ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

HACK

橘玲 幻冬舎 2025.10.20
読書日:2026.4.9

(ネタバレあり。注意)

世の中の仕組みを理解してうまく利用して最適化するHACKという生き方を推奨する橘玲が、暗号通貨、グローバル経済・金融、ノマド、宗教、国際犯罪、国家などという現代文明を構成する内容でまとめた、12年ぶりの小説。

コンピュータテクノロジーに詳しく、暗号通貨を利用して、タイのバンコクや香港などで物質的には豊かに生きる樹生(たつき)が主人公だ。タイに住んでいるのは日本での居住実態を作らず所得税を免れながら、税務当局の追求期間の7年がすぎるのを待っているためだ。追求をかわすために、中華食堂の上に部屋を借りている振りをして、実際には高級コンドミニアムに暮らすという、ちょっとばかばかしい小細工まで駆使している。

まさしく現行法のHACKに成功して、人生を謳歌しているような人物だ。賢くスマートな人物だから、大麻を少々やるくらいで、女、酒、ギャンブルという身を持ち崩す定番のことには手を出さない。世の中で普通に暮らしに生きづらさを感じながら成長し、たまたまHACKに成功したという認識なので、そういうことには興味がないのだ。いまのところは、だが。

外国で暮らしている、そんな樹生が陥っている病が、ある種の虚無感であり、退屈さだ。

そんな樹生のところにいろいろなバックグラウンドを背負った人物や権力側の人間が集まってくる。

大麻を通しては、20年以上タイに住みつきタイの経済成長に取り残された沈没男(ちんぼつおとこ)と正体不明のハッカーHALとつながっており、またヤクザ出身で日本にいられなくなった黒木とも繋がっている。黒木のもとには咲桜(さら)という元アイドルだが不倫事件を起こして日本を抜け出した女性もいる。樹生は咲桜の元ファンなので、心穏やかではない。樹生と咲桜はお互いが自分と似ていると感じていて、惹かれ合う。

そんな樹生のところに、日本の公安関係の人物が近づく。公安にも組織的な縦割りでいろんな動機があり、佐藤の目的は特殊な国際犯罪の摘発に協力してほしいということだ。犯罪集団はビットコインで資産を持っているので、それを法定通貨に換金する必要がある。換金したお金を取りに来るところを捕まえる作戦なので、無事に換金させる必要があり、それに協力してほしいという。もうひとつ、別の公安組織の榊原の目的は、北朝鮮から500億円を取り返してほしいなどと言っているが、本当の目的は分からない。

咲桜からは、日本にいる母親がどうなっているのか調べてほしいと頼まれる。国際犯罪の摘発に協力しながら調べると、サリンを撒いた宗教集団の子供だったということがわかり、彼女の過酷な子供自体が明らかになる。

一方、黒木のところにいたソニョンという男は北朝鮮人の特殊部隊の人間だということが分かる。こちらの人生も過酷だ。ソニョンは北朝鮮のハッキング部隊ラザロスの2500億円のビットコインがはいったデータを盗んで、脱北しようとしている。樹生と咲桜、さらに謎のハッカーHALがそれに協力する、という展開になる。

このようにいろいろな事件が起こるが、全てが終わると、結局、樹生はすべての人との関係が途切れ、またひとり東南アジアのどこかで一人で暮らすという状態に戻るのである。

正直に言って、この小説はあまり面白くない。グローバル経済や暗号通貨のみならず、オウム真理教や北朝鮮の特殊部隊の話やら、いろいろな話が絡みすぎていて焦点がぼやけすぎている。しかもどの話も悲惨だし。

そしてなにより、HACKに成功している樹生自身がちっとも幸せそうではない。それだけでなく、この作品に出てくる人物はほぼ全員が幸せそうではまったくない。これではHACKしてもしょうがないんじゃないかと、いう気にさえさせる。

これはたぶん誰もが本当の自由ではないからなのではないか。樹生は日本の社会に馴染めず、リバタリアン的な自由に憧れているが、HACKして手に入れたはずの自由は本当の自由ではないのである。

彼が行っているのは、果てしない逃亡生活である。行き着くところはどこにもない。社会の隙間でしか生存できず、非常に限られたところにしか生存できない。これでは虚無感は払拭できない。

それは世界最高のハッカーらしい、HALでもそうだ。ゼロデイ攻撃を可能にするバグのコレクションを持っているのに関わらず、というかそれだからこそ世界中から狙われて、まったく自由ではない。もっとも彼はそのことに不満はないのかもしれない。

リバタリアン的な自由を実装するために作られたはずのビットコインがそれを象徴しているように思える。ビットコイン自体が、まったく自由でないことが、この小説では何度でも語られる。ビットコインは法定通貨に換金しないとどうしようもない存在なのだ。

結局、リバタリアンが憧れるような、リバタリアン的自由は存在しないのではないか。たぶん自由とは、社会から認められ、社会的に実装されて初めて本物になるようなものなのだ。そのようにしか存在できないと思う。自由とは社会的なものなのだ。個人的にはかなり残念なのだが、それが真実だと思う。

さて、現実の世界のニュースでは、どうやら暗号資産は金融資産と認められて、今後は税率は20%になるもようです。

www.nikkei.com

そうすると、この小説の前提である、樹生が日本を脱出した理由のひとつがなくなってしまうわけです。このニュースの半年前に出版した橘玲氏は幸運なのでしょうか。しかし、それを見越して出版の時期を決めたのだとすると、これこそ素晴らしいHACKなのでしょうか(笑)。

★★★☆☆

にほんブログ村 投資ブログへ
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ