ウィリアム・フォン・ヒッペル 濱野大道 ハーパーコリンズ・ジャパン 2019.10.19
読書日:2020.8.14
森からサバンナへの気候変動に直面した人類は、社会的認知能力(社会脳)を向上させ、社会的跳躍(ソーシャル・リープ)を成し遂げ、その影響は現代人にもあると主張する、最近はやりの進化心理学関係の本。
人間の脳が発達したのは社会的認知力を上げるためだったという「社会脳仮説」というものがある。600万年前のアフリカで気候変動により森が消え、サバンナで暮らすようになると、人間の祖先は仲間同士で協力し合うことで、危機を乗り越えようとした。協力するために仲間の心を推測し、自分の社会的な立場を確認する必要がでてきたから、脳が発達したというのである。
本当だろうか? そこで著者が示すのがこんな例だ。
太古の時代、狩猟採集民のひとりが仲間のところに帰ってきた。そのときに、仲間が自分の方を見てくすくす笑ったとしよう。もしそんなことが起きたら、笑われた人は何が起こったのかすぐにつきとめなくてはいけない。自分の歯にマンモスの毛がはさまっているせいのか、妻が寝取られたのか、そもそも自分に関係があるのか。もしかしたら誰かが自分を裏切ろうとしているのかもしれないから、状況によっては命が危いかもしれないのだ。なにしろ政府も警察もない社会では、誰も自分を守ってくれないのだから。
昔の狩猟採集民の生活を、まるで見てきたかのように書いているが、非常に説得力がある。相手の心を理解するというのがこんなに複雑で、こんなにいろいろ推測しなくてはいけないのなら、なるほど脳のかなりを社会的なことに費やさなくてはいけないだろう。
そしてひとの心を理解できるようになれば、間違った情報を相手に与えてその心を操作して、自分に有利な状況を作ろうという動機にすぐに結びつく。つまり人は嘘をつく。だから、人が嘘をつくのはそういった社会脳を持ったからだという。ただし、嘘は共同体にダメージを与えるため、どんな文化でも、嘘は必ずタブーとなっているそうだ。(そりゃそうだ)。
嘘をつくのが悪いことだとしても、嘘をつかずに他者を説得できれば、問題はない。そこで、社会脳はもっと巧妙な戦略を用いると著者は主張する。つまり「他人を欺くためにまず自分を欺く」というのだ。もしも自分のことを心から信じていれば、自分の発する言葉は説得力を増すことになる。
そのために、ひとは自分を実際よりも高く評価する傾向があるというのだ。だいたい実際よりも2割り増しくらいに高く評価するという。この結果、ひとは自信過剰になり、その言葉は根拠のない説得力を持つ。(そして、自信過剰のあまり無謀な試みも行ったりする)。
話はここで終わらなくて、なぜ論理的な議論を人間が発達させたのかというと、自分の信念を他人に説得するため、なんだそうだ。それほど自分の意見を認めてほしいという気持ちが大きいということだ。そうすると、哲学や科学の発達も含めて、それらは「社会脳」の副産物ということになる。ほんまかいな。
まあ、この辺はどうかなという気もするけど、なぜ科学技術の発達(イノベーション)はなかなか起きないのか、という説明に「社会脳」を使って説明しており、これはけっこう説得力がある。名付けて「社会革新仮説」というんだそうだ。
例として、車輪付きのスーツケースをあげている。いまとなっては想像もできないが、スーツケースには長いこと車輪がついていなかった。付いたのは、1970年代なんだそうだ。それまではどうやっていたかというと、空港や駅にポーターという職の人がいて、その人たちがカートにスーツケースを載せて、目的地まで運んでいたんだそうだ。
でもどうしてスーツケースに車輪を付けるみたいな簡単な工夫が、長いことなされなかったのだろうか。
社会脳仮説によれば、脳は人が協力するように進化したので、なにか問題が起きると、まずは社会的な仕組みで問題を解決しようとする傾向がある。そういう脳を持っている頭のいい人たちは、荷物を運ぶために、ポーターという職を作り人を配置する。確かにこれでかなりの程度、問題は解決する。
一方、社会的な仕組みでなく物自体に目を向ける人は非常に少ない。繰り返すが、これはもともと脳が人の協力で物事を解決する傾向で発達しているからだ。つまり、人間にあまり関心がなく物自体に目を向けるエンジニアのような人ひとたちは少ない。だから、なかなかスーツケースに車輪がつかなかったという。同じようなことがすべてに当てはまるから、一般にイノベーションはなかなか起きないのだそうだ。
うーん、エンジニアの人たちが人にあまり興味がない人たちだと決めつけるのが気になるけど、確かに物自体に目を向ける人は少数派かもしれない。そして日本のように社会が緊密で、お互いの協力が発達している社会では、さらに物自体に目を向ける人が少ないという気もする。
これが日本の生産性が低い理由のひとつかもしれない、という気もしてくる。日本人は社会脳が発達しすぎているのかもしれない。
さて、社会脳仮説によれば、ひとは協力するように仕向けられているわけだけど、人が協力するのは仲間の集団の中だけという。つまり、見知らぬ別の集団に対しては、そのような協力は起きない。なので、国と国同士はなかなか協力し合わない。世界平和という観点からは、人間の脳の進化は現状に追いついていないわけで、今後もなかなか厳しそうだ。
ちなみに、共通の敵がいなくなれば、仲間内で分裂するのも社会脳のなせる業で、アメリカが現在極端に2極化しているのは、ソ連という全米共通の敵がいなくなったことが大きいと、著者は述べている。なるほど。
そうすると、中国という仮想敵国を得た今のアメリカは、また一体になるのか。アメリカだけではなく、中国も共通の敵は好都合なのか。
ちなみに、人がなぜお人好しかというと、公平に扱われていると感じると、人はほとんどの人を信頼できると思うからだそうで、いつでもお人好しというわけでもないようです。ただ狩猟採集民だったころは、極端に公平な社会だったみたいだから、ひとは基本的にお人好しだったんでしょうね。ちなみに、人間を含めて、動物は公平さに厳しくて、自分が周りから公平に扱われているかどうかのチェックは、進化的にも非常に発達しているんだそうです。
ほかにも、どうやったら幸せを多く味わうことができるのかなどについても述べているが、個人的にはこれはなんだか付け足しのように感じた。
これまでにもそうじゃないかと思っていたことを、社会脳仮説でもういちど説明し直されただけのような気がするけど、なかなか面白かったです。
★★★★★
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