投資家から撤退するかどうかを迫られた時期

2003年に結婚した。子供が2005年に生まれた。それまでアパート住まいだったが、子供が大きくなってくると当然のように、「マンションを買わなくてはいけません」と妻が主張し始めた。2008年ごろだ。お金がないというと、持ってる株を売ればいいと簡単にいう。

思い出してほしいのだが、このころはリーマンショックが勃発して、株が暴落していたころだ。私の資産も大幅に減少していた。そして、このころ、勤めていた会社は業績悪化でリストラの最中だった。会社の規模は最盛期の3分の1以下にまで縮小した。リストラが進んでいるときには、解雇が常態化し、いつ首になるかというストレスの中でウツになる人が続出した。どの職場にもウツで休職している人がゴロゴロしていた。私も転職を真剣に考えていた。

こんな最悪な状況で、マンションを買うなんて狂気の沙汰としか思えなかった。しかし妻は強硬だった。彼女は一見進歩的な発想の持ち主のように見えるのだが、ライフステージに関してはまったく保守的で、世間一般のライフステージに固執するタイプだった。

反対ばかりしていても仕方がないので、とりあえず家やマンションめぐりをして時間を稼ぐことにした。幸い彼女は、新築、角部屋という条件に強いこだわりがあり(これも理解不能であるが)、しかもお互いの通勤の関係で検討できる地域が極端に限られるので、条件に合うような物件はそうそうなさそうであった。

ところが2008年の暮れごろ、そのような物件が出てきたのだ。いろいろ難癖をつけようと思ったが、にわか仕込みで学んだマンションのチェックポイントのどの点から見ても、まったく文句のつけようがなかった。というか、この時を逃したら、もう2度とこんなよい物件は出てこないかもしれなかった。

…仕方がないので、買うことにした。

あとで、「こんな大変な時に買ったんだぜ」と会社でいうと、「チャレンジャーですね」という答えが返ってきたものである。

このマンションを買ったとき、私は投資家をやめるかどうかを迫られた。何しろ、マンションを買うには、大幅に下落した資産を売るしかなかったのだから。売ってしまえば、再び投資する資金をためるまでに何年もかかってしまうだろう。

もちろんそんなことはしなかった。

住宅ローンを目いっぱい借りて、株はできるだけ残したのである。これでは住宅を担保に借金をして、それを株に投資しているのと同じである。こんな方法は、おそらくどんなファイナンシャルプランナーも決して勧めないであろう。

当時株は下がり続けていたから、とてもリスクが高い状態といえた。もしかしたら、資産は全部消えて、借金だけが残るかもしれなかったから、とても怖かった。だが、投資ができなくなるのには耐えられなかったのだから、仕方がない。

これはもう中毒としか言いようがない。
(それを自覚しているので、私は依存症に非常に強い興味を持っている)。

その後、ずっとローンの方が資産よりも大きい状態が続いた。東日本大震災のときにも、資産はさらに減り、わたしは自分が間違ったのかもしれないと思った。

資産がローンを越えたのは、アベノミクスが始まって株価が上昇してからである。このとき、私がどれだけ安堵したか、どれだけ言っても言い足りない。それ以来、資産がローンを上回る状態が続いている。

ところで、うちは共働きである。だが、共働き夫婦によくある例として、お互いの資産についてはあまり詳しく知らなかった。マンション、マンションとうるさく言うから、妻が当然いくらか出すだろうと思ったが、実際には妻にはあまり貯金がないことが分かった。

お金を出さないのに、彼女は強く所有権を求めた。半分よこせという。私には理解できないことであったが、こちらも妥協せざるを得なかった。

支払いの現金とローンの割合は35対65であった。ローンは私の単独だったから、これを妻が払ったというのは理屈が合わなくなってしまう。そこで、現金は妻が払ったということにして、所有割合を4:6にした。

するとどうなったか。

のちに喧嘩になるたびに、「お前は出ていけ。このマンションは私のものなんだから」と言われるようになった。目が点になるとはこのことである。4割でも大まけなのに、いつの間にか100%自分の所有権になっているのである。なんとなく中国の南シナ海における強引な領土拡張を見ているようである。

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