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鋼鉄紅女

シーラン・ジェイジャオ 訳・中原尚哉 早川書房 2023.5.25
読書日:2023.8.25

(ネタバレあり。注意)

謎の異星人、渾沌(フンドゥン)からの攻撃を受けてから2000年後、地球人の国、華夏(ホワシア)は渾沌の亡骸を材料に戦闘機械・霊蛹機(れいようき)を作り、渾沌に奪われた土地の奪還を目指している。霊蛹機は人型に変形できる巨大ロボットで、男女がペアになって気で操縦するが、妾女(しょうじょ)と呼ばれる女性の方は戦闘のたびに死に、使い捨ての存在だ。姉を霊蛹機パイロットに殺された武則天(ウー・ゾーティエン)は復讐のために妾女に志願するが……。

いやー、なんと言いましょうか、中華テイストのSFはいまのところとても美味しい。しかもシーラン・ジェイジャオはどこか振り切った感のある持ち味を発揮していて、読んでいて清々しいと言いましょうか。わしは最初の100ページぐらいはおバカすぎて、かなり爆笑しながら読んでおりましたが、もちろん単なるおバカ作品ではありません。

出てくる人物はほとんど歴史上の人物ですし、中国文化的テイストは満載で、髪型とかも装飾品も、昔の中国のものがそのまま出てきているようです。昔の中国のことはよく知らないので、その辺は検索しながら読むことになりました。

全体的な地理感覚も中国的です。

華夏は間違いなく中国そのもので(というか華夏とはもともと古代中国のことだから当たり前なんだけど)、異星人の渾沌は中国に侵入してくる遊牧民族のイメージなのでしょう。防衛線となる長城もこの世界では作られており、その外側で戦闘は行われます。長城の向こうから攻めてくるかつての史実上の遊牧民は、漢民族にとって本当にこんな渾沌のようなイメージだったんじゃないかという気がします。

でも、主人公の則天はそんな中国の文化に苦しめられる存在です。

なにしろ、この世界では女性が男性に仕えることが幸せと信じ込まされ、女性パイロットの妾女も使い捨てにされているのですから。主人公・則天はそんな女性の扱いに怒りを覚えて、自分自身も必死に生き残ろうとする中で、なんとか女性の立場を改善しようと奮闘します。ですが、男性社会からはもちろん、家族からも一般の他の女性からも理解を得られないという状況です。

そうなのです。実はこれはフェミニズムがテーマのSFなのです。

著者のシーラン・ジェイジャオは本職はユーチューバーだそうです。則天がメディアに露出してその人気を武器に自分の立場を強めていこうという戦略を取るのは、その辺の影響なのでしょう。ちなみに、渾沌との戦闘はドローンにより全国民に生中継されて、パイロットは英雄で人気者です。(昔の恋人の高易之(ガオ・イージー)の父親がメディア王だというのは、名前の通りイージーな展開なのではあるけれど)。

おまけに則天の乗るロボット、朱雀(すざく)には最終的に男2人(李世民(リー・シーミン)と高易之)、女1人(則天)というパイロット構成になるのですが、則天は男性パイロットの両方ともと性的な関係を持ち、しかも男2人もお互いに愛し合ってしまうという、なんだかなあ、の関係になってしまいます。まあ、チームとしては最高にまとまるのは間違いないでしょうが、きっと性的にも著者はオープンな性格なんでしょう。(なんとなく著者本人はレスビアンっぽい印象)。

そして、ラストはちょっと考えさせられました。

渾沌に奪われた周を奪還したあかつきに、軍の秘密を暴露しようと、則天たちは試みます。その秘密とは、妾女たちの力は抑制されて、必ず男の方が生き残るように霊蛹機は設定されている、ということでした。でも、その試みはうまくいきません。

そして、伝説の英雄、秦政(チン・ジョン)を救い出して、その霊蛹機・黄龍(こうりゅう)の女性パイロットとなった則天は、その強力な力を使って、世界征服に乗り出すのです。人質として捕らえられた自分の家族もあっさり殺して……。

どうも、わしにはこの発想は、シーラン・ジェイジャオがやっぱり中国人だからなんじゃないかという気がするなあ。説得するなんて無駄、力でねじ伏せてしまうしかない、という考えに落ち着くというのがねえ。中国人はフェミニズムは理解できても、リベラルについては心の奥底からは理解できないんじゃないかって気がけっこうするんだ。このような娯楽SFで結論づけるのもなんですが。

中国人って論理的に考えるよりも、史実に先例を求めて、それに則る傾向がある気がする。だから、周の皇帝になった則天武后の史実にのっとれば、こういう展開になるんでしょう。中国人に歴史にのっとる発想がある限り、なかなかリベラル的な展開にならないなー、と思ってしまう。

とりあえず、この作品をディズニーが映画化することはないんじゃないかな。少なくとも内容を改変しない限り無理な感じ。でもネットフリックスなら大丈夫かも。

続編の新作は2024年みたいだから、そこまでは付き合ってみるかな。この変わったフェミニズムSFがどうなるか、ちょっと気になるからね。

最後にネタバレですが、ここは地球ではなく別の惑星で、実は地球人の方が侵略者だったことが分かって、則天が悲鳴をあげるところで、この小説は終わっています。

(なお、著者は中国出身ですが、現在はカナダ人です)。

★★★★☆

 

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