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ウルド昆虫記 バッタを倒しにアフリカへ

前野ウルド浩太朗 光文社 2020.5.30
読書日:2022.5.25

ファーブルに憧れてバッタ研究のポスドクになった著者が、就職先が決まらないまま最後のお金をアフリカのフィールド研究に賭けて、バッタを倒すか、貯金がなくなって自分が倒れるか、というぎりぎりのポスドクサバイバルを報告した本。

大人向けの新書判を読むか、子供向けの本書を読むか迷ったが、子供向けのほうが追加のエピソードが入っているというので、こちらにした。中身は同じだが、漢字にふりがなが付いており、難しい言葉、表現に対する解説が入っているところが違う。

最近、若い研究者の本を読むと、ポスドクの就職難に直面した話を読むことが多い。もちろん平凡な研究では生き残れない。そうすると人のやらないことに活路を見出すことがひとつの解になる。

著者はファーブル昆虫記に感激して昆虫学者を目指し、ついにはバッタアレルギーになったほどバッタまみれの生活をして、バッタに食べられたいという密かな願望すら抱いている。しかし、バッタ研究では他の生物学研究者を凌駕することができず行き詰まっていた。そこで賭けに出る。

バッタというのは昆虫の中でも人気の研究対象だそうだ。いっぽう、アフリカではバッタの大発生による被害が周期的に起こっているが、大部分のバッタの研究者はバッタの筋肉がどうしたとかいう実験室でできる研究が多く、実際に現地に行って野生のバッタの研究をしようという人はほとんどいないらしい。すると、現地で野生のバッタを相手に研究すると、これまで報告されていなかった新発見があり、活路が開けるかもしれない。なによりバッタに好きなだけ襲われるという著者には垂涎の体験もできるかもしれない。(緑色の服を着ていると、植物と思われて襲われるという。ほんまかいな)。

というわけで、現地でのフィールド研究に勝機を見出して、前野さんは日本人が13人しかいないというモーリタニアのバッタ研究所に行くことを決意する。いよいよ妄想が実現するのだろうか。

だが、実験室での研究と違って、研究以前のトラブルが入国時から頻発する。さらには余計な出費がかさんで、研究資金がどんどん減っていく。この辺のドタバタが本書の最大の魅力であろう。こういう状況をブログにあげていると、途方に暮れたり、呆然とする状況に陥るほどアクセス数が多くなるそうだ。そりゃそうだ。他人の不幸は傍から見ていて美味しい。ついには、他人が喜んでくれるのなら、まあ、いいかという心境にすらなっていく。

なにより困惑したのが、まったくバッタがいないことで、普通に集めるのすら大変なほど数が少ないことだった。なにしろバッタの大発生は数年ごとで、前野さんがモーリタニアにいる間に都合よく起きるとは限らない。以前ドイツの研究グループが来たが、まったくバッタの発生に遭遇せず、1年ですごすご帰国したという話も語られる。

一方では前野さんの熱意が通じて、次第に現地の研究者との絆も深まっていく。特にバッタ研究所の所長のババさんとは身内じゃないかと思えるくらいに通じ合って、ウルドというミドルネームまで授けられる。

前野さんは、バッタの研究に困ったが、現地に大量にいるゴミダマという虫に目をつけて研究を始める。なにしろほとんど研究されていないので観察することすべてが新発見なのが素晴らしいらしい。落とし穴を作ると、1000匹単位で簡単に捕獲できる。本には写真付きで載っている雄と雌の見分け方も楽しい。

研究資金が減るなか、座して死を待つわけにもいかないので、バッタ研究をアピールしようとニコニコ学会に登壇したり、いろいろ活動するも、ついに研究資金がなくなり、自前の貯金100万円だけになってしまい、ここで撤退するかどうかの決断を迫られる。お前は本当にバッタの研究をしたいのか、という決意のほどを確認されているような気にもなる(誰に?)。なけなしの自分のお金を投入することを決意するが、以前申し込んでいて忘れていた京都大学の白眉研究になぜか選ばれ、研究を続けることが可能になる。

こうしてぎりぎりの状況も経験しつつ、研究を続けることができて、ついに念願のバッタの大発生に立ち会え、バッタに身をさらすという体験もすることができ、大量の新発見もでき(現在論文執筆中で詳細は内緒だそうだ)、さらに新しい職場も確保でき、出身校の高校にも錦を飾ることができたというところでおしまい。

しかし、感心するのは、前野さんが現地のアラビア語とか半公用語のフランス語とかをまったく覚えようとしないことである。わしの敬愛する辺境ライターの高野秀行はフランス語を身につけるだけでなく、どこかの国に行くとその国の言葉も歴史とかも学んで現地に臨むが、前野さんにはそんな気配はまったくない。何年も現地にいるのに、片言の言葉とジェスチャーですべてを解決する。(しかしアフリカではフランス語の勢力が強いのに感心するね)。

まあ、高野秀行は社会そのものに興味があるのだからそうしなければいけないという事情があるのだろうが、バッタ研究では不要なのかもしれない。

運転手兼助手のティジャニとは阿吽の呼吸で意思疎通ができるようになり、こうなると彼なしではいられなくなったのだろう、ティジャニが首になりかけると、手助けをしたりして、もう二人の関係はずぶずぶだ。こんなふうに言語ができなくても、一部の人間とはむちゃくちゃ濃厚な関係を築いてしまう。

日本人がいなくて寂しくなるかもしれないが、そのへんはインターネット環境のおかげで、なんとかなっているらしい。ブログ作成で日本語も鍛えられた。ただし声を出す発声能力の方は劣化したようだ。

しかし、なんか新時代の日本人研究者が増えてきたような気がする。昔、日本人が積極的に外に出ていった時代がかつてあったが、日本が裕福になるにつれて内にこもるようになり、平成の時代では特に内にこもり気味だったのではないか。しかし、また世界に勝機を見出す日本人が増えてきたんじゃないだろうか。(わしの見ている範囲では生物学者が多いような気がするのがちょっと気になるけど)。

日本が貧乏になり、なかなか海外という話は厳しくなっているのかもしれないが、逆に日本人の意気が軒昂になってきているとすれば、面白い時代が来たと言えるんじゃないだろうか。

しかしネットのブログで鍛えた人を惹きつける文章は素晴らしいね。ベストセラーも当然です。いろいろ講演依頼とかあるようですが、本人はバッタ研究に専念するためにほぼ辞退しているそうです。いいね。

★★★★☆

 

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