ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

新しい封建制がやってくる グローバル中流階級への警告

ジョエル・コトキン 訳・寺下滝郎 解説・中野剛志 東洋経済新報社 2023.11.14
読書日:2024.2.24

一握りの超富裕層が世界の富の大半を握り、グローバル社会のなかで中流層は没落してデジタル農奴となり、このような状態が世襲化して引き継がれる結果、社会的な流動性がなくなり、階級が固定化して、中世の封建制に似た世界がやってくると警告する本。

まあ、このような格差が広がって、しかもそれが世襲されて固定化するという話は今では珍しくないのだが、それを中世の封建制と比較しているところが新しい。

ヨーロッパでローマ帝国崩壊後に封建制が誕生した経緯は次のようなものだったそうだ。ローマ帝国が滅びると、治安も崩壊して、自営の農家が身を守るすべがなくなってしまう。そこで、農地を手放して有力な豪族の庇護下に入る。その結果、移動の自由を含むすべての自由がなくなり、農奴となり、ここに階級が固定化されてしまう。

現代でもまさに同じようなことが起きているというのだ。

と言われても、わしはだからどうした、という感じで読んでいた。しかし、このような未来は今のカリフォルニアですでに起きているといい、その様子を具体的に述べているのだが、それがけっこう戦慄すべき状況なのである。

かつて「黄金州」と呼ばれてチャンスの国であったカリフォルニアだが、いまでは格差が拡大して、その格差は全米で最悪にちかく、南米のグアテマラホンジュラスに似た状態だという。アメリカの生活保護世帯の3分の1がカリフォルニアにいるそうだ。そしてカリフォルニアの住民の3分の1が貧困ギリギリで毎月の請求書の支払いで精一杯であり、子供の45%が標準以下の住居に住んでいるという。ロサンゼルスは貧困率が全米の有力都市の中で最悪であり、衛生環境が悪化して、チフスなどの中世で流行った感染症が増えているのだという(まさか!)。

カリフォルニアの経済は拡大しているが、その経済発展はシリコンバレー周辺に極端に集中している。しかしIT企業の雇う人数は少なく、しかも市民権を持たない一時滞在者が40%を占める一方、一般市民は置き去りにされ、仕事があってもほぼ請負契約で働いていて収入は極端に少なく、トレーラーハウスに住み、30%が何らかの公的な支援なしには生活できない。シリコンバレーには全米で最大規模のホームレスの野営地がある。安くて良好な賃貸住宅はすでに崩壊している。

では、シリコンバレーで働いている技術職ならば大丈夫かと言うと、そうではない。グーグルは社員のために会社の近くに寮を建てているそうだ。そうすると、グーグルを馘首になると、とたんに住むところがなくなってしまうのだろう。彼/彼女は会社の奴隷となって働かなくてはいけなくなる。まさしく農奴である。高給をもらっていても、高い物価と税金のせいで、その生活レベルはかつての中流と変わらないという。いい生活をしているのは、テックオリガルヒと呼ばれるエリートだけである。

面白いと思ったのは、かつてのローマ帝国では、周辺の農地に奴隷を連れてきて働かせた結果、仕事を失った市民がローマ市内に入ってきて、30万人が帝国の提供するパンで生活していたそうだ。いわゆる「パンとサーカス」の政策なんだけど、当時のローマの人口は100万人程度と言われているから、30%に仕事がなく政府の公的支援が必要だった。この数値はいまのカリフォルニアの状況と近い。すると、今の状況はやはり新しい中世へ向かう一歩手前という状況なのだろうか。

中世では宗教が大きな役割を果たしていているが、現代でこの役割を果たしているのが、グリーンとかSDGsなどだという。中世の宗教では司教が贅沢をしながら貧乏人に来世を約束して現世を耐えるようにと主張するが、現代のグリーン教のひとたちは、プライベートジェットでダボスに駆けつけながら、自分たち以外の人達にエネルギーを使わないように主張する。しかし彼らはそれをなんとも思わないのだそうだ。なぜなら、炭素クレジットという贖宥状(しょくゆうじょう=免罪符)を購入することで、彼らは自分たちがグリーンに貢献していると主張できるからで、これは中世の金持ちと同じである。このような現代の聖職者と言えるのが、「有識者」と呼ばれる知識人たちだ。

このような未来は、SFの「すばらしい新世界」(ハクスリー)が参考になるという。エリートとそれ以外に分かれた世界だ。(やっぱり読まなきゃなあ、これ)。もちろん、現代では「有識者」のエリート層とそれ以外のデジタル農奴に分かれているんだそうだ。デジタル農奴たちは、わずかな公的支援ベーシックインカムなど)と引き換えに、デジタル情報を売り渡すデジタル農奴になるのだそうだ。

なるほど。言いたいことは分かる。

しかしわしの思うに、著者のコトキンは、経済的に自立しておらず、公的支援を受けるような人たちは、ローマ時代のパンとサーカスローマ市民と同じように、よろしくないという感覚が強すぎるような気がする。だが、わしは、個人的には今後の社会は、生きていくのに基本的な食料や住まいは無料に近づいていくと思っている。だから経済的な自立の程度はあまり気にしなくてもいいと思う。(そもそも有機体的な社会の中で、経済的自立って言ったって、完全な自立はありえないし)。

グーグルやマイクロソフトなどの巨大テックだって、全然永遠の存在じゃない。30年後に彼らがどれだけ力を持っているか、確信できる人はいないだろう。そしていくらエリートたちが富を集めても、100%以上は集められない。そしてもしそうなったら経済は破綻し、彼ら自身も貧乏になってしまう。だから、いくらなんでも富の集中には限度がある。

そしてなにより、彼らは国家の下にある。彼らの集めているお金は、国家の管理下にあるのだから、国家には逆らえない。中国で共産党にアリババもテンセントも逆らえないように。だから、富が集中していることよりも、権威主義国家ではなく民主主義国家であることのほうが重要だ。そして巨大テックにはきちんと税金を払わせることが大切だ。それができなければ、独占禁止法などで解体することだって国はできる。

わしは今後、世界人口は21世紀後半にピークに達したあと、減少すると思う。いま先進国や中国でおきていることは、その先駆けなのだ。もしかしたらピークの半分ぐらいになるかもしれない。その時代では、ふたたび人の価値が上がるだろう。中世のヨーロッパでペスト(黒死病)で人が減った結果、人の価値が上がったように。

そして、わしは日本人はこういった「デジタル封建制」というか、「ハイテク中世」というか、こういう世界と極めて相性が良いと思う。世界は、次の時代では、日本の経済ではなく、日本人の生き方自体に希望を見出す可能性があるんじゃないだろうか。

この本を読んで思ったのは、じつは危機感ではなくて、日本の時代が来る予感でした。

★★★★☆

にほんブログ村 投資ブログへ
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ