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三体Ⅲ 死神永生

劉慈欣 訳・大森望、ワンチャイ、光吉さくら、泊功 早川書房 2021.5.25
読書日:2021.8.10

(ネタバレあり、注意)

地球は暗黒森林の原理を使って三体人の地球侵略を抑止することに成功するが(三体Ⅱ)、その面壁計画の陰で極秘の階梯計画が進行、その発案者、程心(チェン・シン)は人工冬眠を繰り返し、人類が大きな決断をするごとに目を覚まし、人類、三体人を超えた宇宙文明全体の行く末を見守る。誰もを圧倒的するSF三部作の完結編。

まあ、なんといいましょうか、読み始めたらあっという間に全部読んでしまいました。いろんな意味ですごすぎます。前作の三体Ⅱを読み終えたとき、この先どうするの? これ以上はむりなんじゃね? という感じでしたが、こちらの予想をはるかに超える展開で、作者の劉慈欣はこの先書くことがあるのかしら、と心配するくらい、出し惜しみなし、アイディア全開の展開です。

結論をいうと、三体関係の話は前半まで。後半は人類と三体人との関係が破綻したあとの世界です。三体人との関係が破綻した結果、三体世界の位置は宇宙に発信され、暗黒森林の原理で三体世界は滅亡します。人類のいる太陽系も遅かれ早かれ攻撃されるということで、それをなんとか避けようという話なのです。などと思っていたら、最後は宇宙全体が滅んでいく話になり、宇宙が一度滅んで、次の宇宙の誕生で終わるという、なんとも壮大な展開です。各エピソードでは過去のSF作品やアニメとの関係などもいろいろ思い浮かびますが、しかし、これらがなんの矛盾もなく結びついているという点で、なんともびっくりの大技を繰り出し放題の作品です。

本編のヒロインは、物理学者の程心。三体Ⅱ黒暗森林でも、主人公の羅輯(ルオ・ジー)は現実逃避的な人間で、人類の運命を担うにはどうかといういうような設定でしたが、程心もなかなか興味深い設定です。

程心は一言でいうと聖母マリア的な人物です。聡明で、誰にでも優しく、リベラルな女性ですが、優しすぎて冷酷な判断ができません。人類の命運を担うということになると、状況により冷酷な判断も必要なはずですが、重要な場面で程心はことごとく裏目となる判断をして、人類を危機に陥れます。なんとも困った主人公ですが、しかし何しろ彼女は愛される性格なので、恨まれることなく周りに人たちにフォローされて生き延び、さらに次の人類の難題に彼女が立ち会うというシーンが繰り返されます。

というか、最後には宇宙全体がどうなるかという話までに発展するので、人類に対する失敗はどうでも良くなってしまいます。こういう世界全体の存在理由みたいな地点に立って考えると、リアルで現実的な対応というよりも、結局は愛とか普遍的な価値観がどうかというのが大切になってくるのでしょう。そういう意味では、よくできたキャラ設定なのかもしれません。

まあ、それはともかく、程心の周りにいて彼女に魅了された人間は彼女にいろいろ与えたくなるみたいです。彼女自身がこの作品のなかで何かを生み出すのは、物語の最初の方で、階梯計画を実現するアイディアだけ。それ以外は彼女は受け取る一方。なので、まず彼女は「受け取る人」と定義できるでしょう。英語でgiftedといえば、才能のある人(神からの恩寵のある人の意)のことですが、ともかく与えられすぎじゃないかというくらい与えられます。で、彼女が周りから何を受け取ったかで、物語を追いかけることすらできます。

(1)268光年先の恒星の権利をもらう。大学の友人で彼女のことをずっと思っている雲天明(ユン・ティエンミン)からの贈り物。

(2)同じく雲天明から階梯計画のために命をもらう。階梯計画とは三体艦隊に人間をひとり送ろうという計画で、ボランティアは死ぬ覚悟が必要。というか、送れる質量が限られ脳しか送れないので、生きたまま手術で脳を取り出すので、その段階で1回死んでる。(三体人がクローンで復活させてくれることを期待している。)

(3)雲天明から送られた恒星の権利が暴騰、国連と交渉して大金をもらう。このとき、交渉の得意な艾AA(あい・えいえい)という天文学者の絶対的な忠誠心をもらう。艾AAは程心の会社、星環グループを経営し、大きくする。

(4)人類から執剣者(ソードホルダー)という人類の命運を握る地位をもらう。でも、すぐに失敗して、地球は三体人に占領される。人類滅亡のピンチになるが、太陽系の外にいた「万有引力」という艦にいる兵士たちにフォローされて、執剣者の役割を担ってもらい、三体世界は暗黒森林理論の通り、異星人に攻撃されて滅びてしまう。

(5)滅びた三体人の生き残りから、太陽系が攻撃されない方法があるという希望の言葉をもらう(内容はこの段階では不明)。

(6)雲天明からおとぎ話をもらう。お話の中には三体人の光速の宇宙船の原理、異星人から暗黒森林理論で攻撃されないようにする方法、そして実際に攻撃してくるときの異星人の次元攻撃についての内容が隠してある。(通信が検閲されていて、そのまま直の話で話せない状況だった。)

(7)光速宇宙船の基礎テクノロジーをもらう。かつての上司トマス・ウェイドに開発してもらったもの。しかし、それは人類の方針に反逆する方向であり、程心は研究を中止させる。トマス・ウェイドは反逆罪で死刑になる。(このため光速宇宙船の開発が中止となり、人類は危機に際して太陽系から脱出できなくなる。程心の2度めの大きな判断ミス)。

(8)光速仕様の宇宙船をもらう。彼女の会社のひとたちが彼女の宇宙船に取り付けておいてくれたもの。異星人から2次元の世界に取り込まれるという次元攻撃を受けたとき、光速仕様にしておいてくれたので、彼女と艾AAだけが生き残り、雲天明にもらった268光年先の恒星を目指す。

(9)またまた雲天明から、宇宙と隔絶した別の空間をもらう。次元攻撃の果てに宇宙全体が滅びそうになるが、この空間にいると宇宙の崩壊の外にいられる。宇宙はビッグクランチのあとの新しい宇宙が誕生し、程心はそこで生きることになる。

まあ、こんな感じですが、お話の中には、程心はじつは捨て子だったという話があって、彼女を育てることにした女性は恋人と別れてまで彼女を育ててくれたということだそうで、なんとも生まれたときから彼女はたくさんもらってるんですねえ。

ある意味、程心はなかなか生き生きと描くのが難しいキャラではないかと思うのですが、劉慈欣はよく描いていると言えるでしょう。まあ、単に次々起きる歴史的事件に忙しく対応してるだけかもしれませんが。

一方の雲天明は、与える一方です。最後に一瞬、程心と再会しそうになるのですが、結局すれ違ってしまいます。しかしまあ、会ったからといってどうなるものでもありませんから、最後まで再会せずに終わって正解だったようにも思います。なにしろ程心は聖母なので、色恋沙汰には向いてませんからね。程心と雲天明の関係は、新海誠の「ほしのこえ」にちょっと似てます。

やさしい程心と真逆のキャラクターが、彼女の元上司だったトマス・ウェイドです。彼は非常に想像力が優れているので、つぎに人類に何が起きるのか察知し、そのために冷酷な行動にも出るのですが、実際には彼には悪意がまったくなく、ただ必要だからそうしているだけで(必要と思えば殺人も平気)、程心のせいで死刑になっても全く後悔せずにさばさばしているというキャラです。端的にはサイコパス・キャラです。

三体にはなぜか日本のアニメから出てきたような美少女あるいは美女キャラが出てくるんですが、この三体Ⅲでは、それは智子というアンドロイドとして登場します。智子は量子もつれ通信ができる智子(ソフォン)を通して動いているアンドロイドですが、人間離れした美しさをもち、着物を着てお茶を立てて、戦闘時には迷彩服で背中に日本刀という忍者スタイルで、なんともアニメとしかいいようのないキャラですね。彼女が日本刀で相手を真っ二つにするとき、肩からけさがけで切るのですが、なるべく内臓が散らばって周りの人に恐怖を与えるためだそうで、こんな所にもいちいち理由をつけるところが、劉慈欣らしくて笑えます。

いちいち見てきたように具体的に精緻に書く劉慈欣の今回の特筆すべきシーンは、太陽系が小さな紙のようなもので2次元化されて崩壊していくシーンでしょう。文章だけでよくここまで表現できると感心します。

他にもいろいろコメントしたいアイディアや憶測がいっぱいあるのですが、あまりにも盛りだくさんで、書ききれませんので、これで止めます。

この作品も日本SF大賞を取るんでしょうかね。

なお、死神永生とは、「死だけが永遠」という意味だそうです。

★★★★★

 

 

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