デイヴィッド・ウェリントン 訳・中原尚哉 早川書房 2024.1.15
読書日:2024.3.29
(ネタバレあり。注意)
防衛警察(防警)の警部補サシャ・ペトロヴァは、元防警トップだった母親エカテリーナの七光から抜け出そうだと功を焦り、捜査に失敗して、僻地の植民惑星パラダイス−1の調査を命じられる。船長でサシャの元カレのパーカー、医師のジャン、ロボットのラプスカリオンとパラダイス−1の軌道に到着すると、いきなり攻撃を受ける。パラダイス−1の軌道上には100隻以上の船が惑星への接近を妨害しているのだった。さらにペトロヴァたちはその乗務員やAIが精神寄生体に感染していることを発見する。ペトロヴァは精神寄生体の感染を防ぎ、パラダイス−1にたどり着けるのだろうか……。
わしが読んでみようかなと思う海外SFを手に取ると、なぜか訳者が中原尚哉である。これまで「マーダーボット・ダイアリー」とか「鋼鉄紅女」とか。読んでよかったと思うことが多いのだけれど、今回ははずれ。絶妙な訳語を発明して、作品のイメージを印象づけることに長けた人だけど、今回は如何ともし難かったのかなあ。
いろいろ事件が起きるのだけれど、これがちっとも面白くないの。
精神寄生体バジリスクに感染した人間もAIも特定の妄想に駆られるんだけど、たとえば、飢餓感とかに襲われて自分の身体すら食べてしまうとか、感染体を発見しようとして自分の身体を切り刻んでいくとか、そんな感じです。
せっかく精神に寄生しているのだから、もうちょっと深い部分を書いてくれればいいのだけれど、これだと単なるゾンビになってるんだよね。現代のゾンビものも、人間はゾンビに噛まれたら感染して精神が崩壊するんだから、全く同じ。作者の経歴を見てみると、ゾンビホラーを書いている人らしいから、まあ、そりゃそうでしょうねえ。ゾンビ好きならこれでいいのかもしれないけど、わしはゾンビものがちっとも面白くないんだよね。
そして、ゾンビものって、ゾンビのいる危険地帯を抜けてどこかの目的地を目指すって場合があると思うんだけど、この物語もパラダイス−1に到着するのが目的だから、基本的にそのような構成なんだけど、なんだか脱出ゲームみたいな感じでちっとも面白くない。(脱出物も好きでないの)。
で、ゾンビものってゾンビだけでは持たないから、いろいろな人間模様が描かれて、そっちのほうが面白くなければいけないんだけど、まあそのへんはいろいろ工夫している。例えば、元カレのパーカーは実は最初の攻撃で死んでいて、今いるのはコンピュータにアップロードした精神のホログラムだったとか、ロボットのラプスカリオンは3Dプリンターを駆使してたくさんの身体に分割できるとか、いろいろ面白げなアイディアはたくさんあるんだけど、まあ、本編のテーマとはあんまり関係ないし。
後半に、サシャの母親のエカテリーナが登場して、母娘の確執が話の中心になって、少しは面白くなる。結局、ゾンビよりも家族間のドロドロのほうが面白いという、まあそうでしょうね、という話なんです。
これが300ページぐらいだったら、まあいいか、という気もしますが、文庫本で上下合わせて1000ページ弱もあるんですからねえ、読んでいるうちに飽きてしまいます。
なんか内容のない物語を無理やり長くして全13話のシーズン1にしてみました、という感じ。実際、これは3部作の第1部なんだって。
ネタバレすると、精神寄生体のバジリスクは何者かに作られて、パラダイス−1に誰も入れるなと命令されてそれを実行していたんだけど、バジリスクにも好奇心があってパラダイス−1に何があるのか知りたいのだという。それでサシャ・ペトロヴァとバジリスクの間にバジリスクをパラダイス−1に連れて行くという合意が成立して、サシャはバジリスクを寄生させた状態でパラダイス−1に着陸したところで終わり。もちろん、惑星に着陸したらしたで不穏な状況を醸し出して続く、となっています。
うーん、そうですかあ。でもバジリスクは、べつにサシャに頼らなくてもいつでもパラダイス−1に降りようとおもったら降りられたのではないかと思いますが、なにかそれができない理由でもあったんでしょうか。ある程度、寄生した相手を操れるようになるわけですし。まあ、どうでも良くなっているので、別にいいです。続編は読むことはないでしょう。
ちなみに、精神寄生体というアイディアは結構昔からあって、クトゥルフ神話なんかに出てくるそうです。(クトゥルフ神話も何が面白いのかさっぱりわからん)。バジリスクとは中世ヨーロッパ神話に出てくる毒蛇のことだそうです。
★★☆☆☆