ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

実在とはなにか 量子力学に残された究極の問い

アダム・ベッカー 訳・吉田三知世 筑摩書房 2021.8.30
読書日:2022.6.24

量子力学観測問題量子もつれに関するこれまでの進展と現状を報告し、物理学における実在について考察した本。

わしは学校で新しいことを習うと、さっそく躓くという経験をする人間のようで、物理学を習い始めた時にはニュートンの第2法則が分からず悩んだし(こちら)、実は小学校1年生のときには足し算すら分からなくなったことをここに告白しておいた(こちら)。

そんなわしのことだから、大学で量子力学を習ったときに、すぐにわけがわからなくなったことは当然である(自慢ではないが)。つまり、確率波の収縮とか、観測問題とか、量子もつれとかをいくら聞いても、さっぱり分からんのである。

しかしいままでと決定的に異なっているのは、量子力学に関しては、さっぱり分からんのはわしだけではなく、誰もがさっぱり分からんと言うことだった。それも当然で、量子もつれが本当に起こることが実験的に確認できたのが2015年のことなのだ。なお、この本ではクラウザーたちがおこなった1970年代の最初の実験について詳しく記載されているが、このころの実験は、穴があって、まだ反論が可能だった。

量子力学の面白いのは、これだけ誰もが基本原理が分からないと言っているのに、個別の問題になると、たとえばレーザの誘導放出の計算とかバンド構造とかが計算できちゃうことで、原理がわけわからんのにこれぐらい有用な理論もないということだ。そういうわけで、ほとんどの人間は基本原理には目をつぶって、個別の問題を解決することを優先する。この本の中でも、マーミンが「黙って計算しろ!」というのは、そういうわけだ。

まあ、わしは結局、量子力学に関しては最初の方を大学で聞きかじったぐらいで卒業してしまったが、量子もつれに関しては死ぬまでになんとか理解したいものだと思っているのだ。とても不思議だからね。

量子力学の基礎の背後にはなにか物理的な実在があることは確かだろうが、それはまだ見えない。

ところで、どの本にも詳しく書いてないので不思議に思っているのだが、2つの粒子が量子もつれ状態にあるのかないのかを、実験者はどのように判定しているのだろうか? だって量子もつれかどうかは観測できないよね? 観測したら量子もつれはなくなってしまうんだから。観測できないのに量子もつれの状態かどうかが分かるということがどうも不思議なのだ。

もうひとつ。この本では量子もつれがあるかどうかを実験的に確認する方法として、ベルの定理ベルの不等式)について、ルーレットを使った例で説明があるが、これがさっぱり理解できないので、ベルの不等式を理解したい人には、日経サイエンス2019年2月号の名古屋大学・谷村省吾教授の解説を読むことをおすすめする。たぶんこれが一番わかりやすい。日経サイエンスはほとんどの図書館にあると思う。

***** メモ ****
量子力学の不思議な性質を説明するには、いまのところ4つの仮説があるようだ。

(1)コペンハーゲン解釈
確率波や量子もつれと言った現象は計算のためのツールであり、実在しないという立場。確率波で計算しても、観測された瞬間にその一点に収束するという。量子力学は原子などの小さな世界でのみ適用でき、古典的な大きな物体には適用できないとする。あまりに説明能力が不足している説だが、計算上は何も問題ないので、ほぼすべての物理学者はこの説で量子力学を運用している。

(2)パイロット波解釈(デイヴィッド・ボーム)
量子力学では粒子と波の2重性があるとされているが、本当に粒子と波が分離してそれぞれ存在していると考える不思議な説。粒子はパイロット波という特殊な波によって導かれるという。2重スリット問題(粒子が1個の場合でも、2重スリットで干渉する問題)が説明できる。しかし2重スリットの片方に粒子が通過したかどうかの観測装置をおくと、干渉が消えてしまうのを、パイロット波ではどのように説明するのか、わしはいまいち理解できないのですが。

(3)多世界解釈(ヒュー・エヴェレット3世)
確率波の計算にしたがって、世界が分岐すると判断する解釈。最近では宇宙が誕生したときに、最初から宇宙としてそれだけの多数の数の宇宙が存在していると考えることが多いかな。インフレーション理論の人に多い発想だが、発想としてありえるのは理解できるが、そんなたくさんの宇宙が本当にあるのか、本当に分岐したのかも確認できないので、まったく魅力的ではない。

(4)確率波の自発的収縮
確率波は実在するが、ずっと維持されるものではなく、何らかのタイミングでランダムに自分で収縮すると考える説。ベルがこの説に興味を示していたという。

(5)仮想時空間説(ヘタレイヤン)
すみません。これは説ではなく、わしがこうだったら面白いと思う説です。わしは時間も空間もじつはある条件の宇宙にだけ発生し、つまり時間も空間も本質ではなく、一部の宇宙にある仮想的な存在に過ぎないのではないか、という気がしています。量子もつれがあるとき、じつは量子もつれのほうが本当に存在していて、それを時空間という特殊な条件で展開したときに、時空間に存在しているわしらからはそれが不思議な感じに見えるだけなのではないでしょうか?

*****メモ2*****
ポパー反証可能性

科学的かどうかを述べるときに、ポパー反証可能性が問題になることがある。ポパーは科学的な説の場合には反証可能でなければいけないと言った。これはわしもそう思っていたのだが、アダム・ベッカーはこの考え方はいまはほとんどの科学哲学では無視されているという。なぜならば、ある科学の仮説を実験してそのとおりにならなくても、それは反証にならないというのだ。その仮説が正しくても実験がうまくいかなかった原因は、その仮説が間違っていた以外にいくらでもあげることができるからだという。だから多世界解釈も反証不可能だからという理由で退けるべきでないという。

反証可能性って、いまでは廃れていたのか。そうなの?

***

(2023.2.13追記)

アダム・ベッカーは「ある科学の仮説を実験してそのとおりにならなくても、それは反証にならない」といっている。それはその通りだが、ポパーは実際にはそんなことは言っていない。ポパーは「こうすれば仮定が間違っているといえる、という条件を示すことができれば科学的だ」と言っているだけなので、その仮定自体を実験した結果について述べているわけではない。異なる実験でも別にいいわけで、アダム・ベッカーの言い分は間違っているのではないだろうか。

★★★★☆

にほんブログ村 投資ブログへ
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ