ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた

養老孟司 聞き手・鵜飼哲夫 中央公論社 2023.11.25
読書日:2024.2.25

養老孟司が自分の過去を振り返った語り書きの自伝。

養老孟司って、わしにとっては「バカの壁」で突然出てきた人のように見えていたけど、なぜ東大の解剖学の先生がこんな感じで世の中に出てきたのかさっぱり分からなかった。でも本当に養老先生って、子供の頃からずっとこんな感じだったんだね。笑える。東大引退後の虫を採っている養老先生の姿をテレビで見て、母親が、「お前は子供の時からちっとも変わっていない、安心した」と言ってたのだそうだ。

子供の時と同じように、いまでも多くの時間を集めた昆虫の標本作りに費やしている。本が売れて、お金が入ったので、箱根の別荘でそれをやっているけど、きっとお金が入っていなくてもやっぱり自分の家で同じことをしていたんでしょうね。

虫については積極的だけど、それ以外はほぼ受動的で、自分から積極的に働きかけるという感じがあんまりない。キャリアについても、本当は昆虫学者になろうと思って、じつはハワイの研究所に就職もほぼ決まっていたんだけど、病気で倒れた母親が懇願したので、折れて医者になっている。父親が亡くなって母子家庭だったから、逆らえなかったらしい。そして医者になってみたら、臨床はあまりに責任重大で苦手だった。それに患者は良くなったら戻ってこないので、しつこく考える性質の先生は気になって、こういうところも合わなかったそうだ。

臨床が苦手だったけど、人間に興味があったので精神科へ行こうと思ったら、そのころは精神科の人気が高くてくじ引きで外れたんだそうだ。それで、人気のなかった解剖の方に行くことになった。けれど、死体は動かずにいくらでも調べることができるので、結果的に自分に合っていたのだそう。こんなふうにキャリアはまったく受動的に決まっていった。

いまでも、自分からしかけるということはなく、基本的に来た仕事はぜんぶ引き受けるんだそうだ。どうしてかと言うと、自分で仕事を選ぶということは自分で基準を作って選択するということだから、そんなことは面倒くさいから。なんとも受動的。

というわけで、きっと養老先生は、編集者にとって極めて使い勝手のいい媒体ということになるのだろう。どうも編集者が養老先生をうまく使ってベストセラーを作ってきたということらしい。

というわけで、ほんとうになるようになってきたのである。

とは言っても、文化人としての養老先生は、やっぱり読書の賜物のようだ。子供の時から本はずっと読み続けていて、いまでも暇があるとやっぱり本を開いてしまうんだそうだ。

そしてしつこく考えるところも、昔かららしい。数学のわからない問題があると、一週間ぐらい考え続けたらしい。一晩眠ると、忘れてしまうから、また最初から考えるのだそうだ。この、一度忘れてしまうというのが勉強にはよかったそうだ。もう一度ゼロから考えるということだから。こうやって、勉強らしい勉強はしていなかったのに、成績は1番だったそうだ。

でも、養老先生の知力はどちらかというと原理を考えるというよりも、博物学的なものだと思う。きっと昆虫採集の延長なのである。だから生物学や数学のようなものはいいけれど、物理学は苦手だったそうだ。これではいけないと、大学院に入ってから物理学の勉強をやり直したそうだ。

解剖学に入ったら、世間が死をないものにしようとする傾向があるのに疑問を感じて、日本人の歴史を振り返っている。そうやって、日本人は歴史的に、肉体的な時期と脳的な時期を繰り返しているということを発見する。これが文化人としての最初の成果なのかな。

また、夜は酒場に出かけていろんな専門家の話を聞いて勉強するようになる。こうして現代の解剖学の意義について考えたんだそうだ。この付き合いがのちのち役に立ったようだ。

文化人の養老先生はこんなふうに誕生したらしい。当時は100万円もするワープロも買って、自分で文章も書くようになった。ただし今では話したことを編集者がまとめるのがほとんどのようだ。この本もそう。

日本の歴史を振り返った成果としては、大災害のあとに大きく変化する傾向があることも発見したんだそうだ。日本が急速に軍事化に向かったのは、関東大震災が影響しているという。また明治維新も、1855年の安政の大地震が影響しているという。

こんなふうに災害で世の中が大きく変化するので、日本人は社会の激変も仕方がないと受け入れる素地があったと考えているようだ。敗戦も仕方がない、と、まるで災害のように考えているふしがあるという。

この本では、敗戦時の日本人の楽観的な様子をいまでも不思議だと言っているのだが、単なる災害と思っているから楽観的だったのだ、でいいんじゃないの? 歴史的な責任とか考え出すと面倒なことになるけど、災害史観では責任は問われない。

うーん。ともあれ、羨ましいくらい、悠々自適だなあ。

★★★★☆

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