
訳・矢島文夫 筑摩書房 1998.2.10
読書日:2026.7.12
<AIによる要約>
古代メソポタミアの都市ウルクの王ギルガメシュは、強大な力を持つ一方で暴君でもあった。人々の嘆きを受けた神々は、彼に対抗する野人エンキドゥを創る。二人は激しく戦った末に親友となり、怪物フンババや天の牛を倒す。しかし神々はその報いとしてエンキドゥを死なせる。親友の死に衝撃を受けたギルガメシュは、自らの死を恐れ、不死を求めて旅に出る。大洪水を生き延び永遠の命を得たウトナピシュティムに会うが、不死は人間には与えられないと悟る。若返りの草も蛇に奪われ、彼は故郷へ戻る。最後に、自ら築いたウルクの城壁を見つめ、人は永遠の命ではなく、善き行いや築いたものによって後世に生き続けるのだと理解する。『ギルガメシュ叙事詩』は、友情、死、そして人間の有限性を描いた世界最古級の文学作品である。
ギルガメシュ叙事詩を読んでみた。なにしろ、世界最古の文学と言われ、人類全体の歴史を考察するグローバルヒストリーの中では、いろいろと引用されるテキストである。一度読んでみたいと思っていたのだ。
しかし、読んでみて、これはどうとでも読み取れてしまうなあ、と思った。神話や宗教の物語とも読めるし、友情の物語としても読めるし、冒険の物語とも読めるし、国家と権力の物語とも読めるし、文明と野蛮の話とも読めるし、社会・経済の物語とも読めるし、生と死の物語とも読めるし、道徳の話とも読めてしまう。
するとどういう風に読むのが正解、というのはおそらくないのであろう。というわけで、わしは読んでいて自分がおやっと思ったところをとりあえずひとつだけあげようと思うのである。
それは最初、いきなり都市国家ウルクの王ギルガメシュが、暴君として登場することである。そして、ウルクの貴人たちが集まって困ったことだと相談する。
わしは、これは実に不思議なことだと思った。どこが、と聞かれそうだ。だって、こんな話は現代でもいやというほど語られる話でしょう?
しかし、ウルクは世界最古の国家とされている都市だ。そしてその最古の国で国王の横暴さが問題になっている。ということは、世界最初の国家からして、国王だからといって何でもしていいというわけではない、という基準があったということである。これはとても興味深いことである。
最古の国家ということは、人類史の中でまったく新しい基準がすぐに誕生したとは思えないから、これはもともと人類が持っていた価値観が反映されているというのが普通の考え方だろう。だから、もともと部族社会の中で部族の長というのは、絶対的な権力を持つような者ではあり得なかったということだと思う。
そこでギルガメシュに対抗して神々が作ったのがエンキドゥだ。
だが、エンキドゥはウルクの中に生まれ育ったのではない。エンキドゥがウルクの外で、野生の人として動物の中で生まれ育ったということに意味があると思う。つまりエンキドゥはよそ者なのだ。
これは、ウルクの中からはギルガメシュに対抗する人物は生まれなかったということに思える。これはウルクなかで、階級がきちんとしていて国王のギルガメシュに対抗できるものが出てくることはなかったとも考えられるし、都市国家であるウルクはウルクで手に入らないものは外から手に入れなければいけないから(例えば、遠くのレバノン杉を手に入れるという冒険譚があとで出てくる)、外の世界の有力者と争ったり結びついたりということを意味しているともいえる。
ともあれ、ギルガメシュとエンキドゥは闘った後、親友になる。そしてエンキドゥはギルガメシュの相談相手になり、その後はギルガメシュが横暴になるという記載はなくなる。つまりこれは、ギルガメシュが横暴になりそうにあるとエンキドゥがいさめたという風にもとれるし、もしかしたらうまくエンキドゥとの間で権力の分散ができたということなのかもしれない。
わしがこの部分に注目するのは、まるで権力は集中させず、分散させたほうが良いと言っているかのように見えるからだ。
現在、ユーラシア大陸中央部は権威主義的で独裁的な政治家、宗教家あるいは王族が権力を独占している。エマニュエル・トッドによれば、人類はもともと自由や平等を尊ぶような社会だったが、農業が起こってから、ユーラシア大陸の中央部に父権を強調する権威主義的な社会が誕生して、いまそれが世界を席巻していて、自由主義的な社会は風前のともしびのような状態になっているのだという。
ウルクという国はユーラシア大陸の真ん中にできた。にも関わらず、まだ国というものができたばかりのころのこの物語には、権力者は何でもしていいわけではなく、そのためには権力は分散させた方がよいという発想があるように見える。もしこの読み方が成り立つなら、家父長的権威主義は、国家成立と同時に現れたものではなく、その後に強まっていった価値観なのかもしれない。 もしそうならエマニュエル・トッドの言う通り、家父長的な権威主義というのは、長い人類史のなかで比較的最近出現した、もっとも進化した社会だという主張に説得力が出てくるのではないか。
本当はもういくつか気が付いたことを書くつもりだった。でも長くなりそうだから、ひとつで止めることにする(笑)。
★★★★☆







