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ブループリント 「良い未来」を築くための進化論と人類史

ニコラス・クリスタキス 訳・鬼澤忍、塩原道緒 NewsPicks 2020.9.27
読書日:2021.3.24

人間には良い社会を築くための設計図(ブループリント)があらかじめ遺伝的に埋め込まれていると主張する本。

最近、ヒトの脳は社会的な生活を行うために進化したとする社会脳仮説やら、国家の形成に自己家畜化が貢献したとか、逆に仲間には優しいが仲間以外には激しく暴力を振るうパラドックスがあるとか、そういうヒトの社会的な進化を扱う本がたくさん出版され、わしも読んできた。この本もそういった系統の本の一種だ。

興味深いのは、これら社会的進化を扱っている人たちの専門がみな異なっていることである。心理学者もいれば歴史学者もいるし、文化人類学者はもちろん、社会学者もいる。人間の社会生活の進化は多くの学問に関係するとんでもないテーマであることが分かる。(そしてもちろん、同じようなトピックスを語りながら、それぞれの関心はちょっとずつずれている)。

著者のニコラス・クリスタキスは医者で社会学者なんだそうだ。医者としてはホスピスとして終末医療に関わり、社会学者としてはネットワーク社会学(人と人の結びつき方)が専門なんだそうだ。

そういうわけで、人のネットワークの作り方にも遺伝の影響があるとデータを示しているところが新しいのかもしれない。例えば、一卵性双生児のネットワークを調べるとそっくりなんだそうだ。(遺伝の影響を示唆している)。

社会生活のブループリントが遺伝として存在していることは、似たような本を読みすぎたせいか、わしには自明のように思っていたが、学問の世界ではいまだに仮説の一つでしか過ぎず、批判も多いようだ。そこで、この本ではいろんな角度からそのことを論証しようとしている。

どんな方法が述べられているのだろうか。

(1)自然実験
偶然にも新しい社会を作ることになった集団がどんな社会を作ったかを検証する。具体的には遭難して無人島に流れ着いた者たちや、自ら無人島に向かった人たちのその後、どんな社会を作ったのか見る。もしも、一定の性質の範囲で作られたなら、社会には決まった性質があると証明できるだろうということである。

あるいは社会のなかで、理想の社会を作ろうとした人たち(イスラエルキブツや、アメリカ各地に発生したユートピア的な社会を作ろうとした人たち)がどうなったかを調べる。興味深い例に、南極基地の例があったりする。

これらのうち成功した社会と失敗に終わった社会をみると、人間の社会にはやはりある枠が設定されていて、その枠を超えると社会が崩壊してしまうことが分かる。

(2)人工のコミュニティ
ネットの発展が新しい社会学の実験ツールを生み出した。いまではネット上で条件を厳しく設定した社会を人工的に作り、その世界でのさまざまな実験を行うことが可能なんだそうだ。

こういう人たちは、僅かな小遣い稼ぎのために参加する。アマゾンがそういった人たちにアルバイトを斡旋しているのだそうだ。あまりに手軽に実験ができるので、いまでは社会学の論文はこういった人工コミュニティを使った実験がほとんどになっているという。

あるいはウェブ上の仮想世界のゲームも社会を観察する良いツールになる。(セカンドライフやチームで戦闘を行うゲームとか)。

こういった人工の世界は本当の社会とまったく変わらないそうで、そこでは人間らしい協力し合うという特性がはっきり現れるのだそうだ。そして、協力できないような状況を作ると、社会は崩壊する。

(3)数学的な検証

興味深いのは、ありえる社会の範囲を数学的に設定できるという話だ。たとえば社会的なパラメータを3つくらい選ぶと、ありえる社会の範囲が立方体の形状で確定する。パラメータとは、例えば、知っている人間(知人)の数、協調性への程度(0〜100%)、つながっている友人のつながりの程度(0〜100%)などを設定する。

ここに各人のデータを入れると、立方体の体積のごく一部の領域に集中する。広いあり得る世界のほんの数パーセントしか占めないとすると、これは進化によりその範囲に入るように規定されていることを強く示唆していることになる。

 

このへんまでは科学的で新しい気がするが、このあとは科学的というよりは、物語的な記述になる。文化人類学、生物学(特に動物、サル、ゾウ、イルカなどの生態)、心理学の実験、ベリャーエフの有名なギンギツネの家畜化の実験、文化と遺伝子の相互作用、などについて言及し、ブループリント仮説を補強していく。

とまあ、さまざまな方面から詳細に本に書かれていますが、遺伝子レベルで社会的進化が起こったと確信しているわしとしては、ブループリントがあることはもう確定!ってことでいいんじゃないですかねぇ(苦笑)。

ちなみに、人間が仲間には寛容なのに仲間以外には残酷という善と悪のパラドックスは、クリスタキスによれば大いなる謎なんだそうです。なるほど。そうすると、「善と悪のパラドックス」は相当野心的な作品ということになるんでしょう。

 

(メモ)

クリスタキスが主張する人間のブループリント(普遍的特性)一覧
 (1)個人のアイデンティティを持つ、またはそれを認識する能力
 (2)パートナーや子供への愛情
 (3)交友
 (4)社会的ネットワーク
 (5)協力
 (6)自分が属する集団への好意(すなわち内集団バイアス)
 (7)ゆるやかな階級制(すなわち相対的平等主義)
 (8)社会的な学習と指導

 ちなみに、この一覧は社会的一式(ソーシャル・スイート)と本の中では呼ばれている。

★★★★☆


ブループリント:「よい未来」を築くための進化論と人類史(上下合本版) (NewsPicksパブリッシング)

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