イーサン・クロス 訳・鬼沢忍 東洋経済新報社 2022.12.4
読書日:2024.1.26
頭の中では自分の言葉が常に聞こえているが、その声がネガティブなループに入り脱け出せなくなったときをチャッターと名付け、どうすればチャッターから抜け出せるかを指導する本。
誰しも心がネガティブループに入ってしまった経験はあるだろう。何らかの原因で落ち込んだり、自分に嫌気が差したりする。すると、自分を非難する声が自分の中から湧き出てくる。その声を聞くと、さらに気分が落ち込んで、どんどんネガティブな気分が増幅して、心の中が嵐になってしまう。あるいは、何かに怒りを覚えたり、恐怖を覚えたりしても、ネガティブループに入ってしまい、そこから抜け出せなくなることもある。
こういうネガティブループから抜け出せなくなると、人生に大損害を与えることすらある。だから一刻も早くこの状態から抜け出した方がいいのは分かるだろう。
心理学者で心の内声を研究している著者によれば、チャッターのネガティブループから脱け出すにはちょっとしたコツのようなものがあるのだ。それを大学の講義で教えていると、学生から、なぜこれまで誰からもそれを教えてもらえなかったのか、という声があがったという。チャッターは誰もが悩む問題なのに、どう対処すればいいかということは、世間では教えられていないのである。著者は学生の声を真剣に捉え、この本を書くことにしたのだという。
いちおう、題名の通り26の方法が記載されているが、たぶん、もっとも簡単なのは次の方法である。自分を「私」ではなく、三人称で呼ぶというものだ。
✕「わしは何をやっているの?」
◯「ヘタレイヤン、お前は何をやっているのか?」
こうすることで、自分を外から眺められ、ループから外れることができるという。なるほど、たしかにこれは簡単。
あるいは壮大な風景を見るのもいいという。畏怖の念を感じて、自分はなんてちっぽけなんだと思い、自分を相対化できる。空間だけでなく、遠い過去や未来のように時間軸で遠くに思いをはせるのにも同じような効果があるという。
儀式やお守りもいいという。アスリートがやっているようなルーティンは、秩序を自分でコントロールできるという感覚を与えて、心を鎮めるという。お守りもそう信じるだけで心に効果があるという。
現代では、大切なのは「今を生きる」とよく言われる。過去や未来にわずらわされずに、今という時間に集中すると生きているという実感が増すのだという。しかし著者によれば、それはそもそも人間には不可能なのだという。なぜなら人間は常に過去を思い返しては後悔し、未来を予想しては不安になるという存在なのだ。つねに物語を作り、幻想の世界に生きているのが人間のデフォルトなのだという。
実際、チャッターは言語に関わるから、脳の言語機能が壊れると、チャッターもなくなって、幸福な気分を味わえるのだそうだ。ジル・ボルト・テイラーは脳卒中で左脳を損傷して言葉が使えなくなったが、言葉を失うと時間が今だけに限定され、何も思いわずらうこともない幸福な体験をしたという。(「奇跡の脳」)
こういう脳の作り出す悩みを解決しようとしたのが、仏教であるとも言える。仏教では心のつぶやきにいちいち反応しないという訓練をする。(「反応しない練習」)
だから、瞑想やマインドフルネスなんかもチャッターを克服するよい方法だという。
まあ、確かに、ネガティブな心の嵐に襲われるのは大変でしょう。わしはそんな状態にはめったに陥らないけど、じつはどうでもいいような小さなことに悩まされていたことが多い。その話は別の機会に(笑)。
***** メモ *****
チャッター状態から脱け出す26のツール。
(1)自分だけで実践できるツール
1.自分に距離を置いた話し方をする。
自分を表すのに、一人称でなく、三人称の名前や「お前」という二人称を使う。
2.友人に助言しているつもりになる。
同じ悩みを抱えた友人に助言しているつもりになって、それを自分に当てはめる。
3.視野を広げる。
チャッターでは視野狭窄になっている。自分の経験を他人と比較したり、人生や世界の中でどう位置づけるかを考えたり、自分が尊敬する人ならどうするか、などと考える。
4.経験を試練ととらえ直す。
ある状態を脅威ととらえたときにチャッターが始まることが多い。現状を再解釈して、克服できる試練(チャレンジ)ととらえ直す。
5.チャッターによる身体反応を解釈し直す。
チャッターは身体を通してループすることがある。ストレスで緊張して胃が痛くなり、それを感じて緊張していると心がつぶやいてさらに胃が痛くなる、というように。そこでストレスは試練に立ち向かう正常な反応なのだと解釈して言い聞かせる。
6.経験を一般化する。
同じ経験をしたのは自分だけでないと知る。ありがちな事だと認識する。
7.心のタイムトラベルをする。
一ヶ月後、一年後などずっと先に自分がどう感じるかを想像すると、この状況がずっと続かないことを実感できる。
8.視点を変える。
壁に止まっているハエの気分になったつもりで自分を観察する。全体の視点から取られられる。
9.思ったままを書いてみる。
思ったまま、文法もつづりも気にせずに書いてみる。そうすると、自分を相対化して見られる。
10.中立的な第三者の視点を取り入れる。
グループ内に関することの場合、第三者になったつもりで解決策を模索してみる。
11.お守りを握りしめる。あるいは迷信を信じる。
プラシーボ効果のように、そう信じるだけで心が和らぎ効果がある。
12.儀式を行う。
瞑想でも良いが、単にルーティンの儀式を行うようにするだけで、自分が秩序をコントロールできるという感覚を得られ、心を鎮めてくれる。
(2)他者に関わるツール
①他者を支援するためのツール
1.感情・認知のニーズに応える。
支援を求めている人は2つのニーズを求めている。ひとつは感情的な共感を得たいというニーズだが、共感するだけではチャッターを増幅させるだけに終わる。相手の視野を広げ、希望を与え、経験を普遍化する認知のニーズにも応えよう。
2.目に見えない形で支援しよう。
相手が支援を求めていないときには逆効果になるので、目に見えない形で支援する。頼まれなくても家の掃除をするなど。
3.子供にはスーパーヒーローになってみようと言おう。
4.愛と敬意を込めて、触れる(タッチする)。
5.相手のプラセボになる。
状況は改善するという楽観的な見方を伝え、相手の物の見方に影響を与える。
②他者からの支援の受け方のツール
1.顧問団を作ろう。
チャッターの分野ごとに感情ニーズと認知ニーズを満たす顧問団を作る。(ってか、そんなの作れる人は幸運の一言なんじゃないかなあ)
2.身体の触れ合いを自分から求める。
3.愛する人の写真を眺める。
4.儀式を誰かと一緒に行う。
友達と会ったときの特定の挨拶を決めるだけでも効果がある。
5.ソーシャルメディアの受動的使用を最小限にする。
他人の近況報告をみると自虐的なループに陥りがちなので、受動的な使用はひかえ、能動的に使って他者とつながるようにする。
6.ソーシャルメディアで支援を求める。
ただしネガティブな衝動の共有にならないように気をつけること。
環境に関わるツール
1.環境に秩序を作り出す。
掃除をする、リストを作る、整理するなど秩序を作る作業をする。
2.緑地を活用する。
公園や並木道を散歩する。モニタで自然の写真を見るだけでも効果がある。
3.畏怖を誘う経験を求める。
畏怖を感じると、自分を超越して、大局的に見れるようになる。息をのむような風景を見る、芸術作品を見る、あるいは子供が驚くべきことをやってのけたことを思い出すこと(子供の成長はどんなこともたいていは驚くべきことです)。
★★★★☆