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奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき

ジル・ボルト テイラー 訳・竹内薫 新潮社 2009年2月
読書日:2010年01月26日

脳卒中を起こして、左脳を損傷した脳科学者の体験記。これまで右脳と左脳の機能分担からなんとなく予想されていた、右脳と左脳の世界の捉え方の違いを実地に体験して、それを報告したことに価値がある1冊。

著者が強調しているのは、右脳には時間の観念がなく、今という瞬間しかないこと、また自分と周りの区別がなくなり身体が流体となって宇宙と溶け合った一体感が得られるということである。時間も自己とそれ以外の区別も左脳の機能だからだ。それは幸福な体験だったという。意図せずに涅槃というかニルバーナの世界を直接体験したわけだ。

左脳の機能が回復していくにつれて、時間の感覚がよみがえり、そうすると左脳が物語を作り出すという。脳卒中から7年目に著者は物語のある夢を突然見て驚く。それまではなにか抽象画のようなぼんやりものだったのだ。物語とは過去と現在をつなげ、そして未来を予想するために左脳が持っている機能なのだ。左脳はともかく理屈に合わなくても、たとえ空白を埋めてでも、なんらかの筋の通った物語を創り上げてしまう。

また左脳が復活するにつれて、脳内におしゃべりが充満して行ったとも。左脳は永遠におしゃべりを続ける。だが、ある特定の負のイメージの物語にとらわれてしまう危険もあるという。

また著者が脳の機能が回復していく過程では長時間の睡眠が必要だったことを述べている。5年ぐらいの間、睡眠時間は11時間必要だったという。まさしく赤ん坊が脳の回路を形成していく過程を追体験したわけだ。

おそらく、今後テクノロジーにより、左脳の特定の部分の機能を止めてしまうことが簡単にできるようになるだろう。そうすると、ジルの体験した右脳の捉える世界を、ヨガや座禅、瞑想などの特殊な訓練なしに、いつでも体験できるようになるのではないだろうか。そうなると、未来を思ってくよくよすることはなく、幸福に暮らすことができる人が増えるに違いない。

★★★★☆

 


奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)

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