野生化するイノベーション 日本経済「失われた20年」を超える

清水洋 新潮社 2019/8/21
読書日 2019/10/11

イノベーションは飼いならすことができない、イノベーションを起こすときにも、起きたあとでも。

という内容を書いていて、たしかにそのとおりなのですが、きっと企業の開発の現場では誰もが身に沁みていることなのではないかと思います。そのせいか、書かれている内容を見ても、特に新規な感じはしませんでした。こういった開発の現場をまったく知らない人には有益なのではないかと思いますが。

でも、この本は各種の研究論文をもとに実証的に書かれていることから、意外な日本の事実について教えてくれるので、その点はとてもいいと思います。なので、わしが意外と思った事実の部分をメモとしてここに書いておこうと思います。

(1)日本では富の集中は起きていない
1980年代以降、アメリカでは金持ちがより金持ちになる富の集中が起きた。トップ0.1%の富が2%から8%まで上がった。ところが日本では2%のまま変わっていない。つまり富裕層がより富を手に入れているわけではない。しかしながら格差は広がっていて、それは低所得層の所得がさらに下がる形で広がっている。これは日本独特の格差拡大だという。

そうすると、富裕層の富も増えず、低所得者層の富は減ってるから、全体として日本は貧乏になったということですね。大金持ちになって話題を振りまく起業家が目立ってる気がしますが、そういった新興の富裕層を勘定に入れても、富裕層に富が集中しているわけではないというのは結構意外ですね。

(2)日本の流動性は低くない
日本は転職などの職の流動性が低いと言われてきました。ところが、世代間の移動率(つまり子供が親と違う職業を選ぶということ)で見ると、日本はアメリカよりも高く、日本はむしろ開かれた社会と言えるのだそうです。逆にアメリカは1990年代から移動率が低下し、階級が固定化されてしまって、低所得者層に生まれると、そこからの脱出が非常に難しいのに対して、日本では現状では開かれた社会のままだといいます。ただ、階級の固定化といった傾向が見え始めているので、要注意の状況なのだそうです。

まあ、この2つがわしにとって意外な事実で、この本の最後の方にちょろっと出てくるだけです。

★★★☆☆

 


野生化するイノベーション―日本経済「失われた20年」を超える―(新潮選書)

死にがいを求めて生きてるの ーー雄介はどうすればよかったのか?

「死にがいを求めて生きてるの」を読んでると、人生に意味を与えようとする雄介も理解できる気もするが、何しろ、わしは昔、知り合いの女の子に「人生に意味はない」と力説して不興を買った人間なので、たぶん彼とは違うタイプの人間である。でも、雄介はちょっと気になるタイプである。

自分の人生に意味を与えようとしながら、空回りを続ける雄介。

どうせ人生は盛大な暇つぶし、という言い方もあるくらいですから、人生を埋める暇つぶしを見つけなければなりません。そうすると、敵を設定して運動を起こす雄介の方法もあながち間違っているとは思えません。でも、失敗してばかりいます。じゃあ、雄介はどうすればよかったのでしょうか?

雄介の起こす運動ですが、ちょっとスパンが短すぎるのが気になりますね。テーマの継続性(サスティナビリティ)がないんですね。たとえば大学でジンギスカンパーティが禁止されたことに反対する運動にしても、寮の自治に関する問題にしても、その時々の短いスパンの小さな運動に過ぎません。もっと継続性のある息の長いテーマに身を投じないと、人生の残りの時間を持て余してしまいますよね。

どのくらいのスパンならいいのでしょうか。少なくとも世代を越えて受け継がれるくらいのスケールがほしいですね。

雄介は最後の方で、歴史的なテーマに首を突っ込みますが、この歴史的なテーマというのはなかなかいいですね。到底、決着がつきそうもない延々と続く歴史問題に身を投じる、ということですね。これは一生暇つぶしができるでしょう。智也の父親が、延々と山の民族と海の民族の戦いに身を投じていますが、そういう方面ですね。(もっとも雄介が山の民族と海の民族の戦いに身を投じるのが、智也たちが最も恐れていた展開で、そうならないように頑張っていたと言えるんですが)。

韓国では反日運動というテーマがあり、参加者のみ皆さんはなかばプロ化していますが、反日運動というものがなくなったら、彼らは生きていけないんじゃないかと思いますね。経済的にという意味だけではなく、人生にやることがなくなってしまうんじゃないかと。なので絶対に、反日運動はなくならないでしょう。しかもそれをやっている限りは、誰にも間違ったことはしていると責められる可能性はほぼないんですから非常に良いですね。彼らの殆どは、この運動は代々受け継がれなければいけないと思っているでしょう。こういった歴史と政治が絡んだテーマは暇つぶしにはいいかもしれないですね。

あと宗教とか革命とかもいいかもしれませんね。共産党は革命を目指しているそうですが、彼らの中ではなかなか仲間内の仲は良さそうな気もします。こういう終わりのない戦いもいいかもしれませんね(まあ、きっと内部はいろいろあるとは思いますが)。キリスト教なんかの宗教も暇つぶしには良さそうです。

起業なんかもいいかもしれませんね。成功するかしないかは別にして、忙しくなるのは間違いないですからね。暇つぶしにはもってこいです。雄介のような性格なら起業家に向いているような気がしますね。

なにかの依存症になるのも、暇つぶしにはいいと思いますね。

ギャンブルにはまると、なにをさておいてもギャンブルをするわけですから、いいですね。でもギャンブルは身を滅ぼす可能性が高そうですから、投資のほうがいいと思いますね。わしも、株式市場が開いていない土日祝日はなんとなく退屈ですね。平日のほうがそわそわしています。完全に依存症ですね。でも市場が開いている限りは、そわそわできていいじゃないですか(笑)。人間社会がある限り市場は続くでしょうから、サスティナビリティはばっちりですね。

というわけで、投資が最高の暇つぶしということになりました。(笑)。

えっ、投資じゃあ、誰にもいいねって言われない? でも、成功したら本を出したり、講演したり、ツイッターでつぶやいたりすれば、いっぱい「いいね!」をもらえますよね。なにより一生、暇つぶしができるんですから、いいじゃないですか。


死にがいを求めて生きているの<電子書籍版 特典付き>

死にがいを求めて生きてるの

朝井リョウ 中央公論新社 2019.3.7
読書日:2019.10.9

あんまり小説は読まないのだけれど、読んでみた。ネタバレありますので、ご注意。

死にがい、というのは「これができれば死んでもいい、命を捧げてもいい」と思えるようなことですから、結局、普通の生きがいと同じです。そこにわざわざ、死にがい、という言葉を持ってきたところにセンスを感じますね。

実際、この小説には、生きがいという言葉がたくさん出てきて、登場人物は誰もが生きがいを求めています。生きがいというか、なんとか自分の人生に意味を与えたい、と思ってるんですね。でも、それがちょっと倒錯していまして、ここに出てくる人たちは、自分がしたいことをしているというよりも、他人から見て、あいつは生きがいを持って生きている、人生に価値を与えている、と思われることを目指しているんです。小説のなかでは、登場人物のひとりは、学校の知り合いから「目的と手段が逆転している」というふうに言われてしまうくらいです。

いまふうに言えば、SNSで自分がしたいことをしていることを発信するのではなく、人から「いいね!」と言われるだろうことをしている、という感じです。だから、このなかで登場人物がしている発言は、自分の本当の信念というよりも、人から見てどう思われるかという点だけから発信されるので、非常に薄っぺらです。韓国人留学生の知り合いが、明日徴兵されてお国のために身を捧げます、とひとこと言うと、負けたと思ってしまうくらいです。

さて、北海道に住んでいる智也と雄介という二人が主人公で、幼馴染なのですが、性格が真逆で、どうして二人は仲がいいんだろうとみんな不思議に思っています。雄介はどんなことにも積極的で、優劣をつけないと納得できないたちなのに、智也はどこか冷めた部分があります。

二人のうち、自分の人生に意味をつけることに懸命なのは、雄介の方です。雄介のやり方は独特で、まずは敵を設定して、その敵との戦いの運動に他人を巻き込んで、自分はそのリーダーなるという手法です。子供の頃には、そういうゲームに勝とうと熱中するタイプはリーダーシップを発揮して行けて、人気者になれるのですが、大人になるに連れて、その手法は使えなくなってしまいます。

実際には、雄介の人生は子供の頃から失敗の連続です。小学校のときには、運動会の棒倒しの競技に燃え、クラスを巻き込んで作戦を練ったり練習をしたりしますが、突然、運動会から棒倒しを含む危険な競技が全てなくなってしまい、挫折します。中学のときには、サッカー部に入って人気もあったのに、高校に入るとエリート高校のなかで目立たなくなってしまい、だんだん自分の人生の意味の付け方が狂っていきます。

大学に入るころには、彼はいろいろな運動をしてもことごとく空回りで、全てに失敗してしまいます。いっぽうの智也はアルバイトを淡々とこなして、生物化学者になるべく大学院を目指しています。

他の人は挫折しながらもそれなりの着地点を見つけていくようですが、雄介だけはさらに突拍子もない状況に身を投げ出し、世界を救うためだとか言って、大学を中退してしまうありさまです。

ここから本当に結末のネタバレになってしまうんですが、なんかやばい状況に自分から陥った雄介を助けようとした智也が、脳挫傷の怪我を負ってしまい植物人間になってしまうんですね。植物人間になった智也を見舞うために雄介は足しげく病院に通うんですが、(で、このシーンがこの小説の冒頭なんですが)、なんのために雄介は毎日見舞いに訪れていたのか。そして看護師の女性に、明日は絶対に復活すると信じていけば一日を過ごせる、とかなんとか格好いいことを言っていた雄介が、実はなんのために見舞いに来ていたのか。

それは、植物人間になった智也を自分の人生に意味を与えるための物語に取り込もうとしていたんですね。

そこまでして、人生に意味を与えなくてはいけないのか?

わしはかつて、ある女の子に「人間が生きていることになにか意味があるわけではない」と断言して、不興を買ったことがあるのですが、やっぱり何かの意味をつけたいんでしょうね。

雄介の最後の企みも、智也がずっと目を覚まさないことが前提の話で、智也が植物状態から復活するところが示唆されて、この先もろくも崩れる運命にあります。また雄介は挫折する、しかも今度はもうやり直しがきかないところに落ち込むかもしれません。

さて、物語の語り方としては、二人の話が直接語られることはほぼありません。必ず二人の周囲にいる別の人の視線から物語が語られます。しかも、その際、二人について読者に与えられる情報もそんなに多くありません。

このような構成の小説はけっこうあるのですが、この利点は明らかで、主人公二人の話だけをすると、たぶんこの半分以下のページ数で終わってしまいます。(笑) パワーポイントにすると3枚ぐらいかもしれません。

というわけで、周囲の人を中心にして話を進めることで、なにより読者を飽きさせないでページを稼ぐことができますし、しかも二人の関係を秘密のままに話を進めることができます。ほぼ全ての登場人物が、「自分の生きがいってなんだろう、生きがいって必要なの、自分の人生の価値は」みたいなことで悩んでいます。それで周りの人間の悩みを読みながら、ついついこの二人の場合はどうなんだろうと考えさせる、という構造になっています。

最後の方は、なんか日本の歴史の底に流れていた2つの民族の闘争の歴史みたいな、伝奇小説みたいな話が中心に出てくるのですが、これがさっぱり面白くないので、なんでこんな話が出てくるんだろうと思ったら、この作品はこういう架空の歴史をもとにした、いろんな作家が競作しているうちのひとつなんですって。この要素さえなければ、もっと面白かったのに。

そして、智也の属している民族は、なんか目の色が他の人と違うんですって(爆笑)。わしは昔、ファンタジー小説の書き方みたいな本を読んだことがあるのですが、そこには「異世界の人間が普通の人と違うとことを表すのに、すぐに目の色が違うという設定を使う人がいますが、あまりにそういう設定が多すぎるので、使うのはやめましょう」みたいなことが書いてあったのですが、朝井リュウのような素晴らしいプロの先生が堂々と使っているのをみて、びっくりしてしまいました。きっと、伝奇小説部分についての他の先生との約束事として使ってるんだと思いましたが、このくらいの存在になると、ベタな設定も素晴らしいものになるのかもしれません。(少なくとも、編集者に拒否られることはないんですね)。

★★★☆☆

 


死にがいを求めて生きているの<電子書籍版 特典付き>

徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと

ちきりん ダイヤモンド社 2019年4月3日
読書日:2019年10月3日

ちきりんさんの本は大抵は自分で買うことが多いんだけど、これは図書館で。だってリノベをする予定がないからね。

リノベをする予定はなかったけど、この本を読んでいるうちに、自分ならいま住んでいるマンションをどんなふうに変えるだろうか、と妄想したのは言うまでもありません。

たぶん、子供が独立して夫婦だけになった時点で、今後をどんなふうに過ごそうかと、生活を振り返るチャンスになるでしょう。子供がいつ出ていくかわからないけど、最短では大学に入ったら家を出る可能性だってあるので、そんなに先のことでもないなあ、と思いました。

それはともかく、リノベは共同プロジェクトだ、とか、問題が発生してあたりまえ、とかいろいろ経験した人でないと分からないことが濃い内容語られて、あっという間に読んでしまいました。

勝間和代さんといい、ちきりんといい、あのコンサルタント会社の出身者の伝える能力の抜群さには飽きれるばかりです。

で、わしがもしもリノベをするのなら、夫婦でなく一人暮らしと仮定するなら、ほとんどすべての壁を取っ払うんじゃないかな、という気がします。そして、きっと壁紙なんかつけないでしょうね。まったくむき出しでも問題なし。和室も全面フローリングにして、ちょっとした運動ができるようにする。たぶんプリズナートレーニングの軽いやつをするだけで、わしの運動欲求は満たされるでしょう。

しかし、日本のマンションは今後崩壊するのか、それとも古いマンションもそこそこそのまま使われて、なにか風情を醸し出すのか、いろいろ興味はつきませんなあ。たぶん、わしが生きているうちに方向性が見えるでしょう。

わしは、古いマンションもそこそこ使われ続けて、なかなか面白い町並みが出現するんじゃないかと思っています。日本がどんなふうになるか、楽しみだね。なにしろ世界ではじめての経験になるんだろうからね。

(注:本当に50あったかどうかは数えていない)。

★★★☆☆


徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと

プリズナー・トレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ

ポール・ウエイド CCCメディアハウス 2017年7月28日
読書日:2018年05月13日

長年定期的な運動をしていなかったので、普段は使わない筋肉とかに衰えを感じています。それでラジオ体操をしてみたら、なかなか良かったので、何年も前からラジオ体操第1、第2を(ほぼ)毎日やっています。でもラジオ体操は筋肉トレーニングではないので、歳とともに衰える筋肉をどう補うかが課題でした。なので、そのうちジム通いをしたいなあと思っていました。

最近、股関節の動きが急激に悪くなり、脚(特に右脚)を回転させるような動作をするとひどく痛むようになりました。一時はあぐらをかくことも痛くてできなくなりました。これは大変なショックでした。ラジオ体操には、肩、腰などの上半身の動きに関するものが多く、股関節などの下半身に関するものがほとんどありませんので、対応できなかったのでしょう。股関節は自己流のストレッチを取り入れて克服しつつありますが(たぶん全快にはあと数か月かかると思いますが、生活に支障はなくなってきました)、しかしますますジムを真剣に考えるようになりました。でも何か機械を使って筋肉を鍛えることに違和感を覚えていました。

本書は機械を使わず、自分の体重だけを使って究極の筋肉を手に入れるためのシステムを紹介したものです。そもそも機械を使って筋肉を鍛えるのは20世紀の後半になってからで、それまで何千年もの間、アスリートや戦士たちは自分の体重を使ったトレーニングをしていました。そのトレーニングのことをキャリステニクスといいます。そのトレーニング方法は現代では監獄内で細々と伝えられてきました。理由は簡単で、監獄にはジム用のマシンなど置いておらず、身体を鍛えるにはこの方法しかなかったからです。著者は監獄で周りからなめられないために鍛える必要を痛感し、キャリステニクスで自らを鍛え上げました。

キャリステニクスは、マシンを使った方法よりも優れていると著者は言います。それはマシンを使った方法は人間の動きにとしては不自然なもので、しかも特定の一部の筋肉だけを取り出して鍛えます。が、筋肉がつながっている関節は鍛えないために、筋肉の発達に対して関節が追い付かず、関節が悲鳴を上げてしまうのです。キャリステニクスでは、人間本来の自然な動きに加え、筋肉と関節を一緒に鍛えます。というか、まず関節を鍛えるといった方が正しいかもしれません。

キャリステニクスは6つの動作しかしません。それは(1)プッシュアップ(腕立て伏せ)、(2)スクワット、(3)プルアップ(懸垂)、(4)レッグレイズ、(5)ブリッジ、(6)ハンドスタンド・プッシュアップ(逆立ちの腕立て伏せ)、の6つ。

面白いのは腹筋を鍛えるのにシットアップ(通常、「腹筋」と呼ばれているもの)ではなくレイズアップ(ぶら下がって足を90度に上げる)を行うこと。(5)ブリッジと(6)ハンドスタンド・プッシュアップは難しいため、(1)~(4)をある程度マスターしてから行います。

それぞれを10ステップで難しくしていきます。例えば、(1)プッシュアップでは、壁に向かって立って行うものから、最終的には片手で行うところまで、難しくなります。しかも、誰にでもできる、最初の立って壁に向かって行うプッシュアップすらも、やってみればかなり大変です。なぜなら、ゆっくりとした動作を求められるからです。2秒で動いて1秒静止し2秒で戻る、という動作ですが、次第に回数を増やして、最終的には50回行うということになると、かなりのエクササイズです。

また(2)プルアップでは、なにかぶら下がるところが必要になります。これは難問ですが、懸垂器(いわゆるぶら下がり健康器)を買うのが一番いいみたいです。1万円以下で買えます。しかしプルアップも、実際に懸垂器を買うまでは、そこらの机とかを使う簡単なステップをこなしてからなので、急いで買わずに、進捗を見ながら購入すればいいと思います。懸垂も最終的には片手で自分の身体を持ち上げるところまでが最終目標です。

このように簡単なものも大変なので、最終目標に達するのは、1年以上先を見込んでいます。これまで何もやっていない初心者が始めると、数年はかかるでしょう。そのくらい、ゆっくりと段階的に進めることを求められます。身体に無理をかけず、したがってケガもまったくせずに、次の段階へ着実に進んでいくことを「筋肉を貯金する」と表現しています。資産を蓄やすみたいに、ゆっくりと着実に増やしていくのです。この資産は一生使えるので、数年かけても遅すぎるということはありません。

私は超絶的なパワーを求めているわけではなく、身体がスムーズに動けばそれでいいので、たぶん最初の段階の軽いエクササイズでも十分なのではないかと思いました。

表紙は何かふざけているような絵ですが、至極まじめでいい本です。

(2019.10.16追記:このトレーニング、いま現在やってません(苦笑))

★★★★★

 


プリズナー・トレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ

誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性

セス・スティーブンス=ダヴィドウィッツ 酒井泰介(訳) 光文社 2018年2月20日
読書日:2019年9月29日

あとがきによれば、著者はベストセラー「ヤバい経済学」を読んでデータ分析の道に進んだという。ヤバい経済学は、その後データの処理の仕方がおかしいと糾弾を受けたそうだが(そうだったのか)、著者は基本的な考え方は間違っていないという。

ヤバい経済学の時代と著者の時代が異なるのは、もちろんビッグデータの存在だ。これにより、人々の本音に迫ることができるのはもちろん、夢のような社会実験を行うことができる。

例えば米国のゲイ率の推定がある。ゲイポルノの検索率から推定すると、約5%という推定結果が得られるという。これはグーグル検索が匿名だから可能なことで、例えばフェイスブックのような外面重視のサイトでは誰も自分がゲイとはカミングアウトしてないから、このような推計値は得られない。

ただ、ここで問題になるのは、ビッグデータを使ってゲイ率が分かったとして、ではなぜゲイが存在するのかという理由の解明には、ビッグデータはまったく役に立たないということである。ビッグデータは現状は教えてくれるが、なぜそうなっているのかは教えてはくれない。

なお、レズビアンの比率の推定には検索結果は使えないという。レズビアンはポルノの検索をあまりしないからだそうだ。

ビッグデータを使うと、これまでできなかった社会学上の実験もできる。たぶんここが一番従来と異なるところである。

社会学上で実験を行おうというのはどういうことかというと、例えばAという因子が与える影響について調べたいとする。すると、他の条件は全て同じなのにAという条件だけが異なるようにした2つのグループを用意して、結果が異なるかどうか、どれだけ異なったかを比較するということである。(比較対照実験)。

このようなグループを用意するのは、従来は非常に難しく、コストがかかるものだった。ところが、ビッグデータがあれば、条件を絞り込んでも、じゅうぶんなサンプル数のグループを見つけることができる。つまり、Aという因子だけが異なる2つのグループを見つけることができるのである。その2つを比較すれば、自然に行われた実験結果を見ているようなものである。

わしが感心したのは、ある有名学校に受かった人と落ちた人のその後を比較した例である。比較するのは、合格のボーダーラインのぎりぎりで受かった人と落ちた人だ。この両者を比較すれば、この学校を卒業したことによる影響を比較することができる。(圧倒的な優秀な成績で入った人と落ちた人を比較しても何も手に入らない、落ちた人と受かった人がほぼ同じくらいの優秀さだから、同一条件となり、学校の影響が比較ができる)。

この結果は、「エリート幻想」という論文で発表された。この題名から分かるように、学校は何の影響もなかったそうである。

大規模な比較実験は、インターネットのサイトでA/B実験という名で日々行われている。

モニタ上にランダムにAかBかを表示させ、どっちが反応が良かったかを実験しているのだ。たとえば、矢印のマークを付けるだけで、クリック率が向上するという実験結果が得られるという。でも、ここでも、どういう理由で反応が良かったかは、誰も知らないのである。しかも今この時点での結果に過ぎない。数か月後には役に立たないこともある。

著者は正直なので、ビッグデータでできないことも述べている。例えば、株式投資でどの銘柄が上がるかについての予測にはまったく使えないという。話題になった銘柄はもちろん分かる。しかしそれで上がるか下がるかは分からないという。SNSで話題になった銘柄に投資をするというファンドが設立されたが、すぐに行き詰まって無くなってしまったという。ビッグデータは未来の予測には使えないのだ。(なぜならば、世の中はあまりにも複雑すぎるから)。

こうしてみると、いまのところビッグデータは面白い現象はいろいろ発見して教えてくれるが、なかなか表面的で、奥の深いところまでは連れて行ってくれないようである。しかしそれもまだこの分野が未熟だからで、分析手法が発達すれば、もっと深い理解がいろいろ得られるようになるのかもしれない。

★★★★☆


誰もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~

2週間で人生を取り戻す!勝間式汚部屋脱出プログラム

勝間和代 文藝春秋 2016.4
読書日:2019年9月29日

我が家がマンションを買ったときからすでに10年目に入りました。(そのときの悲惨な経済状況を思い浮かべると未だに目に涙が。。。)

勝間さんの場合、部屋に物があふれ、汚部屋になると、無理やり引っ越して物を削減してきたのだそうです。我が家の場合は、マンションに引っ越す前から、結婚時の荷物がそのままダンボール箱に積まれたままになっていて、マンションに引っ越したあともそのダンボール箱を持ってきてしまいました。一部屋ダンボール部屋にしていたのです。その後も、荷物が順調にあふれ、いま我が家は汚部屋と化していますから、この本に書かれてあることは喫緊の話題です。

というわけで、それなりの興味を持って読まさせていただきましたが、非常に感心したのは勝間さんの文章の読み易さですね。本当に頭がいいというか、必要なことを必要な分量で的確に表現する才能にあふれています。

勝間さんによれば、物を捨てて空間的な余裕ができると、精神的な余裕も同時に生まれるというのですが、まあそうでしょう。そして、これまで夢でしかなかった新しい恋人まで獲得したという、個人的な話も最後にチラ見させて、この辺の個人史の適度な切り売りもさすがですね。

わしも汚部屋脱出しようと思うが、2週間ではなく、2年ぐらいを目指そうと思う。すくなくとも1年。これまでのわしの人生を振り返ってみると、本当に勝負と思ったときには、やることを少し長めの期間で割って1日で軽くできる分量を設定し、それを毎日長くやり続けることで乗り越えてきたので。というわけで、このモノノケから逃れるためには、短期集中ではなく、長期ちょっとずつ作戦で行きたいと思います。そしてバッチ処理をなくし逐次処理を増やしていくことは、すぐに始めようと思う。

とりあえず、今日も懸案だったある製品を分解して捨てました。こうしてとりえず少しずつ物を減らしていきたいと思います。そのうちに勢いがついて、一度に多く捨てられるようになるのではないか、と期待します。

直近では、壊れたノートパソコンが4台ほどあるんですが、パソコンは捨てるのが超面倒なんだよね。で、放ったらかしになっているのをなんとかしたい。ちなみに勝間さんと同様に、パソコンを使う頻度は激減しております。ノートパソコンを持ち歩くことはなくなり、この文章も、近所のタリーズで、タブレットとモバイルのキーボードで書いてます。

★★★☆☆

(追記 2019.12.1)

最近、勝間さんが恋人の増原裕子さんとお別れしたと聞きました。彼女もなかなか大変な人生を送っていますね。これが原因でもとの汚部屋に戻りませんように。落ち着いたら、その辺もぜひ本にしてください。勝間さんならではの、報告書になるでしょう。

 


2週間で人生を取り戻す! 勝間式汚部屋脱出プログラム


2週間で人生を取り戻す! 勝間式 汚部屋脱出プログラム (文春文庫)

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