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同志少女よ、敵を撃て

逢坂冬馬 早川書房 2021.11.25
読書日:2024.2.21

(ネタバレあり。注意)

第2次世界大戦、モスクワ近くのイワノフスカヤ村にドイツ軍が現れ、村人が虐殺される。一人、生き残った少女セラフィマは、もと女性狙撃兵イリーナに導かれ、狙撃兵として訓練を積み、ドイツ軍への復讐を誓うのだが……。

2021年アガサ・クリスティ賞受賞作であり、2022年本屋大賞受賞作である。あんまり小説は読まないわしではあるが、まあ、読んでみようかな、という気になり、遅ればせながら手にとってみた次第。

ところで、第2次世界大戦の独ソ戦に参戦した女性兵士の話となると、どうしてもスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが元女性兵士にインタビューした「戦争は女の顔をしていない」を思い浮かべてしまう。わしは読んでいないけど、NHK−Eテレの「100分で名著」で取り上げられたから概要は知っている。そこでは、戦争から帰った元女性兵士たちが、村人から差別を受けるという理不尽な様子も描かれている。(戦場で男とやりまくったんだろう、などと言われる)。そこまで書かれるのだろうか、というのが読む前からの疑問だった。

さて、結論を言うと、お話の冒頭、故郷の村は主人公以外、全員虐殺されるわけで、故郷に帰っても彼女を非難する村人はいないのである(笑)。なーるほど、これなら戦後の面倒くさい状況は説明しなくてもいいわけだ。(どうせつまんない話になるし)。というわけで、物語の最初の段階で問題はクリアだ。

さらにネタバレをすると、主人公のセラフィマと女性上官イリーナは最後には恋人同士になってしまうので、男とやりまくったんだろう、なんて非難はされるはずがない。さらにスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ本人が小説に出てきて、セラフィマに戦争の話をインタビューさせてほしいと連絡が入る、ということになっている。そういうわけで、この本は最近流行りの百合もフェミニズムもいれているわけで、なかなか状況を逆手に取って流行りを入れているなあ、と感心した。(当然、最後の参考文献には「戦争は女の顔をしていない」が入ってました。)

お話自体はとても面白かった。

行ったこともない歴史上のソ連の様子を文献情報と想像力だけで描くのことには、まあ、小説家の基本技能のひとつかもしれませんが、やっぱり感心します。

訓練の様子、スターリングラード、クルクス、ケーニヒスベルクの攻防とか、狙撃兵が一般兵士に嫌われていて、さらにそれが女性だと嫌悪が倍加するとか、撃つ瞬間、心が無になる様子とか、まるで見てきたように状況が目に浮かびます。

少女同士の関係も、天才的な狙撃手アヤが初戦であっさり死んでしまうとか、仲間と思わせて実は監視していたオリガは憎まれ役だけど、最後に主人公を助けて死んでしまうとか、ありがちかな展開かも知れませんが、とても良くできています。

最初のイワノフスカヤ村で母親を狙撃したドイツ兵が天才的な狙撃手ハンス・イェーガーだと分かり、ケーニヒスベルクのラスト付近で対決します。このラスト部分、やりすぎと言っていいくらい衝撃的な展開がつぎつぎ待っているのですが、まあ、現代ではこのくらいの展開がなければだめなんでしょうね。もっと静かな展開のほうが現実感はあると思うのですが。

この辺はほとんど許容範囲なのですが、でもちょっと一箇所だけ違和感があるところがありました。

ケーニヒスベルクでハンス・イェーガーの行動パターンの情報を手に入れたセラフィマは、ひとり対決に行くのですが、実は狩ってるつもりで実は自分が狩られていると気がつきます。そこで彼女は、捕虜になる寸前にとっさにある行動を取ります。次の展開では、セラフィマは拷問にあっており、机に左手を釘で打たれています。でも、じつはセラフィマの取った行動というのが、自分の左手に麻酔を打つことだったので、この拷問は効いていないのです。

このシーンだけちょっとあり得ないなあ、と思いました。だって、左手に拷問が行われることをセラフィマは予期していたことになりますが、そんなの誰にも分かりようがないんじゃないですかねえ。拷問は他の部位にもいくらでもできますからねえ。麻酔薬を持っていることは、その前のシーンで自分を警備していた兵士を眠らせるのに使ったから、理解できるけど。

わしが良くないなあ、と思ったところはここだけで、その他の部分は全部良かったです。なぜかセラフィマは偉い人と直接会うというようなことができてしまうのですが(上級大将のジェーコフ、伝説の女性狙撃手リュドミラなど)、そのくらいは、まあいいです。

逢坂冬馬さんは、これからたくさんの小説を書いてくれそうですね。なんか小説を書くのが天性の人のような気がするので、長く続けてくれるでしょう。残念ながら、わしはほとんど読まないと思いますが、ぜひ頑張っていただきたいです。

(おまけ)

この本を読んだ後、気になって、ジャン=ジャック・アノー監督の映画「スターリングラード」を見た。実在の狙撃手バシリ・ザイツェフを主人公にしている。冒頭のスターリングラードの戦闘シーンは必見。よくこんなの撮れたなあ。

★★★★★

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