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LIFESPAN(ライフスパン) 老いなき世界

デビッド・A・シンクレア マシュー・D・ラブラント 訳・梶山あゆみ 東洋経済新報社 2020.9.29
読書日:2021.8.24

老いとは自然現象ではなく病気であり、治療することが可能だと主張する本。

シンクレアはオーストラリア出身の生物学者で、生物が老化するメカニズムの研究をしている。その結果、老化という現象は生命にとって自然な現象ではなく、病気の一種であると確信し、この病気は治療可能であると主張するようになった。

ではシンクレアが主張する老化という病気のメカニズムについて見ていこう。

遺伝子にはゲノムとエピゲノムがある。ゲノムはタンパク質の構造を示した設計図であり、デジタル情報である。

一方、エピゲノムにはゲノムを使ってどのように活動するかというプログラムが書かれている。例えば、ある細胞が一度皮膚の細胞になると他の細胞に変化することはない。別の細胞に変化しないようにエピゲノムのプログラムが制御しているのだ。この制御一般をエピジェネティクスという。

エピジェネティクスはタンパク質を使って書かれたアナログのプログラムであって、デジタルで書かれたゲノムと異なり壊れやすい。したがって、エピゲノムの劣化が老化の原因だという。

では、エピゲノムに具体的に何が起こって老化に結びつくのだろうか。

エピゲノムのプログラムはサーチュインというタンパク質(酵素)を使って書かれている。サーチュインは特定のエピゲノムにくっついてオンオフする役割をはたしていて、それで制御が行われる。

ところがサーチュインには複数の役割が与えられていて、損傷したDNAの修復も担っている。DNAが損傷すると、サーチュインは本来いるところを離れ、DNAの修復に駆り出される。だからその間、サーチュインは本来の活動をしない。そうなると、皮膚の細胞であれば、皮膚の細胞としての役割を果たさず活動を停止する。自分が皮膚の細胞だというアイデンティティを失ってしまうのだ。(もっともDNAが損傷している間、細胞が活動を停止するのはある意味合理的である)。

これが一時的な中断であれば問題ないが、それがひっきりなしに起こるようであると、例えば皮膚の中に皮膚の働きをしない細胞が多数交じることになる。このように自分のアイデンティティを失った細胞が増えていくことが老化なのだという。

実際にマウスの細胞にDNAを切断する酵素を与え、DNAを損傷し続けると、サーチュインが復旧に酷使され、本来の役割を果たせない細胞が多数になるので、たちまちそのマウスは老化してしまうという。

つまり老化とは、エピゲノムの状態が悪くなるという病気なのであり、それをもとに戻すという治療をおこなえば、老化は治せるということになる。

では、どのようにすれば、細胞はエピゲノムをもとの状態に戻してアイデンティティを復活させることができるのだろうか。

これについてはまだ明確になっていないが、シンクレアはいまの研究の進み具合から、数十年先には人間の寿命は120歳を越えることが確実で、150歳という数字も見えてきているという。しかも老化が抑えられ、健康であるという。

このような進展に自信を持たせているのがiPS細胞の存在だという。iPS細胞は細胞の状態をアイデンティティが確立する前の状態にリセットできることを証明した。老化を治すというのはエピゲノムの状態を元に戻すことだから、完全にリセットする前の適当なところまで戻すことができればいい、ということになる。何かそのようなファクターが見つかれば、目的は達成できる。それは見つかるだろうと楽観的なのだ。

しかし、数十年先ではいま老いている人、あるいは老いつつある人には間に合わない。そんな先のことではなく今できることはないのだろうか。たとえばサプリメントとか。

この辺から、なんとなく、世間で盛んに宣伝されているアンチエイジングサプリメントの広告っぽくなるのだが、興味のある方は実際にNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)というサプリメントを検索してもらいたい。そこには、これまで述べてきた老化の仕組みがさらに詳しく、図解入りで紹介されているだろう。そして、NMNを飲むように宣伝している。

そういうわけで、いまNMNが世間で非常に注目されているのだ。値段は少し前までは高かったようだが、いまはそれなりにこなれた値段のNMNが流通している。

NMNを服用すると、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)という物質を増加させる。NADはサーチュインを活性化させる物質だ。酷使されていたサーチュインを活性化させるわけだから、老化が起こらないという理屈だ。NMNは日本人の今井眞一郎が発見した。

なお、NADの前駆体はNR(ニコチンアミドリボシド)であり、これはビタミンB3のことだ。NRにはマウスの寿命を伸ばす効果が実証されている。

そのほかに、糖尿病薬に使用されているメトホルミン、あるいは抗酸化作用のレスベラトロールにも似たような効果がある。

そういうわけで、老化のメカニズムが分かってくると、老化を食い止めるような比較的簡単な物質が提案できるようになってきているというわけだ。

実際、著者が常用しているサプリメントは次のようなものだ。毎朝、NMNを1グラム、メトホルミンを1グラム、レスベラトロールを1グラム服用しているのだそうだ。それから長寿命に良いとよく言われる、低カロリーの食事、ときどき行う断食も実践しているそうだ。

この本では、老化を抑えた未来の社会や、さらに若返ることができる未来についても議論しているが、わしにはいまいち普通過ぎて面白くなかった。こういう議論はやはりSF作家の方が得意のように思える。しかし永遠に生きなくても、120~150歳の寿命までを健康に生きられるだけでも、その恩恵は非常に大きい。だれでも老化すること自体、死ぬこと自体が嫌だというよりは、健康でいられないこと、いままでできたことができなくなることが嫌なのだ。

老化は病気かどうかは知らないが、老化を食い止めて健康でいられるのなら、それに越したことはないということには、誰もが賛成するだろう。

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