ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

ブロークン・ブリテンに聞け

ブレイディみかこ 講談社 2020.10.26
読書日:2022.5.22

2018年から2020年まで群像に連載した、ブレイディみかこのイギリス社会の断片を記した時事エッセイ集。

連載の期間、イギリスはブレグジットあり、あいかわらずの王室問題あり、パンデミックあり、ということで、激動だったそうだ。あまりにいろいろありすぎて、飽きっぽい自分でも連載が続いたと自虐的に語っている。

ブレイディみかこの持ち味はイギリス内部からの、しかも労働者階級のリアルな視点で語ってくれることだ。そういう意味ではブレグジットと同じ視点で、お札のデザインが変わったことが大きなこととして伝えられているのは象徴的で、内部にいないとそんな変化に気が付かないからね。そしてもちろん彼女は社会学者としての訓練を受けていることが強みでしょう。

まずわしは、UKコメディの話にがぜん興味を持った。なにしろほとんど日本からは分からないんだもの。しかもここに出てくるコメディドラマはまったく日本で視聴不可能なものばかり。シュンという日本人キャラが出てくる「FLOWERS」も気になるけど、やはり「Damned」だ。地方自治体で働くソーシャルワーカーの話だ。

みかこによると、英国のソーシャルワーカーの仕事ぶりは日本とまったく異なり、駄目な親から子どもを取り上げる存在として鬼のように恐れられているそうだ。ドラマでも親の駄目っぷりは悪魔的で、中学生の娘に子どもを産ませてそれを売るという親まで登場するという。そういうシリアスな場面が続くドラマがどうして爆笑コメディになるのかというところだが、その戦略がすごすぎる。日本ではちょっと無理な発想だが、なんと鬼のようなソーシャルワーカーの方も駄目な親に負けず劣らずダメダメという設定なんだそうだ。上も下も道徳が壊滅した社会崩壊コメディで、なるほどこのくらい崩壊すると笑うしかないのだろう。日本では制作も放送も絶対不可能な内容で、なんか韓国ドラマよりもこっちのほうが面白いんじゃないの?ってきごする。

文化人類学デイヴィッド・グレーバーのケア労働者に対する考察を紹介するエッセイも興味深い。グレーバーの疑問は、政府が緊縮財政で労働者階級への配分を大幅に減らしているのに、なぜ暴動が起きないのか、ということだった。グレーバーの答えは、労働者階級のほとんどがケア労働者だからだというもので、みかこはその考えに激しく同意するのである。

労働者の働いている仕事は看護師や介護士、保育士など人をケアする仕事が多いが、そもそも労働者階級は自己中心的でなく友人やコミュニティを気にする人たちである。なぜならば労働者階級の人々は助け合わなくては生きていけないからで、必然的に他人の感情に敏感になってしまうという。こういうメンタリティの人たちは、厳しい時代だからみんなで耐えて乗り越えましょうという緊縮財政の論理に同調しやすいんだそうだ。ケア労働者は自分で自分の首を絞めるような反応をしてしまっているという。なるほどね。

それにしてもグレーバーは2020年9月に急死してしまったわけで、このエッセイの連載時にはまだ生きていたんだなあ、とちょっと感慨深かった。グレーバーの新著がもう読めなくなるのは本当に残念。

あとフードバンクの話とか、コロナ禍になったころに家の修繕のため中産階級の住宅地に住んでいたら、そこはコロナとはまったく無縁な別世界だったという話とか、けっこういろいろ考えさせられる話が多かった。こんごともこういう話を日本に伝えてもらいたいものである。

★★★★☆

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