ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

LIFESPAN(ライフスパン) 老いなき世界

デビッド・A・シンクレア マシュー・D・ラブラント 訳・梶山あゆみ 東洋経済新報社 2020.9.29
読書日:2021.8.24

老いとは自然現象ではなく病気であり、治療することが可能だと主張する本。

シンクレアはオーストラリア出身の生物学者で、生物が老化するメカニズムの研究をしている。その結果、老化という現象は生命にとって自然な現象ではなく、病気の一種であると確信し、この病気は治療可能であると主張するようになった。

ではシンクレアが主張する老化という病気のメカニズムについて見ていこう。

遺伝子にはゲノムとエピゲノムがある。ゲノムはタンパク質の構造を示した設計図であり、デジタル情報である。

一方、エピゲノムにはゲノムを使ってどのように活動するかというプログラムが書かれている。例えば、ある細胞が一度皮膚の細胞になると他の細胞に変化することはない。別の細胞に変化しないようにエピゲノムのプログラムが制御しているのだ。この制御一般をエピジェネティクスという。

エピジェネティクスはタンパク質を使って書かれたアナログのプログラムであって、デジタルで書かれたゲノムと異なり壊れやすい。したがって、エピゲノムの劣化が老化の原因だという。

では、エピゲノムに具体的に何が起こって老化に結びつくのだろうか。

エピゲノムのプログラムはサーチュインというタンパク質(酵素)を使って書かれている。サーチュインは特定のエピゲノムにくっついてオンオフする役割をはたしていて、それで制御が行われる。

ところがサーチュインには複数の役割が与えられていて、損傷したDNAの修復も担っている。DNAが損傷すると、サーチュインは本来いるところを離れ、DNAの修復に駆り出される。だからその間、サーチュインは本来の活動をしない。そうなると、皮膚の細胞であれば、皮膚の細胞としての役割を果たさず活動を停止する。自分が皮膚の細胞だというアイデンティティを失ってしまうのだ。(もっともDNAが損傷している間、細胞が活動を停止するのはある意味合理的である)。

これが一時的な中断であれば問題ないが、それがひっきりなしに起こるようであると、例えば皮膚の中に皮膚の働きをしない細胞が多数交じることになる。このように自分のアイデンティティを失った細胞が増えていくことが老化なのだという。

実際にマウスの細胞にDNAを切断する酵素を与え、DNAを損傷し続けると、サーチュインが復旧に酷使され、本来の役割を果たせない細胞が多数になるので、たちまちそのマウスは老化してしまうという。

つまり老化とは、エピゲノムの状態が悪くなるという病気なのであり、それをもとに戻すという治療をおこなえば、老化は治せるということになる。

では、どのようにすれば、細胞はエピゲノムをもとの状態に戻してアイデンティティを復活させることができるのだろうか。

これについてはまだ明確になっていないが、シンクレアはいまの研究の進み具合から、数十年先には人間の寿命は120歳を越えることが確実で、150歳という数字も見えてきているという。しかも老化が抑えられ、健康であるという。

このような進展に自信を持たせているのがiPS細胞の存在だという。iPS細胞は細胞の状態をアイデンティティが確立する前の状態にリセットできることを証明した。老化を治すというのはエピゲノムの状態を元に戻すことだから、完全にリセットする前の適当なところまで戻すことができればいい、ということになる。何かそのようなファクターが見つかれば、目的は達成できる。それは見つかるだろうと楽観的なのだ。

しかし、数十年先ではいま老いている人、あるいは老いつつある人には間に合わない。そんな先のことではなく今できることはないのだろうか。たとえばサプリメントとか。

この辺から、なんとなく、世間で盛んに宣伝されているアンチエイジングサプリメントの広告っぽくなるのだが、興味のある方は実際にNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)というサプリメントを検索してもらいたい。そこには、これまで述べてきた老化の仕組みがさらに詳しく、図解入りで紹介されているだろう。そして、NMNを飲むように宣伝している。

そういうわけで、いまNMNが世間で非常に注目されているのだ。値段は少し前までは高かったようだが、いまはそれなりにこなれた値段のNMNが流通している。

NMNを服用すると、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)という物質を増加させる。NADはサーチュインを活性化させる物質だ。酷使されていたサーチュインを活性化させるわけだから、老化が起こらないという理屈だ。NMNは日本人の今井眞一郎が発見した。

なお、NADの前駆体はNR(ニコチンアミドリボシド)であり、これはビタミンB3のことだ。NRにはマウスの寿命を伸ばす効果が実証されている。

そのほかに、糖尿病薬に使用されているメトホルミン、あるいは抗酸化作用のレスベラトロールにも似たような効果がある。

そういうわけで、老化のメカニズムが分かってくると、老化を食い止めるような比較的簡単な物質が提案できるようになってきているというわけだ。

実際、著者が常用しているサプリメントは次のようなものだ。毎朝、NMNを1グラム、メトホルミンを1グラム、レスベラトロールを1グラム服用しているのだそうだ。それから長寿命に良いとよく言われる、低カロリーの食事、ときどき行う断食も実践しているそうだ。

この本では、老化を抑えた未来の社会や、さらに若返ることができる未来についても議論しているが、わしにはいまいち普通過ぎて面白くなかった。こういう議論はやはりSF作家の方が得意のように思える。しかし永遠に生きなくても、120~150歳の寿命までを健康に生きられるだけでも、その恩恵は非常に大きい。だれでも老化すること自体、死ぬこと自体が嫌だというよりは、健康でいられないこと、いままでできたことができなくなることが嫌なのだ。

老化は病気かどうかは知らないが、老化を食い止めて健康でいられるのなら、それに越したことはないということには、誰もが賛成するだろう。

★★★★★

私の少女マンガ講義

萩尾 望都 新潮社 2018年3月30日
読書日:2018年07月08日

いまだに第一線で話題作を提供し続ける萩尾望都がヨーロッパで行った講演をもとに、インタビューを追加し、最近発表したポーの一族の最新作までの話までを載せたもの。

萩尾望都のお話の作り方が聞けて興味深い。遠い世界の話が多いので、まったくの空想から作っているんだと思っていたが、意外に身の回りの素朴な感情から物語を作っていることが分かった。

で、ずっと父親の物語を作ることができなかったが、「残酷な神が支配する」を描いてようやく理解できるようになったとか、母親とうまくいかなかったので、その話を描きたかったが、あまりに生々しすぎるので、イグアナの話にしたとか、出来た作品はなかなかすごいけど、もともとはそういった素朴な自分の気持ちが出発点になっている。萩尾望都が家族からほとんど理解されず、孤独な人生を歩んできたというのも驚き。

萩尾望都は服装に興味が強くて、最近の作品でもまったく服飾が決まっていて、そこがとてもいいと思った。レディー・ガガを参考にしているとか、まったく遅れている感じがしないのがとてもいい。

(2021.8.20 追記)
この本について、竹宮惠子について記載がないのは異常だ、とここに書いたが、自分のレビューを読みかえしてみると、そんなことぜんぜん書いてなかった。あれま。ちゃんと書いておけよ>自分。まあ、簡単なレビューが残っていたので、ここに載せたしだいです。

★★★★☆

 

少年の名はジルベール

竹宮惠子 小学館 2016.2.1
読書日:2021.8.19

漫画家、竹宮惠子がライフワーク「風と木の詩」を出すまでに経験した、自分のスタイルを確立する苦闘、大泉サロンでの萩尾望都との共同生活と彼女への嫉妬、影のプロデューサー増山法恵とともに少女漫画を変革する戦いを書いた本。

この本は長らく読まなくてはいけないリストに入っていましたが、何しろ図書館で借り手がおらず、いつでも読める状態だったので、ついつい後回しになっていました。ところが最近、萩尾望都が出した「一度きりの大泉の話」が話題になり、こちらの本にも俄然予約がたくさん入るようになって、慌てて予約をしたというわけです。いつでも読めるときには見向きもしないのに、急に話題になると読んでみたくなるのは、図書館利用者のあるあるです、って他の人のことはよく知りませんが。

萩尾望都に関しては、「私の少女マンガ講義」(2018年)という本を読んでいまして、最初の方に少女マンガの歴史的な流れについて述べていて、そこでいろいろエポックメイキングな作品を語っているのですが、きっと誰もが違和感を感じたであろうことは、その中で竹宮惠子の作品についてまったく言及がないことです。特に「風と木の詩」について言及しないなんてことが許されるのか、という気がするでしょう?

これには2つの解釈が成り立って、ひとつは二人に間で触れたくないわだかまりがあるのか、それともあまりに身近で言及するのは身内びいきになってしまうからかどちらかですが、たぶんほとんどの人は二人の間に何かわだかまりがあったんだろうと思うでしょう。

というか、2016年に発刊されたこの本を先に読んでおけば、二人が大泉で共同生活を送った事自体が奇跡に思えるくらいです。

これには増山法恵の存在がありました。増山は最初は萩尾望都と関係があったのですが、竹宮惠子を紹介され、意気投合します。増山は若くして古今東西の文学、文化に異常に詳しい異能の人です。増山は可愛い女の子がハッピーエンドを迎えるだけの当時の少女マンガの変革を目指していて、萩尾望都竹宮惠子に期待して、自分の家の目の前のアパートに大泉サロンを作ることに尽力します。なぜ大泉だったかというと、増山法恵がそこにいたからだったんですね。

ここで萩尾望都は自力で自分のキャリアを積むことが可能な人でしたが、竹宮惠子は助けを必要としていました。なにしろ彼女はそのころ自分の感覚だけで作品を描いていて、物語を構成するという基礎がまったくなかったからです。大泉サロンが2年で終わったとき、増山がついていったのは竹宮の方でした。きっと、竹宮のほうが自分を必要としており、自分の考えを盛り込めたからでしょう。

萩尾望都はこのころ、別冊少女コミックから破格の扱いを受けています。彼女が描いたものはページ数に関わらず必ず掲載する、という方針だったといいます。しかも彼女は締め切り前に必ず仕上げるし、ネームの相談も頻繁に行い、編集部の評価は最高だったのです。彼女は安定した立場で自分の作品の実験を行うことが可能でした。特に「ポーの一族」が始まってからは、その地位の安泰さは言うまでもないでしょう。

萩尾望都の才能に関しては、竹宮惠子は漫画家らしいところで驚異を感じています。彼女の森の木の省略方法、縦線の密度の強弱だけで森の中にいるように表現する技法らしいのですが、そこに衝撃を受けたといいます。この方法はたちどころに多くの漫画家が真似するところとなったそうです。

竹宮惠子は才能がありすぎる萩尾望都にプレッシャーを感じて、彼女を遠ざけようとしたことはこの本に正直に書かれています。しかも彼女は増山を必要としていました。増山を取られた形になったことを萩尾望都がどう感じたのか分かりませんが、少なくとも面白くなかったのではないかと思います。

竹宮惠子はデビューして東京に19歳で引っ越してすぐに、「風と木の詩」の話を増山にしています。まだ漠然としたイメージに二人で肉付けをしていったのです。その頃はまだ大泉サロン開設前で、電話で一晩中ふたりで話し込んでいます。こうして風と木の詩の発表は二人の悲願となっていました。

週刊少女コミックから次の作品で人気ランキングで1位を取ることができたら風と木の詩を連載してもいいと言われ、竹宮恵子増山法恵は恥も外聞もなく、読者に受ける物語を創ろうとします。話の典型を貴種流離譚(きしゅりゅうりたん、身分の高い人が追い払われて復讐する話)に定め、時代は古代エジプトにし、恋も、悪役も設定し、苦手な戦闘シーンのアイディアはプロの脚本家から買うという方法すら取りました。(いや、ぜんぜんありの方法だと思うんですが、全部自分でやらないといけないと思っていたようです)。

意外にもこれが良かったのです。こうしたお話の枠を作ってその中でキャラクターを動かすということは竹宮惠子にとって初めての経験で、とても楽しかったといいます。そしてようやく竹宮惠子はプロの漫画家になれたという感覚を得たのでした。この作品「ファラオの墓」は、1位までは行かなかったもののランキング2位まで行き、単行本も大ヒットして、こうして風と木の詩の連載が決まったのでした。

もちろん風と木の詩は彼女にとって代表作でしょうが、ファラオの墓はもっとも思い出深い作品のようです。

そうした経験もあり、竹宮惠子は大学で脚本術を教えるとき、自分の経験から、ストーリーをコントロールする脚本術というものがあり、ひとは技術で感動させることができるのだということを教えているといいます。

脚本術ですが、アメリカの大学の文学部では創作手法について普通に教えていると思うのですが、日本では体系的に教えているところはきっと少ないんでしょうね。

なお、わしから見た竹宮惠子の代表作は「地球(テラ)へ…」ですね。どうもSFが出てしまいますね(笑)。

★★★★☆

 

いちばんやさしいビジネスモデルの教本 人気講師が教える利益を生み出す仕組みの作り方

山口高弘 (株)インプレス 2019.7.21
読書日:2021.8.16

自らも起業経験があり、独立起業家・企業内起業家を支援する著者が、起業の基本を、特にビジネスモデルキャンパスというツールを使って解説した本。

ビジネスモデルキャンパスというツールは知らなかったが、日本では2012年に「ビジネスモデル・ジェネレーション」という本で紹介されたという。へー。

簡単に言うと、顧客に届ける価値を中心に、左側にコスト構造、右側に収益構造をしめす9つの枠があり、ここに内容を記入していけば、ビジネスモデルが出来上がる、もしくは全体が俯瞰できるようになる、というツールで、なるほどよくできているように見える。

ビジネスモデルキャンパスでは主にテキストで埋めていくので、ピクト図(ビジネスの関係者をブロック図にして、それぞれの関係を矢印等で示したもの)を併用すると良いらしい。

もちろん1回書いて終わりではなくて、起業までには何度も見直さなくてはいけない。平均20回はビジネスモデルは見直すという。見直して結果、創業者の最初の思いは、だいたい5%程度残れば良しとするという。それだけしか残らないんだ。5%かあ。

最終的には関係者全員が特をするモデルに仕上げれば、そのモデルは継続する。三方良しにするのだ。

もちろん事業が軌道に乗ったあとにも、時間が経つとここに書いたプランの前提はすぐに変わってしまうので、軌道修正が迫られる。経営者とは、このビジネスモデルを常に改善する人のことなんだという。

わしも投資をするときには、このキャンパスに書かれたことはなんとなく確認しているような気がするので、よく分かる。投資のツールとしても役に立つかもしれない。

ところで、起業家の皆さんはこのツールを見て、なるほどこれは便利だとか、これを使うと燃える(萌える?)とか思うんだろうか? もちろんこのシートを埋めようと思うと、わしはきっと何枚だって書けるだろうが(書くだけなら)、実際にやってみようとは思わないなあ。はっきりいって面倒くさいから。

そういう意味では実際に起業する人って、本当にすごいと思う。面倒くさくてもやるんだからね。

それにわしはどうも、何かを作り上げたい人じゃなくて、それが何か、なぜかを知りたい人なんだなあ、とつくづく思う。わしは、貨幣とは何かとか、資本主義とは何かとか、宇宙に果てはあるのかとか、人間とはなにかとか、そういう疑問を解決したい人であって、事業をしたいわけではない。

でも投資には興味があるので(というか依存症なので)、興味がある分野で貢献できればなあ、と思っております。

ほかの個人投資家の人って、わしのように起業家に引け目を感じているのかしら。わしはとても感じるなあ。起業家の人びとの苦労の一部をかすめ取ってるような気がして、ちょっと申し訳ないって。

思わない?

★★★☆☆

 

 

「良いデジタル化 悪いデジタル化」を読んで考えたこと

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良いデジタル化 悪いデジタル化」では、日本では分散、オープンな変化に対応できないのは、日本の組織構造とあっていないからとし、日本人の意識そのものを変えないとデジタル化は難しい、という話だった。

なぜ変わらないのだろうか?

いぜんわしは、国民も国もそれを望んでいないから、という説をここで唱えた。今回は効率、生産性という観点から考えたい。

わしの見立てでは、日本は自分でわざと生産性を下げているのだ。なぜかというと、生産性が上がると仕事が減ってしまうからである。日本は1人でできる仕事を3人以上で分け合って暮らしている世界なのだ。そのおかげで一人ひとりの給料は低いかもしれないが、多くの人が生活していけるようになっている。

世界と戦わなくてはいけないところ(輸出の製造業とか)は生産性をあげるが、それと関係ない内需の仕事では、なるべく多くのひとと仕事を分け合っているのだ。これはある意味、ひとつの生活保証である。そして紙とFAX、郵送のみでDX(デジタルトランスフォーメーション)が全然成り立っていなくても、とりあえずなんとかなっているところに注目しなくてはいけない。コロナのワクチン接種でも、DXなしにそれなりにうまく進んでいるのだ。

ワクチン接種はぜんぜんデジタル化されていないので、きっと今後、世界で進むであろうワクチンパスポートにはこのままでは対応できないだろう。でも必要ならきっと人海戦術で、ワクチンパスポートにも対応するに違いない。それはぜんぜんITでもDXでもないかもしれないが、とにかく対応する。そしてたくさんの人をその仕事に割り当てる。

マイナンバー制度で、野口さんは、たとえば運転免許証をマイナンバーに紐付けできないのは、運転免許証の更新が巨大産業化しているからで、マイナンバーに紐付けされ簡単に更新されるようでは困るから、という。まったくそのとおりだか、利権構造は悪だからこれを崩せと言っても誰も耳を傾けることはない。これは生活の問題なのだから。

そういうわけで、日本で効率が上がるわけがないのである。誰もそれを望んでいないのだから。

日本人はこういうふうに仕事を分け合って、低い収入に甘んじて生きているが、でもそういう仕事はいわゆる「クソつまらない仕事」である。本当かどうか知らないが、ほとんどの人はできればクリエイティブな仕事をしたいと思っているという調査結果があったりする。しかし生活のためにクソつまらない仕事をしているんだという。

もしこれが本当なら(わしは疑わしいと思っているが)、ベーシックインカムなどが導入されると、基本的な生活はそれで保証されるので、クソつまらない仕事はなり手がほとんどいなくなり、効率が劇的に上る可能性がある。

まあ、基本的な生活が保証されていると、人は面白いとか、暇つぶしとか、そういう活動が大幅に増えるだろう。その中にはクリエイティブなことも多く含まれるだろうから、やっぱりクソつまらない仕事はやる人は減るんだろうな、と思う。

本当にクリエイティブなことをするかどうかだが、ひとつ言えるのは、なにがクリエイティブでなにがクソつまらない仕事かを、第3者が判断することは避けたほうがいいということだ。

たとえばクソつまらない仕事の中に、スーパーのレジ打ちなんかはそうだと言われることが多いような気がする。たしかにお金を得るためにレジ打ちをしている人はつまらなそうに見えるかもしれない。

でも、わしのいつも行くスーパーには、この人は本当にレジ打ちが好きなんだろうなあ、という人がいる。他の人の1.5倍くらいの処理のスピードがあるのだ。いかに効率的に処理をするかに人生をかけているような気迫がある。こういう人にとっては、レジ打ちは最高の自己実現の場なのかもしれない。

その仕事がクソつまらない仕事なのかクリエイティブな仕事なのか、その判断は簡単にはできないのだ。やりたくないことはやらなくてもいいというだけで。

わしとしては、そんなばかなというくだらないことをたくさんしてほしいな。きっとそれがその人のクリエイティブだ。いや、日本人はすでにそうなってる気も少ししますが。

なお、野口さんも言っていますが、納税などお互いのメリットが一致するところでは効率化が大いに進んでいますよね。国も税金を早く支払ってほしいし、国民も手間をかけずに支払いたいからね。

まあ、繰り返しになりますが、いまの日本では生産性は上がりません。そしてそれでいい、という部分が確かにあるのです。

以上…

で締めくくろうと思ったが、ちょっと無責任な気がしたので、少し加える。

なにも変わらないというと、なにか絶望に駆られるかもしれませんが、そんなことはありません。こういう時には置いてきぼり戦略という方法があります。たとえば、運転免許証の制度をつぶしたいのなら、そのことを声高に叫んでも無意味です。しかし、自動運転の技術が進むと、自分で運転したい人以外は運転免許はそもそも必要なくなります。こうなると、運転免許にまつわる利権は消滅します。つまり制度自体が無意味になる方向にわしらが投資を行うようにすれば、間接的ですが、制度にまつわる利権を減らすことができるでしょう。ぜひEVやAIの会社に投資して、応援しましょう。

先程も述べたように、ベーシックインカムが進むと社会が変わる可能性がありますので、それを進めそうな政党や候補者に投票しましょう。

こういうふうに、わしとしては敵の本拠地で戦うのではなく、外堀を埋めるように戦うのが良いのではないかと思います。時間はかかりますが、結局この方が早いというふうになるんじゃないでしょうか。

えっ? 運転免許がいらなくなっても、それに代わる何らかの規制を作り、新たな利権構造を作るに違いないから、意味がないって。まあ、その可能性は否定できませんが、その時にはまたその外堀を埋める行動をするだけのことでしょう。

 

良いデジタル化 悪いデジタル化 生産性を上げ、プライバシーを守る改革を

野口悠紀雄 日本経済新聞社 2021.6.18
読書日:2021.8.13

日本のデジタル化が進まないのは、日本の組織構造にあり、意識を変えない限り不可能と主張する本。

野口悠紀雄はわしの敬愛する経済学者で、仕事の生産性をあげようという意欲に溢れた人でもある。彼の手法は特殊なアプリを使うとかではなく、誰でも使える、使っているようなツールを最大限用いるのが特徴で、インターネット時代の今のお気に入りはグーグルの提供している各種無料のツールを使うというものだ。

わしもグーグルのツールを使っているが、まあ例えばこのブログはまずはグーグル・ドキュメントで書かれている。いつでもどこでも、どんなデバイスでも使って編集できるから便利。スプレッドシートも個人で使う場合はグーグル・スプレッドシートを使っていて、ほとんどの自分の個人情報はグーグルドライブに保存されているから、野口さんと同じように、グーグルになにかあると一瞬で何十年分の個人データを失ってしまうだろう。

まあ、そういう彼から見ると、日本のデジタルはまったく信じられないという状況なのであるが、その問題点はここ20年以上IT産業について言われ続けたことと一致する。具体的には、トップがITに無理解、理解してないので丸投げ、受注した方は下請けに丸投げ、だから責任の所在が不明確、などだ。

彼によると、メインフレームの頃は日本のITは世界の先端を走っていたのだそうだ。そうだったのか。一瞬でも世界の先端に立ったことがあったのか。たぶん1995年くらいまではそうだったのだろう。これはメインフレームの設計が日本の縦割りの組織に合致していたためで、なんの苦労もなく、適応したからという。

ところがパソコン、インターネットの分散、オープンの世界になるとそれは日本の組織に適合していないので、移行することができなかったという。それは今でもそうで、日本社会はまったく対応できていない。2001年に、日本はIT強国になることを宣言して、2005年までにすべての行政をデジタル化することが謳われたが、みごとに失敗した。そして、いまはDX(デジタルトランスフォーメーション)と言葉は変わったが、同じ問題をずっと言い続けている。

結局、日本の組織構造に根ざした問題なので、日本人の意識構造が変わらないと難しいという。じゃあ、どうしたらいいかということは野口さんにもわからないようだ。

技術的にいえば、IT化で一番の問題は個人認証なんだそうだ。中央集権的な個人認証、たとえば「IDとパスワード」的な認証をいくら精緻に設計しても、なりすましを完全に防ぐことはできない。それに、数年ごとに更新を行うという面倒な作業が避けられない。

そこで、分散的なブロックチェーン技術を使えば、ほぼ1回の登録でずっと認証が可能で、しかもプライバシーも確保できるという。

なるほど。

それは分かるのだが、実はわしはブロックチェーンについて根本的にわからない点があり、この本でもそれについては書かれていなかったので、ここに書いておく。その問いは以下のようだ。

ブロックチェーンの分散台帳を管理するサーバは誰が用意し、誰が管理し、そのコストは誰が負担するのか。

この問いの答えが知りたい。

原理的にはブロックチェーンを使う人が全員サーバを用意し、全員が台帳を保管するということになるのかもしれないが、そんなことは現実的にありえないから、多分サーバは台帳の規模により、数台とか数10台とか、あるいは数万台になるとかになるのだろう。しかし1台ということはありえない。それでは分散台帳の意味がない。

このサーバは誰が用意して、誰が管理するのだろうか。サーバは独立した存在が複数必要になるから、なにか複数の業者が必要になるのだろうが、実際どうやってるんだろうか。どこか、例えばブロックチェーンを受注したIBMなんかがひとりで複数のサーバを管理する、なんてことにはならないんじゃないかと思う。

費用自体はたぶんそのブロックチェーンの管理を委託した組織、例えば国市町村が税金から払うんだろうけど。

ブロックチェーンは、データのブロックごとにそのデータの内容から得られる数値に対応した素数を発見して、その素数でブロックを閉じる必要がある。いわゆるマイニングと言われる操作だ。ビットコインではこの数値を発見した人にはビットコインを報酬として与える。だからマイニングは自主的に行われるのだが、それ以外のブロックチェーンでは、その費用を誰かが払って計算をしてもらわなくてはいけない。その費用も負担しなくてはいけない。

ビットコインでは一番最初に数値を発見した人にのみ報酬が支払われるので、マイニングをする人には高速なコンピュータ使い、多くの電力を使う。でも例えば行政のデータに関しては、そんなに急ぐ必要はないから、きっとパソコンレベルで十分だろう。だからそれほどのお金はかからないかもしれない。

しかし繰り返すが、ブロックチェーンはお互いが独立している組織(または個人)がそれぞれサーバを管理していなくては意味がない。その数が多ければ多いほど改ざんされる可能性が減るので、ある程度の数が必要になる。その数をどうやって確保するんだろうか。

きっとブロックチェーン管理のための企業がすでに複数あるんじゃないかと思うが、いったいどんな業界になっているのだろうか。世界にはブロックチェーンで効率化した国もあるのだから、実際にどうなっているか調べるとわしの疑問もたちどころに解消するのだろうが、どうもこの辺について詳しく書いた文書をいまだわしは見たことない。

まあ、そのうち分かるんじゃないかと思ってる(←つまり積極的に調べる気がないんです(笑))。

★★★☆☆

 

三体Ⅲ 死神永生

劉慈欣 訳・大森望、ワンチャイ、光吉さくら、泊功 早川書房 2021.5.25
読書日:2021.8.10

(ネタバレあり、注意)

地球は暗黒森林の原理を使って三体人の地球侵略を抑止することに成功するが(三体Ⅱ)、その面壁計画の陰で極秘の階梯計画が進行、その発案者、程心(チェン・シン)は人工冬眠を繰り返し、人類が大きな決断をするごとに目を覚まし、人類、三体人を超えた宇宙文明全体の行く末を見守る。誰もを圧倒的するSF三部作の完結編。

まあ、なんといいましょうか、読み始めたらあっという間に全部読んでしまいました。いろんな意味ですごすぎます。前作の三体Ⅱを読み終えたとき、この先どうするの? これ以上はむりなんじゃね? という感じでしたが、こちらの予想をはるかに超える展開で、作者の劉慈欣はこの先書くことがあるのかしら、と心配するくらい、出し惜しみなし、アイディア全開の展開です。

結論をいうと、三体関係の話は前半まで。後半は人類と三体人との関係が破綻したあとの世界です。三体人との関係が破綻した結果、三体世界の位置は宇宙に発信され、暗黒森林の原理で三体世界は滅亡します。人類のいる太陽系も遅かれ早かれ攻撃されるということで、それをなんとか避けようという話なのです。などと思っていたら、最後は宇宙全体が滅んでいく話になり、宇宙が一度滅んで、次の宇宙の誕生で終わるという、なんとも壮大な展開です。各エピソードでは過去のSF作品やアニメとの関係などもいろいろ思い浮かびますが、しかし、これらがなんの矛盾もなく結びついているという点で、なんともびっくりの大技を繰り出し放題の作品です。

本編のヒロインは、物理学者の程心。三体Ⅱ黒暗森林でも、主人公の羅輯(ルオ・ジー)は現実逃避的な人間で、人類の運命を担うにはどうかといういうような設定でしたが、程心もなかなか興味深い設定です。

程心は一言でいうと聖母マリア的な人物です。聡明で、誰にでも優しく、リベラルな女性ですが、優しすぎて冷酷な判断ができません。人類の命運を担うということになると、状況により冷酷な判断も必要なはずですが、重要な場面で程心はことごとく裏目となる判断をして、人類を危機に陥れます。なんとも困った主人公ですが、しかし何しろ彼女は愛される性格なので、恨まれることなく周りに人たちにフォローされて生き延び、さらに次の人類の難題に彼女が立ち会うというシーンが繰り返されます。

というか、最後には宇宙全体がどうなるかという話までに発展するので、人類に対する失敗はどうでも良くなってしまいます。こういう世界全体の存在理由みたいな地点に立って考えると、リアルで現実的な対応というよりも、結局は愛とか普遍的な価値観がどうかというのが大切になってくるのでしょう。そういう意味では、よくできたキャラ設定なのかもしれません。

まあ、それはともかく、程心の周りにいて彼女に魅了された人間は彼女にいろいろ与えたくなるみたいです。彼女自身がこの作品のなかで何かを生み出すのは、物語の最初の方で、階梯計画を実現するアイディアだけ。それ以外は彼女は受け取る一方。なので、まず彼女は「受け取る人」と定義できるでしょう。英語でgiftedといえば、才能のある人(神からの恩寵のある人の意)のことですが、ともかく与えられすぎじゃないかというくらい与えられます。で、彼女が周りから何を受け取ったかで、物語を追いかけることすらできます。

(1)268光年先の恒星の権利をもらう。大学の友人で彼女のことをずっと思っている雲天明(ユン・ティエンミン)からの贈り物。

(2)同じく雲天明から階梯計画のために命をもらう。階梯計画とは三体艦隊に人間をひとり送ろうという計画で、ボランティアは死ぬ覚悟が必要。というか、送れる質量が限られ脳しか送れないので、生きたまま手術で脳を取り出すので、その段階で1回死んでる。(三体人がクローンで復活させてくれることを期待している。)

(3)雲天明から送られた恒星の権利が暴騰、国連と交渉して大金をもらう。このとき、交渉の得意な艾AA(あい・えいえい)という天文学者の絶対的な忠誠心をもらう。艾AAは程心の会社、星環グループを経営し、大きくする。

(4)人類から執剣者(ソードホルダー)という人類の命運を握る地位をもらう。でも、すぐに失敗して、地球は三体人に占領される。人類滅亡のピンチになるが、太陽系の外にいた「万有引力」という艦にいる兵士たちにフォローされて、執剣者の役割を担ってもらい、三体世界は暗黒森林理論の通り、異星人に攻撃されて滅びてしまう。

(5)滅びた三体人の生き残りから、太陽系が攻撃されない方法があるという希望の言葉をもらう(内容はこの段階では不明)。

(6)雲天明からおとぎ話をもらう。お話の中には三体人の光速の宇宙船の原理、異星人から暗黒森林理論で攻撃されないようにする方法、そして実際に攻撃してくるときの異星人の次元攻撃についての内容が隠してある。(通信が検閲されていて、そのまま直の話で話せない状況だった。)

(7)光速宇宙船の基礎テクノロジーをもらう。かつての上司トマス・ウェイドに開発してもらったもの。しかし、それは人類の方針に反逆する方向であり、程心は研究を中止させる。トマス・ウェイドは反逆罪で死刑になる。(このため光速宇宙船の開発が中止となり、人類は危機に際して太陽系から脱出できなくなる。程心の2度めの大きな判断ミス)。

(8)光速仕様の宇宙船をもらう。彼女の会社のひとたちが彼女の宇宙船に取り付けておいてくれたもの。異星人から2次元の世界に取り込まれるという次元攻撃を受けたとき、光速仕様にしておいてくれたので、彼女と艾AAだけが生き残り、雲天明にもらった268光年先の恒星を目指す。

(9)またまた雲天明から、宇宙と隔絶した別の空間をもらう。次元攻撃の果てに宇宙全体が滅びそうになるが、この空間にいると宇宙の崩壊の外にいられる。宇宙はビッグクランチのあとの新しい宇宙が誕生し、程心はそこで生きることになる。

まあ、こんな感じですが、お話の中には、程心はじつは捨て子だったという話があって、彼女を育てることにした女性は恋人と別れてまで彼女を育ててくれたということだそうで、なんとも生まれたときから彼女はたくさんもらってるんですねえ。

ある意味、程心はなかなか生き生きと描くのが難しいキャラではないかと思うのですが、劉慈欣はよく描いていると言えるでしょう。まあ、単に次々起きる歴史的事件に忙しく対応してるだけかもしれませんが。

一方の雲天明は、与える一方です。最後に一瞬、程心と再会しそうになるのですが、結局すれ違ってしまいます。しかしまあ、会ったからといってどうなるものでもありませんから、最後まで再会せずに終わって正解だったようにも思います。なにしろ程心は聖母なので、色恋沙汰には向いてませんからね。程心と雲天明の関係は、新海誠の「ほしのこえ」にちょっと似てます。

やさしい程心と真逆のキャラクターが、彼女の元上司だったトマス・ウェイドです。彼は非常に想像力が優れているので、つぎに人類に何が起きるのか察知し、そのために冷酷な行動にも出るのですが、実際には彼には悪意がまったくなく、ただ必要だからそうしているだけで(必要と思えば殺人も平気)、程心のせいで死刑になっても全く後悔せずにさばさばしているというキャラです。端的にはサイコパス・キャラです。

三体にはなぜか日本のアニメから出てきたような美少女あるいは美女キャラが出てくるんですが、この三体Ⅲでは、それは智子というアンドロイドとして登場します。智子は量子もつれ通信ができる智子(ソフォン)を通して動いているアンドロイドですが、人間離れした美しさをもち、着物を着てお茶を立てて、戦闘時には迷彩服で背中に日本刀という忍者スタイルで、なんともアニメとしかいいようのないキャラですね。彼女が日本刀で相手を真っ二つにするとき、肩からけさがけで切るのですが、なるべく内臓が散らばって周りの人に恐怖を与えるためだそうで、こんな所にもいちいち理由をつけるところが、劉慈欣らしくて笑えます。

いちいち見てきたように具体的に精緻に書く劉慈欣の今回の特筆すべきシーンは、太陽系が小さな紙のようなもので2次元化されて崩壊していくシーンでしょう。文章だけでよくここまで表現できると感心します。

他にもいろいろコメントしたいアイディアや憶測がいっぱいあるのですが、あまりにも盛りだくさんで、書ききれませんので、これで止めます。

この作品も日本SF大賞を取るんでしょうかね。

なお、死神永生とは、「死だけが永遠」という意味だそうです。

★★★★★

 

 

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