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生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方

高橋宏知 講談社 2022.1.12
読書日:2022.8.5

機械系エンジニアである著者が、エンジニアの立場から脳の研究を行い、生命の知能はダーウィンの進化論をもとにした試行錯誤を伴う自律化の知能であり、一方、人工知能は試行錯誤のない自動化の知能であると主張し、両者は補い合うことができると述べる本。

本書は学部生を相手にした講義や講演をもとにしたものであり、学生を相手にしているものだからとてもわかりやすい。前も言ったかもしれないが、エンジニアの書いたものはたいていわかりやすく、明解なことが多い。

本書では基礎的な知識から意識についての議論まであるが、著者自身の実験を紹介している部分が一番面白いので、その部分を見ていこう。

2008年に高密度CMOSアレイというデバイスがスイスの研究室で開発され、高橋さんはそれを手に入れることができたのだという。高密度と言っても電極は17ミクロン間隔なのでそんなに高密度とも思えないんだが、このCMOSアレイの上で大脳の神経細胞を育てると、神経細胞の電位がシート状で観測できる。そうすると神経細胞の軸索を通って電気が走るのが観測できるんだそうだ。また電極から電気刺激を与えることもできる。

面白いのは複数の出力と入力を決めて、出力の信号に重み付けをして加算したものを入力にフィードバックすると、それまでデタラメに活動していた神経が特定の信号を安定的に出すようになるんだそうだ。そこでこの信号をロボットに入力して、安定的に出ている場合は直進するようにし、何かにぶつかると方向転換するようにプログラムすると、まるでロボットは生物のように動き出し、それを迷路に入れると試行錯誤の上に迷路から脱出できるようになるという。

こうした学習はリザバー計算という手法に当たるんだそうだ。これは現在の多層ニューラルネットワークディープラーニング)とは異なる。多層ニューラルネットワークでは各ニューロンの重みを計算するのに誤差逆伝播法という方法を使っているが、この場合全ニューロンについて計算しなくてはいけない。リザバー計算では、最終層の重みだけ計算するが、ネットワークの中身については調整は行わない。このような簡単な方法でも、高い適応力を得られて、業界に衝撃を与えているんだそうだ。

なるほどねえ。たしかに実際の脳の中でそんなに細かい計算が行われているとは思えないから、きっとリザバー計算のようにかなりいい加減な方法が実際に使われている可能性は高いだろうね。

このことから高橋さんは、脳はフィジカル・リザバー(物理リザバー)だと言っている。これは任意の力学系を計算リソースとして利用するというということだそうで、動物の姿勢制御は脳が細かく制御しているわけではなく、筋骨格のダイナミズムが働いているのだという。たとえば死んだ魚を水流に放り込むと脳がないのに泳ぎだすのだそうだ。同じようなことが脳にも起きているのだという。つまり脳は計算機ではなく、計算リソースとして働いている、のだそうだ。

確かにこういう説明は納得性が高いと思った。

高橋さんはエンジニアだから、リバースエンジニアリング(分解してどのような構成になっているか逆残すること)の発想を大切にしているが、意識に関してだけはどのような構成要素でできているかすらさっぱりわからないから、機能から逆残するしかないと言っている。意識って手強いねえ。

★★★☆☆

 

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