トミー・コールドウェル 堀内瑛司・訳 白水社 2019.9.10
読書日:2019.11.25
ヨセミテのエル・キャピタンという有名な岩壁のうち、最難関とされたドーン・ウォールをフリークライミングで初めて攻略したトミー・コールドウェルの自伝。とても、とても面白い。
トミー・コールドウェルの性格を示す幼少期のエピソードがある。アメリカから地面を掘り続けると中国に出る、と聞いたトミーは穴を掘ることにする。毎日、スコップを持って、ひたすら彫り続けるのである。
誰に言われなくても、目標を設定し、ひたすらひとつのことに取り組むことが性に合っている人たちがいる。トミーはまさしくそういう人間で、優秀なクライマーだった父親に憧れて、小さいときからクライミングに熱中する。プロフェッショナル大好きな日本人向きと言えるのかもしれない。
こういう人の場合、ずっと長年努力して成功しました、というシンプルな話になるかというと、得てしていろんな起伏があり波乱万丈になることも多いが、トミーの場合もそうで、起伏が激しい。
10代で初めて参加したクライミング大会でいきなり優勝して注目を集めるが、その後、最初の妻となるベスとキルギス遠征に出かけて、テロリストに拉致される。隙をみてテロリストを崖から突き落として脱出する。(こういう仕事も、やると決断すれば決然とやり遂げるところに強さが感じられる。なお、突き落としたテロリストは死ななかったことが後にわかり、ホッとする)その後、ベスと結婚するが、大事な利き腕の左の人差し指を事故で切断。しかし、指がなくなったと思えないクライミングをしてみせ、復活する。その後、ベスが浮気をして離婚、ベッカと再婚したあと、パタゴニアのフィッツ・ロイ山群の縦走に成功。さらに、7年越しにエル・キャピタンのドーン・ウォール攻略に成功し、ニューヨーク・タイムズのトップニュースになる。
主なエピソードを示すとそうなるが、だが、やっぱりこの本の最大の魅力は、トミーがシンプルに努力するところである。クライミングの世界も次々に若手のニューウェーブたちが現れ、トミーも大会に勝てなくなる。しかし、トミーは逆に彼らの発想を取り入れて、常にバージョンアップしていくのだ。
そして、父親を始めとして、彼をサポートする人たちとの関係も、読みどころだ。
クライミングはアメリカでもマイナーなスポーツで、彼も全然裕福ではない。いちおうプロだけど、収入は驚くほど少ないようだ。だから、若手も、どうやって身を立てるのか、悩みは尽きない。トミーの仲間たちも車で生活して、ぼろぼろの服を着てたりする。
本書ではクライミングに使う言葉が、なんの説明もなしに出てくるので、グーグルで意味を確認しながら読むことになった。訳者もクライマーなので、読者もクライマーを想定しているのかもしれない。でも、こいう言葉の意味はわからなくても、まったく問題なく面白く読める。
ドーン・ウォールを攻略したときの記録映画があるようだ。いまならネットフリックスで配信しているようだから、観てみようと思う。
非常におすすめの本。
(追記)
2019.11.28に上記の記録映画、「The Dawn Wall」をネットフリックスで観た。映画で実際に見たトミー・コールドウェルは、この本から想像した以上にサバンチック(自閉症気味)な人だった。なるほど、これでは幼少期に学校生活になじめず、一方でクライミングに熱中したのも納得である。しかし、歳とともに、いろいろな才能を開花させている。人間的に大きくなっているし、この本を持ち前の集中力で完成さているんだから、たいしたものだ。今後トミーは、たぶん、ビジネスの世界に行くのではないと思う(もちろんクライミング関係でしょうが)。なにしろ、親友には、あのジム・コリンズもいるのだから。
★★★★★