ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

勝率2割の仕事論 ヒットは「臆病」から生まれる

岡康道 光文社 2016.6.20
読書日:2020.8.8

非常に悲しい知らせだ。この本の著者、岡康道が亡くなったというのだ。

わしがこの本を買ったのは、アマゾンがキンドルで半額セールをしていたからだ。(わしは基本的に電子図書しか買わない)。買ったその日、7月31日に彼は亡くなったらしい。なんていうこと。そしてこの本を読んでいた8月7日に、わしは亡くなったことを知った。

死因は多臓器不全だそうだが、これって病因ではなく、単なる症例だよね。なんともいい加減だなあ。岡康道にはふさわしいのかもしれないが。

わしには非常に珍しいことだが、読みながら、何度か目頭が熱くなってしまい、涙を拭った。岡康道はこんなにわしの心の中に入っていたのか。

彼のことを知ったのは日経ビジネスオンラインの「人生の諸問題」の連載だ。連載開始から読んでいたから、ずいぶん長い付き合いになる。いつの間にか、小田嶋隆と岡康道、清野由美は、わしのお気に入りになっていた。(これらの連載はほとんど会社のパソコンで読んでいた。働かない社員で申し訳ない、、、とは別に思っていないな。そのころ日経ビジネスのサイト巡りは朝のルーチンだった)。

人生の諸問題はいくつか本になっており、わしも読ませてもらった。とはいえ、じつはCMのプロとしての岡康道については知らなかったので、実際にはこの本で初めて知ったのだった。どちらかというと、小田嶋隆を通して岡泰道を理解していたことになる。

この本はだいたい3つに別れていて、ひとつは現在のタグボートのビジネスのこと、次は自分の人生に絡めた過去の話、のこりはタグボートの作品の特徴や考え方が雑多な項目で語られという内容だ。

タグボートは日本でほぼ唯一の、CMのクリエイティブ部門の専門会社(クリエイティブ・エージェンシー)だ。どこが普通の広告代理店と違うかと言うと、普通の代理店は新聞、TVの広告の枠を持っていて、その枠を売るのが商売なのだ。なので、広告の内容はじつはどうでもいいのである。枠を売り切るのが商売なので、どんどんCMを大量生産して、枠に押し込まなくてはいけない。ほとんどの広告はあるパターンで大量生産されたものであり、発注する側もあまり広告にこだわりはないのがほとんどだから、これでなんの問題もないのである。

こうなると、ほとんどの広告は、有名人やかわいい女の子あるいは芸人が出てきて、商品を紹介するというパターンになる。

しかしそれは、そこにメッセージを込めたいという企業には、まったく不十分で困るシステムなのである。そこにタグボートの存在意義がある。

タグボートは4人だけの会社で、クリティブ・ディレクター(CD)の岡康道、アートディレクターの川口清勝、CMプランナーの多田琢、麻生哲郎の会社で、電通の仕事仲間が独立したものだ。この4人で、1年に50本、つまりほぼ週に1本制作しているという(この本の出版時2016年の話。以下も現在形で語るが、出版当時の話である)。そして毎年のようにCMの賞を受賞している。

驚くべき制作本数だけど、これだけこなすにはよほど仕事が早くないと、不可能である。そしてこのスピードで、賞を取るような広告を制作しているわけだ。

岡康道は、タグボートはプレゼンに勝つ勝率は2割に過ぎないという。それはほとんどの企業がCMにメッセージ性など欲していないということだ。普通のCMを求めている人にはタグボートは性能過剰なのである。だから低い勝率は当然のことだし、そしてこれ以上仕事を引き受けても、たぶん数的にはこれで限界だろう。

岡康道のCMの制作過程はちょっと変わってる。岡は商品の世界をいったん自分の人生に引き寄せて納得してからでないと作ることができないらしい。それはだいたい人の情念の奥底に関係するので、少し暗い作品になってしまうのだそうだ。本人は「本質をつく」手法と言っている。本質を衝いて、それに合わせてストーリーを考えるのだそうだ。必然的に、それはメッセージ性の高い作品になる。

そうすると、岡の持っている手法は基本的にはひとつしかなく、その一つの手法を繰り返し使っているみたいなのだ。それが長年にわたって通用したのは、誰も彼の手法を真似しようとはしなかったかららしい。たぶん面倒くさい方法なのだ。

本質が見えなくて悩むこともあるみたいだけど、最初のオリエンテーリング(発注側の説明)のときで、ほとんどの場合、アイディアは掴めるんだそうだ。この時の印象が間違っていたと後から気が付くときもあるという。しかしタグボートは制作が始まってからどうも違うと感じたら、内容を変えてしまうことに躊躇しないらしい。周りには非常に迷惑な話であるが、本質を衝くことが一番の持ち味なのだ。

岡たちが電通を辞めてタグボートを作ったのは、電通ではクリエイティブ部門の評価が低かったからだという。クリエイティブ部門から役員になった者はおらず、岡の尊敬する先輩たちは会社を辞めていった。ずっとクリエイティブ部門の仕事をしたかったら、辞めるしかなかったのである。

最初は5年持てばいいかなと思って始めたそうだ。メンバーそれぞれが力を持てば独立していくだろうし、てっきり他のクリエイティブ部門の人間も彼らの後を追って、次々独立するのだと思っていたのだそうだ。ところがそういうことはいっこうに起こらず、彼らはずっと弱小のままだった。こんな状況で4人は団結するしかなかったらしい。

一方、クリエイティブ部門しかないタグボートはメンバーとともにいつか消えていくだろうと、岡は言っている。岡がいなくなったタグボートはもしかしたら本当に存亡の危機の状態なのかもしれない。どうなってしまうんだろうか。

岡の話のうち、共感できるところがいくつもあった。

ひとつは父親が失踪した時、父親の借金は大学生の岡が対応しなくてはいけなかったが、何か他人事のように感じて、まったく悲壮感のようなものは感じなかったらしい。逆に自分にやっと起きた劇的な事件と捉えたそうだ。さらにお金に右往左往している大人たちがアホらしくて、滑稽に感じたそうだ。なんかこういう周りに起こっていることが他人事に思えるところって、非常によくわかる気がする。

それからディズニーランドの管理された清潔感が生理的に受け付けないというところも、似ているなあ、と思った。わしはディズニーランドもそうだが、とくにあのミッキーのニタニタ笑いが気持ち悪くて好きになれない。ディズニーランドが好きな人の気持ちは分かるけど、わしには無理で、たぶんあの聖地には2,3回しか行ってない。(それもしかたなく、である)。

というような、共感できるところもいっぱいある岡康道なのであるが、なにより、もう人生の諸問題を読むことができないのが残念なのである。

★★★★☆

(2022.7.2追記)2022.6.24に岡さんの親友、小田嶋隆も病気で亡くなってしまった。二人とも仲が良すぎるんじゃないの? 長い間、ありがとうございました。


勝率2割の仕事論~ヒットは「臆病」から生まれる~ (光文社新書)

 

2050年のメディア

下山進 文藝春秋 2019.10.25
読書日:2020.8.7

1990年代にインターネットが一般的になってから、いかにネットが既存のメディアを侵食し、新聞が衰退していったのかを、関わった人の動きを具体的に取材して検証した本。題名とは異なって、未来を語る本ではなく、過去の検証であることに注意。また、ほとんどの内容は、新聞側(ほぼ読売)から語られていて、いかに新聞が変われなかったのか、という内容になっている。

21世紀におけるネットメディアの発展と紙に頼る新聞の衰退は、大まかな流れは理解していたつもりだった。しかし、もちろん、そこに関わった人の具体的な名前は知らないし、とくに失敗したプロジェクトについてはそうである。だから、新聞側の動きは、当然ながらよく知らない。つまり、新聞側の動きは、ほぼ全て失敗しているからだ。

ヤフーに対抗した読売、朝日、日経の「あらたにす」とか、通信会社側の動きである共同通信社の「47NEWS」とかは存在すら知らなかった。

また、インターネット初期において、読売新聞が記事の題名だけを載せてハイパーリンクを貼ることに著作権を盾に裁判を起こして、結局、敗退していることも知らなかった。

また、読売新聞の渡邉恒雄が2018年の新年の挨拶で、恒例の「読売の経営は盤石」という表現をはじめて使わなかったことも知らなかった。(もっとも、ナベツネがそんな挨拶を毎年していたことも知らなかったが)。

一方で、日経が早くから電子版を始め、成功していることや、ニューヨーク・タイムズウォール・ストリート・ジャーナルが電子版を進めていることはもちろん知っていた。わし自身、日経電子版のかなり早いときに契約したのだし、ちょうどこの本を読んでいるときにもニューヨーク・タイムズの電子版の購読者数が430万人を超えたニュースがあった。

なぜ日経やニューヨーク・タイムズが電子版に成功して、読売ができなかったのかと言うと、全国的な販売網を持っていたかどうかどうかの違いに尽きると思う。

日経はそもそも東京以外は配達網がなく、読売や朝日の専売店に配達をお願いしていた。したがって、電子版によりほぼ無料で配達ができるということは、メリットはあってもデメリットは見当たらない。

ニューヨーク・タイムズも同じである。ブランド力は世界的だが、もともとニューヨークが地盤の地方新聞なのだ。電子版にすることで容易に全国紙になることができるので、メリットしかない。

とはいえ、日経もニューヨーク・タイムズも紙の文化が染み付いているから、社内を説得するのは容易ではなかったようだが、経営陣が電子版を進める方針にブレる理由がないから、それを押し切ることが可能だった。

一方の読売は、すでに全国的な販売網を構築してしまっている。もしも電子版を進めたら、販売店がそのぶん弱体化してしまうのだから、完全なカニバリズムである。こんな状況では電子化を大々的に進めることは不可能だ。全国的な販売が弱い、毎日や産経のほうが電子化に積極的なのは、当然の結果だ。

もっともこの2社は、どうやらそれも間に合うかどうか、微妙なのだが。じっさいにウォール・ストリート・ジャーナルは改革が間に合わずに、ニューズ・コーポレーションに買収されてしまった。

この本ではまったく記載されていないが、電子化を進めるには、販売店の進化が必要だろう。具体的には新聞の配達専業ではなく、配達機能を活かした地域密着型のビジネスを行わなくてはいけない。そういう意味では、例えば朝日新聞は、各地のASAを食事デリバリーの出前館のビジネスに参入させているが、これが参考になるだろう。出前の配達時間が新聞と重ならないから、非常に都合がいいのだ。

このように販売店の転換を進めながら、電子化を進めなくてはいけないのだが、そもそも、電子化したときに、読売新聞は特徴のある新聞になっているだろうか。

わしはよく近所のガストに朝食を食べにいくが(優待の消化のために(苦笑))、そこにはかつてテーブルに読売新聞が置かれていたことがあった。たぶん購読を促す宣伝の一環なのだと思うが、しかし、わしはそれを開いたことがない。読売新聞は、ちっとも面白くないからだ。(朝日よりはましだが)。

読売はたぶん生き残るだろう。なぜなら資産をたくさん持っていて、新聞が儲からなくても、その運用で食べていけうだろうから。朝日新聞はすでに新聞からの収入より不動産収入のほうが多いそうだが、そんな感じになるだろう。

そしてヤフーだが、本書で述べられているように、すでにメディア企業ではない。ニュースは提供するが、それは単にサービスの一環でしかなく、中国のアリババのビジネスを日本で展開する会社に変化している。むかしアメリカのビジネスを日本に輸入したように、中国のビジネスを日本化している存在だ。ヤフーはゼットホールディングスに進化し、ポータルサイトのヤフーはその一部門でしかあない。

しかし、ネット側の動きがほぼヤフーだけというのもなあ。結局、この本は、ただただ日本の新聞社の動きを追いかけた本でしかないわけで、興味深いけど、それだけです。

★★★☆☆


2050年のメディア (文春e-book)

10万年の世界経済史

グレゴリー・クラーク 日経BP社 2009年4月23日
読書日:2009年09月02日

題名がいい。確かに新石器時代からの10万年を視野に入れていないこともないが、この本は基本的には産業革命の謎について迫っている。新石器時代からずっと一人当たりの所得が増えなかったのに、産業革命以後はじめて一人当たり所得が継続して上昇するという人類始まって以来の出来事が起こったのだそうだ。

産業革命がなぜ起こったのかについては過去さまざまな説が唱えられており、それを検証しつつ、最も確からしい説をあげている。基本的には効率(生産性)が持続的に上昇したからで、その理由は知識の急速な増大に求められている。

ところが、産業革命以前も技術(知識)はゆっくりとであるが着実に高まっていたことが示され、著者はなぜ産業革命以前がそんなにゆっくりで、産業革命以後が急速に知識が増大しているのか、といぶかるのである。

読みながら、いらいらさせられた。なぜなら、わしが当然と思っていたことがなかなか出てこず、しかも最後まで結局出てこなかったからだ。えー、なんで???

わしが知っていることは次の通りだ。新知識、新知識はいままで持っていた知識の組み合わせによって発生する。したがってすでに獲得した知識量がNなら、Nのα乗というようなべき乗で発生する。これは例えばLSIにおけるムーアの法則(4年で1チップあたりの半導体の数は2倍になる)のように、何年かごとに2倍になるという風に進む。つまり知識が増えれば増えるほど、加速度的に知識は増大する。

例えば1年で2倍になるとしよう。毎年知識量は、最初に比べて2倍、4倍、8倍と加速度的に増える。おお、ものすごく速い速度で知識は増大するのだ。

いっぽう、ある時点で過去を振り返ってみる。知識が増える速度は、過去に遡るごとに、1/2、1/4、1/8と加速度的にゆっくりになっていくのだ。まるで進歩が止まっているように見えるに違いない。

これをグラフで表すと、対数グラフでは一定の伸びだが、リニアで見ると、あるところから急速に伸びているように見えるのである。

おそらく、過去の人類で、所得に直接影響を与える知識の増大率は、けっこう一定だったに違いない。数百年前はそれが何世代に1回だったのだ。ところが、あるときを境に、所得に直接影響を与える知識が発生する年数は1世代を切ったのだ。そうすると、次の世代はもっとよくなるという風に連続的な上昇過程に入る。それが産業革命だったわけだ。

ということは自明のように思えたが、著者はそう思っていないようだ。なぜなら、著者は「新知識の増大は、現在持っている知識の量に比例する」と述べているからだ。これは完全に間違っている。正解は、べき乗に比例する、だ。だから知識の増大はますます加速する。比例じゃないんだ。

というふうなところでいらいらさせられたが、上巻のほとんどをしめるマルサス的世界は現在とはあまりに異なっており、非常に興味深かった。また富が世界的に偏在する理由はよく分かっていないみたいだが(著者は労働者の質に注目しているようだが)、たぶん長期的には是正されると思いたい。

原題は「A farewell to Alms」なので、著者の関心は富の偏在の是正にあると思われる。

最後に産業革命に寄与したエンジニアがほとんどまったく報われなかったらしい。これにはちょっと涙した。エンジニアは世界中で報われることが少ない職業のようだ。わしは特に日本では報われないと思う。シリコンバレーや中国と比べて収入が少なすぎると思う。何とかならないのだろうか。


★★★★★


10万年の世界経済史 上


10万年の世界経済史 下

 

異端のすすめ 強みを武器にする生き方

橋下徹 SBクリエイティブ 2020.2.10
読書日:2020.8.1

大阪維新の会をはじめ、数々の改革を成し遂げた異端のリーダー、橋下徹が異端の生き方を勧める本。

この本にはいろんなことが書かれてあるけど、特徴的なことは第4章の「情報マニアになってはいけない」の章だろう。内容は題名からは想像しにくいが、持論を持て、ということだ。別の言葉で言うと、ちきりんの言うところの、自分の頭で考えよう、ということである。(この章の題名はそうとういけていないと思う)。

橋下さんによると、インターネットの時代では、ただの知識ではなんの役にも立たない、自分の意見(持論)を言えるようでなければなんの価値もないのだという。このような持論を持つことは、最初は難しいと思えても、訓練により自分の中に持論工場を持つことが可能になり、インプットと同時に持論を展開できるようになるという。

このような訓練をするようになったのは司法試験対策の結果、というのだから面白い。橋下さんによれば、司法試験というのは、正しい知識を身につけるのは半分に過ぎないという。残りの半分は、論理的な展開力が必要なんだそうだ。このときに、たとえその時の判例と異なっていてもまったく問題ないという。

結局、法律というのは世の中のすべてのことを網羅しているわけではなく、法律から漏れていることもたくさんある。その漏れていることを、現状の法律の中で論理的に位置づけていくのが裁判という作業なのだという。したがって、法律家には、新しい事例が生じたときに、現在の法体系の中でどう解釈できるのかの論理展開力が問われるので、その力を見るのが司法試験の目的なんだそうだ。

したがって知識だけを求めてもしょうがなくて、逆にあまり知識を求めずに、基本的なことだけを頭に入れて、持論を展開する力の方が大切なのだ。

これを理解した橋下さんは、論理展開力に絞って訓練し、2回目の試験で合格した。さらには、毎日の新聞や読書で持論を作れる訓練を行った。そして今では、聞いただけで直ちに持論を展開できるようになったという。

橋下さんがマスコミに出るようになったのは、少年の殺人事件でラジオに別の法律家のピンチヒッターとして呼ばれたことだという。橋下さんは、少年法について持論を持っていたので、それを大阪のラジオで展開した。それが面白いということになって、テレビに出るようになり、やがて東京のテレビに進出したわけだ。

さらに、それがもとで、政治家への転進も可能になったのだから、こうした持論の持ち方が、橋下さんの人生に大きな力になったといっていい。

しっかりとした持論を持っていれば、異端とかそういうことはまったく問題とならないし、納得のできる人生を送れるのだという。

橋下さんは、世間には持論を持って行動する人は少ないという。でも、わしは。今の20代のひとと話していて、自分と比べてしっかりしているなあ、と思うことが多い。そして橋下さんの言うような持論を展開する人は少なからずいるように思える。なので、日本の未来はもっと楽観的にとらえていいんじゃないだろうか。(投資家って、未来を楽観的にとらえている人の方が多いよね)。

★★★★☆ 


異端のすすめ 強みを武器にする生き方 (SB新書)

時間はどこから来て、なぜ流れるのか? 最新物理学が解く時空・宇宙・意識の「謎」

吉田伸夫 講談社ブルーバックス 2020.1.20
読書日:2020.7.30

物理学が分かっている限りの範囲で時間について語る本。

確かに、どこから来て(ビックバンから時間は始まる)、なぜ流れるのか(エントロピーの法則の結果)はきちんと書かれているし、意識もなぜ時間を感じるのか(意識が因果関係を捏造するから)についても書かれているから、題名には偽りはない。書かれている内容も妥当だし、しかも説明がうまくて感心した。

でもちょっと納得できないところがある。それは記憶の非対称性の部分だ。

作者は物理的には、時間は空間と同じような広がりであり、その広がりはもうきまっているという。だから、いまという時間は実はないという。いまを感じるのは錯覚のようなものなのだというのだ。

だとすれば、なぜ過去の記憶はあるのに、未来の記憶はないのか。この非対称性はどこから来るのか。これは単に意識の500ミリ秒の間の問題ではなく(この時間内では意識は捏造するので時間の流れは感じることができるのはわかる)、それよりも長い時間の、例えばなぜ昨日の記憶はあるのに明日の記憶はないのかの説明が知りたいところだ。

これについて、作者はエントロピーを使って次のように答える。

エントロピーの法則により、時間のビッグバンの近い方で秩序が作られ(記憶)、その秩序は未来で壊れていく(忘却)傾向がある。だから、記憶は過去で作られ、未来でそれが壊れていく方向が定まっているという。だから、未来の記憶は過去には届かないという。

しかし、この説明は一見、正しいが、少し納得できないところがある。

著者は、部分的にはエントロピーが減少する場合があるとたびたび言明している。これについてはうまい表現をしていて、滝が落ちるとき全体としては水は落ちているが、たまに水が岩などに当たって跳ね返るような部分がある。それが、エントロピーが部分的に減少しているところで、そういう部分を使って星や生命は誕生しているという。

つまりエントロピーは、全体としては増加する方向なのだが、部分的には減少する場合があると言っている。

問題はここだ。

生命活動には、このエントロピーが部分的に減少する現象を使って説明し、一方で未来の記憶がないことについては、エントロピーが全体として増加することで説明している。つまりエントロピーの性質を都合のいいように使い分けているのだ。

未来の記憶の説明には著者も1ページちょっとしか割いておらず、もしかしたら自分でも苦しい説明と思っているのかもしれない。単に考察が進んでいないところなのかもしれない。

しかし、意識が時間の流れを捏造する部分についてはあんなにページを割いて饒舌なのに、未来の記憶がない点については、あまりにも内容薄弱である。

できれば、この点について、さらなる本を書いてほしいと思う。

★★★★☆

 


時間はどこから来て、なぜ流れるのか? 最新物理学が解く時空・宇宙・意識の「謎」 (ブルーバックス)

 

全裸監督 村西とおる伝

本橋信弘 太田出版 2016.10.27
読書日:2020.7.26

AVのレジェンド、村西とおるの多分一番詳しい評伝。ネットフリックスで山田孝之の全裸監督を見て、爆笑。で、本書を手に取った次第。

本書の中でも述べられているが、村西とおるはあらゆる面で過剰。一番目立つのはあの喋り口。応酬話法と言うんだそうだが、英語の百科事典、エンサイクロペディアの営業を始めた時に叩きこまれたそうで、ああ言えばこう言う式の、絶対あきらめない説得話法のことなんだそうだ。(ドラマでは都合上、英語の営業は北海道で行っていたことになっているが、実際にはこの会社は新宿にあり、村西は全国を飛び回っていた)。

この応酬話法はのちのちいつでも有効だったそうだ。AVで素人の女性を出演させるときにもこの応酬話法がさく裂した。何しろ、本番を承諾するまで諦めずに5時間以上も熱を込めて説得するというのだから。根負けして承諾するというよりも、熱の乗り移る感じみたいに承諾したのだろう。

この応酬話法がほぼ村西とおるの人生観に凝縮されていて、こう来たらつぎはこれ、これをやったら次はこれ、と次々と新しいコンセプトを開拓し続けた。有名な駅弁スタイルはもちろん、顔面シャワーも村西の発案だった。男優がカメラを持つハメ撮りもそうだ。もちろんビジネス的にも拡大一辺倒で、AVの衛星放送にも目を向けて投資していた。一方、経営者、管理者としてはまったく不適切で、最後には社員によるAVテープの横流しも常態化して、ついには村西とおるのダイヤモンド映像は破綻してしまう。

本の中にも書いてあるが、入ってくる以上に使っているのだから、破綻するのは当たり前の状況だった。もしもきちんと経理をみてくれる強力なビジネスパートナーがいればきっと破綻は避けられただろう。何しろ当時のAV企業はほとんどが、事業を変えるなり規模を縮小しながらも、今もまだ生き残っているのだから。

ドラマを見てから本書を手に取ったので、ドラマとの違いも目に付いた。ドラマでは裏本ビジネスのあと、AV会社をいきなり設立しているが、実際にはクリスタル映像に入社している。もちろん、村西とおるは好き勝手にやっていたわけだが、黒木香の「SMっぽいの好き」もこの会社のときに撮っている。ドラマでは黒木香のAVは、村西がアメリカで逮捕されてから発売されたことになっているが、そんなことはなくて、撮影後すぐに発売されている。村西の保釈金を払ったのも、クリスタル映像だ。これらは、すべてドラマを盛り上げるための脚色だったわけだ。

その後、自分の会社、ダイヤモンド映像を設立するが、大発展したのち、結局50億円の借金を抱えたまま、倒産してしまう。この時に自己破産を選択せずに、返済する道を選択する。たぶん返済する自信があったのだろう。だが返済完了したとの記述はないから、今も返済中なのだと思われる。

意外な事実として、黒木香が村西作品には実際には2本しか出ていないらしくてびっくり。あの圧倒的な存在感は、数とは関係ないのだ。ダイヤモンド映像では黒木香の部屋は村西とおるの隣だったそうだ。

他にも、有力AV女優の個室があり、事実上のハーレム化計画を推進していたようだ。といっても、ダイヤモンド映像では、社員は自分の部屋には戻らず、会社で寝泊まりしている状態で、女優が食事を作って、みんなで食べていたという。まるで大きな家族か、学園祭の前夜みたいな状態がずっと続いていたわけだ。なんだかとても楽しそう。しかし、やっぱり会社経営としては、まずい状況だ。

ダイヤモンド映像が倒産した後、子供が有力私立小学校に受かって(たぶん慶応じゃないかな)、本を出さないかとか講演をしないかとか持ちかけられても、子供は絶対に仕事にしなかったそうだ。偉い。

村西とおるももう70代だ。今の再ブレークでなんとか借金を返せられることを祈る。でも、いまでも、すごくパワフルに見えるよね。

わしもちょっとだけAV産業に接したことがあるので、その思い出を書く。

90年代の新入社員だったころ、わしは会社からリストを渡されて営業に出たことがある。訪問販売だ。そのリストは展示会に来てくださった客のリストで、訪問先が何の会社かは行ってみるまでは分からなかった。インターネットが普及する直前のことで、事前に調べることができないわけではないが、とても面倒なので、訪問して本人たちに直接聞いた方が早い。そこでアポを取って訪問すると、まず「失礼ですが、おたくは何をしている会社ですか?」と聞くところから営業は始まった。そしてその内容から、その場でなにかお役に立てることを提案して、営業をしていたのだ。

あるとき、新宿区のあるビルを訪ねた。確かに訪問先の会社はあったのだが、それは明らかに自社ビルだった。中に通されると、そこはオフィスだったけど、高そうなソファが窓に向かって何列か並んでいる不思議な部屋だった。男たちはソファに座ってなんかぼーっとしているように見えた。何人かの女性がパソコンで経理らしい作業していた。

約束してい人は、会ってみるとサングラスをかけたちょっとへんな感じの男の人だった。一緒にオフィスの隅のソファに座るときれいな女の人がお茶を出してくれた。
「申し訳ありませんが、御社は何をしてらっしゃる会社でしょうか?」といつも通り聞くと、男はぼそっと「AV」と答えた。飲み込むのに数秒かかって、「えっ?」と答えて、周りを見渡した。そこには監視カメラのモニタがたくさんあって、別の階の作業風景を映していた。そこでやってるのはたくさんのダビング器でテープをダビングしている風景だった。それを見てやっと、本当にAVなのだと納得した。

面白かったのは、ダビングで働いていたのも、やっぱりきれいな女の子たちだったことだ。たぶん、女優だろう。AV女優ってこういった作業もするんだ、と妙に感心したのを覚えている。売れていないAV女優だったのかもしれない。(DVDが出る直前で、まだテープだったのだ)。

この会社では仕事は取れなかったけど、半年後にその会社が脱税で捕まったことが新聞に載っていて、やっぱり儲かるんだなあ、と妙に納得したことを覚えている。(苦笑)

★★★★☆ 

 


全裸監督 村西とおる伝

 

年収1億円超の起業家・投資家・自由業そしてサラリーマンが大切にしている習慣 ”億超えマインド”で人生は劇的に変わる!

黒坂岳央 大和出版 2019.4.30
読書日:2020.7.23

富裕層の億越えマインドを身に着けて、自らも富裕層の仲間入りをした著者が、誰でも年収1億円を達成できると主張する本。

まあ、ときどきこういう類の本を本を読むわけですが、どの本も概ね同じことを言っています。そこのところを確認しつつ(なにしろみんなが言ってるところはきっと王道でしょうから)、他の本と違っている小さなところを拾って読むような感じです。

ところでこの手のお金持ちになれます本の場合、大きく2つに分かれます。つまり起業系か、投資系か、です。この本は、年収1億円と題していることから分かるように、起業系。金持ちのグループに入って、ビジネスを展開したい人なわけです。

なので、車とかは持たなくてもいいから、時計にお金をかけよう、とか言うわけです。いま、お金持ちの間では相手を値踏みするのに、時計が使われているんですって。なんか面倒くさいなあ。

そして見た目は10割だから、身なりにも気を付けるんだって。面倒くさいなあ。

その点、投資系の人は食事にも服装にも時計にもあんまり興味はなさそうな気がします。投資系の人は、資産を持ってて、それを市場に投入できれば満足なんじゃないかな。で、普段の生活はきっと相当地味ですよね。

わしも毎日だらだらと相場の流れを眺めて暮らしたい方なので、起業系のマインドは本当に面倒くさく感じる。不動産投資すらも面倒に感じる。そして、明日の、来年の、数十年後の未来がどうなるかについてだけ考えたい。なんて怠け者なんでしょう。

--怠惰です。(リゼロふう)

そういうわけで、良いことはたくさん書いてあるんですが、わしには不向きな本です。

ついでに次のようなことも面倒。

・メールは速攻で返信しましょう。 → いや、メールこないから。
・付き合う人は選り好みしましょう。(金持ちとだけ付き合いましょう)
    → そもそも友達いないし。

セミナーでは一番前に座れと言ってるが、それは実践している。一番前で聞かないと損した気になるから。

本を読もうと言ってるけど、まあ、本はそれなりに読んでるんじゃないかな。(苦笑)

この本を読んでて、うらやましいと思ったのは、著者の奥さんが起業家マインドにあふれている人で、著者をけしかけて起業させていること。こういう人にはほぼ出会えないよね。うらやましい。

わしは結婚する前は、自分の妻のことをけっこう頭がいい女性と思っていましたが、結婚してわかったのは、彼女はとても(うんざりするくらい)保守的な価値観の人なんですね。(たとえばこんなところ)。

著者にとっては、彼女と結ばれたというのが、最大の幸運だったのかもしれませんね。

★★★☆☆ 


年収1億円超の起業家・投資家・自由業そしてサラリーマンが大切にしている習慣 “億超えマインド”で人生は劇的に変わる! (大和出版)

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