バーツラフ・シュミル 訳・栗木さつき、熊谷千寿 NHK出版 2021.3.25
読書日:2021.8.30
夢のような未来ではなく、リアルな今を数字で感じとることが大切と主張する本。
シュミルはエネルギー関係が専門らしいが、徹底的なリアリストらしい。ここには、AIも永遠の命も夢のエネルギーも出てこない。その代わり、今の世界の実情、あるいは今の世界を支えている本当の技術について、71のエピソードでこんこんと説いているのだ。
で、シュミルによると、今の世界を支えている技術は、1880〜1900年の間に生まれたらしい。19世紀の終わりに発見された技術が、今も世界を支えているというのだ。
たとえば、水力発電や火力発電の発電は1882年に始まった。当たり前だが、電気がなければいまのインターネットも存在しない。ガソリンエンジンもこの時代にでき、これがなければ自動車は生まれなかった。電磁波(電波)の発見もこの時代だった。鉄骨のビルもエレベーターもこの時代だし、自転車もある。世界最高の効率をほこる技術、ガスタービンもこの時代にできたのだそうだ。というわけで、1880年代こそ、イノベーションの時代だったのだという。
それに比べて、いま流行りの技術に対してはかなり手厳しい。環境に優しいグリーンエネルギーは、風力発電はあの大きなプロペラを作るのにも莫大なエネルギーが必要で、太陽光発電に関してはまだまだ水力発電にも追いついていないし、電気自動車は化石燃料で発電した電気を使っているし、しかも船や飛行機を電気で動かすめどは立っていない。グリーン発電しても、それを蓄積するたくさんのバッテリーが必要になるが、エネルギーを蓄積する技術ではいまだに1890年代に実用化された揚水発電にまったく太刀打ちができない。そういうわけで、エネルギーの転換には、世間で考えられているよりもはるかに長い時間がかかるという。
こういうグリーンエネルギーに夢中になるよりも、安上がりに確実に環境に貢献できることがたくさんあるという。たとえば住宅の断熱構造だ。窓を3層ガラスにして、壁を断熱材にすると、これだけで大幅にエネルギー消費を効率化できるという。そして、おおきな家ではなくて必要なだけの小さな家に住めば、もっといい。夢の技術ではなく、シンプルで確実な方法を使ったほうがよほどいいという。(この辺は、もっとも確実な資産形成は「節約」だ、というのとよく似ている気がする)。
これにはわしも大賛成だ。第一、わしは本当にアルミサッシにはうんざりしている。アルミサッシのおかげで冬にどれだけ寒い思いをしているのか分かっているのか>日本の建築業界。しかもわしのいるマンションの規約では、窓は替えることができないらしい。なんということでしょう。わしは冬、あの窓際に漂う冷気が嫌いだ。
世界の食料に関しては、1909年の空中窒素を固定するハーバー・ボッシュ法の貢献にまさるものはないという。これにより窒素肥料ができたからだ。この方法がなければ世界の人口は30億人程度で頭打ちになっただろうという。
大量に生産されるようになった食料は、いまではフードロスのほうが深刻だ。アメリカで廃棄されるフードロスは40%にもなるので、大豆からフェイクミートを作ってさらに食料を増やすよりも、フードロスを減らしたほうがはるかに効率的だという。肉の生産も、鶏肉、豚肉、牛肉の割合を50%、40%、10%と変えるだけで世界中の人に1年間45キログラムを提供できるという。(日本人の1年の消費量と同じくらい)。つまり、新技術はそれほど必要ないのだ。
また、技術の発展するスピードに関して、ムーアの法則(2年で2倍)のように加速度的に発展することを現代人は期待しているが、半導体以外にムーアの法則を期待するのは無理があるという。ほとんどの技術は1年に1〜2%とか、そのくらいのゆっくりしたスピードで発展していくという。しかし人々は半導体並みのスピードを期待して、未来を過大に見積もってしまうのだという。
こういうリアルなものの見方というのは、すぐに夢のような未来技術に夢中になってしまうわしのような人間にはかなり目からウロコだ。シュミルにとっては、AIすらまだお笑い草らしい。最近はやりの人新世(人間が地質学的な影響を与えているという説)についても、人類があと1万年ぐらい続いたら考えてもいい、ぐらいの感覚なのだ。
ちょっと不満なのは、バイオテクノロジーについてほとんど語っていないことだ。バイオテクノロジーについては、ワクチンの費用対効果の高さを褒めているが、これも19世紀の技術だ。もしかしたら、シュミルの目には、バイオテクノロジーはそれほど人の生活を変えるほどの効果はまだ見せていないということなのだろうか。
それにしても今ある技術だけでも世界をもっとよくできるという、このシンプルな発想は見習うべきものがある。
★★★★☆