凪良ゆう 講談社 2022.8.2
読書日:2024.4.4
(ネタバレあり。注意)
伝統的な家族観を破壊する作風の凪良ゆうが、地方と都会と恋人たちというベタなテーマの物語に、なかなかあり得ない家族構成を絡めることに挑戦した本。
凪良ゆうはたぶん普通の家族というものを疑っている。というか、信じていない。なので、彼女の小説の登場人物たちは普通の家族ではなく、他の人から見ると眉をひそめるような関係の家族を作る。それは拡張した家族とも言えるし、便宜的に家族の名を語ったたんなる共同体とも言える。
この本でそのような家族を作るのは交互に語られる恋人二人のうちの女性の方、井上暁海(あきみ)で、彼女が最後にたどり着く家族形態は家族の名を借りた互助会なんだそうだ。彼女が最終的に結婚した相手は高校時代の恩師の北原先生で、淡々と人生に起こる問題に対処しているような人だが、お互いに一人で人生を送るのがいやだから結婚をするんだという。だから二人は恋人というわけではなく、便宜的に結婚する。北原には亡くなった妻(これももと生徒)のあいだに娘がひとりいるし、さらに月に一度会いに行く別の女性もいる。しかも暁海も、結婚後にかつての恋人、青埜櫂(あおのかい)が病で倒れると、彼の世話をするために一緒に住んだりする。つまり、この家族は相手のことを縛るための家族ではない。
プロローグでいきなりこの特異な家族模様が描かれて、そこは田舎なのでみんなが噂をしていて、いったいこれは何なんだと、読者の興味を掻き立てるところから物語が始まる。こうして最終形態がまず描かれているのだから、ここまで読者を連れて行くのが作者の役目になる。これは凪良ゆうがよく使う手法だけど、いきなり読者の関心をつかむので、今回も効果的だ。
恋人となる青埜櫂と井上暁海が17歳のときから、交互にお互いの視点から物語は語られるが、この二人の家族自体がまず破綻している。二人が急速に接近するのは、似たような境遇にあるからである。この小説には普通の家族はまったく出てこない。凪良ゆうはたぶん、普通の家族を描くことができない。(ここでいう普通の家族とは、世間の規範を守って、それに満足しているような家族のこと)。二人が住んでいるのは瀬戸内海のしまなみ海道沿いの愛媛側の島のようだ。
この二人の話が展開するのだが、これが驚くほどベタな展開なのだ。田舎で将来を約束した恋人のうち、男が東京へ行き、女が残るが、都会と田舎の間で二人に乖離が生じる。男は都会で一時的に成功するが、些細なことで転落する。
とくにラストは、男がガンに倒れて、最期は故郷で花火を見ながらかつての恋人に抱かれて事切れるのだが、わしはこのラストの展開を選択することに、凪良ゆうは小説家としてなんの躊躇もなかったんだろうか、といぶかった。あまりにベタすぎるから。まあベタな展開だけに、読者は安心して物語に入っていけるだろうし、よく書けているから読者は楽しめるだろう。ラストでは泣けるかもしれない。
もしかしたら、凪良ゆうはベタな物語構成にいかに自分のテーマ、拡張された家族を組み込むことに挑戦したのかもしれない。そうすると、二人の視点から語られているにもかかわらず、メインとなるのは田舎で苦闘する井上暁海ということになる。実際、東京で漫画原作者として成功する青埜櫂の話は、へーそうですか、としか言いようのないものだ。この辺には急速に人気作家になった作者本人の経験が参考になっているんだろう。
自立心のない母親を抱えて苦闘するヤングケアラーの井上暁海を助けるのは、父親の不倫相手の林瞳子(とうこ)で、彼女が男に頼らない自立した生き方を教える。もうひとりの高校の化学教師の北原先生は、なにか問題があると倫理的な面は全く問わずに具体的にできることをするという飄々とした性格で、世間の常識にはまったくとらわれない。だから、北原先生が恋愛関係でない夫婦になって便宜的な家族を構成するという提案を暁海にしても、読者に納得させることに成功している。実際、この拡張家族を構成してから、暁海の人生はぐっと安定するのだ。
なるほどねえ。まあ、確かに、なにか新しいことを盛り込むには、その他の部分はベタにしておくのがいいのかもしれない。そうでなければ読者はついてこれないかもしれない。
題名の星というのは金星のことで、夕星(ゆうずつ)というあまり聞かない表現で何度も出てきます。凪良ゆうは、登場人物のネーミングを含めて、言葉の使い方がとてもうまい。
★★★★☆