンは他にも血管、神経、精神、腫瘍、骨、関節、目などに悪影響を及ぼすという。糖尿病の症状のひとつに糖尿病性網膜症という目の病気があるが、これは実はインスリンによって引き起こされるのだという。インスリンにより血管が詰まりやすくなり、このため新しい血管が形成されるが、その新しく弱い新生の血管が破れるのだという。

食事療法と運動療法にしても、医師からは「やってください」と言われるだけで、具体的なやり方はまったく教えられることはないという。なぜ教えないかというと、5分程度の診療時間で教えられるような内容でもないからだそうだ。患者に任せた結果として、食事療法、運動療法で治ることはほぼなく、インスリンを投与することになる。

著者の場合は標準のガイドラインと異なり、患者にインスリンを生産する能力がある場合は、インスリン投与をやめる治療(インスリンオフ治療)をする。代わりに食事を糖質オフにするというのだ。これだけでほとんどの場合は血糖値が下がり、インスリンも他の薬も必要なくなるという。また、栄養のうち足りないのはタンパク質なので、タンパク質を増やした食事にする。ビタミンと鉄分はサプリメントを使う。

運動はスクワットなどの自重を使った筋トレを行い、ある程度効果があったら有酸素運動を追加する。筋肉を使ったあとなら、糖分をとってもすぐに筋肉に吸収されるから、まず運動してから食事をするといいという。

この治療方法は、わしの経験とまったく合致する。わしは会社の2020年の健康診断で血糖値が高く出てしまい、医者へ行くことを産業医に厳命されてしまった。そこで、医者に行くと、「ダイエットと運動をしてください」と言われただけだった。本当に具体的な指示は何もなかった。

そこで自分でかってに方法を考えることにした。高血糖というくらいなんだからダイエット法は糖質制限ダイエットにして糖分をとらなければいいのだろう、となんとなく思い、そのとおりにした。糖質制限ダイエットでは糖質以外はどんどん食べてもいいのでお腹は一杯になる。ところが、糖分をまったく取らないと、身体がなにか物足りないと訴えかけてくるのには困った。糖質依存症だったのだろう。そこで、ローソンで売っている低糖質パンを食事の最後に食べることにしたら、糖質オフの飢餓感はなくなった。(この糖質低減したロカボパンは、勤務先にあるローソンではすぐに売り切れてしまう。社内に血糖値で悩んでいる人が大勢いるのではないかと推測される。)

またちょうどパンデミックで在宅勤務になり、運動不足だったので、スクワット、腕立て、腹筋の自重筋トレを週2、3回行うことにした。

すると、体重がするする減り、3ヶ月で標準体重まで減り(ー15Kg)、血糖値も標準まで簡単に下がったのだ。偶然だが、正しい行動をしたというわけだ。

いまでは糖質をほとんど取らなくても、飢餓感はほとんどない。それにこの本に書いてあるとおり、お腹もあまり空かなくなった。ケトン体質になったのだろうか。(いろんなところに糖分は若干含まれているからゼロにするのは難しいが、まあ、そのくらいは気にしない)。

糖分がいかに身体をボロボロにするかが分かったので、わしがもう余分な糖分を取ることはない。ご飯もパンも食べない。そのかわり、無塩のナッツ類をたくさん食べる。

本書によれば、玉子が最高の完全食品だそうで、1日に何個食べてもいいそうだ。10個でもいいという。コレステロールは気にしなくてもいいそうだ。玉子は2個も食べるとかなり満足感があるから、これからはもっと玉子を食べようかな。

いま困っているのは、じつは膨大な食事優待券だ(笑)。優待で外食をするのはわしの楽しみだったが、食事改革により、優待券はほぼ使えなくなってしまった。外食は糖分が多すぎるのだ。あまりに大量の優待券。どうするんだ、これ?(苦笑)。とりあえず健康な家族に食わせているが、多すぎる。

優待生活を楽しむには、ともかく健康な身体が必要だ。健康な身体を持っている投資家の皆さん、どうぞご自愛ください。

★★★★☆

 

「ジャック・アタリの未来予測」で描かれたウクライナ危機

2017年出版の「2030年 ジャック・アタリの未来予測 不確実な世の中をサバイブせよ」では2030年までに起こり得るさまざまなリスクを列挙しています。

このなかには、例えば未知のウイルスによるパンデミックのリスクについても記載されており、コロナ禍の予測が実現して、わしをびっくりさせました。

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この本では、世界大戦にいたる可能性のあるリスクについても記載しており(全部で6つ)、そのなかにロシアとNATOウクライナで激突して世界大戦にいたる危機についても詳述されています。これまたなんともビックリじゃないですか?

つまり今回のウクライナ侵攻の危機はすでに世界の知性には認識されていたわけです。というか、まあ、わしも含めてほとんどの人にとっては、ロシアがこういうことをするかもしれないとは思っていたけど本当にするとは思わなかった、ということなんじゃないかと思いますが(笑)。

では、ジャック・アタリが語っていたウクライナ危機について、その背景、予測された展開について見ていきましょう。

まず戦争にいたる背景です。

アタリによると、ロシアは人口が減り、高齢化していきます。さらにイスラム系の人口が10パーセント以上になり、極東では中国系の人口が多数派になります。こうして、昔からのロシア人は人数的に追いつめられています。さらに地球温暖化によりシベリアが肥沃な大地に変化し、シベリア管理をめぐってロシアは中国と衝突するといいます。

つまりアタリが予測する戦争の背景には、ロシアの人口動態、地球の気候変動あるというのです。

こうしてロシアの人たちは追いつめられ、周囲を敵に囲まれていると感じており、その包囲網を突破しようと戦争を仕掛けます。アタリは戦争が起こる場所を、ずばりウクライナだと見ていました。

2014年に併合したクリミアは電力をウクライナに依存しています。そこでロシアはクリミアとウクライナの東部地域を再占領します。もちろんアメリカとヨーロッパはウクライナに武器を供与するとともに、ウクライナNATO加盟を検討します。

これを開戦事由(開戦を正当化する理由)として、ロシアはアメリカに先制攻撃を行うといいます。

さらにロシアはカリーニングラードの飛び地状態を解消しようとしてバルト三国を3日間で占領しますが、エストニアサイバー攻撃を行うなどバルト三国が反撃に出ると、NATOが介入し、世界大戦にいたるといいます。

どうでしょうか。アタリはかなり正確に発端と展開を読んでいます。

アタリの予測のうち、現状はロシアがウクライナに侵攻し、西側が武器の供与を行うところまできています。これを世界大戦にしないためには、(1)ロシアに西側への先制攻撃(核攻撃?)をさせないこと、(2)バルト三国へ危機を広げないこと、が必要だということになります。

しかし、ロシアがウクライナで苦戦すれば核を使いかねませんし、一方、ウクライナ占領と属国化を実現すれば、次はバルト三国を侵略するでしょうし、世界大戦へいたる道はかなり大きく開かれている状態です。

そして、アタリが主張するシベリアの管理をめぐる中国との衝突はまだ起きていません。すると、たとえ今回のウクライナ危機をなんとかうまく収めることができても、中国と衝突するという危機がまた戦争を引き起こす可能性があるわけで、ロシア周辺はずっと不安定なままになる可能性が高いということになります。

まあ、ロシアの国境は歴史上ずっと不安定でしたから、昔に戻っただけかもしれませんが。ともかく世界史は19世紀に逆戻りです。この状態を脱するには、アタリが主張するように、世界連邦を本気で考えなくてはいけないのかもしれません。

 

なぜか日本人が知らなかった 新しい株の本

山口揚平 ランダムハウス講談社 2005.7.20
読書日:2022.2.8

株の初心者向けの入門書。

わしはときどき株の入門書を読むようにしている。知っているはずのことをもう一度チェックするためだ。なのであまり面白いと思うことはないのだが、この本は入門書なのにとても面白く読めた。さすがに、17年前の本なのに、いまでもあちこちで勧められることのある本だと感心した。

企業価値の簡単な計算方法とか、割安かどうかの判断とか、どんなふうに株があがるのかとか、投資家の心理とか、まったくそのとおりだ。ためになる。

各章にあるコラムの内容も面白い。「貨幣の本質」とか「株式投資の本質」とか、本当に本質的なことが記載されている。

ここにわしが付け足すことはほぼないが、内容がややバリュー株投資に集中し過ぎてるかな。なので成長株投資については記載が少ない。成長株の見つけ方については、リンクの本を参考にしてもらいたい。具体的には「新高値をつけた銘柄から投資先を見つける」という手法だ。

まあ、なにぶんヘタレなので、偉そうなことは言えませんが。

★★★★★

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人生を変えた韓国ドラマ 2016〜2021

藤脇邦夫 光文社新書 2021.11.30
読書日:2022.2.17

ドラマに耽溺する著者が、近年の韓国ドラマの傑作とそのドラマ史における意義について、熱を込めて解説する本。

わしはドラマをほとんど見ない。わしも「愛の不時着」の評判を聞いて、ネットフリックスで見ようとしたことがある。でも第1話がすでにつまらなく、続きを見るのを即座にやめてしまった。そのくらいドラマに興味がない。結局、作り物のお話にはあまり興味がないのだ。事実のほうが創作よりも面白いと信じていて、主に見るのはドキュメンタリーである。

しかし、韓国のコンテンツが世界を席巻しているのはもちろん知っているから、韓国コンテンツ業界の状況については、ドキュメンタリーとして興味がある。それで、この本を手に取ったわけだ。そして読んでいるうちに著者のドラマにかける熱量にほとほと感心してしまった。

著者は韓国だけでなく、日本やアメリカのドラマも見まくっているようだし、海外のドラマの変遷に詳しいようだ。もちろん映画も見てるようだ。こんなにドラマに耽溺している人がいるんだなあ、と感心した。なるほど、マーダーボット・ダイアリーの弊機のような人は、この世にたくさんいるらしい。

まあ、人というのはあらゆるコンテンツにハマるようにできていて、それが音楽だったり、舞台だったり、小説だったり、ゲームだったり、アニメや漫画だったり、さまざまだ。そんなふうに何かにハマる人は幸いなのかもしれない。そしてハマった人は、熱く語る。著者の場合は2015年に定年退職してからドラマ視聴がより加速したようだ。

個々のドラマの内容にはあまり興味がないので(笑)、わしが読み取った全般的な傾向を書くと、次のようになるかな。

(1)産業としての関係者の多さ
著者は、韓国の俳優層の厚さを何度も指摘している。数十人の大量の俳優が必要な場合も、それぞれの役割に応じた個性的な俳優を集めることが可能なんだそうだ。俳優でそうなら、きっと脚本家や監督、プロデューサー、カメラマンなど関係者の数も多いのだろう。

やはり人数は力だ。日本でも、膨大な数の映画が作られてたくさんの人が関わっていた頃(世界のクロサワの時代?)は、世界的に映画の実力は高かったのではないか。今のアニメや漫画もそのなかに果敢に入っていく人が多いから、次々に新人が誕生して、その激烈な競争の中から新しいアイディアが生まれて、世界的な実力を保っているんだろう。

なぜ韓国ではコンテンツ業界に人が多いのかはよくわからないが、昔から韓国は芸能関係の力が強かったように思う。わしは昔ミュージカルをけっこうよく観ていたことがあったが、同じブロードウェイ作品でも日本バージョンよりも韓国バージョンのほうができが良い場合が多かった。いま日本の劇団四季でも主役を張れる人には韓国人が多い。さらにいうと、韓国人オペラ歌手が世界を席巻していることは昔からよく知られている。

韓国人と芸能は親和性が高いのかしらね。

(2)規制の少なさ
最近の韓国ドラマの優良作品は、ほぼケーブルテレビ局の作品のようだ。3大ケーブルテレビとして、tvN、JTBC、OCNがあげられている。

これらのケーブルテレビは表現の自己規制が少なく自由な表現ができ、しかも制作作品数もこれらケーブルテレビの参入で飛躍的に増えたから、多くのアイディアが投入されるようになった。また、作品本位のキャスティングが進み、新しい俳優や脚本家が抜擢されることが多くなった。

翻って日本を見ると、いまだに地上波が主力で、ケーブルテレビやネットテレビが台頭する様子は見られない。地上波は自己規制が多く、冒険しない体質なのは明らかだから、このような状況では、新しい俳優、新しいアイディア、新しい人材が出て来ないだろうし、まだまだ厳しい状況が続くのでしょうね。

なぜ日本ではアメリカや韓国のようにケーブルテレビが番組制作で台頭しなかったのか。この辺についてはわしは詳しくありませんが、地上波を独占しているマスコミの力が大きすぎて、行政への認可の圧力があったのではないでしょうか。いかにも日本で発生しそうな状況ですが。

こういう状態では、ネットフリックスのような日本と関係のない海外の配信系がもっと日本のドラマに投資してくれないと難しいような気がしますね。「全裸監督」のような作品なら、わしも見ますからね。

そう言えば、ドラマをめったに見ないわしですが、結構、東京テレビの深夜のドラマは見ることがあります。例えば「孤独のグルメ」はずっと見ていますね。東京テレビは少しは冒険ができているということかな?

(3)国の政策
金大中(キム・デジュン)がコンテンツの輸出に力を入れて、影響があったことは間違いありません。テレビドラマの方は知りませんが、映画の脚本に時間がかけられるようになったという話はよく聞きます。

でも、この本を読んでいると、確かに政府の政策は力になって、それをうまく利用できた面はあるが、もともとのポテンシャルがそうとう高かったというのが正解のようだ。

コンテンツ輸出政策でも、はじめから狙ったというよりも、世界的に情感あふれるストレートなドラマが求められているところに、世界的なレベルに達していた韓国のコンテンツがうまくはまったという気がする。

日本でも韓国のようにコンテンツ政策をもっと行うべきだという話がある。わしはこの考えには少々懐疑的だ。

日本では国がコンテンツに関わるとろくなことがないような気がする。東京オリンピックの開・閉会式の酷さは、それを表しているのではないか。オリンピックよりも低予算のパラリンピックの開・閉会式のほうがなぜかできが良いのは、日本では多くの人が関わりすぎて中身を台無しにすることが多いからなのではないか。そして漫画もアニメもゲームも、政府の規制がないからうまくいったのではないか。政府がお金を出すけれど口は出さない、というのならいいのですが、そうは絶対になりませんからね。

さて、著者は今後の韓国ドラマがどんなふうになるかを展望している。これによると、今後はアメリカと同様にSF的な題材が増えるんじゃないかということだった。その理由として、世界を目指すと韓国の呪縛を離れる必要があるからだそうだ。でもなぜか韓国とSFの相性は良くないという。

そして、ネットフリックスなどを経由して、近い将来、韓国ドラマがゴールデングローブ賞を受賞するのは、もはや必然なんだそうだ。

わしはドラマに興味はないが、やはり最大の傑作と言っている、「シグナル」は見ておこうかな。イッキ見で見なくてはいけないというので、何もする予定のない休日の隙間の時間にこっそりと見るかな(笑)。あと、「ボイス」もありかな。どちらも日本版もまったく見てないから楽しめるかも。

最近の3大作品、「愛の不時着」「梨泰院(イテウォン)クラス」「賢い医師生活」のうち、愛の不時着はわし好みでなかったが、他の2つはちょっと見てみてもいいかも。

★★★★☆

(追記 2022.4.7)

2022年3月末に著者が熱烈に支持する韓国ドラマ「シグナル」(韓国オリジナル版)をネットフリックスで観てみた。ちょうど平日休みで、家族も仕事や学校でおらず、著者が勧めるイッキ見ができたので、実行した次第。なお、シグナルのネットフリックス配信はこの4月で終了するそうで、なんとも絶妙なタイミングになってしまった。

わしはタイムスリップものが苦手で、なぜなら因果関係の複雑さがいくらでも捏造できてしまうからで、なんかインチキな感じがするからだ。しかしながら、この壊れた通信機でなぜか過去の所有者である刑事と連絡が取れるという設定は、それほど違和感がなかった。きっと、それぞれの時代の登場人物がそれぞれの時代で頑張っているからだろう。

過去が変わって現在の状況が変わったときに、登場人物が過去の記憶を持っているかどうかという問題があるが、シグナルでは通信機を使ったひとの記憶だけがそのまま残っているという設定で、そんなはずはないのだが、視聴者と同じ時間軸の人がいないと困るから、まあ、仕方がない設定ではある。

登場人物の過去と現在が濃密に結びついていて、その関係が次第に明らかにされるところはいかにも韓国ドラマっぽい。そういう韓国ドラマっぽいところは後半になるに従って濃くなる。たとえば政治家と政治家に取り込もうとするエリート、そして金持ちが悪人で、現場の普通の刑事たちが正義に燃えてそれに立ち向かうところなどはいかにもだが、それはそれでよかった。それはともかく、第1話目は韓国ドラマっぽいところは少なく、素晴らしい出来で、感心した。ドラマの導入部としては完璧じゃないでしょうか。

しかしですねえ、1話70分で、全16話というのは長すぎですわ。結局疲れてしまい、1日で見きれずに、2日かかってしまった。最終話に、次のシリーズに続くと見せかけて終わってしまうのも、なんか不完全燃焼で困ってしまったな。まあ、べつにいいけど。

韓国ドラマに耽溺する気持ちはわかるけど、これだけ時間を取られるとなると、わしは別にいいかな。なにしろ、読まなければいけない本がたくさんありますからのう(笑)。

 

SWIFTからの追放は中国に効果があるのか?

ロシアのウクライナへの侵攻は、予想以上に西側諸国の結束が高く、ついにロシアの銀行をSWIFTから締め出すことに成功しました。しかし、これがどのくらいの効果があるのでしょうか。そして何より気になる、中国に台湾への侵攻を思い止まらせる効果があるのでしょうか。

(1)SWIFTからロシアを完全排除することはできななかった

西側はSWIFTからロシアの銀行を排除することを決定したのですが、ズベルバンクとガスプログバンクを除外しました。これはヨーロッパがガスや石油の代金を支払うために残したものです。つまり、いまもヨーロッパはガスの輸入をしており、代金の支払いをしているわけです。

ヨーロッパが、将来的にはともかく、いま全面的にエネルギー輸入をロシアから他へ移すことは不可能なので、仕方ないのです。つまり、いくら決済手段を排除しようと思っても、必要なものなら取引を継続するということです。SWIFTから排除と言ってもできるのはここまで、ということです。

SWIFTの限界がわかったところで、仮に中国が台湾に侵攻したとき、西側がSWIFTから中国の銀行を排除するとどうなるでしょうか。そもそも排除は可能なんでしょうか。

きっとそれは世界が中国からどうしても手に入れなくてはいけないものがあるかどうかにかかっています。

(2)中国がSWIFTから排除されたとき困るのはどちらか

中国からの輸入で困るものといえば、すぐにレアアースが思い浮かびますが、レアアースは国家備蓄の対象ですし、大量に必要というわけでもないので、十分な備蓄があれば乗り切れると思います。

その他のものは、消費財などが主でしょうから、これらはなくても我慢できます。

いっぽう、中国はエネルギーと食料を輸入しています。いまは大半をドルで決済していますから、これらの決済ができないということになると大変に困るでしょう。ですから西側よりも中国のほうが困るはずです。

すると、SWIFTからの中国排除は成功するのでしょうか。

(3)CIPSとロシアとパイプライン

しかし、エネルギーも食料もロシアなら提供できます。しかもドルでなく、元の支払いで。

ヨーロッパは今後エネルギーと食料のロシア依存を減らすでしょうから、ロシアは中国にそれらの輸出を振り向けたいと思っているでしょう。一方、中国も安全保障を考えればロシアから買いたいと思うでしょう。

なにより、中国はCIPSという独自の決済手段で、元で買うことができるのです。きっとロシアは元での支払いを受け付けるでしょう。

ただし、いまのところ、エネルギーをロシアから中国に大量に運ぶ手段がありません。パイプラインはガスの1本だけです。また石油はタンカーで運んでいます。

この問題は、ガス、石油のパイプラインを作れば解決します。どのくらいの期間でできるかわかりませんが、中国なら数年で建設可能なんじゃないでしょうか。どちらの国も、なんら環境アセスメントなどのよけいな労力はかからないでしょうから、スピード感を持って対応可能でしょう。

食料は鉄道やトラックで輸送可能ですから問題ないでしょう。

(4)パイプラインができたとき、台湾侵攻の準備が整う

そうすると、例えば3年後ぐらい先にこれらのパイプラインが完成すると、中国はSWIFTから排除されてもエネルギーと食料の不安がない状態になり、台湾への侵攻が可能となります。

今回のウクライナ侵攻では、アメリカは第3次世界対戦を起こしたくないという理由で、ロシアと戦わないと言っています。そうだとすると、中国とも同じ理由できっと戦争はしたがらないでしょう。

もともとアメリカの戦略は、戦争するというよりも、マラッカ海峡を押さえて、中国へのエネルギーの輸入を妨害することが中心になります。しかしロシアとのパイプラインができれば、中国はその戦略を無効化できます。

そういうわけで、パイプラインができれば、西側には経済制裁中国の台湾侵攻を止めるすべはないのです。おそらく台湾侵攻は2025年以降に現実味を帯びるのではないかと思います。まあ、パイプラインがなくても侵攻はするかもしれませんが、パイプラインができれば、とても危険ということです。

(5)ウクライナ戦争で達成しなくてはいけないこと

今回のウクライナ戦争では、たんにロシアがウクライナ侵攻に失敗するだけではだめで、ロシアの権威主義的な今のプーチン政権を倒壊させて民主主義の国を作るくらいの勢いがなければ、(少なくとも日本にとっては)失敗ということになります。つまり中国に協力しない西側に友好的な政府をロシアに作るということが理想的なゴールになります。

しかし、プーチン政権が倒れることはあり得るかもしれませんが、ロシアの民主国家化は非常に高いハードルであり、困難…というか、ロシアのこれまでの歴史を考えればおそらく無理でしょう。

このままいけば、最悪のケースを考えておかなくてはいけません。残念ですが、台湾を諦めて世界は中国と手打ちする、という可能性はかなり高いと思います。

当面は、今回のウクライナ戦争のあとに、中国とロシアの間で何が起きるのか注意してみておかなくてはいけないでしょう。とくにパイプラインの建設があるかどうかです。

 

以上が、わしが現時点で懸念していることです。予想が外れて、いい方に想定外なことが起きればいいのですが。それにしても困難な時代ですねえ。日本政府が賢明であることを祈るばかりです。

 

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荒木飛呂彦の漫画術

荒木飛呂彦 集英社新書 2015.4.22
読書日:2022.2.13

ジョジョの奇妙な冒険」の荒木飛呂彦が、自分の漫画の創作過程を公開した本。

これまで小説や脚本の創作に関する本を何冊か読んだせいか、またアマゾンがお勧めしてきた。そう言えば漫画に関するものは読んでなかったかなあ、と思って、図書館で借りたもの。(勧められてもめったに買わないのね(笑))。

荒木飛呂彦は今では超売れっこになったが、この人は天才というよりも努力家だ。努力していまのオンリーワンのユニークな存在になることができたのだと思う。

絵も最初は普通の漫画っぽかったが、いまではその原画展が開かれているし、服やアクセサリーなんかもとてもいいセンスのものを描いている。人体の構造なんかも、デビューしたあとも地道な努力でデッサンを勉強して、イタリアに彫刻をわざわざ見に行ったりしている。とくに、関節を見に行ったと言っているのが面白い。そうした積み重ねが立っているだけで存在感をだすジョジョ立ちに生かされているわけだ。

漫画の王道を歩んでいると本人も自負しているが、この本の中で語られている王道というのは、雑誌に連載をするということが前提の話だ。そのために飽きさせないようにする、最後までページをめくらせるという発想が基本になっている。

これはデビューするまでに作品を持ち込んでも、編集者が最初の表紙をちらっと見ただけで袋に戻してしまい、最後まで見ないことに衝撃を受けたことがもとになっている。同じような漫画を多数見てきた編集者には、よほどのことがないと最後まで読んでもらえないのだ。もちろんそれは読者でも同じだという。

だから表紙や最初の1,2ページに全力を傾け、この話には何かありそうだぞという感覚を読者に与えて、なんとしても最後のページまでめくらせることが必要だそうだ。そして最初のひとコマからもったいぶらずにさっさとお話を始めて、誰が、いつ、どこで、何をしているかの情報をすぐに読者に示すことが重要という。

作品の作り方で重要なのは、キャラクター、世界観、テーマ、ストーリーの4つだという。このうち必須なのはキャラクターと世界観で、これだけあるととりあえず作品は成立するという。しかしながらキャラクターは時代とともに古くなるという問題があるそうで、長く続いている作品、たとえば「こち亀」などでも両さんのキャラクターは少しずつアップデートしていて、古くならないように気を使っているそうだ。

著者が実践しているキャラクターの作り方は、一人ひとりのキャラクターの身上書を全部書き出すことなんだそうだ。身上書の項目は身長、体重、血液型、学歴など100以上あり、それらすべてをあらかじめ決定するという。そしてキャラが重ならないように気をつける。こうした内容はすべてストーリーに反映させることはないが、こうして決めているかいないかで大きな差が出るのだという。そして、キャラ設定を行うだけで、ストーリーのヒントがかなり得られるという。

ストーリーに関しては、常にプラスしていく方向でなければならない。つまりアゲアゲだ。少年漫画ではマイナス方向に行くことはありえない。しかし、アゲアゲだと、連載が進んでいき、主人公が努力してトップに立ったあとのことが問題になる。一度頂上に達したあと、どう話を続けていけばいいのか。もう一度高みを目指すためにまた最初から努力するのか。そうすることにしたとしても、実は描いている作者側のモチベーションが続かないのだという。そこでジョジョの場合は主人公が死ぬという大きなマイナスをするものの、その意志が子孫に受け継がれるという解決策をとったそうだ。

連載では毎回必ず主人公を追い込んだ状態にして終えるという。驚いたことに、この時点では追い込むことに集中して、どのようにそれを解決するかは考えないのだそうだ。そのおかげで作者自身が、今回はだめかも、という状況になることがしばしばあるようだ。そういう困った状況になっても、けっして超自然的な解決策や偶然は用いない。

世界観ではリサーチが大切だという。ジョジョは世界中が舞台だが、かならずその舞台になっている国を訪れてリサーチするという。距離感や広さといった空間的な感覚はその土地に行かないと得られないのだそうだ。ジョジョ第3部のスターダストクルセイダースは日本からエジプトまでの移動が中心になるが、実際にそこまで行っているという。第5部の黄金の風でも現地に足を運んでいて、ローマ市内の移動の距離感は実際のとおりだという。リサーチは徹底していて、岸辺露伴のマナー対決の話では、実際のマナーの先生に合っているかどうか監修を依頼しているそうだ。

ストーリーのヒントとしては日常の出来事や人の話に注意を払っていて、必ずメモしているそうだ。特に自分と異なる意見がお話の元になりやすいので、違和感を覚える部分に注意を払うのだそうだ。

漫画家を長く続けるには、締め切りをきちんと守って継続的に描くことで、精神的にも体力的にも余裕をもつことが大切だという。

うーん。漫画家の発想は通常の脚本家や小説家とかなり違っている印象ですね。連載漫画にしか使えない話も多いです。この本はかなり特殊な場合限定かなあ。

しかしまあ、これだけ積み上げたものがあると、アイディア不足にもなりそうもないし、とうぶんジョジョの連載は続きそうですね。ちなみに、わしは、アニメのジョジョは見ているけれど、漫画の方は読んでいません。子供の方は全巻読んでいるようですけどね。

★★★★☆

(参考)

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