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息吹

テッド・チャン 訳・大森望 早川書房 2019.12.15
読書日:2022.3.7

(ネタバレあり。注意)

寡作で知られる人気SF作家、テッド・チャンの短編集。

テッド・チャンの日本での人気はすごいらしく、この本も増刷を重ねているようです。というわけで、読んでみました。

表題作の「息吹」は傑作。うーん。確かにこんなの読んだことない。

われわれの宇宙と異なるへんてこりんな宇宙、そこにいる人間とは異なる構造の生き物(?)が、いつか訪れる宇宙の終わり(平衡状態)を認識するという、そういう話なんだけど、はたして他の人に説明可能なんだろうか。

普通、宇宙の終わりというと「熱的平衡状態」なんだけど、つまり宇宙全体の温度が同じになりエントロピーが最大化するってことなんだけど、この宇宙では宇宙全体に広がっているガスの気圧差がなくなり、どこもかしこも一定になることなの。

宇宙全体にガスがあるなんてどんな宇宙なんだよ、って感じだけど、ここで知性を持っているのは、なんかロボットチックな機械の身体を持っているらしい正体不明の知性体で、不思議なことにどこかに高気圧な空気(ガス)の源があって、それをガスボンベと思われる「肺」に入れて、肺を交換しながら、その肺から送られる高気圧の空気の力で動いている。

この世界の知性体の人たちは、和気あいあいと楽しく、おしゃべりしながら暮らしているような、まあ、普通の人間のような感じだけど、どうも壊れない限り基本、死なない人たちみたいで、肺を交換し続けている限りはある期間、記憶も人格も一定に保たれているが、肺の補給が遅れると記憶がすべてなくなってしまうという人たちらしい。

主人公はこの世界の解剖学者で、ある時、皆の時間の感覚が時計の表示とずれていることに気がつく。時計が進んでいるのかと思ったが、時計は正確だった。すると、自分たちの時間認識が遅くなっているらしい。

その原因を探るべく、彼は脳を解剖して、どんなふうに機能しているのか調べようと決意する。とはいっても、ここではほとんど誰も死なないし、生きている者を解剖するわけにもいかないので、自分で自分自身を解剖することにする。自分の頭を見えるように鏡を工夫し、マニピュレータを駆使して、自分の頭の部品につながっているチューブ(空気が流れている)に追加のチューブをつないで延長させて、機能を維持したまま(つまり自分の意識を保ったまま)、ひとつひとつ頭の奥まで部品を外していく。

そして頭の奥を顕微鏡で拡大してみると、見えたのは多くの細い管の先につけられた蝶番(ちょうつがい)の薄片がパタパタと動いている様子でした(笑)。薄片のパターンが記憶であり認識の仕方を表していたのね。この世界では、電気信号で動いている地球生物のようではなく、あくまでガスの流れがすべてを機能させている世界なのね。爆笑した。

で、この脳はあくまで空気の気圧差で動いているから、自分たちが高気圧の空気を使っていると、周りの気圧がだんだん高くなっていって、気圧差が小さくなり、空気の流速が減って、それで脳の動作速度が落ちていたというわけ。

主人公の解剖学者は、このまま空気を使っていくと、肺と外気の気圧差がなくなってしまって、すべてをこの高気圧のガスに頼っているこの宇宙ではすべてのものが動かなくなり、宇宙はいつか死んでしまうということに気がつく、という話。

恐ろしいはずの宇宙の最期をこんなにユーモラスに、しかも臨場感たっぷりに描けるだなんてすごすぎる。

「息吹」以外で面白かったのは、8900年前に世界が誕生したことが考古学的に確定しているような世界を描いた「オムファロス」、パラレルワールドに分岐した世界と通信できるプリスムという機械が存在する「不安は自由のめまい」、人間に自由意志はないことが分かる「予期される未来」かな。

たぶん、日本では一番人気になるんじゃないかと思われる、「商人と錬金術師の門」はまあまあだった。まあまあなのは、わしはタイムスリップ系が好きじゃないから。ごめんね。

退屈なものもある。なぜか育成や子育ての話がいくつかあり、どれも面白くなかった。とくにAIを実時間で育成する「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は一番長いのだが、さっぱり面白くなく、読んでいて辛かった。「デイシー式自動ナニー」は機械の子育てマシンの話だけど、よく分からなかった。「偽りのない事実、偽りのない気持ち」はライフログの技術で自分の人生がすべて記録される世界で、記憶が都合よく作られてしまうことが明らかになる一方、それが口伝や文書で記録していく場合とどう違うのか比較しているんだが、だからどうした、という感想しかしなかった。「大いなる沈黙」はオウムが人間に一番身近な異種知性体だとオウム自身が語るんだが、なんなの、これ?。

まあ、よくわからないものもあったが、「息吹」ひとつでも、むちゃくちゃすごかったので、良しとしよう。短編集で傑作と言えるものが半分ぐらいあるんだから(個人の感想です)、すごい。

ところで、テッド・チャンの本職はテクニカルライターなんだそうだ。へー。そりゃ、こんなに寡作では、作家で食べていけないよね。

★★★★☆

 

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