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時間は存在しない

カルロ・ロヴェッリ 訳・富永星 NHK出版 2019.8.30
読書日:2022.4.26

イタリアの物理学者カルロ・ロヴェッリが、時間は存在しないというループ量子重力理論の結論を報告する衝撃の書。

読んでいると、頭がくらくらしてきた。ロヴェッリの描く時間の世界はわしの常識を遥かに越えるものだったからだ。

物理学の方程式に出てくる時間には進む方向がない。だから計算は未来にも過去にも進めることができる。しかし、現実の世界では時間は一方向に進んでいるように見える。この理由として、熱力学の第2法則があげられるのが普通である。つまり時間はエントロピー(乱雑さの状態を示す数値)が増大する方向にしか進まないと。(こちら参照)

たとえば、コップに入った水が蒸発してなくなってしまうと、コップの中に再び集まることはないし、コップがテーブルから落ちて割れてしまうと、自然にくっついてもとに戻ることはない。水が蒸発して散ってしまうことも、コップが割れることも、エントロピーが増大する方向だからだ。こうして時間の進む方向は決定され、時間は過去から未来に進む方向しかありえない。

これが物理学の常識であり、わしもこれは正しいと信じていた。ところが、ロヴェッリはいとも簡単に、この確信をぐらつかせるのである。

トランプのカードを用意する。カードは黒(クラブとスペード)と赤(ハートとダイヤ)にくっきりと分けておく。秩序があるのでエントロピーが低い状態である。その状態から何回かカードをシャッフルする。すると、配列が変化し、黒と赤のカードが混じり合うだろう。この混じり合った分だけ、つまり配列が変わった分だけ、乱雑さが増し、エントロピーが増大したということになる。

次に、カードが乱雑に混じり合った状態にしておく。エントロピーが高い状態である。そしてカードが並んでいる順番をすべて記録しておく。この状態からカードを先ほどと同じように何回かシャッフルして、カードの配列がどのように変わったかを確認する。すると配列の変化は黒と赤がくっきり分けられていた場合とさほど変わらないだろう。しかし、乱雑さはエントロピーは高いままだろう。

前者はシャッフルにより秩序が乱れたように見え、後者は乱雑なままのように見える。したがって、シャッフルする前後の状態を見れば、前者はどちらが先でどちらが後か判断できるだろうが、後者ではできないだろう。つまり前者では時間があるように感じ、後者では時間が感じられない。ところが、実際にカードの配列の変化を1枚1枚細かく見ていくと、シャッフル前と後の変化の仕方は同じであり、前者と後者の区別ができない。

このことは何を表しているのだろうか?

時間が感じられるのは、全体を大まかに見て(巨視的に見て)秩序が感じられ、それが乱れたと感じられる場合である。ロヴェッリの言い方では、まるで近視のように全体をぼやけてみた場合だ。ぼやけが時間を生む、とロヴェッリは言う。一方、カード1枚1枚というふうに細部に分け入ってみると、秩序がある場合とない場合の区別がつかず、違いは感じられないから、時間が消えてしまう。つまり見方によって時間が表れたり消えたりする、ということになる。

このこと自体が衝撃的だが、ここでカードでできた宇宙というものを考えてみよう。

あちこちに52枚のカードの組が配られて宇宙が構成されている。それぞれの場所でカードの並び方はランダムである。すると、ほとんどの場所では無秩序の並びになっているだろう。しかし、あるところでは、例えば黒と赤のカードがはっきり分かれていたり、偶数と奇数のカードが分かれていたり、数字がきちんと並んでいる、などのように秩序が感じられる部分もあるだろう。

こうしたぼやけた目で見て秩序のあるところではエントロピーが低く、秩序がだんだんと乱れていくのが分かるから、時間が感じられるだろう。しかし、宇宙のほとんどのところでは、最初から秩序が感じられないから、時間がないだろう。

このことは宇宙のほとんどのところでは時間がなく、ごく一部の特殊な部分でのみに時間が存在することを示唆している。

時間があるところとないところでは、細部を見るとまったく同じで、区別がつかないことに注意してほしい。構成要素のカード自体は同じなのに、その並び方、配列だけが異なるのだ。

すると、この宇宙には基本的に時間が存在しない、ということになる。そんなことがあるのだろうか。

それがあるのだ。量子力学一般相対性理論を結びつけた量子重力の基本方程式、ホイーラー=ドウィット方程式(1967年)には時間が含まれていないという。その意味については長い議論が繰り返されてきたが、そもそも宇宙には基本的に時間がない、という結論に落ち着きそうだ。

宇宙には基本的に時間がない。宇宙のごく一部にエントロピーが低い部分があり、その部分に時間が発生した。それがわしらが今いる宇宙なのだという。わしらがいまいる宇宙、それはビッグバンのエントロピーの低いところから一貫して拡大しエントロピーが増大し続けている宇宙だが、もっと広い宇宙のかなり特殊な部分集合でしかない、というのがループ量子重力理論の結論なのだ。(ループというのは、重力がループ状をしているかららしい)。

時間がない世界とはどのような世界なのだろうか。

時間がないという状態を考えると、なにか動きのない静的な世界のような気がする。しかしそうではない。ロヴェッリによると、素粒子、光子、重力量子などが粒状の量子状態になって、ネットワークを作っている。こうしたネットワークが空間を形成しており、お互いにある確率で相互作用している。

しかしこれらの量子状態の粒子には、存在している、という表現はふさわしくない。なぜなら、存在している、つまり「ある」という状態は時間に関係しているからだ。時間がない世界では、これらは存在しているというより、ただお互いに作用し、作用したときそれぞれの粒子が現象として、出来事としてたち現れるだけなのだという。(時間のない世界を表現する時制が人間の言葉にないため、どうしてもまるで時間があるかのような表現になってしまうが)。

そもそも、時間があったとしても、何かが「ある」という表現では、何も説明していないのだそうだ。対象が何かを説明するには、その対象とその周りにあるものの関係でしか説明できない。例えば、「あなた」を説明するには、あなたが何が好きで、どんなふうに家族や友人たちを関係を取り結んでいて、どんなふうに職を得て生活費をえているとか、そんなあなたと周りとの関係を示す以外に表現のしようがしようがない。あなたという存在はあなたという物質ではなく、あなたに起こる出来事でしか説明できない。つまり「ある」ではなく、「なる」や「起こる」という表現で説明するものだ。

おなじように、時間のない世界では、周りとの関係のネットワークがあるだけだ。だが、それらは相互作用しており、なにもない静的なイメージとも異なる、なにかそういう状態としか言いようがない世界である。

ではこのような宇宙の一部にエントロピーの低い部分集合としての宇宙があったとして、そこにどのように時間が発生するのだろうか。じつはこの先は、十分に練られているとはいい難い部分で、著者のイメージや予想で語られているところが多い。しかし、十分説得力があるように思える。

量子力学の変数、量子変数(普通、演算子と言ってるものと同じだろう)には作用を及ぼす順序を変えると計算結果が異なるという性質がある。非可換性という性質だが、要するに計算結果は順序に依存するということである。逆に言うと、結果から作用した順序が分かるということであり、順序が分かるということはこれが時間と関係するだろうと推測ができる。アラン・コンヌは、これが「非可換フォン・ノイマン環」という数学的な構造を有して、コンヌ・フローという流れが内在することを示した、のだそうだ。

それからまた量子力学の話だが、共役(きょうえき)という関係がある。これは観測しても同時に値を決められないという関係のことだ。例えば「位置」と「運動量」は同時に確定できない。ここで「時間」と共役の関係のあるものは「エネルギー」である。したがって、エネルギーと時間の間には密接な関係がある。

エネルギーは熱と関係がある。そして熱というのは、分子や原子などが動いている様子を、ぼんやりと全体的に眺めたときに感じられる秩序のことである。なので、52枚のトランプを1枚1枚でなく全体的にぼんやりと眺めたときと同じように、この熱の変化には時間が感じられるだろう。

熱の変化とは、熱が高い方から低い方に流れて、つまりエネルギーがエントロピーの低い状態から高い状態に増大することである。熱の流れが時間となる。これをロヴェッリは熱時間と呼んでいる。さらに、こうした熱時間は過去の痕跡を残す。例えば、それは記憶として残る。こうして過去の記憶を持つと、わしらは時間を感じるのだという。

ロヴェッリの結論はこうである。

空間や物質がなくても、わしらは自分を感じることができるが、時間なしに自分を感じることは不可能である。わしらは、過去の記憶と未来への予想の中に時間を感じ、自分自身を感じる。つまり、わしらという存在は、わしらが経験した出来事で綴られる「物語」なのだ、と。

*****メモ*****

ここではわしが一番驚いた熱力学の第2法則関連を中心にまとめてみた。しかし、ロヴェッリは時間について、よく言及される一般相対性理論で起きる不思議な現象(たとえば重力の強いところでは時間の進み方が遅いとか)や、アリストテレスの時間の考え方とかさまざまなことを言及しており、いろいろ興味深い。

ここでは、宇宙のエントロピーについて、エントロピーがだんだん高くなる方向に進んでいるという話で、恒星について述べている部分が、へーっと思ったので、メモに残す。

恒星は薄く冷たく広がっていた水素がしだいに1ヶ所に集まって、ついには核融合を起こして光を放っている。わしらは、熱が熱いほうがエントロピーが低く、熱が拡散して温度が下がるとエントロピーが高くなると思っている。また1ヶ所に集まっている方がエントロピーが低く、ばらばらに広がると、エントロピーが高くなると思っている。

すると、冷たく薄く広がった状態の水素が集まって恒星になるというのは、エントロピーが低くなる現象なのだろうか。

ロヴェッリによると、これはやっぱりエントロピーが高くなる現象なのだという。水素が冷たく広がっている方がエントロピーは低いんだそうだ。というのは、水素が集まって熱を持つと、水素が存在できる状態数が多くなり、さまざまな状態になることができるので、乱雑さが増すからだそうだ。

そういうわけで、宇宙はビッグバンのエントロピーの低い状態から現在の高い状態まで、一貫してエントロピーが高くなる方に進んでいるんだそうです。へー。

さて、わしが量子力学でどうしても理解できないことに「量子もつれ」という現象があるが、時間のない量子ネットワークの世界を読んでいて、なんとなく量子もつれについてもわかったような気がしてきた。

量子もつれと言うと、遠く離れているのに一瞬にして情報が伝わってしまうような印象を与えるが、遠いとか近いとかの感覚や、一瞬とかいう感覚はこの時間のない量子ネットワークの世界ではふさわしくない。なぜなら遠いとは、ある速度である時間移動したことを示しているし、一瞬はまさしく時間そのものの感覚だから。時間がない世界にはありえない発想ということになる。量子もつれとはたんにある複数の粒子が一体になって存在しているというだけで、相互作用した瞬間に(瞬間という表現も変だけど)、その粒子の相互作用の結果が立ち表れてくる、ということだけのことなんでしょうね。時間がない世界として見ると、特に不思議ではないという気がしてきた。

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