ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

「反応しない練習」「Chatter」を読んで思ったこと

最近、「反応しない練習」と「chatter」を続けて読んだ。

偶然、同時期に読んだのだが、これを読んで思ったことがある。

じつはずっと、わしには大きな悩みがあった。その悩みというのは、昔のことが突然思い出されて、心が苛(さい)まされるという悩みである。

まあ、たぶん、誰にでもこういう事はあることは理解している。しかし、どうもその頻度が自分でも呆れるくらいに多いのである。なんだか数分おきに起きていたような気がする。そして、そのたびに声をあげてしまうほどに心が苛まされた。

その内容は、直近に自分が起こした恥ずかしいできごとはもちろんだが、もう何十年も前のちょっとしたことも思い出される。そのちょっとしたことって、どのくらいちょっとしたことかと言うと、なにか言ったりやったりしたときの相手の目付きとか、反応なんかが思い出されてしまう。すべてもう会わないような人ばかりだし、一度しか会ったことがない人も多いし、その人達自身はぜったいに気にしていないような、ほんのちょっとしたことなのである。

こういうちょっとしたことが頻繁に思い出されて、そのたびに、叫びだしたくなる。(一人でいるときには実際に声に出てしまう)。

そのたびに、わしは、「これはずっと前の過去に起きたことです。どうしようもないことですし、しかも当時も今もそれが原因でなにか問題が起きているわけではありません」と自分に言い聞かせなければならなかった。

これはまさしく「反応しない練習」や「Chatter」に出てくるような症状である。まあ、「Chatter」のように負の連鎖に陥っていないから、重症ではないだろうが、個人的には大変困ったことなのである。

ところが、どうも最近、たぶん数ヶ月前からこのような症状に悩まされなくなった。過去のいろいろなことが思い出されるのは同じなのだが、苛まれなくなった。一体どういうことなのか?

どうも人生がうまく行っていないと感じるときで、しかもそれがなにかはっきり分からないようなときに、こういう症状が出る気がする。たぶん、こういう状態でははっきりしないから、わしの脳はいろいろ過去にさかのぼって、いろいろ原因を探求しようとしているのではないだろうか。こういう状態では、ちょっとだけ思いだしたことすら、それなりに真剣に捉えてしまうのだ、という気がする。

じつは最近、ぼんやりしていた不安が、実際に問題として目の前にはっきり出てくるようになったのだ。つまり現実の問題が、なんとなくの不安を吹き飛ばしてしまった、というのが、今のわしの状態ですね(笑)。

それにしても、「反応しない練習」の考え方はいいですね。わしも心に浮かんだどうでもいい悩みについては、今後、反応しない練習をしようと思います。真剣に相手にするからだめなんですよね。(現代からみてもブッダの悩みに対する発想はとても素晴らしいと思う)。

 

 

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