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「第二の不可能」を追え! 理論物理学者、あり得ない物質を求めてカムチャッカへ

ポール・J・スタインハート 訳・斉藤隆央 みすず書房 2020.9.1ポール・J・スタインハート 訳・斉藤隆央 みすず書房 2020.9.1

読書日:2020.12.26

あり得ないと言われていた準結晶を理論的に予想していた理論物理学者が天然の準結晶を求めてロシアのカムチャッカ半島まで行くことを語る本。

わしは 翻訳本の副題が気に入らないことが多いのだが、この本は副題に目が行って、読もうと思った。カムチャッカにあり得ない物質? どゆこと?

この本ではあり得ない物質、準結晶を、著者のスタインハートが理論的に考察するところから始まる。

結晶というのは同じ原子構造が繰り返している状態のことをいう。タイルでいえば、三角形や四角形のタイルを同じように敷きつめた構造のことだ。この場合の原子構造は周期的なものになる。つまりある2つの原子を結んでちょうど2倍のところに必ず別の原子があるという構造だ。

一方、タイルではすきまなく、しかし周期的ではない敷き詰め方が知られていて、それを発見したペンローズにならってペンローズ・タイルという。ペンローズ・タイルイスラム教のモスクなどに実際に使われていることが知られている。

インフレーション理論を研究している宇宙理論物理学者である著者は、1980年代に、ペンローズ・タイルのように非周期的に原子が並んだ物質があるのではないかと考えた。そして、まずはそういう構造があり得るのかについて、大学院生と一緒に探し始める。

この辺にまずはうなってしまった。ペンローズ・タイルのことは、わしも1990年代には知っていたと思う。ところが、ペンローズ・タイルのような非周期的な構造を持つ物質があるはずだ、とは考えもしなかった。なぜそういうことが思いつかなかったのか、自分でも不思議な気がした。こういう当たり前のことが思いつくのが天才ということなんだろうと思う。

さて、ペンローズ・タイルは2次元だが物質は3次元なので、頭の中のイメージでは限界がある。著者らは発泡スチロールと棒を使って、いろいろ検討を重ねる。こういう考察を続けているなかでさんざん言われるのは、あり得ない、という言葉だったという。

スタインハートは、著名な物理学者、ファインマンの教えを受けたことがあって、あり得ない、には2種類あると教わる。1つ目は原理的にあり得ないことで、この場合はまったく可能性がない。しかし、理由ははっきり言えないが常識的に考えてあり得ない、という第2のあり得ないの場合は、やってみる価値があるというのだ。

宇宙物理学者としても第2のあり得ないに挑戦し続けていた著者は、そういった外部の言葉に惑わされることなく、研究を続ける。そうして、ペンローズ・タイルのような非周期的な敷き詰め方に、ある重要な数学的性質があることに気が付く。ペンローズ・タイルは周期がないわけではないのである。通常の結晶では分割は整数的に分割される。しかし、ペンローズ・タイルの世界では分割は無理数で分割されているのだ。そしてその分割比は黄金比になっているのだ。(そしてタイルの並びはフィボナッチ数列を形成している)。

周期的な構造が見つかったことから、これを準結晶と名付ける。準結晶が周期的な構造を持っているのなら、X線回折に影響があるはずだ。計算してみると、5回対称や10回対称という、通常の結晶ではありえない対称性を持つことが分かった。

これらを論文にして発表すべきか、というところでスタインハートは躊躇する。なんら実験のサポートがないこの種の論文は、思い付き程度に受けとめられ、反響を呼ばないのではないかという躊躇だ。

ところで、科学の世界では、同時期に同じような研究結果が発表されることがよくあるが、著者らが準結晶について重要な特性について気が付いたころから、なぜか世界中から準結晶が実験室で合成されるようになる。こうして実験的なサポートがあるので、準結晶の理論は、意外にあっさり受け入れられたのである。

ファインマンに発見した準結晶について説明して、あり得ない、と言われたことがこの理論編のクライマックスだ。ファインマンの場合、あり得ない、は最大の賛辞なのだった。

めでたしめでたしだが、ここまでが最初の3分の1ぐらいで、研究はまだまだ続くのだ。

準結晶という構造は認められたが、実物の準結晶は研究室で慎重に環境を整えた場合にしかできなかった。スタインハートは、準結晶は自然でもできているはずだと確信していた。しかし世の中の鉱物学者は天然の準結晶は、あり得ない、と言った。

そこで天然の準結晶を探すことにする。ここで、イタリア人の研究者ルカが登場する。ルカはスタインハートの天然の準結晶を探すというアイディアに魅了されて、一緒に探索を開始する。そしてついにフィレンツェに保管してあった鉱石のなかに、準結晶を発見する。

ところが、この時、鉱石をばらばらにしてしまったので、準結晶がどのような状態で存在していたのかの証拠がなくなってしまい、本当に天然の準結晶と言えるのか分からなくなり、スタインハートたちは窮地に陥ってしまう。

そこでこの鉱石がどこから来たのか必死で探っていくうちに、冷戦時代の旧ソ連から来たことが判明する。それはカムチャッカの小さな川で得られたものなのだ。なんとその鉱物を発見した人も見つかり、こうしてもう一度カムチャッカ準結晶を含んだ鉱物を探しに行くことになるのである。もちろんこの時も、広いカムチャッカから探し出すのは、干し草から針を探すようなものだ、あり得ない、と言われたのだが。

カムチャッカの冒険の様子も面白いが、結論だけ言うと、それは見つかったのだ。そしてそれは隕石のかけらであることが確定する。

すると次の疑問が生じる。これらの準結晶はいつ頃、どんなふうにできたのか。太陽系ができる前にできたのか、それとももっと最近の話なのか。

これまた結論をいうと、一部は数億年前に、その他はその数億年前より以前にできていたらしい。数億年前にできたものはたぶん小惑星同士の衝突だろう、ということで、似たような材料にマッハ3で剛体をぶつけてみると、あっさり準結晶ができてしまい、しかもこれまで謎だった部分も再現できてしまい、研究はいまなお広がり続けているという状況なのである。著者はいまその隕石のもとになった小惑星を探しているのだそうだ。

こんなふうに30年以上にわたって、まだ謎を追い続けるというのもすごいことだ。

どうも科学研究もビジネスと同じように、誰もやらないニッチやブルーオーシャンを見つけることが大事なようだ。あり得ない、と誰もが言っても、それは原理的にあり得ないのか、それともその世界の常識からみてあり得ないのか。第2のあり得ないなら、それに挑戦して壁を乗り越えると、その向こうには青い海が広がっている、ということらしい。

★★★★★


「第二の不可能」を追え!――理論物理学者、ありえない物質を求めてカムチャツカへ

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