伴名練 早川書房 2019.8.20
読書日:2019.11.30
小説を読むことがそもそも少ない上に、SFはたぶん年に1、2冊しか読まない。この本に関しては、新聞の書評で「現代SFの到達点のひとつ」みたいなことが書かれてあって、読んでみた次第。
わしはミステリーを嫌っていて、それよりはSFの方が好きである。なぜなら、SFを読むと、ごくたまに世界を見る目が広がったような気がすることがあるからである。いわゆるセンス・オブ・ワンダーの効果である。
この短編集は確かにそのセンス・オブ・ワンダーを持っている。だからたぶん正統的なSFである。
表題作の「なめらかな世界と、その敵」では、パラレルワールドを扱っていて、人々は気軽に世界を横断する。なにか嫌なことがあると、そんなことが起きていない世界に逃げていく。無限の並行世界の中では、いまの自分にぴったりな世界を必ず見つけることができるのだ。そういうことができる能力のことを作品では「乗覚」と呼んでいる。
読んでいると、いろいろ疑問が生じてきて、なかなか笑える。人々はなにか嫌なことがあるとその世界から逃げていくのだが、そうなるとその世界から自分がいなくなるのか、それとも移っていく自分と残る自分がいるのか、どっちなんだろうと思ってしまう。
例えば、宿題を忘れてしまう自分がいたとして、それが嫌だからと宿題を仕上げた世界の自分がいる世界に逃げたとして、そうすると宿題を忘れた世界の自分はいなくなってしまうんだろうか。もとの世界の自分がいなくなると、多分いろいろ困ったことになるだろうから、もとの世界の自分も消えたわけではないだろう。そうなると、残った自分と移っていく自分の2つがあることにならないだろうか。そして、もとの世界にいた自分は、結局何らかの対処をしないといけないのではないだろうか。
などと、いろいろ考えてしまうので、これは新しいジャンルを創造したのに等しい。まるで、タイムパトロールの話が書かれた時、歴史に干渉すると未来が変わってしまうという矛盾に直面して、時間と歴史をテーマにした新しい物語がたくさん生まれたように。
きっとこの作品以降は並行世界に関する矛盾が指摘され、その矛盾を越えるような新しい物語が今後生まれるのではないだろうか。
片足ごとに別の世界に行く、パラレルワールドを使った徒競走のイメージも斬新だ。乗覚を捨てて、ひとつの世界で行きていく決心をするラストもよい。
このようにこの作者には既存のジャンルを更新しようとする気概が感じられる。
しかも、作品ごとにテーマと文体を変えるという、チャレンジもしている。
しかし、物語が面白いかというと、それはまた別で、なんというか単純などんでん返しの繰り返しのような話が多い。だから、面白くないわけではないが、いまいち心に響いてこないようなところもある。
というわけで、なかなか素晴らしいのだが、短編集なので、ひとつの世界を作り上げてその世界にどっぷり浸かるという経験は、残念ながらできない。本職の作家ではないので、なかなか難しいと思うが、長編にぜひチャレンジしていただければと思う。いや、一年に1、2冊しか読まないから、必ず読むとは約束できませんが。
ところで、この本のあとがきで、SF作家の横田順彌さんが、2019年1月に亡くなったことを知った。ご冥福をお祈りいたします。
★★★★☆