ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル

ブリタニー・カイザー 染田茂+道本美穂+小谷力+小金輝彦(訳) ハーパーコリンズ・ジャパン 2019.12.20
読書日:2020.10.23

トランプの選挙キャンペーンでフェイスブックのデータを違法使用したケンブリッジ・アナリティカ(CA)の社員の回想記。

著者のブリタニーは根っからのリベラルの女性で10代からデモや人権運動に参加、果てはオバマの選挙運動にも関係して、将来もこの関係の仕事に就くことを熱望していたそうだ。

ところが大学院生で博士課程にいたとき、父親がビジネスに失敗してうつ病を発症、家族のために至急仕事が必要になった。しかし、望んでいた職に就くことに失敗。そういう状況で、ケンブリッジ・アナリティカという選挙支援を専門に行う会社に採用されたとき、彼女にはほぼ拒否できる状況ではなかった。

で、彼女は入社後ケンブリッジ・アナリティカの手法に驚くことになる。

ブリタニーはオバマの大統領選で、もっとも単純なSNSを使う選挙戦を経験していた。つまりSNSを使って献金を募り、投票を呼びかける、というものだ。しかし、その方法ではブリタニーたちがアクセスできるのは、最初からオバマを支持者している人だけなのだ。

ところが、ケンブリッジ・アナリティカは有権者のデータをさらに細かく分類し、カテゴリーごとに異なった働きかけをする。もっとも効率がいいのは、どちらに投票しようか迷っている人で、このカテゴリーにもっとも強く働きかけるのだ。面白いのは、敵の候補者の支持者に対しても働きかけ、例えばあなたが投票しなくても十分勝てるというような思い込みを醸成し、投票に行かないように仕向けたりする。

こうしてうまくいけば、有権者の数%をクライアントのほうに動かすことができる。激戦の選挙ではこの数%がものをいうのだ。どうやらブリグジットの国民投票やトランプの大統領選にケンブリッジ・アナリティカが大きな影響を与えたことは間違いないようだ。

このような選挙戦を行うには、当然、有権者の細かいデータが不可欠で、そのような個人データをケンブリッジ・アナリティカがどのように集めたかが問題になる。で、もちろんフェイスブックの裏の仕組みを使って違法に収集したわけだ。

これに対してフェイスブックはまったく腑抜けた対応しかしておらず、データの消去を求めただけだった。これに対してケンブリッジ・アナリティカ側が消去したと回答すると、それ以上調べようとはしなかった。たぶん、フェイスブックとしては、法律的に対応できればそれでよかったのだろう。

さて、ブリタニー自身はどうも会社の本当の中枢に達すことはできなかったみたいで、データサイエンティストがデータは消去した言えば、その言葉を信じるしかない立場だったようだ。本人も、この辺は危ういと思っていたようだが、何しろ彼女にはお金が必要だったので、その辺は突っ込まなかったということらしい。

ブリタニーにとってはそんなことよりも、根っからのリベラルなのに、大嫌いなトランプの選挙運動を手伝うことになり、しかもトランプが勝つとは思っていなかったのに、勝ってしまったことが、大きなトラウマになってしまったようだ。なにしろ彼女はヒラリーが勝つと信じて、祝賀パーティのチケットまで買っていたんだから。

おかげでブリタニーは昔からのリベラルの友達をほとんど失う羽目になる。しかも会社からはなんの恩恵も受けられず、どうやら自分がいいように使われていたことに気が付く。そういうわけで次第に会社と距離を置くようになり、ブロックチェーン関係の業界に身を移すことになる。

そしてケンブリッジ・アナリティカの経験を生かし、オウン・ユア・データ(自分のデータを所有せよ)という非営利団体を設立している。これは個人データは巨大IT企業にただで売り渡さずに、自分で管理することを訴える団体だ。

この本は、個人データをただで売り渡してはいけない、というような決意で終わるようになっている。

わしは、便利にしていただけるのなら、わしの個人データをいくら使ってもらってもかまわないと思っている。もちろん個人を特定できないメタデータとして使うならば、という条件でだが。そして、グーグルなどが個人データを使ってあまりにももうけすぎている、という非難に対して、ユーザに対価を支払うということになれば、喜んでそれを受け取ります(笑)。

それにしても、わしにとっては、根っからのリベラルの人ってこういう人なんだと、ブリトニーの考え方や経歴自体が興味深かったです。

★★★☆☆


告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)

クビでも年収1億円 人生を好転させる11のリスト

小玉歩 角川学芸出版 2012.9.25
読書日:2020.10.12

サラリーマンはまったく理不尽な世界であり、自分で稼いだ方がはるかにもうかり、時間も自由になると主張する本。

この本は8年前のものだが、いま読んでも面白い。

どうもネットビジネスで儲けたら、そのノウハウを情報教材として売ってさらに儲けるというパターンのさきがけらしい。本人はそれをゴールデンルールと言っている。

小玉さんが勧めるネットビジネスはオークション。いまでもヤフオクってありなのかどうかよくわからないが、ともかくヤフオクで高く売れるものを安く仕入れて、儲けるというのが出発点。そのうち、売れる分野が見つかると、それをネットショップ化してさらに儲ける。次はメールマガジンで宣伝を行い、自分の名前も売って、最終的にはノウハウを情報教材化して売る、というパターンで完成。

このパターンはネットビジネスでよく見るパターンですよね。ヤフオクアフィリエイトになったり、果てはしょぼい起業だったりする。

客の欲しがるものを売るという賞場の基本を外してはいけないのだそうで、投資するなんてもってのほか、だそうです。

わしからみれば、投資の方が簡単で(スマホをクリックするだけ)、時間もとらず、しかも毎日市場が開くとわくわくするというおまけまでついているのに、何で投資しないのか、という気がしますが、本人は株式投資に失敗して、借金を返すために夜のバイトもしたというのですから、それはそういう気分にもなるでしょう。

もし投資に成功していたら、投資に大賛成で、それをやっぱり教材にして売るのでしょう。

まあ、それはともかく、どうもやはり、自分を商品化してそれを売るというのは、あんまりやりたくないですよね。そういう人は多いと思います。まあ、わしに人に売るようなノウハウがあるかというとないのですが。

サラリーマンが努力が報われず(成果をあげても給料にほぼ反映されない)、やっと暮らしていける給料しか払われないというのは、それはそうでしょう。しかし逆に言うと、だらだら仕事をしてもそれなりの給料をいただけるというのは、なかなかいいものです。

将来はきっとサラリーマンは厳しくなるのでしょう。それはそうです。でもわしにとってはいまではない。

わしはだらだら仕事して、たっぷり投資をしたいですね。それがわしの理想です。

小玉歩は本名なんだそうだ。勤めていた会社はどうもキヤノンみたい。なんと奥さんの写真というのもネットに出回っていて、奥さんはかなり美人です。(これだから自分を売り物にするのは反対)。

★★★☆☆

 


クビでも年収1億円 (角川フォレスタ)

年収100万円で生きる -格差都市・東京の肉声-

吉川ばんび 週刊SPA取材班 芙蓉社新書 2020.5.1
読書日:2020.10.11

いろんな理由で貧困レベルに落ちてしまった人のルポルタージュ

例えば主人が突然のリストラで暴力化して離婚したとか、ブラック企業うつ病発症して失業とか、とても本人のせいとは思えない事例が多く、何とかならないのだろうかと思う。

自己責任をいう人がいるが、人生に失敗は付き物で、失敗したら即貧困に陥り、そこから抜け出せないということになると、おちおち失敗なんかできないではないか。

貧困の人は昔からいたが、現代では貧困を放置するのは許されないのではないかという気がする。憲法に保障された、最低限の文化的生活を送る権利を厳密に実施しなければならないと思う。

わしは自分がリベラルだと思っていないし、どちらかというと保守だと思うが、たとえ貧乏だろうがみんなが健康的で楽観的で笑顔で人生を送れるようになってほしいと切に思う。

そうすると、やはりベーシックインカムだろうか。

ところが、この本には、13万円の生活保護を受けているのに貧困の人がでてくる。13万円あれば、厳しいだろうがなんとか暮らしていけるはずだが、部屋はゴミ屋敷と化しており、毎日コンビニの総菜パンを食べて栄養失調。そもそも家賃が11万円のところに住んでいるのが信じられない。完全に自己管理能力を欠如している状態で、こういう人は貧困の問題というよりも、一種の精神疾患じゃないかという気がする。この場合、ベーシックインカムでも解決不可能である。

貧困に陥る人にはこういう人が多いという。最初からそうだというわけではなく、貧困に陥ると、追い詰められ、精神が鈍くなってしまうと著者はいう。追い詰められた結果だというのなら、これも貧困の結果なのだろうか。

著者の吉川さんも貧困の家庭の出身だそうだ。がんばってきた両親の運命は阪神・淡路大震災で暗転したんだそうで、自然災害なんだから、もちろん本人たちにはどうしようもない話だ。

でも、ご飯が出てこなかったことはないので、かなり大きくなるまでは自分の家が貧困だということに気が付かなかったという。ほかのうちと比べるようになって気が付いたのだ。

高校を卒業した時、就職を希望したのは自分ひとりだったということで、考えを変えて大学進学をしたという。(どうも関西大学らしい)。

大学を卒業後も試練は続く。ブラック企業に勤める羽目になり、身体も精神も壊してしまったという。厳しい生活が続いたが、とりあえずいまは何とかなっているようだ。

ともかく、貧困はわしも反対。ほとんどの貧困は本人のせいではない。貧困は必ずなくせると信じている。

★★★★☆


年収100万円で生きる―格差都市・東京の肉声― (SPA!BOOKS)

資本主義の終わりか、人類の終焉か? 未来への大分岐

齋藤幸平、マイケル・ハートマルクス・ガブリエル、ポール・メイソン 集英社新書 2019.8.14
読書日:2020.10.12

気鋭の経済思想家、齋藤幸平が3人のビジョナリーたちと資本主義、民主主義の未来について語り合った本。

これは面白かった。3人と話しているが、3人目のポール・メイソンがもっとも面白かった。なぜなら、ポール・メイソンだけが次の時代に何が起きるのかを明確に述べているからだ。それはポストキャピタリズムの世界だ。

なので、ここではポール・メイソンに集中して述べてみたい。

これまでの資本の発達は次のような経路で発展してきたという。つまりある科学技術(例えば蒸気機関)を使って商品を開発し、その商品が成熟すると、次の科学技術(例えば電気)を使った商品を開発するというふうに、科学技術を乗り換えて、商品が成熟するのを防いできた。

現在は情報技術をつかった新しいモードに入っているが、じつは情報技術はこれまでと違った性格をもっているという。情報社会では、限界費用がどんどん低くなるという性格がある。音楽のようなデジタル化した情報商品はもちろんのこと、実体のあるモノの商品についても、設計情報を共有することでどんどん安くなることが見込まれている。家は高いというイメージがあるが、家についてすら、今後は安くなることが見込まれているという。

つまり現代は「潤沢な社会」と言えるものになっていく。このような社会ではますます利潤率が減っていくから、資本を蓄積できない状態になる。

ここまでは、リフキンの「限界費用ゼロ社会」などにも述べられていて、理解はできる。

問題はこの先どうなるかだ。

高度なオートメーション化が進むと、余暇が増える。それで仕事と余暇におこなう趣味の境界が不鮮明になる。余暇でおこなう社会的な活動が、趣味なのか仕事なのか。

社会的な活動は収入には結びつかないが、やはり仕事であり、仕事の成果は賃金ではなく共有という形になる。つまり、仕事と賃金の分離が発生する。

こうして共有される情報が多くなると、私的所有や私的財産がだんだん減ってくる。この結果、私的所有を基本とする資本主義が弱くなってくる、という。

ネットワークが正の外部性のフィードバックを持っているので、ますますシェアされる情報が増えていく。すると、その成果は民間企業には太刀打ちできなくなる。すでに百科事典はウィキペディアに太刀打ちできずに消えていったが、いろんなビジネスがそうなる。民間企業は撤退するから、情報の民主化が進んでいく。

究極的には生産も民主化されるようになる。人々は強制的、義務的な仕事から解放され、無償の機械を使い必要なものを生産する社会になるという。

この結果、100%の再生使用可能な社会とリサイクル率の高い社会が生まれるという。(わしは、この辺は疑問なのだが)。

こうして誕生する持続可能な協同社会型の経済がポストキャピタリズムなのだという。

まあ、左派のポール・メイソンがそういうふうに考えたいのは理解できるが、なかなかそんなふうにはいかないだろう。

本人もそれを理解していて、各段階でさまざまな抵抗が発生するという。そのなかでもっとも興味深いのが、人々の勤労意識に関するものだ。

人々は、週40時間働いて、給料をもらうという勤労スタイルにものすごくこだわるという。現在でも労働時間を減らすことは可能だが(例えば週休3日とか)、その方向に世の中はすすんでいない。そこでそういう仕事をしたがる人たちに仕事を供給するために、世の中にはブルシット・ジョブ(クソくだらない仕事)が世の中にあふれているんだそうだ。

こうして、人々の勤労意識が変化しないために、協同社会型の経済にはなかなか進まない可能性があるわけだ。

わしは、特に日本にはこのような仕事があふれていると思う。コロナで日本ではデジタル化が進んでおらず、保健所などはアナログのFAXで情報のやり取りをしていることが報道されて周りからあきれられたが、これはもちろんデジタル化により効率化されると、その仕事がなくなるからだ。クソくだらない仕事はこうして生き残る。

今回のように、あまりに弊害がすぎると、デジタル庁により仕事は簡素化されるだろうが、実際には日本はこうやって皆で仕事を分け合うような、そんな社会なのだと思う。たぶん生産性なんて度外視だ。だからデジタル庁の成果は、直近問題になった部分が改善される程度になるだろう。

もちろん賃金も物価も上がらない、でも生活水準はそれなりに高い日本は、案外ポストキャピタリズムに最も近い世界なんじゃないかっていう気もする。

さて、「限界費用ゼロ社会」や「ライフシフト」など、ポストキャピタリズムと近い考えを書いた本は他にもあるが、別の角度、特に左派の立場から読むことができて良かったと思う。

さて、残りの二人の主張も簡単に残しておこう。

マイケル・ハートによれば、すでに1970年代から資本主義は危機に陥っていたという。そこで登場したのが「新資本主義」で、これは分配政策をやめて、格差を助長することで資本の蓄積を促す政策だという。さらにそれがグローバル経済化をすすめ、それが行き詰ったのが2008年のリーマンショックなのだという。

これを解決するためには社会的な富を表す<コモン>を増やすことだという。そして労働者は多様性を確保してプロレタリアートからマルチチュードになるという。

コモンの考え方は、メイソンの情報共有の考えに近い。

2人目のマルクス・ガブリエルについては、これまでにも彼の本についていろいろ述べてきた。

基本的には今後の世界を議論するための哲学を用意しているという位置づけで、特に倫理について述べている。民主主義について相対主義を排除することを述べているが、一方、資本主義が今後どうなるかについて、はっきり述べていない。

それにしても齋藤幸平さんは、左派のリベラリストの匂いがぷんぷんするけど、なかなか面白い人で今後も注目していきたい。

★★★★☆

 


資本主義の終わりか、人間の終焉か? 未来への大分岐 (集英社新書)

 

食えなんだら食うな

大徹 ごま書房 2019.6.3
読書日:2020.10.7

曹洞宗の禅僧で、光源寺や吉峰寺の住職をした関大徹が75歳の時に著した自伝的著作の復刻版。初刊は昭和50年らしい。

大徹なんてしらないから、最初、題名みたとき、摂食障害に関する本かと思ってしまいました(苦笑)。

「食えなんだら食うな」とは托鉢など人の善意によって生きる修行僧の覚悟を表した言葉でした。もしも何も食べるものが得られなかったら飢えて死ぬのみ、という意味です。ある意味、軽さと重さを同時に備えた言葉といって言っていいでしょう。自分が死ぬだけという軽さと、そのくらいの覚悟で修行をするという重さです。

そういう状態なので、修行僧にとって家族をもつのは、妻帯の禁止以前に、そもそも不可能なのだそうです。修行には自分が死ぬだけという軽さが必要なのです。それに対して家族は重すぎる。死ぬことも簡単にできない。一人なら死ぬときは気軽に自分の死を見物できるが、家族がいるといろいろ死ぬ前の後始末が大変です。

なので、何かに一途に人生を送る男は家族をとるか自分の一途をとるかを決断しなくてはいけないといいます。

本人は中学時代に、苦学(働きながら学校へ行くこと)でこの覚悟が身についたといいます。さらには「食えなんだら食うな」が「食えなんでも食える」という心境にまでいたったといいます。つまり、ゴミ箱をあさってもいいではないか、野良犬にまでなってもいいという心境にまでいたったわけです。さらに野良犬にいたってもなお、仏に迫れる、そういう自由を知ったというのです。

そして心は野良犬から覚者まで自由に行き来できるようになって、苦行は苦行でなくなったといいます。修行が楽しくてならなくなり、修行三昧に入ったのです。こうして、初めて悟りを得ること、初関を得たのだといいます。

こういうふうに書くと、なんだかありがたいお坊さんの言葉のように思えるかもしれませんが、いやいや、大正生まれの大徹さんの口調はまったく古くはなく、現代の言葉そのもので、非常に読みやすいです。

それにしても、修行僧って、ある意味、最も自分勝手な人たちかもしれませんね。

以下、各章の主な内容。

・食えなんだら食うな
 自分の生まれから、修行に入ってからの心境の変化を述べたもの。

・病なんて死ねば直る
 ガンを患った経験を中心にした病話。死ぬことなど怖くはなく、さっぱりした気分だったのに、手術が成功した時に「儲けた」と思ったことを恥じるところがいいですね。

・無報酬ほど大きな儲けはない
 寄付を依頼されたときには、その時出せる全部を寄付するのが方針なんだそうです。また、金は出したら帰ってくる(施しはめぐっている、ただし施しを受けても当然と思ってはいけないという戒めがある)という考えで、吉峰寺が人がいなくて静かだったので、元日詣でしたひとに、弁当を配り、雑煮と酒を飲み放題にしたら、人が集まって、信者も増え、寺の財政は安定した、などの話。

・ためにする禅なんて嘘だ
 プロ野球の監督が禅をして優勝すると禅がブームになったが、禅とは効果などは2の次で、自然の理と一体になり、仏の悟りを知るのが目的だという。また、禅の悟りは社会にとって有用とかではなく、あくまで個人的なものだという。

・ガキは大いに叩いてやれ
 子供を叱るときには恐怖心を感じるくらいでないと効果がないという。一方では、大人は子供の問いに真剣に対応し、寄り添わないといけないという。

・社長は便所掃除をせよ
 陰徳を積むことの大切さを説いたもの。社長は便所掃除をするべきだが、これ見よがしにしてはならず、知られることが恥ぐらいの覚悟でやる。陰徳を積んだひとは、いざというときの態度に現れるという。禅僧は泊めてもらった家の便所掃除を夜中にやるものなんだそうだ。

・自殺するなんて威張るな
 お寺にはノイローゼや不良やら普通でないたくさんの人が来るという話。ノイローゼの少年に普通の修行僧と同じことをさせると、言われたことを「なぜ」と疑問も思わずに素直にするので、周利槃特(しゅりはんどく、愚鈍でいわれたことを素直に行いお釈迦様に褒められた伝説の弟子)の再来か、と有難がったが、すぐに普通の少年に戻ってしまった話が面白い。題名は自殺未遂の男性に座禅のときに「自殺するなんて威張るな」と一喝すると憑き物が落ちたという話。

・家事嫌いの女など叩き出せ
 両手両足をなくしても家事や子育てをした中村久子さんのことを初めて知りました。

・若者に未来などあるものか
 若者には若いだけで老人をたじろがせるほどのエネルギーを持っているが、未来がどうなるかはいまを峻厳に生きてこそあるという話。冬山で遭難死した若者を弔うために、夏山に登って供養をしたら、そのときの写真が心霊写真になって評判になったという落ちが付いている。

・犬のように食え
 一般の人が修行に参加するときも、食事の作法(食作法、じきさほう)だけはしっかりやってもらうという。座禅をして、しゃべらず、言葉を使わずに自分のほしい量を告げる。犬は犬のように食うのが理にかなっており、人間も人間のように食うのが理にかなっているという。人間は言葉だけでなく、意(こころ)で伝えることができるという。精進料理の意味など。

地震ぐらいでおどろくな
 富山の空襲のとき、供養に駆けずり回った話がすごい。もちろんこんな経験などしたら、地震などで驚かないでしょう。

・死ねなんだら死ぬな
 生きるということは死ぬこと。

★★★★★

 


食えなんだら食うな

サルは大西洋を渡った 奇跡的な航海が生んだ進化史

アラン・デケイロス みすず書房 2017年11月11日
読書日:2018年09月03日

『陸海空 こんな時間に地球征服するなんて』で、ナスDが活躍した「部族アース」なんかを観てると、アマゾンのジャングルにサルがいっぱいいるので驚く。南米はサルの王国なのだ。

普通は南米にサルがいても別に不思議に思わない。だが、どうして南米にサルがいるのか考えると途端に面倒なことになる。アフリカで誕生したサルがなぜ南米にいるのか。人類みたいにユーラシア、ベーリング海峡を経由してようやく南米まで行ったのだろうか。でもまさか大西洋を越えて渡ることはあり得ないように思える。大西洋はあまりに距離がありすぎる。

この疑問を救ったのがプレートテクトニクス理論。昔、アフリカと南米はくっついて、ゴンドワナ大陸を作っていた。当然、アフリカと南米の生物は行き来していた。そのまま生物を乗せたまま2つの大陸は分裂したので、両方の大陸に同じような生物がいるという。まったくすっきりした理論で、長年、疑問にも思われずに信じられてきた。

しかし地質学的情報、化石情報が集まると不都合な真実が明らかになってきた。そもそも大陸が分裂したのは白亜紀のまだ恐竜のいたころで、まだサルはいなかったのだ。決定的なのは、遺伝子工学の発達。遺伝子を解析して、生物の近縁関係や種として分岐した時期が分かるようになってきたのだ。そして、遺伝子の研究では南米とアフリカのサルは種としては分かれた時期と大陸の分裂は一致しない。

どうやったかは不明だが、どうもサルは大西洋を渡ったらしい。

サル以外にもそういう事例がたくさん出てきた。ニュージーランドフォークランド諸島、ハワイ、マダガスカルニューカッスル・・・。(とくにアフリカで起きたらしい、海に入ると死ぬはずの両生類が、海を渡る可能性について述べた章は衝撃的。)

動物たちは、海を越えて拡散するのか? それを信じた科学者たちは、多数の証拠を携えて、主流派に反旗を翻した。

戦いは現在もなお進行中で、決着はついていません。

この本では科学者同士の戦いが生々しく(罵倒や政治力で排除は当たり前)、その犠牲になった人たちもたくさん登場して、おのれのキャリアをかけた科学者も命がけだなあ、と思いました。

★★★★☆

 


サルは大西洋を渡った――奇跡的な航海が生んだ進化史

 

スノーデン独白 消せない記録

エドワード・スノーデン 川出書房 2019.11.20
読書日:2020.10.5

米国のNSAがインターネットの全データを傍受していることを内部告発し、ロシアに亡命したスノーデンの自伝。

あの事件を赤裸々に語ってくれているかというとそういうわけではなく、ちょっとフワフワしてもどかしいところもある。

しかし、知らなかったが、スノーデンがあの事件を起こした時、29歳だったのだ。ものすごく若い。しかし、国家にたてつく気概を持てるのにはぎりぎりの年齢だったかもしれない。守るものが増えていけば(端的に家庭のことだが)、とてもこういうふうにはいかなかっただろう。

ただ自分の生まれから、NSAで仕事をするようになったいきさつや、それを暴露しようと思いや経過については詳しく、その辺がとても面白い。

何しろ、子供の時からワシントンDCの郊外で暮らしていて、親戚一同、軍や政府関係ばかりで、中学の時に好きな女の子は全員父親がFBIだったというのだから、がちがちの国家公務員的な雰囲気で育ったわけだ。

ところが、本人はそんな状況にものともせずに、なんともアナーキーな育ち方をする。

子供時代がインターネットの黎明期だったのだ。

父親も海軍関係の技術畑だったせいで、父親がコンピュータを買うと、それを占領してしまう。電話回線も占領したので、家族は電話ができず、父親はスノーデン以外の家族のためにもうひとつ電話回線を引かなくてはいけなかった。(ここでは述べられていないが、アメリカでは電話代金が固定の24時間の常時接続の契約が可能だったのだ。常時接続じゃなくて従量制だと、こんなことやってられませんて)。

インターネットでは誰もが匿名かつ平等だったので、質問すれば誰かが教えてくれた。あちこちのオフ会に誘われたが、参加できない理由にしぶしぶ年齢を12歳と明かしたが、大人たちはまったく気にせずに、その後もいろんなものをただでくれたりしたという。

このころ両親が離婚したこともあり、アナーキーぶりに拍車がかかり、ほとんどすべての時間をインターネットで過ごし、当然学校では授業は無視。ぎりぎりの単位でやり過ごそうとしたが、病気にかかり一気に留年の危機となる。だが、裏の規定を使って地元のコミュニティ大学にまんまと入学に成功する。留年どころか飛び級をしてしまったわけだ。

高校時代はさえなかったが、大学では日本語の講座をとって(日本のアニメが好きだったのだ)、そこで同じようなアニメ好きやゲーム好きの連中とつるむようになる。

そのうちのひとりの25歳の年上の女性に恋をして、彼女がやっているWEB構築会社で働いているときに、9.11に遭遇する。このとき、会社はフォートミードというNSAの施設の居住区で勝手にやってたので、NSAの混乱ぶりを目にすることになる。すべての政府施設は自爆テロの対象になる可能性があったので、みんなが慌てて逃げ出したのだ。

ここで、人生なにをすべきかを考え、なんと陸軍に入隊してしまう。母親が嘆き悲しむのをよそに、訓練にいそしんだが、訓練中、両足を骨折し、除隊。

もう一度、自分がすべきことを考え、得意なコンピュータで国家に貢献することを考える。情報機関に勤めることにして、そのため身元が確かなことを確認するクリアランスを受ける。それにはなんと1年くらいかかるんだそうだ。その間、大学に戻り、恋人となるリンジーとマッチングサイトで出会ってたりする。

こうしてクリアランスに合格したが、クリアランスとIT技術を持っている人間には就職はよりどりみどりのだったそうで(マイクロソフトの資格を持っていた)、22歳でCIAに就職する。

CIAでは、シスアドの夜勤のしごとだったが、ここで面白い男と出会う。夜勤の間に、世界中からいろんな問い合わせが来るのだが、その男はリブートを指示してそれで直らなかったら昼のシフトに全部回すような、最低の仕事しかしないやつだったという。そして空いている時間(つまりほとんどの時間)は、ミステリーなどを読みふけっているんだそうだ。

ところがこの男はある時間になると、急いで建物の奥に行くという。そこで年代物の磁気テープバックアップ装置に新しいテープを仕掛けると、慎重にキーボードを打つ。モニタが壊れていたので、間違えないようにしなくてはいけなかったのだ。そうやって、やっとメモリのバックアップが無事に開始されるという。

なんとこの機械はこの男しか扱えなかったので、CIAは首にできなかったのだ。

このままではこの男のようになると考えて、スノーデンはステップアップのために、外国のCIA技術職に応募する。外国に行くために正式な訓練を受けることになったが、その訓練は大使館でともかく全ての電子機器を自力で直すような訓練だったらしい。(業者に頼むと、たちまち盗聴器が仕掛けられるから)。また大使館を退去するときに、全ての情報を消去する訓練とか。

訓練中、泊まっていたホテルの部屋があまりにひどいので、訓練生代表でCIAの上の方と正規ルートを無視して交渉したりしている。おかげで待遇は改善されたが、規律を重んじるCIAの上層部からこんこんと諭されたりしている。やっぱりそういうところがあるのだ。

訓練後の最初の仕事はジュネーブの大使館だった。ここでの仕事はあまり性に合わなかったようだ。

次に2009年に東京に来て、NSAの仕事を手伝うようになる。東京のNSAは横田基地の建物の半分を占めているんだそうだ。最初はCIAとNSAのシステムをつなげる仕事をしていたが、NSAのあちこちに散らばっている情報を最小限の通信量でバックアップを行う仕事をするようになる。

さらに中国がどのようにさまざまな情報を集めているかを評価する仕事に関わるようになり、そのデータを読んでいるうちに、アメリカが同じことをやっていないはずがないことに気が付く。きっかけは中国だったというのが面白い。

やがて、NSAがどんなふうに情報を集めているのかを、ひそかに調べるようになる。そして、NSAが合衆国国民のほぼすべての情報を集めていることに愕然とする。電話、メール、SNS、インターネットの情報のすべてにアクセスが可能だったのだ。

中国で行われていることと同じことが、国民の了解なしで行われているわけだ。ところで、アメリカでは私有地にいる人間の情報を裁判所の許可なしに集めることは禁止されている。だからNSAも個人情報を集めることがまずいことは理解していて、そこでNSAが自分に言い聞かせるために作った理屈が面白い。

その説明によると、NSAは情報を集めているがその中身は検索しないというのだ。何か調べる必要があったときに初めて検索をかけて、ある個人が何かをやった事実を知るという。つまりただ集めているだけの段階では、個人が何をやったかは実際には知らないのだから、個人情報を集めているとは言えない、という理屈なのだ。

これは明らかに詭弁だが、アメリカ人は何かやるときにもこうやって理屈を作って自分を納得させてことを行うというのが面白い。アメリカ人は自分が正しいと信じられないと、やっていくことができな国民なのかもしれない。(いや、どこの国民でもそうでしょうが)。

しかし、この辺のところを話すスノーデンについていうと、ナイーブすぎるという気がするのは、わしだけだろうか。

2009年に東京に来て、2011年にアメリカに帰るのだが、その時にアメリカで、ネットに繋がる冷蔵庫を見て気分が悪くなったという。冷蔵庫がせっせと個人情報を送って、いることに耐えられなかったのだ。

しかし、個人情報が駄々漏れの世界が来ることはインターネットの住人にはとっくに理解されていたはずだ。わしは1999年に「The Transparent Society」という本を読んだが(実際には最初の方だけ読んで飽きて読むのをやめたんだが)、そこには未来には個人情報は完全に透明となると書いてあった。しかもその本には、その方がいいのだ、とさえ書いてあった。

そういうわけで、わしすらそういう社会になることは理解していたのに、インターネットにどっぷりのスノーデンが2010年ごろになって、やっとこの問題で悩むというのは、どうもほんとうかなという気がした。

わしは個人情報とその扱いについては、きっと判例が積み重なる中で、何らかの妥協が生じて、国家、社会と個人の間で折り合いがつくだろうと思って、あまり心配していない。

さて、2013年についにNSAのやっていることを香港で暴露したスノーデンは、結局、当初の予定になかったロシアに留まることになった。スノーデンのおかげで大迷惑を被ったはずの恋人リンジーがモスクワにやって来て、二人が2年前(2017年)に結婚したと読んで、良かったと思った。スノーデン夫婦はモスクワでそれなりに落ち着いた暮らしをしているようだ。

最後に、スノーデンのCIAやNSAでの雇われ方が面白かったので、それについて述べたい。

かつては情報機関も公務員として、本人も家族も一生面倒を見てくれる、という働き方だった。ところが、9.11後、情報機関に直接雇われるのではなく、民間企業に所属して、そこから派遣されているという働き方になったらしいのだ。これは公務員の上限に枠がはめられ、それを回避するためのものだったらしい。なので、仕事はCIAやNSAのために働いて、仕事内容も変わっていないのに、スノーデンの所属する企業が転々と変わるという変なことになった。(おかげでスノーデン事件が起きた時、スノーデンはひとつのところに長くいられず、数年で転職してばかりいたダメ人間、などという話がリークされた)。

いちおう民間企業に所属していることになっているので、民間企業の上司と面接するのだが(だいたいそのとき初めて会うのだという)、最初3万ドルだった年収を6万ドルに上げてくれとふっかけたとき、なんと相手はそれ以上の6万2千ドルにしようという。なぜかというと、民間企業はその給料の一定割合が収入になるので、なるべく給料をあげたほうが利益になるのだ。そういうわけで、毎年のように給料はあがったらしい。最後は年収12万ドルだったそうで、29歳でこれは、なかなかの成功といえるんじゃないでしょうか。

というわけで、菅総理、デジタル庁作ってっも、若い技術者にはこのくらい給料払わないと難しいみたいですよ。

★★★★★

 


スノーデン 独白 消せない記録

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