ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

荒潮

陳楸帆(チェン・チウファン、スタンリー・チェン) 中原尚哉・訳 早川書房 2020.1.20
読書日:2020.2.26

(ネタばれあり。注意)

前にも言ったが、そもそも小説はあまり読まないし、ましてやSFはほとんど読まない。だが最近、中国のSFにはまりつつあるようだ。やはり欧米にはない別の発想があるような気がして、気になるのだ。なので、三体の劉慈欣が激賞した中国の超新星、と聞いてさっそく読むことにしたのである。

結論を言えば、悪くはないのだが超新星というにはどうかな、という感じだった。ネタはなんだかどこかにあるようなものを寄せ集めたような感じがするし、フラッシュバックの多い展開ももどかしかったし、おまけにクライマックスをハリウッド映画みたいなアクションで埋めたのもあまり感心しない。しかし、中国っぽい感じがよく出てたし、情緒がある文章は上手で まあプロなんだから当たり前かもしれないが、ちょっと嫉妬を覚えたくらい。物語よりも文章で読まされた気がする。(翻訳がよかったのかもしれないが)。

物語の舞台は中国の広東省汕頭市の沖にあるシリコン島と呼ばれる島で、この島は世界中から廃品が集められ、リサイクルすることで経済がまわっている。当然、仕事の内容はきつくて汚く健康に悪いので、外から出稼ぎにきた人々が地元の島民からゴミ人間と言われてながらも生業にしている。リサイクル事業は羅(ルオ)、陳(チェン)、林(リン)の三家に牛耳られており、そこに外資のテラグリーン社のスコットがからもうとしている。一方ゴミ人間たちの方も、李文(リー・ウェン)というリーダーが現れて、団結して支配者一族に対抗しようとしている、というのが設定。

ゴミ人間の少女、米米(ミーミー)はこの島に出稼ぎに来ているが、羅家の男たちに襲われているところを、この島の出身で、いまはテラグリーン社の通訳に雇われている陳開宗(チェン・カイゾン)に救われ、恋に落ちる。

前半はこのような状況説明や、登場人物の過去に触れていて、なかなか話が展開しないが、文章が良くて、ところどころに特徴的なギミックやトリビア的な知識、あるいは近未来の生活の様子(電子的な麻薬の話とか)がまぶされており、あまり飽きずに読み進めることができる。作者はIT企業に勤めていたので、ネットやエレクトロニクス関係、あるいはライフサイエンス関連の知識が豊富で、まるでベンチャー・キャピタルの話を聞いてるような気もしないでもない。

話が展開するのは後半からで、米米が殺されそうになり、覚醒するところからである。

ここからネタばれだが、ゴミの中に米国がひそかに開発したウィルスか、あるいは特殊な化学物質のようなものが紛れ込んでおり、米米がそれに汚染されていたのだ。それは脳内に金属の粒子を配置して、電子回路へのアクセスを可能にする。この結果、米米はロボットの制御回路やネットに自在にアクセスできるようになる。

というわけで、米米攻殻機動隊草薙素子みたいな存在になるのだ。彼女はゴミ人間たちの女神になる。大陸の汕頭市のネットワークを攻撃するのだが、ちょうど台風が到来したときに行うなど、状況設定もなかなか叙情的。

最後は米米の価値を理解したテラグリーン社のスコットと開宗による米米の取り合いになる。米米はもともとの人格と草薙素子化した人格に分裂しており、もともとの人格は草薙素子的人格の攻撃的なもくろみを恐れ、開宗に自分を殺してくれと頼む。開宗のはなった電磁パルスにより脳内の金属が反応し脳がやられて米米は低知能の状態になる。

だが、草薙素子化した米米の方は衛星軌道のサーバに自分の人格をアップロードして、逃げ延びている。そして、海上を漂うゴミがなぜか集まって構造物を作り始めるという、なんだかラヴクラフト風な不穏な状況で話は終わる。いかにも続編がありそうな終わり方。

という内容なんですが、なんか既視感があるでしょ? 日本のアニメを見慣れた目には、なにかわざわざ読むほどでもないな、という気もしますが、ここに中国的なテイストが絡むとけっこういけるところが不思議。同じようなネタでも、場所や文化を変えると、価値を持つことがあるということで、文化のローカル性はまだまだ使えますね。(笑)

マッドサイエンティストの役割を果たすのが日本人の鈴木晴川(せいせん)という日本の女性科学者。第2次世界大戦で恋人が戦死して、その後アメリカに渡って極秘の研究をするということになっているんですが、こんな設定を盛り込んでしまうところも、なにか古典的な印象を与えます。(そもそもこのエピソード、必要なんでしょうか? 中国人には、いかにも、という印象を与えるのかも)。

三体の場合と同じく、ケン・リュウの英訳版と中国版からのハイブリット翻訳。ケン・リュウが中国SFに果たしている役割は偉大だなあ。英訳されていない中国のコンテンツにはどんな宝が眠っているんでしょうか。

★★★☆☆

 


荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

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