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動物意識の誕生 生体システム理論と学習理論から解き明かす心の進化

シモーナ・ギンズバーグ エヴァ・ヤブロンカ 訳・鈴木大地 勁草書房 2021.5.20
読書日:2021.10.4

動物の意識は、無制約連合学習という機能が基礎になった、と主張する本。

「動物意識の誕生」という書名からてっきり、人間だけでなく動物にも意識があると主張する本なのかと思った(笑)。そうではなくて、生物の心がどんなふうに進化して意識(主観的体験)が誕生したのか、という話なのだった。ここでは最低限どのような機能があればその動物に意識があるといえるのかということをつきとめ、その機能がいつどの種に備わったのか、ということを議論している。

わしなんかは心が広いから、植物を含めてすべての生物に意識があるんじゃないかという気がしてしまうが、しかしここでいう意識は、漠然とした生きていこうという意思のようなものではなくて、しっかりした主観的な心の体験のことだ。

すべての生物は生きようとしているから、生きようという意思のようなものを感じとることができる。本当に意思があるかどうかはわからないが、少なくともそう感じさせる反応はする。それについてはここに書いた。

だが、確かにそれは意思かもしれないが、わしらが体験しているような、主観的な内面の体験ではないことは確かだ。少なくとも植物が意識をもっていて、日々いろいろ思いをめぐらしているということはないだろう。

そうすると、意識があるのは動物に限られるが、すべての動物が意識を持っているとするのも難しいだろう。単細胞生物でも、ゾウリムシなんかは十分複雑な動物のようにわしには思えるが、意識を持っているかと言われると、わからないとしか答えられない。

そうすると、そもそも意識にはどんな特徴があって、それを実現するにはどんな仕組みになっていなくてはいけないか、意識に必要な最低限のモジュールは何か、それはどう進化したのか、どの動物がそれをもっているか、などというふうに順に考えていかなくてはいけない。

そこでまず、著者たちは、意識の特徴について過去のいろいろな人の主張をまとめようとする。それこそアリストテレスから現代の生物学者までの言葉から意識の特徴を探り、リスト化するのだ。その結果、意識の特徴を7つにまとめ、それに関連する意識についてのさまざまな議論で上巻は終わってしまう。なんと、著者たちの主張自体は下巻に持ち越されてしまう。

いやはや、研究した著者たちにとっても検討すべきことが多くて大変だっただろうが、読んでいる読者の方もこれはなかなか辛い工程で、たぶんほとんどの人は、この意識に関する議論で疲れ果てて、挫折するのではないか、という気がする。なにしろこの本は著者の思いが注入されているので、一般人に向けて読みやすく省略するとかの考えは最初からまったくないらしい。

思うに、専門家じゃないわしらは上下巻のうち、上巻は読み飛ばして結論だけ読むことにして、下巻から本格的に読んでもいいんじゃないかと思う。面白いのは圧倒的に下巻なのだから。

それに、そもそも著者たちの主張していることは、そんなに難しい話ではないのだ。ではその主張を見ていこう。

脳(もしくは脳のようなもの)には、身体中の感覚器官からおびただしい量のデータがやってくる。脳がやっているのは、それらのデータを使って世界を再構築したり、何が起きているのかを考えたりすることだ。これはつまりあるデータと別のデータを結びつけるということで、それを学習と言おう。しかし全部のデータの組み合わせを検討することは不可能だ。組み合わせの数はすぐに天文学的な数字になってしまうのだから。

そうすると、意図的に、データの組み合わせの中から有用なものを選択し、その関係のみに注意を向ける必要がある。このような選択や注意、いわばこころの重心を傾けるような機能こそが、意識のもっとも基本的なモジュールだと主張しているのだ。

これができるのが、「無制約連合学習」と著者たちがいうものだ。無制約というのは、組み合わせが無限にあることを示し、連合学習というのはあるデータと別のデータを結びつけることをいう。

もちろん、もともと生得的に記憶されているような関係ではなくて、いっけんなんの関係もなさそうなデータでも結びつけられなければならない。たとえば、パブロフの犬のように、ベルの音と唾液という本来、関係のないものを結び付けられなければならない。

ただ、限られた選択肢のデータ同士ではなくて、無限ともいえる組み合わせの中から選択できることが重要だ。なぜなら限られた選択肢の中では、意識がなくても学習させることが可能だからだ。

単純な生物はもちろん、驚いたことに植物にも学習させることも可能だという。光と風の方向を一致させて育てると、光がなくても風があるだけでそちらの方向に伸びていくというのだ。(ほんまかいな)。

そういうわけで、選択肢の限られた中での学習は意識がなくても可能だから、それは意識の証明にはならないわけだ。著者はこれを「制約下連合学習」と言っている。

ちなみに連合学習でない学習とは、それぞれの感覚器が鋭敏化したり、馴化(じゅんか、慣れてしまって反応しなくなること)したりという、個々の感覚器レベルの学習のことだ。

このような無制約連合学習は実際に観察や実験が可能だという点が重要だ。ではそれを担うモジュールはどのような構成になっていなくてはいけないのだろうか。

まずデータを選択する基準はなんだろうか。いつも同じデータを選択して同じ学習をしていたのでは進歩がない。だからこれまで出会ったことのない新規なものに目を向けるはずだ。

新規かどうかは過去の学習の記憶と比較するしかない。すると過去の学習結果を記憶しているメモリユニットが必要だ。そしてメモリの内容を読み出してやってくるデータと比べて、これまでと異なる新規の内容だと知らせてくれるユニットがなくてはいけない。

こうして学習に値すると判断して、はじめてその関係を結びつけて学習する。

(つまりわしらは、無意識に頭の中で過去の学習結果を用いて世界を再構築して、次に何が起きるかの予想を常に行っており、そして予想が外れるとびっくりして初めて意識をそこに向ける、という行動をする。)

さらには新規のデータを結びつけると、それをメモリに定着させる機構があり、定着すると学習が完了する。

このような無制約連合学習の仕組みを作るためには、少なくとも3層の階層を持つシステムが必要だと著者は言う。そして意識があるためには、さらにその上に4層、5層という階層が必要になるだろうという。

非常に理にかなった考え方であり、なるほど意識は無制約連合学習のモジュールが基礎のなっているのだろう、という気にさせる。

では、進化史上のいつ意識は誕生したということになるのだろうか。この答えはまったく普通でなんの意外性もない答えが返ってくる。つまり、それは5億年前のカンブリア紀だ、というのだ。例の不思議ないろいろな形の生物が突然出現したカンブリア爆発が起きた時代だ。

ということは、意識は動物らしい動物が出てきたとたんに誕生した、と言っているに等しい。そりゃそうかもしれないがなんの意外性もなくてがっかりする。

著者の見解では、カンブリア紀の海の中で、節足動物脊椎動物で無制約連合学習は起きた。そして奇妙なことに、それはどちらも左右相称の形態を持つ。(もしかしたら2つの脳に分離していることに意味があるのだろうか。)

それから2億5戦万年後、タコやイカの頭足類に、無制約連合学習ができるような種が出てきたという。だから必ずしもカンブリア紀にすべての意識が誕生したとは限らないようだ。

以上が概要だが、他にも興味深い言葉がいっぱいだ。

たとえば無制約連合学習ができるようになると、過剰学習が問題となり、ストレスが増しただろうとか(つまり、意識が誕生すると同時に心の病が誕生したことになる)、それに対抗するようなホルモンとか、睡眠はそのために(忘れるために)あるのかもしれないとか。

もちろんAIに関する言及があるし、エピソード記憶などにも触れている。

メモリ機能に関しては、中枢神経とDNA以外でも、いろんな段階で記憶されていることが分かっている。だから単細胞の生物にもちゃんと彼らなりの学習がある。そして、著者たちがまとめた意識の特徴はないかもしれないが、意識がないと断定もできないのだ。著者たちは、この機能があれば客観的に意識があると判断してもいいでしょう、という基準を提案したにすぎない。

この本では進化関係の本では珍しく、ラマルクに対する評価が高いことも特徴で、ラマルクが唱えたような個体の経験が記憶されて子孫に受け継がれるといったこともあり得ると考えているらしい。エピジェネティック(ゲノムのうち、タンパク質の設計図であるDNA以外の部分)に記憶が残り、細胞分裂してもその記憶は受け継がれているのだから、というのが理由らしい。ラマルクはもしかしたら今後大きく復権するのかもしれない。

それにしても、あまりに力作すぎて、ある意味扱いに困ってしまうような本で、だれか新書ぐらいのボリュームでまとめてほしいですね。(苦笑)

 

メモ:意識の7つの特徴、属性
 すごくわかりにくいが、なにしろこれを議論の中核にそえているので。もうちょっとわかりやすく表現できないんですかね。

(1)大域的活動・アクセス性
 意識が特定の脳領域に局在していないこと。意識は広い範囲に大域的に存在している。

(2)結びつけ・統一
 意識はなにかを理解するときには、それにいろいろなものを結びつけて統一的に理解する。バナナならばその形、色、匂い、味などを結びつけて、統一的に理解し、上の階層で地図を作る。

(3)選択・可塑性・学習・注意
 意識経験が構築されるとき、神経のネットワークの選択が行われている。神経のネットワークは可塑性(柔軟に変わること)があるので、学習が可能である。選択は注意するということと関係がある。

(4)指向性について(ついて性)
 意識は、いまその意識が何についての意識なのか、が常に問える。(意識は常に特定のテーマに注意を向けているということ)。

(5)時間的[厚み]
 ある一定時間、刺激が続かないと、意識されない。

(6)価値・情動・目的(ゴール)
 経験には主観的な感情値(ポジティブ、あるいはネガティブ)があり、それが情動として表現される。意識は、なにかの必要性を満たす目的(ゴール)を志向するときの、動機づけをするインターフェイスの役割を担う。(ちょっと意味不明)。

(7)身体化・行為者性・「自己」概念
 意識が発生するためには身体からのフィードバックが不可欠で、それにより「自己」と呼ばれる所有感や行為者感覚がもたらされる。(なので身体をもたないAIには著者は否定的)。

★★★★☆

 

 

 

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