ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

世界の取扱説明書 理解する/予測する/行動する/保護する

ジャック・アタリ 訳・林昌宏 プレジデント社 2023.10.17
読書日:2024.4.10

ジャック・アタリがその驚異的な知識により、2050年の世界の状況を予測し、読者の行動を求める本。

この本では2050年の世界について非常に多くのことが語られているが、大雑把にまとめると、次のようだ。2050年の世界は米国、中国ともに覇権を握れず、世界は中心のない世界になり、紛争が頻発し、非常に不安定になる。一方、地球の気候変動は待ったなしの状態になり、科学技術で人はさらに機械に近づく。危機を避けるためには一人ひとりの発想と行動を変えるしかない。

というふうにまとめると、なーんだ、よくある話じゃん、という感じになるけれど、やっぱり興味深いのはその結論に至るまでのアタリの思考のフレームワークだ。

アタリによれば、未来を予測する方法は歴史を深く理解する以外にない。歴史と言っても、人類学、民俗学、神学、社会学、政治、文化、経済、環境、金融、人口、哲学、科学、技術、等々の幅広い知識が必要だ。つまりは、なんというか、一般教養が最も大切ということになる。このようにしても未来はなかなか予測できないが、2050年ぐらいまでだったら歴史を理解することで予測できるという。

現代では経済学などの社会科学が発達しているが、経済学は疑似科学に過ぎず、これまで一度も普遍的な理論を生み出したことはないし、ましてや予測にはまったく使えないという。(未来を予測する仕事をしているはずの経済アナリストの皆さんは、きっと深くうなずくでしょう)。

アタリはまず、人類の歴史を大きな枠組みで捉えてみせる。

これまで人類には3つの秩序があったのだという。それは儀礼的秩序(人類発祥から8000年前まで)、帝国秩序(8000年前の都市国家ができてから11世紀までの農業と武力を中心とした世界)、商秩序(11世紀から現在まで、いわゆる資本主義)である。(これらの3つの時代が柄谷行人の「力と交換様式」の交換様式A,B,Cに対応していることが明らかだろう)。

資本主義の時代は終わり、次の文明に移ると唱える人も多くいるけれど、アタリは2050年においてもまだ商秩序が続いていることは間違いないという。では、その商秩序はどのような原理によって発展していくのだろうか。

アタリによれば、それはイノベーションなのだという。エネルギーとコミュニケーションにイノベーションが起こると、世界全体を変革する新しいビジネス形態が生まれる。そして、ここが大切なのだが、その形態を推し進める中心となる都市がただ1つだけ存在するのだという。なぜならば、その中心となる都市に人も金も権力もアイディアも集まってくるからだ。その中心となる都市は、非常に強力になり、他の都市を凌駕してしまう。

アタリはこの中心都市のことを「心臓」と呼ぶ。「心臓」が新しい「形態」を生む。「形態」は単にビジネスのことだけを表すのではなく、新しい考え方とか文化とかイデオロギーとかそういった幅広いものを含む、なにかまとまったものを指している。

「心臓」は非常に強力だから、それがどこにあるかがとてつもなく重要だ。そこが世界の中心になるのだから。これまで「心臓」は9つあったのだという。それを順番にあげていくと、
ブルッヘ(ブルージュ)→ヴェネツィアアントウェルペンアントワープ)→ジェノヴァアムステルダム→ロンドン→ボストン→ニューヨーク→ロサンゼルス(カリフォルニア)
となる。

現在、「心臓」はカリフォルニアにあり、そこを支えているイノベーションとはコンピューターである。カリフォルニアには世界中から人と金が集まっており、巨大なテック企業が世界を制覇している。カリフォルニアの発想や文化が世界を席巻している。

だが、さしものカリフォルニアにも衰えが見える。(参考:「新しい封建制がやってくる グローバル中流階級への警告)アタリは、2050年にカルフォルニアが引き続き心臓であるのは難しいと考える。そうなると、2050年に心臓はどこにあるのだろうか。

アタリは世界中に思いをめぐらして、心臓にふさわしいところを探していく。心臓にはふさわしい特徴があり、その条件を満たしている必要がある。

世間一般的には、そこは中国と考えられている。しかし、アタリは中国はその条件を満たしていないという。心臓は、世界中から人と金を集めるために開放的である必要がある。しかし中国は歴史的に自国中心主義(つまり中華思想)であり、現在も開放的ではない。

アメリカの別の都市の可能性もないではないが(たとえばテキサスが有力だそうだ)、アメリカの社会情勢からしてそれはなさそうだという。(アタリはアメリカに対する見方が厳しすぎるような気がするが、気のせいか?(笑))

米中のどちらも難しいのなら、他の国の都市はもっと候補としてふさわしくないから、結局2050年は心臓が存在しない世界ということになりそうだ。歴史的には、そのような時期もあったのだという。

中心がない世界というのは、権力的には覇権がない世界ということだ。このように国の力が決定的なものでないとすると、国を越えて活動しているグローバル企業が暴走する可能性があるという。たとえばグローバル企業は電子空間上に仮想の心臓を作ろうとするだという。だが、結局人々を無視するような行為が怒りを買って、失敗するそうだ。

では、次のイノベーションはどういうものになるのだろうか。アタリが見るところ、監視技術ということになるのだという。監視技術というと、中国がやっているような、国が国民を監視する技術のことを思い浮かべるかもしれないが、それだけではない。自分の健康や知識レベルを監視する「自己監視」が広く行われるというのだ。

アタリのいうには、技術というのはすべて人間のやることを代替するものなんだそうだ。それは仮想の話ではなく、現実の物として現れるという。では、「自己監視」というのは何の代替を表しているかというと、国が行っている「医療」や「教育」のような公共サービスを代替するものなのだ。国はもはやそれだけのコストを賄えないのである。だから、安い代替物が出回って、セルフでそれをやってもらおうという話なのだ。(教育が入っているには、2050年には一生自分への教育が必要になるから)。

なるほど、次世代に広がるイノベーションがこういうものだとすると、イノベーションの面からも次の心臓がどこか想像しにくい。

そして、この時代に急速に問題になるものが、すでに問題になっているが、気候問題だ。実際に海面が上がり始めて水没する所もできてきそうだ。さらには超紛争とアタリが呼ぶ、国境が大きく変動するような紛争が頻発するという。例えば、ロシアが分裂し、一部は中国に吸収されるようなことも起きるかもしれないという。そして人間の人工化がますます進む。人工化の中心は「自己監視」だ。

このような危機に対して、次の世代が生き残るために、すべての「死の経済」を「命の経済」にポジティブに転換しなくてはいけないという。難しくても、それしか方法がないという。もはやGDPは関係ないのだそうだ。

それが行われるのなら、本当に資本主義は終わるかもしれないけどねえ。

★★★★☆

参考:「2030年 ジャック・アタリの未来予測」について
この本では、2030年までに起こるかもしれない危機を列挙していて、実際にコロナのパンデミックウクライナ戦争が起きた。ウクライナ戦争では、戦争がどういうふうに起きてどんなふうに展開するかというところまで書かれているが、ほぼそのとおりの展開になり、世界を驚嘆させている。

www.hetareyan.com

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まあ、膨大な量の危機を列挙しているわけだから、そのうちいくつかが起きても不思議ではないという言い方もできるが、起きるかもしれないことをこれだけ多方面にわたってあげられるという事自体がすごいことで、ジャック・アタリはこれらの膨大な可能性が視野の中に入っているわけだ。

 

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