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三体Ⅱ 黒暗森林

劉慈欣(リウ・ツーシン) 訳・大森望、立原透耶、上原かおり、泊功 早川書房 2020.6.25
読書日:2020.9.9

(ネタバレあり。注意)

大ヒット中華SFの第2部である。第1部のレビューは下記に書きました。

www.hetareyan.com

第1部では大迫力ではあるものの、三体人のけっこうおバカな超絶技術の設定もあり、多少苦笑も交えながら読んだのだが、この第2部は本当に感心した。まぎれもない傑作である。

第1部は三体人の驚異的な超絶技術が持ち味だった。一種の科学ホラーのような様相を呈していた。

ところが、第2部ではまったく装いを変えて、社会学的、文明論的、ゲーム理論的、心理戦的な持ち味に変わっているのである。作者の知性の幅広さに驚く一冊になっている。

話の出だしは、第1部の終わりの状況から始まる。

地球は団結し、国連の後継組織として、国連惑星防衛理事会(PDC)を創る。本当にこんなにうまく団結できるものかと思うが、とりあえずそうなっている。

ところで地球は、三体人の知能を持った粒子、智子(ソフォン)により監視されている。智子は地球のどこにでも出現可能なので、地球人のやっていることはすべて三体人に筒抜けという状態だ。

そこで、これに対抗するためにPDCがとった戦略が、「面壁者(ウォール・フェイサー)」を指名するという戦略だ。

面壁者に指名されると、面壁者は誰にも何も相談せずひとりで戦略を立てて、地球の資源をなんの説明なしに自由に使っていいことになっている。こうして、なにをやっていることは分かっても、それがどういう意味を持っているか、三体人にわからないようにするという戦略だ。(面壁者とは壁に向かって9年座禅をしたダルマからきている)。

この面壁者というシステムを考案したこと自体が、天才的な発想だと思った。いったい劉慈欣はどこからこういう発想を得たのだろう。

さらに、面壁者システムをとるとなにが起きるかという点についても劉慈欣は素晴らしい洞察を与える。一度面壁者を設定すると、周りの人は面壁者の言っていることが嘘なのか、それとも三体人を騙すための戦略なのか、判断することは不可能になる。例えば「自分はもう面壁者を辞める」と宣言しても、それが本気なのかどうかはわからない。宣言自体が相手をあざむく戦略の一環なのかもしれないのだ。したがって、一度面壁者になると、事実上辞めることはできないシステムになっている。(唯一可能な方法は自殺すること)。

ここに、さらに素晴らしい設定が入ってくる。

三体人のコミュニケーションは、お互いの思考が完全に相手に伝わるという方法で、基本的に嘘がつけないという設定なのだ。したがって相手が本当は裏で何を考えているのかという思考方法ができない。つまり、三体人は自分で面壁者の戦略を見抜くことはできない。

そこで、三体人は地球三体協会(三体人を支持する地球人のグループ)にそれを探らせる。三体協会は面壁者の戦略を探るために、面壁者のひとりひとりに「破壁人」を指名する。破壁人の仕事は面壁者の戦略を見抜いて、それを妨害することだ。

このときには地球三体協会はほぼ壊滅していて、力も失っている。それでも破壁人に指名されると、三体人に忠誠を誓うその人物たちは、その目的を達成するために自分の人生をかけるという、ある意味、非常に人間的な行動をとるのである。

こうして、面壁者は三体人にどう対抗するのか、面壁者の真意はなにか、破壁人は誰でどのように面壁者に対抗するのか、三体人の対応は、などという二重三重の緊張状態が作られることで、三体人がまだ到着しておらず、地球側の対応が内容がほとんどだというのに、読み手を飽きさせないのだ。このへんは本当に感心する設定だ。

さて、地球のPDCは4人の面壁人を指名した。政治家が2人、科学者が1人、そして宇宙社会学者の羅輯(ルオ・ジー)である。羅輯がこの物語の主人公である。

じつは羅輯は面壁者に指名される前から、なんども地球三体協会に暗殺されかけており、三体人から恐れられている。それは、第1部で三体人を地球に招き寄せた天文学者、葉文潔(イエ・ウェンジェ)から宇宙社会学の公理を教えられたからだ。そういうこともあって、羅輯にだけは破壁人が指名されず、三体人が直接対応するということになっている。

羅輯は宇宙社会学の確立を目指すが、あまり学問に真面目な人物ではなく、大学に残れるだけの実績を上げると、すぐに研究に熱が入らなくなり、即物的で享楽的な生活を送るような人間だ。

だが彼には秘密がある。彼は心の中だけにいる恋人がいて、それは完全に空想だけで創り上げたのだが、彼にとっては生きているのと変わらない実体のある存在なのだ。ある意味、羅輯という人物は、頭の中だけの世界が実際に力を持つことを知っているという設定だ。

興味深いキャラクター設定で、彼と秘密の恋人との関係は非常に艶めかしいから、作者の実体験なのではないか、という気すらする。作家という創造作業の一端を見せられたかのようだ。

ちなみに劉慈欣の創造する女性キャラクターはバラエティに乏しく、2,3種類ぐらいしかないが、この想像上の恋人は男性から見た理想の女性のように描かれている。美しく素直なのはもちろんだが、その一方で話す言葉も行動も機知に富んでいて、男性を飽きさせないという設定だ。これは劉慈欣の描く女性の中では、ちょっと珍しいかもしれない。

面壁者に指名されたものの、羅輯には三体人に対抗する戦略がまったく思いつかない。なにしろ、他の三人と違って、ただの社会学者なのだ。そこで、面壁者の権限を使って、自己中心的な享楽的な生活を追求する。自分の理想とする生活環境を構築し、そればかりか自分の理想とするその女性を探させたりする。

それを行うのが、第1部でも活躍した史強(シー・チアン)で、彼が説明したその言葉だけから本当に理想の女性、荘顔(ジュアン・イエン)を探し出してしまう。当然のように二人は結婚し、羅輯は湖のほとりの豪邸で幸せな結婚生活を送り、娘も授かる。

他の面壁者がストレスフルな毎日を送っているのに比べると、拍子抜けするくらい羅輯の毎日は安逸で幸福である。だが、それはコストがあまりかからない要求でもある。なにしろ他の面壁者の計画が、地球のリソースを何割も使う大胆な戦略なのに対して(もちろんその本心は分からないのだが)、羅輯は本当になにもしない。この辺の対比が非常に面白い。

しかし、ついに、羅輯は面壁者の仕事をしていないとPDCに判断される。その仕事をさせるために、PDCは妻の荘顔と娘を(説得して?)人工冬眠させる。ここまでしてようやく羅輯は面壁者の仕事を始める。葉文潔から教えられた宇宙社会学の公理をもう一度考え直し、宇宙に向けてある情報を発信する。その内容は地球から50光年離れた恒星系とわかる地図なのだが、羅輯はそれを呪文と呼ぶ。(ちなみに送信方法としては、第1部で葉文潔が発見したという、恒星に強力な電波を送信すると増幅されるという原理を使っている)。

電波を送信したころ、羅輯も冬眠に入る。羅輯だけでなく主要登場人物はみな人工冬眠に入り、物語は一気に200年後になるのである。

200年後の地球は、2000隻の宇宙艦隊を有し、三体艦隊を迎え撃つ体制が整っている。人類は戦争に勝つことを信じ、自信満々な世界だった。なにしろその艦隊は水素融合でを使った恒星間旅行も可能な船なのだ。

そのころ、三体艦隊から、先行して発進した小さな探査機が太陽系に到着する。涙みたいな形から水滴と呼ばれたその探査機を、人類は全宇宙艦隊2000隻で鹵獲しようとする。が、その水滴は、宇宙艦隊よりも強力だった。たった1隻の探査機により、宇宙艦隊は2隻を除いて全滅させられてしまう。

この地球艦隊の壊滅シーンはなんでも具体的に見たように書いてしまう劉慈欣の独壇場で、非常に生々しい。

こうして、人類が200年かけて築いてきた対三体人用の準備は全て無駄だったことが分かり、人類はパニックに陷る。

水滴はそのまま地球を攻撃するかと思われたが、意外にも地球と太陽の間に入り、太陽からの電波送信を妨害する体制を取るのである。

一方、50光年離れた恒星が爆発しているのが発見される。羅輯が地図を宇宙に発信した例の恒星だ。爆発の原因は自然現象ではあり得ず、こうして羅輯は自分の呪文が効いたことを理解する。

こうして羅輯と三体人の交渉が始まり、ここが物語のクライマックスだ。ここで、本書の題名の黒暗森林の意味もわかる。

羅輯は、宇宙は文明がたくさん存在しているだろうと考える。しかし、その距離もあり、お互いにコミュニケーションができていない状況だと仮定する。つまり宇宙文明はそれぞれが暗闇の森林に孤立しているような存在だというのだ。お互いにコミュニケーションが取れていない状態では、相手に気が付いても、その文明が自分にとって危険かどうか判断がつかない。つまり疑心暗鬼の連鎖が生じる。

そうだすると、別の文明の存在に気がついた時、安全のためにいきなり相手を攻撃してしまう、そんな判断する文明もあるに違いない。というか、それが標準の対応になってしまうしかない。

羅輯が、50光年離れた恒星の位置を宇宙に送ったのは、そういう宇宙文明があることを確認するためだった。信号を受け取った宇宙文明の一つが、その恒星系を破壊したことで、そういう文明が存在することが確認できたのだ。

三体人は羅輯の意図をすぐに察し、太陽系の位置を他の文明に知らせないために、水滴を地球と太陽の間に置いたのだった。三体人は、侵略された地球人が太陽系の位置を知らせる信号を発信することを恐れたのだ。もしもそういう文明に太陽系の位置がわかると、先ほどの黒暗森林の理論により、三体人よりも強力な科学力を持つ別の宇宙文明により、太陽系が破壊されてしまうかもしれないからだ。

太陽を使った信号の送信は、水滴によって防がれている。しかし羅輯は、太陽系周辺に配置した水爆を爆発させることで、同じような信号を送れるようなシステムを密かに作る。これは別の名目で作られたシステムで、隠された真意を推測できない三体人には分からなかったのだ。

羅輯は、この水爆のシステムを使い太陽系の位置を発信すると脅して、あっさり三体人と地球人を同等の立場にしてしまい、侵略不可能にしてしまったのである。三体人が太陽系に到着する前に、引き分けに持ち込んだのだ。三体艦隊は太陽系から離れるコースをとり、いっぽう地球人が三体人の協力で科学を発展させて、彼らを救うという約束ができてしまった。

三体人が合理的にしか判断できないところも奏功している。もしも人間相手だったら、非合理的な判断をして、破れかぶれの対応をしまう可能性もあるだろうから、こんなにあっさりと交渉は成立しなかっただろう。水爆を使った信号の発信は、羅輯が死ぬと自動的に行われるようになっており、三体人がへりくだって羅輯の健康を気遣う様子が笑える。

黒暗森林という相手の意図が不明なときの行動原理の推測もまたゲーム理論的で、人類は社会学的な考察により救われた。これまでのSFになかった結末であり、劉慈欣が天才的と思える理由だ。

ところで、この物語の理屈はよくできているけど、ちょっと疑問がないわけじゃない。

羅輯が50光年離れた恒星の地図を送信した時、他の宇宙文明はどうして電波を出している太陽の位置が分からなかったのだろうか。これについて作者は、少しでも離れると大雑把な方向しかわからないから、と説明している。

だが、これはちょっとおかしい。

50光年先の恒星系が破壊されたことを200年後のいま確認できたということは、それを破壊した宇宙文明は少なくとも太陽系から150光年以内にあることになる。150光年ってぜんぜん遠くない。天の川銀河の10万光年の直径から見たら、ものすごく近いだろう。

150光年ぐらい近さだとと、電波をだした恒星は太陽だとすぐに分かってもよさそうだ。だって地球の電波望遠鏡だって、そのくらいの解像度があるはずだ。電波望遠鏡で6000光年先のブラックホールの写真を撮った天文学の最近の業績は話題になった。そのくらいの解像度を持っているのだ。もしそうなら、きっと太陽の正確な位置はとっくにばれているんじゃないだろうか。

とまあ、そういう疑問もあるけれど、面白かったので良しとする(笑)。

さて、次の第3部ではどんな展開になるのだろうか。

当然ながら、次は、(人類+三体人)が別の宇宙文明と接触する話になるのではないだろうか。その結果、次の歴史のステージが始まるのかもしれない。たとえば宇宙連合の発足とか?

そしてこのレビューでは述べなかったが、第2部では、羅輯の物語以外にも、太陽系を脱出したグループの話が語られている。だからきっと第3部では、地球の人類と、地球を脱出した人類との緊張が大きな役割を果たすのではないかと予想する。

でも劉慈欣のことだから、第1部、第2部とまったく異なる装いのお話を持ってくることもあり得るだろうなあ、という気もする。

少なくとも、智子(ソフォン)が科学の発展を妨害するということがなくなったので、超絶技術がばんばん出てくることは間違いないだろう。

第2部があまりに素晴らしい出来だったので、第3部も期待できそうだ。

最後に、葉文潔が羅輯に教えた宇宙社会学の公理を記す。

(1)生存は、文明の第一欲求である。
(2)文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量は常に一定である。

★★★★★

 


三体Ⅱ 黒暗森林(上)


三体Ⅱ 黒暗森林(下)

 

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