ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

全裸監督 村西とおる伝

本橋信弘 太田出版 2016.10.27
読書日:2020.7.26

AVのレジェンド、村西とおるの多分一番詳しい評伝。ネットフリックスで山田孝之の全裸監督を見て、爆笑。で、本書を手に取った次第。

本書の中でも述べられているが、村西とおるはあらゆる面で過剰。一番目立つのはあの喋り口。応酬話法と言うんだそうだが、英語の百科事典のエンサイクロペディアの営業を始めた時に叩きこまれたそうで、ああ言えばこう言う式の、絶対あきらめない説得話法のことなんだそうだ。(ドラマでは都合上、英語の営業は北海道で行っていたことになっているが、実際にはこの会社は新宿にあり、村西は全国を飛び回っていた)。

この応酬話法はのちのちいつでも有効だったそうだ。AVで素人の女性を出演させるときにもこの応酬話法がさく裂した。何しろ、本番を承諾するまで諦めずに5時間以上も熱を込めて説得するというのだから。根負けして承諾するというよりも、熱の乗り移る感じみたいに承諾したのだろう。

この応酬話法がほぼ村西とおるの人生観に凝縮されていて、こう来たらつぎはこれ、これをやったら次はこれ、と次々と新しいコンセプトを開拓し続けた。有名な駅弁スタイルはもちろん、顔面シャワーも村西の発案だった。男優がカメラを持つハメ撮りもそうだ。もちろんビジネス的にも拡大一辺倒で、AVの衛星放送にも目を向けて投資していた。一方、経営者、管理者としてはまったく不適切で、最後には社員によるAVテープの横流しも常態化して、ついには村西とおるのダイヤモンド映像は破綻してしまう。

本の中にも書いてあるが、入ってくる以上に使っているのだから、破綻するのは当たり前の状況だった。もしもきちんと経理をみてくれる強力なビジネスパートナーがいればきっと破綻は避けられただろう。何しろ当時のAV企業はほとんどが、事業を変えるなり規模を縮小しながらも、今もまだ生き残っているのだから。

ドラマを見てから本書を手に取ったので、ドラマとの違いも目に付いた。ドラマでは裏本ビジネスのあと、AV会社をいきなり設立しているが、実際にはクリスタル映像に入社している。もちろん、村西とおるは好き勝手にやっていたわけだが、黒木香の「SMっぽいの好き」もこの会社のときに撮っている。ドラマでは黒木香のAVは、村西がアメリカで逮捕されてから発売されたことになっているが、そんなことはなくて、撮影後すぐに発売されている。村西の保釈金を払ったのも、クリスタル映像だ。これらは、すべてドラマを盛り上げるための脚色だったわけだ。

その後、自分の会社、ダイヤモンド映像を設立するが、大発展したのち、結局50億円の借金を抱えたまま、倒産してしまう。この時に自己破産を選択せずに、返済する道を選択する。たぶん返済する自信があったのだろう。だが返済完了したとの記述はないから、今も返済中なのだと思われる。

意外な事実として、黒木香が村西作品には実際には2本しか出ていないらしくてびっくり。あの圧倒的な存在感は、数とは関係ないのだ。ダイヤモンド映像では黒木香の部屋は村西とおるの隣だったそうだ。

他にも、有力AV女優の個室があり、事実上のハーレム化計画を推進していたようだ。といっても、ダイヤモンド映像では、社員は自分の部屋には戻らず、会社で寝泊まりしている状態で、女優が食事を作って、みんなで食べていたという。まるで大きな家族か、学園祭の前夜みたいな状態がずっと続いていたわけだ。なんだかとても楽しそう。しかし、やっぱり会社経営としては、まずい状況だ。

ダイヤモンド映像が倒産した後、子供が有力私立小学校に受かって(たぶん慶応じゃないかな)、その本や講演をしないかと持ちかけられても、子供は絶対に仕事にしなかったそうだ。偉い。

村西とおるももう70代だ。今の再ブレークでなんとか借金を返せられることを祈る。でも、いまでも、すごくパワフルに見えるよね。

わしもちょっとだけAV産業に接したことがあるので、その思い出を書く。

90年代の新入社員だったころ、わしは会社からリストを渡されて営業に出たことがある。訪問販売だ。そのリストは展示会に来てくださった客のリストで、訪問先が何の会社かは行ってみるまでは分からなかった。インターネットが普及する直前のことで、事前に調べることができないわけではないが、とても面倒なので、訪問して本人たちに直接聞いた方が早い。そこでアポを取って訪問すると、まず「失礼ですが、おたくは何をしている会社ですか?」と聞くところから営業は始まった。そしてその内容から、その場でなにかお役に立てることを提案して、営業をしていたのだ。

あるとき、新宿区のあるビルを訪ねた。そこにその会社はあったのだが、明らかに自社ビルだった。中に通されると、そこはオフィスだったけど、高そうなソファが窓に向かって何列か並んでいる不思議な部屋だった。男たちはソファに座ってなんかぼーっとしているように見えた。何人かの女性がパソコンで経理らしい作業していた。

約束してい人は、会ってみるとサングラスをかけたちょっとへんな感じの男の人だった。一緒にオフィスの隅のソファに座るときれいな女の人がお茶を出してくれた。
「申し訳ありませんが、御社は何をしてらっしゃる会社でしょうか?」といつも通り聞くと、男はぼそっと「AV」と答えた。飲み込むのに数秒かかって、「えっ?」と答えて、周りを見渡した。そこには監視カメラのモニタがたくさんあって、別の階の作業風景を映していた。そこでやってるのはたくさんのダビング器でテープをダビングしている風景だった。それを見てやっと、本当にAVなのだと納得した。

面白かったのは、ダビングで働いていたのも、やっぱりきれいな女の子たちだったことだ。たぶん、女優だろう。AV女優ってこういった作業もするんだ、と妙に感心したのを覚えている。売れていないAV女優だったのかもしれない。(DVDが出る直前で、まだテープだったのだ)。

この会社では仕事は取れなかったけど、半年後にその会社が脱税で捕まったことが新聞に載っていて、やっぱり儲かるんだなあ、と妙に納得したことを覚えている。(苦笑)

★★★★☆ 

 


全裸監督 村西とおる伝

 

年収1億円超の起業家・投資家・自由業そしてサラリーマンが大切にしている習慣 ”億超えマインド”で人生は劇的に変わる!

黒坂岳央 大和出版 2019.4.30
読書日:2020.7.23

富裕層の億越えマインドを身に着けて、自らも富裕層の仲間入りをした著者が、誰でも年収1億円を達成できると主張する本。

まあ、ときどきこういう類の本を本を読むわけですが、どの本も概ね同じことを言っています。そこのところを確認しつつ(なにしろみんなが言ってるところはきっと王道でしょうから)、他の本と違っている小さなところを拾って読むような感じです。

ところでこの手のお金持ちになれます本の場合、大きく2つに分かれます。つまり起業系か、投資系か、です。この本は、年収1億円と題していることから分かるように、起業系。で、金持ちのグループに入って、ビジネスを展開したい人なわけです。

なので、車とかは持たなくてもいいから、時計にお金をかけよう、とか言うわけです。いま、お金持ちの間では相手を値踏みするのに、時計が使われているんですって。なんか面倒くさいなあ。

そして見た目は10割だから、身なりにも気を付けるんだって。面倒くさいなあ。

その点、投資系の人は食事にも服装にも時計にもあんまり興味はなさそうな気がします。投資系の人は、資産を持ってて、それを市場に投入できれば満足なんじゃないかな。で、普段の生活はきっと相当地味ですよね。

わしも毎日だらだらと相場の流れを眺めて暮らしたい方なので、起業系のマインドは本当に面倒くさく感じる。不動産投資すらも面倒に感じる。そして、明日の、来年の、数十年後の未来がどうなるかについてだけ考えたい。なんて怠け者なんでしょう。

--怠惰です。(リゼロふう)

そういうわけで、良いことはたくさん書いてあるんですが、わしには不向きな本です。

ついでに次のようなことも面倒。

・メールは速攻で返信しましょう。 → いや、メールこないから。
・付き合う人は選り好みしましょう。(金持ちとだけ付き合いましょう)
    → そもそも友達いないし。

セミナーでは一番前に座れと言ってるが、それは実践している。一番前で聞かないと損した気になるから。

本を読もうと言ってるけど、まあ、本はそれなりに読んでるんじゃないかな。(苦笑)

この本を読んでて、うらやましいと思ったのは、著者の奥さんが起業家マインドにあふれている人で、著者をけしかけて起業させていること。こういう人にはほぼ出会えないよね。うらやましい。

わしは結婚する前は、自分の妻のことをけっこう頭がいい女性と思っていましたが、結婚してわかったのは、彼女はとても(うんざりするくらい)保守的な価値観の人なんですね。(たとえばこんなところ)。

著者にとっては、彼女と結ばれたというのが、最大の幸運だったのかもしれませんね。

★★★☆☆ 


年収1億円超の起業家・投資家・自由業そしてサラリーマンが大切にしている習慣 “億超えマインド”で人生は劇的に変わる! (大和出版)

石光真清の手記

石光 真清, 石光 真人 中央公論社 1988
読書日:2010年01月25日

あるサイトで石光真清のことを知り、図書館で手記を取り寄せたら、その分厚さに卒倒した。何しろ、1200ページぐらいあるのだ。文庫版で4分冊のものもあるので、そちらにすればよかったか。とはいえ、読み出したら面白くて、結局1週間ぐらいで読んでしまった。毎日この分厚い本を持ち歩くのは大変だったが。わしは石光真清の人生にどっぷりつかってしまった。

石光真清明治元年に熊本で生まれている。熊本は西郷隆盛西南の役で攻撃され、真清は目の前で戦争を見ている。そして軍人を目指すことにし、軍人の学校に無事に受かって、軍人となり、天皇の近衛兵になる。日清戦争を台湾のゲリラ掃討で経験。その後、ロシア語を覚えるためにシベリアに渡ったことが転機になる。日ロ関係が緊迫化する中で、シベリア周辺の情勢を調べるために、軍をやめて諜報活動に専念。馬賊と親交を結んで、ハルビンに洗濯屋や写真屋を作って、そこを拠点に諜報活動を推進して、軍に報告。日露戦争では召集され、司令部で勤務。日露戦争後は、経済的な苦難を経験した後、郵便局の経営で安定した生活を営むものの、ロシアで革命が勃発、50歳にして再び軍に頼まれてシベリアで諜報活動に従事するが、対革命政府への謀略も依頼される。日本のシベリア出兵と共に、解任を願い出て、日本に帰り、ふたたび経済的な苦難を経験して、昭和17年、太平洋戦争中に死去している。

この手記の内容は、やはり大陸における諜報活動が中心になり、その活動のさなかに出会った人々との交流が読みどころとなるのだろうが、大きく捉えて、日露戦争前とそれ以後の日本が大きく変わったところが印象深い。日露戦争までは、軍も国民も思いが一致しており、国の独立を守るために一致団結して戦争にあたったことが分かる。大国ロシアへの圧倒的恐怖が日本人全員に共有されていたある意味日本にとって幸福な時代、坂の上の雲の時代だった。ところが日露戦争に勝ち、大国の仲間入りをしたとたんに、日本は目標喪失のごとき状態に陥る。石光は戦争直後の満州で、日本軍が現地の中国人を手荒に扱う光景を目撃している。戦争中は中国人にも公平だったのが手のひらを返したような豹変振りである。ロシア革命の諜報に関しては、日本政府の方針が定まらず、諜報活動に関しても各部署が勝手に行っている始末で、しかも第1次世界大戦後の不況の中で、日本国民はまったくシベリアに興味を持たず、石光たちは誰のためにこの仕事をしているのかさっぱり分からない状況で最善を尽くそうと努力した。

もうひとつ印象深いのは、このような命がけの活動を行っても、石光は軍人を辞めた身分で諜報活動を行っていたため(軍との係わり合いが発覚すると困るため)、日露戦争ロシア革命時の仕事が終わると、裸同然の状態で放り出されて、経済的に苦闘するはめになるという不幸である。大陸で事業を起こそうとして、ことごとく失敗し、付き合っていた軍人や中国人の信頼ばかりか、シベリアのロシア人の信頼すらなくし、ついには海賊に身をやつすまでになる。ようやく世田谷の郵便局運営で数年間安定した生活を営むが、シベリアから帰ってきたらそれすらも取り上げられてしまう。これだけの仕事をした人に、国がまったく報いることがないという事実に慄然としてしまう。

晩年、くだらない人生だったと繰り返して、手記すらも死の2年前に燃やしてしまった。この手記は燃やされず残った部分を息子が再構成したものだが、燃やされた部分にはいったい何が書かれていたのだろうか。まことに他の人のため、国のために生きた人の人生には辛いことが多すぎると感じるのは、わしだけだろうか。

★★★★★ 


石光真清の手記


城下の人 新編・石光真清の手記(一)西南戦争・日清戦争 (中公文庫)


曠野の花 新編・石光真清の手記(二)義和団事件 (中公文庫)


望郷の歌 新編・石光真清の手記(三)日露戦争/長編小説・曹長の妻 (中公文庫)


誰のために 新編・石光真清の手記(四)ロシア革命 (中公文庫)

カラスは飼えるか

松原始 新潮社 2020.3.20
読書日 2020.7.20

カラスを巡るエッセイ。いちおうどの話もカラスを絡めているが、カラス自体の話は半分ぐらいで、学生時代のサルのフィールドワークの話まで入っている。

肝心の「カラスは飼えるか」という題名は、ウェブ連載時に一番反響があったものだそうだ。その答えは、「基本、飼えない、以上」みたいな簡潔なものです(笑)。

一番意外だったのは、カラスは頭がいいということになっているが、実際にはそうではないらしいこと。鏡に映った自分を見ても自分と認識できない。線路の上に置き石をするのは、賢いのではなく、食事を線路わきに隠そうとして、たまたま石が線路の上に乗ったというのが正解らしい。

実はあまり賢くないが、けっこういろいろやって成功するのは、ともかくしつこくやりつづけるかららしい。カラスは絶望的に諦めが悪いのだそうだ。諦めるまでは失敗ではない、とよく言うけど、カラスの世界では当然のことらしい。

また、わしなんかはカラスの太くて尖ったくちばしに恐怖を感じて、攻撃されたら怖いなと感じるのだが、じつはカラスは戦闘能力が低く、ヘタレなんだそうだ。攻撃するときには、前からではなく必ず後ろからだそうで、相手に向かって前を向いているうちは攻撃してこないんだそうだ。カラス、ヘタレイヤンに認定です。

またカラスの身体には毒はないけど、肉は固くてまずいそうです。まあ、見るからにまずそうだから意外でも何でもないけど。

東京は世界でもカラスが多い珍しい都市だそうで、学会のためにヨーロッパから来た鳥学者が盛んに写真を撮ってたとか。

せっかくなので、個人的なカラスの思い出を書きます。

マンションの前でカラスがトラックに激突して死んでしまったことがありました。その周りでそのパートナーらしいカラスがカァカァと鳴いていました。カラスの死体はじきに役所に処分されたんですが、パートナーカラスは諦めずに、一週間ほど毎日そこでカァカァ鳴いて、パートナーを呼び続けていましたんですね。(死んでもう会えないとは認識できないらしい)。カラスのペアの絆は深いんだなあ、とけっこう感動しました。

でもたぶん、そのカラスは、すぐに元気になって、別のパートナーを見つけて子作りに励んだと思います。この本を読む限り、諦めは悪いけど、意外に忘れっぽいみたいなんで。

★★★☆☆ 


カラスは飼えるか

僕の人生には事件が起きない

岩井勇気 新潮社 2019.9.25
読書日:2020.7.8

(ネタバレあり。注意)

芸人、ハライチのボケ担当の岩井勇気が、なにしろ事件が起きないので、日常に起こる些細なことを針小棒大に語るエッセイ。

事件が起きないというのは、バラエティ番組で、昔の苦労話をせがまれることをいうのだという。普通、芸人はなかなか売れず下積み生活が続いてアルバイトに精を出したとか、女の子に食わせてもらったとか、そういう話があるはずだという思い込みがあり、そういう話を求められるのだそうだ。

ところがハライチの場合は、デビューしたあとすぐにテレビに出るようになり、順調に売れ続け、そういう下積みがないのだという。なので、こういう質問にはたいへん困るんだそうだ。

もちろん日常もいたって普通なんだそうだが、なにしろそれなりに成功している才能ある芸人なので、日常生活の中にネタを探し出して文章にするのは、そんなに難しくなかったようだ。本人も言うように器用なんだろう。ものすごく読みやすくて、あっという間に読んでしまった。会社からの帰りの電車でほとんど読み終わってしまい、残念だったほど。

そもそも他の人が気になるようなところが本人は気にならない性質みたいで、ある意味鈍感だから、事件が起きないと思うのかもしれない。住んでいるアパートが、墓地の隣なのに、全く気にならない。そもそも幽霊とかの超常現象は信じない。そして、実際になにも起こらない。

しかも人付き合いもあんまりいいほうじゃないらしい。人間関係も無理などしないので、いたってマイペースである。

しかもどうでもいいことにハマる。人に説明することが困難なことにハマる。

こんな感じだから、いまいち地味である。なので、ハライチの相棒、澤部との存在感を比べたら、圧倒的に存在感がない。なので、タクシーに乗っても気付かれない。さらに運転手にハライチの澤部を乗せたことがあると言われ、澤部の態度が悪かったという話を長々と聞かされたりする。

人間関係にあまり思い入れがないので、同窓会に出たいとも思わない。誕生日パーティに誘われて、うんざりするが、あえて受けて立って、自分で描いたどうでもいいような絵をプレゼントして相手をドン引きさせたりする。

いや、なかなか興味深いので、ぜひこの調子でエッセイを書き続けて、たまには創作童話とかそういういやらしい本を出して、楽しませていただきたいなあ、と思う次第です。

ところで、ハライチのコンビとしての活動は、わしは知らないです。ネタも見たことない。ついつい本の題名につられて読んだのですが、なかなか面白かったです。

★★★☆☆

 


僕の人生には事件が起きない

起業には基本形があるらしい

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最近、「しょぼい喫茶店」が閉店したことを知りました。閉店したのは今年の2月のことだけど、昨年の11月末には店を休業して実質的に閉店状態になったそうなので、新型コロナの影響というわけではありません。

しょぼい喫茶店を知ったのは、えらいてんちょうの「しょぼい起業で生きていく」に出ていたからです。

わしはこの本を読んで、えらいてんちょうのやり方は、結局のところSNSを通して、自分を売り込む商売だと判断しています。このやり方は、ちょっとわし好みではありません。

ところで、しょぼい喫茶店の方は、えらいてんちょうは開店のお手伝いをしただけで、実際に経営をしていたのはえもいてんちょうという人です。(名前が紛らわしい)。

閉店に至る経緯については、ここに記載があります。

この人、朝は起きれないし、ひとに混じって集団生活も苦手なんだそうで、就活を諦めて店を始めることにしたらしい。だから、喫茶店の営業もやったりやらなかったりで、開店時間も不安定だったようです。

そんなゆるゆるな感じが受けてSNSでバズったので、開店当初はあちこちから多くの客が来たようですが、しばらくすると客は減り、0人だった日もあったといいます。こうして、売上がほとんど上がらない中、結婚したこともあり、がんばって店を続けましたが、ついに心が折れて休業に至ったようです。

その文章の中には、こうすればよかった、と反省の弁もあります。それによると、店の運営はアルバイトでも雇ってその人にやってもらい、自分は客を引っ張ってくる部分に注力すべきだった、とか。労働する人が自分しかいなかったために、店の運営に全面的に関わらなければならず、それ以外のことがまったくできなかった、といいます。

これはまったくその通りなので、次になにか起業したときには、ぜひこのルールを守ってほしいなあ、と思います。といっても、わしは起業したことはないので、偉そうなことは言えないのですが(笑)。

失敗のしようがない 華僑の起業ノート」によると、華僑は起業するときに、必ず「お金を出す人」、「アイディアを出す人(経営者)」「作業する人」の3人を用意して起業するといいます。アイディアを出す人は、ビジネスを軌道に乗せ、発展させるのが仕事で、それに注力しなくてはいけないのです。経費を減らそうと、経営者が自分で作業するのは厳禁です。

このレビューに、そのころわしの近所にオープンした、出前とテイクアウトに特化した中華料理屋の話を書きました。中国人しかいないので、まさしく華僑のスモールビジネスです。そこで料理を作ってるおっさんは、一見店の主人ですが実は雇われ人で、ときどきやって来てあれこれ指示している小太りのおっさんが、本当の経営者なのです。経営と作業の分離がなされているわけです。(なお、出前は少なくともバイトが二人いて、バイクで配達しています)。

その店舗スペースは次々いろんな店が撤退したいわく付きの物件でした。しかし、もしかしたら華僑の起業スタイルならうまくいくのか注目していました。

結果はどうだったか。

2年たったいまでも、その店は元気に営業しています。相変わらず店には誰も立ち寄らずテイクアウトは閑古鳥が鳴いており、出前一本の経営ですが、なんの問題もないようです。(出前ですので、もちろん新型コロナは関係ありません)。

わしもその店で買うことはないのですが(店の中が整理整頓されていなくてごちゃごちゃで、なんとも入りにくい雰囲気なんです)、その店の前を通るたびに、華僑ってすごいなあ、と感心しています。

ともかくビジネスって、仕組みをきちんと作って回さないと、うまく行かないってことですよね。

カウフマン、生命と宇宙を語る

スチュアート カウフマン, Stuart A. Kauffman, 河野 至恩 日本経済新聞社 2002年9月
読書日:2009年03月18日

非常に興味深いが、ちょっと残念でもある書。残念なのは、私が最も知りたかったことが、カウフマンにも分からなかったこと。せめて取っ掛かりぐらいは知りたかったが、カウフマン自身が分からないと言ってるのだからしょうがない。

この書では主に「一般生物学」の構想のことが語られる。一般生物学とは、生物というものが一般的に(普遍的に)発生するのか、そのときの条件はどのようなものか、その生物には進化して多様性が一般的に生じるのか、といった従来の生物学を越えた、宇宙のどこにでも起こりえる普遍的な内容を取り扱う。

カウフマンは宇宙のどこかで生物が生まれるのは非常に起こりやすいことだと考えている。そして生物が進化して多様な生物圏を作ることも起こりやすいと考えている。そうなる根本的な理由はわれわれの宇宙がそもそもより複雑で多様になる指向性があるからだと考えている。そういうわけで、話は専門外の宇宙論にまで広がり、どのように宇宙論を今後展開しなくてはいけないかの構想まで提案するのである。

こんな調子だから、最初のページから最後にいたるまで新しい概念が出てきて、ついていくのがやっとという状況に陥る。まさしく創造性あふれる書物だ。

しかしながら、やはり、最初に出てくる生物の起源、一般生物学の話が面白い。そもそも一般的な生物とは何かという定義が必要になってくるが、カウフマンの定義によれば生命は、自律体である。自律体とは複製を作り、熱力学的仕事サイクルを実行できるなにかである。

自律体は何でできていてもいいはずだが、カウフマンは化学ネットワークに起源を求めている。多様な分子のスープがあるとして、分子間でさまざまな化学反応が起こる状態にしておくと、少なからぬ確率で、お互いが触媒になる化学ネットワークが確立する。単純な例では、分子Aは分子Bができるための触媒であり、分子Bは分子Aができるための触媒であれば、お互いを作りあい、AとBが大量に発生する(複製)。こういった化学ネットワークが自律体の基礎となる。

自律体は仕事が出来なければならないが、熱的平衡状態では仕事はできないというのが熱力学の基本である。ところが、宇宙は基本的に常に非平衡状態であったことが述べられる。もしかしたら遠い将来、宇宙は熱的平衡に達して、熱的死を迎えるのかもしれないが、いまのところそうではない。したがって、何らかの方法で自律体が非平衡状態からエネルギーを得て、熱力学的仕事サイクルを行い、つまり自らを維持し、分子合成などを行い複製を作り、増えていくことは可能に思える。例えば光が降り注いでいるのなら、それを利用した熱サイクルはいろいろ起こりえる。この過程にはたくさんの分子は必要ない。

こうして自律体ができる可能性は、非常に高そうである。生命が誕生する基礎は、宇宙のいたるところに普遍的にあるというのが単純にうれしい。ところが、ここで議論はデッドロックに乗り上げてしまうのだ。

偶然にも自律体ができたとして、その自律体は、なぜ自らを維持し増えようとするのだろうか? 偶然できた自律体なら、このまま消えてなくなってその自律体には不満はないはずである。単純な化学ネットワークなら、周辺で手に入る材料がなくなれば、それで増殖は終了する。何らかの仕組み、システムが自律体にビルドインされていない限り、自らを維持しようとはしないだろう。こういうことが起こるなにか物理的な仕組みにはどんな可能性がありえるのだろうか? もっと単純にいおう。なぜ自律体(生命)は生き続けようとするのだろうか? もしそれが分かれば、これこそ意思の起源となるものだろう。

だがカウフマンはそれを物理で説明しようとしない。代わりに哲学の意味論で説明しようとする。が、もちろん、うまくいかないので、カウフマンはこう言明して終わるのだ――私は、自律体が生まれるとともに物理宇宙に「すべき」と「ある」の概念が生まれたと思っている――と。

悪くはない論考だが、しかしなんら説明していないことには変わりない。この回答にはそうとうがっかりしたといわざるを得ないが、しかしそう簡単に答えが出るものでないことは理解している。おそらくわしが生きているうちには無理だろう。

いったん生命が誕生してしまえば、その後の進化、生命圏の複雑になっていく過程の説明は、複雑系のカリスマであるカウフマンの独壇場である。

★★★★☆

 


カウフマン、生命と宇宙を語る―複雑系からみた進化の仕組み

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