ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

水源―The Fountainhead

アイン・ランド, 藤森 かよこ 2004.7 ビジネス社
読書日:2005.11.8、(当時書いた感想が気に入らずに2019年12月に書き直したもの)

ご存じリバタリアンの始祖アイン・ランドの主要著書のひとつ。1943年に発表され、アメリカ人にはとてもなじみの深い小説です。アメリカ人の文章にはよく、「水源のハワード・ロークのように」などと自分と主人公を比べる文章がでてきます。そんなわけで長いことこの小説の存在は知っていましたが、リバタリアン的な考え方が日本人にはなかなか理解できないのかずっと翻訳されず、なんと発表から60年たってようやく日本に紹介されたという作品です。しかし、2019年のいまではリバタリアンという言葉もずいぶん普及しました。

主人公のハワード・ロークは建築家ですが、芸術家タイプとでもいいますか、個人の創造性を最大限に発揮する仕事をしようとします。世間でありがちな設計や創造性のかけらもない仕事はしません。かといってそういう仕事をする人たちを強く軽蔑したり非難するというわけでもなく、彼自身はそういう仕事はしないというだけです。しかも、誰かが彼のデザインを他人が盗んだとしても、それを声高に主張することもありません。ただ自分の才能を発揮する仕事をしたいだけで、そういう世間的なものには興味がないのです。

当然ながら、雇われていてはそういう仕事はできませんから、自分で事務所を開いたりしますが、うまくいくはずもなく、事務所は潰れたりします。

彼のことを最も理解しているのは、恋人となるドミニクですが、この二人の関係も変わっていて、ドミニクはわざとハワードが困難な道を行かざるを得ないような行動をとって、しかもハワードがそれを理解しているという、ちょっと変態的な関係です。お互いに相手を理解しているからこそ、何の妥協もないといいましょうか。

しかし、この小説がもっとも素晴らしいのは、ハワード・ロークの敵となる人間の設定の仕方にあります。それはエルスワース・トゥーイーという人物で、彼は強力な権力欲を持っていますが、しかし豊かな生活をしたいというわけではないのです。彼はそういう物質的な欲望が全くない人物として描かれています。彼が望むのは権力だけなので、彼が理想とする世界は、国民全員が貧乏で不幸であっても、たぶん自分自身も貧乏であっても全く問題ありません。世界中を堕落させることで、自分が権力を握る、そういうことを目指している人物です。おそらく旧・ソ連スターリンやブレジネフなどを思い浮かべるといいかもしれません。

そんな彼にとっては、誰かが個人的な才能を発揮して、そういう人物がヒーローになることこそ問題なのです。

ですから、トゥーイーはすぐにハワード・ロークがその種の人間であることを敏感に察知して、徹底的に彼の邪魔をします。彼は新聞社で評論家として働いており、ハワード・ロークの邪魔をする一方では、新聞社の労働者を組織して、新聞社を乗っ取ろうと画策しています。

それにしても個人と個人を中心にした社会の進歩の否定、それこそが完全な悪であることをこれほどはっきりと示した作品はないのではないかと思います。この考え方は次の「肩をすくめるアトラス」でよりはっきり出てきますが、肩をすくめるアトラスは、いくぶん空想的な世界で、アメリカが共産主義的な勢力に(軍事的にではなく、思想的に)乗っ取られるという世界ですが、エルスワース・トゥーイーという人物は、現実に身の回りにいても不思議ではないというふうに描かれています。実際に、だれでも、エルスワース・トゥーイー的な考え方をする人物に会ったことがあるのではないでしょうか。

このように実在する悪というものを、これだけはっきり示してくれたことが、この小説のもっとも大きな部分であるのだと思います。悪を描き出すのはとても難しいものです。世界征服をたくらむ類の悪については、そういう存在を実際に想像することはほとんど不可能です。しかし、アイン・ランドが示したように、文明や社会の発展を憎む存在というのは十分あり得る話です。

ですから、ほとんどアイン・ランドだけが人類全体の悪について表現することに成功したのではないか、という気がします。彼女は実際にその悪そのものとしか言いようのない経験をしてきたらしいので、明確に意識することができるのでしょう。

人間は自由と自立を求める一方、公平さ(平等)も希求します。しばしば公平さこそが正義という感覚に我々は襲われます。しかし、個人の自由と自立を否定した徹底した公平さは、社会の堕落を招き、我々自身の破滅に繋がります。こうした公平さにたいする幻想は人類の心根に深く染みついています。公平さに基づく正義の声に注意しましょう。そこにはしばしば悪が紛れ込んでいるのです。

★★★★★

 


水源―The Fountainhead

 

チョンキンマンションのボスは知っている :アングラ経済の人類学

小林さやか 春秋社 2019.7.30
読書日:2019.12.11

香港の安宿のボスの話ということで、てっきり中国人の話なのかと思ってたら、アフリカのタンザニア人の話なのだった。いま中国には大勢のアフリカ人が一旗上げるために来ているのだそうだ。その中でずっと香港にすみ着いて、同国人から一目置かれているのが、チョンキンマンションのボスことカマラなのだった。

スワヒリ語を話す著者は、こうした出稼ぎのタンザニア人に興味を持ち、フィールドワークをしようと香港にやってくる。(実際には、香港に来てから具体的な調査対象を決めているわけだが)。

タンザニア人たちはビジネスは個人事業者としてやりたがるが、一方では同国人同士で助け合うといった、群れているような群れていないような微妙な距離感でビジネスをやっている。それは、余裕があれば「ついで」に人の分もやってあげるといった、無理のない協力関係であり、その「ついで」感覚が、多数の副業を持つことにつながり、メインの事業が失敗したときの保険になっているという。そして人間関係はとてもゆるい。

本を読みながら、これは単に狩猟民族の発想なんじゃないの、と思っていたが、やっぱり作者もそう思っていたらしく、まとめのところで狩猟民族における分配とか贈与経済とかについて議論していた。もちろん昔のままなのではなく、はやりのシェアリング・エコノミーやSNSとの関係なんかも議論されている。しかし、まあ、あんまり難しく考えずに、この本ではカマラの言動を面白く楽しめばそれでいいのだと思う。

もしかしたら、わしの発想はタンザニア人に近いかもしれない、と思った。まあ、ビジネス感覚においてはまったく太刀打ちできないでしょうけど。

★★★☆☆

 


チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学

三体

劉慈欣、訳:大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、監修:立原透耶、早川書房、2019.7.15
読書日:2019.12.9

(ネタばれあり。注意)

SFは年に1,2冊しか読まないと言ったばかりなのに、なめらかな世界とその敵、に続いて、今月2冊目のSFである。でも、アジア人初の米ヒューゴー賞という鳴り物入りで話題沸騰の作品なのだから、これはちょっと別格、ということで。

読んでみて、これは、うーん、、、の世界だった。いちおうファースト・コンタクトものに分類されるのかもしれないが、でも、ちょっと強引?というところもあり、なかなか難しい。少なくとも似たような話は読んだことがない、という意味ではとても新しい。(といっても、わしの読んだ範囲は狭いことをお断りしておきます)。

まだ三部作の第1部、異星人との接触編にあたるわけだが、実のところ、異星人はまだ地球に到着していない。というか、到着は450年後に設定されているのである。これじゃあ、三部作が終わったときに、異星人が実際に出現するのかどうかも分からない。では、ここでは何が語られているかというと、主に地球人側の反応なのである。つまり、よくある人間の本当の敵は人間自身というやつだ。

最初に異星人に接触するのが、葉文潔(イエ・ウェンジエ)という女性天文物理学者なのだが、彼女は中国の文化大革命の犠牲者で、父親を目の前で殺され、自分も迫害されて地方の僻地にとばされてしまったような人物だ。このような過去を持つから、彼女は人間の文明に幻滅していて、人類は自力ではその文明を矯正できないと思っている。だから、強力な超文明を持つ異星人の存在を知った時に、その超文明の力で人類を征服してもらおうと、自ら異星人を地球に招き寄せるのである。

さて、異星人の到着は450年後なのだが、実はすでに地球人は異星人がどのような感じなのかを体験できる。ここがこの小説のアイディアの秀逸なところで、この小説の主人公になる汪淼(ワン・ミャオ)がはまるヴァーチャル・ゲーム、「三体」がそれだ。このゲームは、葉文潔(イエ・ウェンジエ)が作った「科学フロンティア」という組織のプロパガンダ・ゲームであり、このゲームをすることで、三体人のことが分かるようになっているのだ。(なお、科学フロンティアは、このゲームを自分たちに共鳴する優秀な人物をスカウトする場にも使っている)。

このゲームによれば、三体人の住んでいる世界は、太陽が3つある世界である。天体が3つあると、その軌道は正確には計算できず(三体問題)、複雑なものになる。その3つの太陽の軌道は極端で、それによりその世界は灼熱の世界になったり、極寒の世界になったりして、生命が存続できなくなる。こうして三体世界の文明は簡単に滅びてしまう。三体人は「脱水」といって、すべての水分を身体から抜き取り、ぺらぺらの紙のような状態になって、厳しい時代をやり過ごす。こんな感じなので、その文明の歩みはとても遅い。

そういうわけで、地球のことを学んだ三体人が恐れているのは、地球の科学の進歩が加速度的に進んでいることで、450年後に地球に到着したときに自分たちの超文明を超えてしまうのではないかと恐れているのだ。そのため、三体人は超絶的な科学技術を使って、地球に干渉しようとする。その目的は、科学者に研究を止めるように脅迫することと、一般人に科学に対する憎しみを増すようにすることだ。

汪淼(ワン・ミャオ)はナノ・マテリアル材料の専門家で、彼の目的は宇宙エレベータの材料になる耐久力のある繊維を作ることだ。そこで三体人に狙われて、ゴースト・カウントダウン(ほかの人には見えない1200時間のカウントダウンが自分だけに見える)という現象を体験し、恐怖にかられる。このシーンは優秀なホラーを読んでるみたいだ。そして科学フロンティアのメンバーに、ナノ・マテリアルの研究を止めるように忠告される。こうして彼は、三体問題に絡むようになる。

この第1部では、ようやく人類が科学フロンティアと三体人のやろうとしていることに気が付いて、反撃を開始したところで終わっている。葉文潔(イエ・ウェンジエ)も逮捕されたが、今後どうなるか。きっと予測のつかない展開が待っているでしょう。

ところで、作者はかわいい美少女にトラウマかなにかあるんでしょうか。美少女が出てくると無残に殺されたり、自殺したり、逆に美少女が誰かを無慈悲に殺したりしてるようです。アニメの見すぎなんじゃないでしょうか。

ついでに言うと、三体人の社会も人間とほとんど変わらないようです。人間と全く違ってもきっと理解できないので、しょうがないのですが。

<三体に出てくる超絶科学技術(笑)>
三体に出てくる科学技術はそれらしい用語とともに、かなりむちゃくちゃなものも混じっています。そのイメージはいちいち具体的で、これだけイメージできるのは、作者の特殊能力かと。

(1)Vスーツ
これを着ることで、超絶的なバーチャルリアリティを身体全体で味わえる。(まあ、これはありえそう)

(2)恒星をつかった超絶的恒星間通信
葉文潔(イエ・ウェンジエ)は恒星の構造を研究していて、恒星の表面では電波を数億倍に増幅して反射することを発見した。これにより太陽を介することで、数光年先でもとらえられる強力パワーの電波を放出し、三体人と連絡を取れるようになった。どうやら恒星に当たった電波は増幅されて360度全方向に反射されるらしい。ほんまかいな。本当ならノーベル賞ものの大発見なのだが。

(3)脱水
三体人が環境変化に耐えられなくなったときに、緊急避難的にドライフードみたいになって冬眠状態になること。まあ、これは、そうなんですね、としか言えません。設定なので。

(4)余剰次元を使った粒子による人類監視システム(智子、ソフォン)
時空間は11次元で構成されているが、ほとんどの次元は小さく丸まっている。だが、三体人は余剰次元を広げることで、小さな粒子を惑星を包み込むような広大な2次元の球面にし、そこにコンピュータ回路のようなもの(たぶん)を書き込むことができるのだ(智子、ソフォン)。知性を持った粒子は、真空エネルギー(!)で加速する方法で地球に送り込まれ、ゴーストカウントダウンや宇宙背景輻射のウインクのような、あり得ない超絶現象を引き起こし、科学者たちをパニックに陥れるのである。(しかも、三体人のところにある別の粒子と量子もつれをおこしているので、遠隔操作が可能らしい。よく分からんが)。
。。。。もう、唖然とするしかない設定です。芸が細かいと思うのは、小さな粒子だと電磁波と相互作用ができないので、ソフォンは2個1組の設定になっていて、2個が適当な距離をとることでアンテナの役割をして電子回路や光学現象に干渉しているようになっていることです。設定、細かい。

ほかにも3K眼鏡とかいろいろあったような気がするが、忘れた。ナノマテリアルのワイヤーカッターとかは素晴らしい表現力で、よかったです。でも、パナマ運河で中国がワイヤーカッターで船を切り刻むようなことしたら、大問題になるでしょうが(笑)。

なんかこうやって書いてると、おバカSFに見えるかもしれませんが、まあ、半分はおバカで当たってるんじゃないかと思います(苦笑)。でもいたって大真面目ですので、第2部を待ちましょう。

きっと第1部を上回る大変な超絶テクノロジーがバンバン出てくるんじゃないでしょうか。

(2020.3.8追記)

パナマ運河のところで、太平洋側から太陽が昇る(つまり太平洋側が東)という記載があって、間違っているのではないかという指摘があるみたいですが、パナマ地峡はくびれていて、そこに運河を作ったので、東が太平洋側で西が大西洋側ということで合っています。念のため。

 

★★★★☆(減点は1はおバカすぎるから)

 


三体

なめらかな世界と、その敵

伴名練 早川書房 2019.8.20
読書日:2019.11.30

小説を読むことがそもそも少ない上に、SFはたぶん年に1、2冊しか読まない。この本に関しては、新聞の書評で「現代SFの到達点のひとつ」みたいなことが書かれてあって、読んでみた次第。

わしはミステリーを嫌っていて、それよりはSFの方が好きである。なぜなら、SFを読むと、ごくたまに世界を見る目が広がったような気がすることがあるからである。いわゆるセンス・オブ・ワンダーの効果である。

この短編集は確かにそのセンス・オブ・ワンダーを持っている。だからたぶん正統的なSFである。

表題作の「なめらかな世界と、その敵」では、パラレルワールドを扱っていて、人々は気軽に世界を横断する。なにか嫌なことがあると、そんなことが起きていない世界に逃げていく。無限の並行世界の中では、いまの自分にぴったりな世界を必ず見つけることができるのだ。そういうことができる能力のことを作品では「乗覚」と呼んでいる。

読んでいると、いろいろ疑問が生じてきて、なかなか笑える。人々はなにか嫌なことがあるとその世界から逃げていくのだが、そうなるとその世界から自分がいなくなるのか、それとも移っていく自分と残る自分がいるのか、どっちなんだろうと思ってしまう。

例えば、宿題を忘れてしまう自分がいたとして、それが嫌だからと宿題を仕上げた世界の自分がいる世界に逃げたとして、そうすると宿題を忘れた世界の自分はいなくなってしまうんだろうか。もとの世界の自分がいなくなると、多分いろいろ困ったことになるだろうから、もとの世界の自分も消えたわけではないだろう。そうなると、残った自分と移っていく自分の2つがあることにならないだろうか。そして、もとの世界にいた自分は、結局何らかの対処をしないといけないのではないだろうか。

などと、いろいろ考えてしまうので、これは新しいジャンルを創造したのに等しい。まるで、タイムパトロールの話が書かれた時、歴史に干渉すると未来が変わってしまうという矛盾に直面して、時間と歴史をテーマにした新しい物語がたくさん生まれたように。

きっとこの作品以降は並行世界に関する矛盾が指摘され、その矛盾を越えるような新しい物語が今後生まれるのではないだろうか。

片足ごとに別の世界に行く、パラレルワールドを使った徒競走のイメージも斬新だ。乗覚を捨てて、ひとつの世界で行きていく決心をするラストもよい。

このようにこの作者には既存のジャンルを更新しようとする気概が感じられる。

しかも、作品ごとにテーマと文体を変えるという、チャレンジもしている。

しかし、物語が面白いかというと、それはまた別で、なんというか単純などんでん返しの繰り返しのような話が多い。だから、面白くないわけではないが、いまいち心に響いてこないようなところもある。

というわけで、なかなか素晴らしいのだが、短編集なので、ひとつの世界を作り上げてその世界にどっぷり浸かるという経験は、残念ながらできない。本職の作家ではないので、なかなか難しいと思うが、長編にぜひチャレンジしていただければと思う。いや、一年に1、2冊しか読まないから、必ず読むとは約束できませんが。

ところで、この本のあとがきで、SF作家の横田順彌さんが、2019年1月に亡くなったことを知った。ご冥福をお祈りいたします。

★★★★☆

 


なめらかな世界と、その敵

スノーボール  ウォーレン・バフェット伝

アリス シュローダー 日本経済新聞出版社 2009年11月19日
読書日:2013年04月03日

オマハの賢人のたぶんもっとも詳しい伝記。

投資の興味があるとどうしてもバフェットという名前を聞かざるを得ないし、そして断片的に聞くバフェットの人生を聞くと好奇心に駆られて、もっと知りたくなる。

師匠ベンジャミン・グレアムの手法に満足できずに分かれたというが二人の関係は結局どんなふうだったのか、というところから始まって、下世話なところでは、バフェットが妻のスージーと別居していて別の女性と暮らしているがその女性を紹介したのは実はスージーだという理解不可能な三角関係まで、この本はすべて網羅してるので、ほぼすべての好奇心が満たされる。

普通の伝記作家なら、人間バフェットを語るところで精一杯だろうが、シュローダーは証券アナリスト出身なので、バフェットの投資哲学の変遷も的確に書いてある。最初はグレアム風のシケモク投資から始まって、企業をまるごと買ってそのキャッシュフローを投資にまわして資産蓄積を加速する方法に移っていくプロセスもよく分かる。

そしてバフェットのみならず、バフェットにかかわった周囲の人たちについても詳しく書いてある。そもそもこの人たちがどの人も興味深いのだ。師匠グレアム、双子とまで言われた考え方がそっくりなチャーリー・マンガー、妻のスージー、ほとんど愛人キャサリン・グラハムなどなど。現在の妻、アストリッドとの出会いも書かれてある。妻のスージーが別居するためにアストリッドにバフェットの身の回りの世話を頼んだら、アストリッドがバフェットの家に押し掛ける行動にでたのだ。バフェットがそれを受け入れて、妻公認の愛人との同居状態となった。この奇妙な状態はバフェットの信仰者に困惑を与えていたが、妻のスージーが2004年に亡くなった後、2006年にきちんと結婚し、きちんと結論を出した。

チャーリー・マンガーの言葉が的確。バフェットはもっと儲けようと思ったら可能だったが、それを抑えたという。つまりはエゴを抑え、周りと協調する人生を選んだということだ。賢人と言われるゆえんか。

バフェットは人間としての弱点をたくさんもっている。だが多くは克服できた。たとえば人前で話せなかったのが訓練により克服した。だが、何か事件があるたびにその弱さが顔をのぞかせる。しかし芯が強いので持ちこたえ、さらに人間的に大きくなる。歳をとるごとに人間として成長し魅力的になっていくのもすばらしい。

★★★★★

 


文庫・スノーボール ウォーレン・バフェット伝 (改訂新版)〈上・中・下 合本版〉

ザ・プッシュ ――ヨセミテ エル・キャピタンに懸けたクライマーの軌跡

トミー・コールドウェル 堀内瑛司・訳 白水社 2019.9.10
読書日:2019.11.25

ヨセミテのエル・キャピタンという有名な岩壁のうち、最難関とされたドーン・ウォールをフリークライミングで初めて攻略したトミー・コールドウェルの自伝。とても、とても面白い。

トミー・コールドウェルの性格を示す幼少期のエピソードがある。アメリカから地面を掘り続けると中国に出る、と聞いたトミーは穴を掘ることにする。毎日、スコップを持って、ひたすら彫り続けるのである。

誰に言われなくても、目標を設定し、ひたすらひとつのことに取り組むことが性に合っている人たちがいる。トミーはまさしくそういう人間で、優秀なクライマーだった父親に憧れて、小さいときからクライミングに熱中する。プロフェッショナル大好きな日本人向きと言えるのかもしれない。

こういう人の場合、ずっと長年努力して成功しました、というシンプルな話になるかというと、得てしていろんな起伏があり波乱万丈になることも多いが、トミーの場合もそうで、起伏が激しい。

10代で初めて参加したクライミング大会でいきなり優勝して注目を集めるが、その後、最初の妻となるベスとキルギス遠征に出かけて、テロリストに拉致される。隙をみてテロリストを崖から突き落として脱出する。(こういう仕事も、やると決断すれば決然とやり遂げるところに強さが感じられる。なお、突き落としたテロリストは死ななかったことが後にわかり、ホッとする)その後、ベスと結婚するが、大事な利き腕の左の人差し指を事故で切断。しかし、指がなくなったと思えないクライミングをしてみせ、復活する。その後、ベスが浮気をして離婚、ベッカと再婚したあと、パタゴニアのフィッツ・ロイ山群の縦走に成功。さらに、7年越しにエル・キャピタンのドーン・ウォール攻略に成功し、ニューヨーク・タイムズのトップニュースになる。

主なエピソードを示すとそうなるが、だが、やっぱりこの本の最大の魅力は、トミーがシンプルに努力するところである。クライミングの世界も次々に若手のニューウェーブたちが現れ、トミーも大会に勝てなくなる。しかし、トミーは逆に彼らの発想を取り入れて、常にバージョンアップしていくのだ。

そして、父親を始めとして、彼をサポートする人たちとの関係も、読みどころだ。

ライミングアメリカでもマイナーなスポーツで、彼も全然裕福ではない。いちおうプロだけど、収入は驚くほど少ないようだ。だから、若手も、どうやって身を立てるのか、悩みは尽きない。トミーの仲間たちも車で生活して、ぼろぼろの服を着てたりする。

本書ではクライミングに使う言葉が、なんの説明もなしに出てくるので、グーグルで意味を確認しながら読むことになった。訳者もクライマーなので、読者もクライマーを想定しているのかもしれない。でも、こいう言葉の意味はわからなくても、まったく問題なく面白く読める。

ドーン・ウォールを攻略したときの記録映画があるようだ。いまならネットフリックスで配信しているようだから、観てみようと思う。

非常におすすめの本。

(追記)
2019.11.28に上記の記録映画、「The Dawn Wall」をネットフリックスで観た。映画で実際に見たトミー・コールドウェルは、この本から想像した以上にサバンチック(自閉症気味)な人だった。なるほど、これでは幼少期に学校生活になじめず、一方でクライミングに熱中したのも納得である。しかし、歳とともに、いろいろな才能を開花させている。人間的に大きくなっているし、この本を持ち前の集中力で完成さているんだから、たいしたものだ。今後トミーは、たぶん、ビジネスの世界に行くのではないと思う(もちろんクライミング関係でしょうが)。なにしろ、親友には、あのジム・コリンズもいるのだから。

★★★★★

 


ザ・プッシュ:ヨセミテ エル・キャピタンに懸けたクライマーの軌跡

死ぬんじゃねーぞ!! いじめられている君はゼッタイ悪くない

中川翔子 文藝春秋 2019.8
読書日:2019.11.18

中川翔子が過去に自分がされたいじめを全告白し、いま苦しんでいる子どもたちに死なないように訴える本。

中川翔子がこんなにいじめを受けていたとは思わなかった。いじめられていると学校にいる1時間ごと1分ごとがサバイバルになり、リラックスできる時間がないことに悲壮感を感じる。中川翔子の時代はまだ良くて、いまはスマホによるSNS時代だから、24時間リラックスできず、たとえ午前3時に着信があってもすぐに返事をしないといけないのだという。

しかし、スクールカーストやいじめは人類が集団生活をしている上で、かならず生じると思うので、たぶん人類の宿痾(しゅくあ)ではないかと思う。それにこういう問題は日本だけではない。アメリカのハイスクールの話を読むと、アメリカでも似たような問題があって、学校生活に溶け込めない子は苦労するのは、世界中一緒だ。ある意味、いじめと差別は根本ではつながっているのだろう。

いじめを止めさせる方法はないと思うが、いじめを乗り越える方法というのはある。その方法は自分の好きなことに打ち込んで、その打ち込んだ範囲で広く世間に仲間を見つけることである。それしかないと思う。学校内での友達を諦めるのである。中川翔子もこの道を進んだ。

ところで、わしはなぜか友達を作るという観念に乏しく、小さい頃から友だちをつくろうとしなかった。友達がいなくても別に問題はなかったが、困ったのは何か集団活動するときに仲間がいないことだった。だが、それ以外はなにも問題ではなく、しかもいじめにもあったことはない。

しかし考えてみると、こんな感じでなぜいじめに会わなかったのか不思議だ。なにかみんなから一目置かれていたのだろうか? いやそうとはとても思えないが。もしかしたらいじめられていたのかもしれないが、気が付かなかった可能性はある。逆にわしに関心を持ってくれた人たちにたいへん冷たくしたような気がする。そういう意味では逆に申し訳ありませんでした。

ええと、何が言いたいかというと、友達は別に人生に必須ではないってことです。どうかいじめを乗り越えて、自分の人生を生き抜いていただきたいです。

★★★★☆


「死ぬんじゃねーぞ!!」 いじめられている君はゼッタイ悪くない (文春e-book)

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