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習慣と脳の科学 どうしても変えられないのはどうしてか

ラッセル・A・ポルドラック 監訳・神谷之康 訳・児島修 みすず書房 2023.2.10
読書日:2023.10.4

習慣が根付く原理というものが分かってきたが、習慣は恐ろしく固着的で、一度身につくとそれを変えるのは困難で、とくに依存症の場合は難しくなるが、一方では将来的にそれを変えるような技術も見つかっているという、習慣に関する最近の研究成果をかなり網羅的に示した本。

この本のことは知らなかったが、知り合いが勧めてくれたので読んでみることにした。依存症に興味のあるわしには、まさにピッタリの本だった。脳関係の医者に聞いたら、著者のことを知っていたから、脳関係ではそれなりに有名な人らしい。

この本を読んで2つのことを思った。ひとつは思ったよりも研究の進捗が進んでいないということだ。生きたまま実験や観測ができる最新の技術の進展があったにもかかわらず、なかなか先に進んでいないというイメージだ。一歩一歩、着実に進んでいるようではあるが。著者によれば、ここ20年ぐらいの研究の進展は素晴らしいという、わしとは反対のイメージなので、研究者とわしのような一般人の期待との間にはまだ乖離がある。

もうひとつは、人間を対象に長期間にわたって研究することの困難さだ。習慣がその後どうなったかなどを継続的に研究しようと思っても、そもそも人間はとても長生きなので、どこまで調査を続けるのかという問題がある。さらには、ほとんどの研究はサンプル数が少なすぎて(せいぜい数10人のことが多い)統計的な信頼性に問題があるということだ。必要な数に対して、一桁も二桁もサンプル数が少ないのである。これが再現性のなさという問題を引き起こしている。サンプル数の少なさを補うために、たくさんの研究結果を横断的に解析するようなメタ解析も行われているが、これはこれで問題がある。

まあ、そういうこともあるが、最新の研究結果を踏まえた本書はとても信頼性が高いという印象だ。というわけで、中身を見ていこう。

まず習慣は、大脳基底核線条体淡蒼球視床視床下核)と大脳皮質との間の回路によって形作られる。その経路は直接路と間接路があって、直接路は興奮を起こし、間接路は興奮を抑制する。複数のインバータで論理を構成する電子回路にそっくりで、回路の中に抑制する経路を2回入れればマイナス✕マイナスで興奮になり、3回入ればマイナスの3乗で抑制になる。

このような神経の活動に欠かせないのが有名なドーパミンだ。ニューロンシナプスでつながっているが、興奮したとき、そこにドーパミンが加わるとシナプスの結合が強まり、ドーパミンがないと結合が弱まる。だからドーパミンシナプスのゲートの役割をしているのだという。

よく誤解されるのだが、ドーパミンは快楽とは直接関係ないのだという。NHKなんかは、さんざん快楽物質としてドーパミンを取り扱ってきたと思うが(例えばここ「ヒューマニエンスQ “快楽” ドーパミンという天使と悪魔」)そうでないことが分かったというのが、ここ20年の成果なんだそうだ。

ではドーパミンが何をしているのかと言うと、動機づけなんだそうだ。ドーパミンの働きを阻害されたラットは、身近に少量の餌があれば、障害の向こうにある餌に対しては無理に障害を越えてまで餌を取ろうとはしなくなる。(もちろん普通のラットは障害の先に大量の餌が見えれば、障害を乗り越えてそれを取ろうとする)。つまりドーパミンはどれだけ欲しがるか、手に入れるために努力しようとするかの意欲に対する信号を発しているのだという。(インセンティブ・サリエンシーinsetive saliencyと呼ばれているそうだ)。

快楽と直接関係しているのは、ドーパミンではなく、オピオイド(ヘロインと同じ受容体に作用)やカンナビノイド大麻と同じ受容体に作用)などの神経伝達物質なんだそうだ。

そもそも習慣がなぜ起きるかと言うと、行動を自動化するためである。いつもやっていることを常に意識的にやっていると大変である。そこで服を着る動作やいつも使う道順などを、いちいち考えなくてもできるように習慣化しておく。

自動化するにあたっては、その習慣が発動するためのトリガーがある。たとえば靴を履くときに紐の結び方を考えずにできるが、そのためには靴を見るとかだけではなく、玄関などに置いてあるものとか、靴に足を入れたときの感触や匂いなど、靴を履くときに体験するあらゆるものがトリガーになりうる。

つまり習慣はひとまとまりの行動(チャンク)として脳に刻み込まれるので、それに含まれるトリガーというものは非常に多い。これが習慣が一度根付くとなかなかやめられない理由なんだそうだ。トリガーがあると、無意識の領域で習慣が発動してしまう。このようなトリガーを無視するのは非常に難しいのだ。トリガーが発動すると、その習慣は最後まで無意識のうちに行動しようとしてしまう。

意識がその習慣を実行したくないと思ったときに、論理的思考を行う前頭葉視床下核に直接働きかけて抑制するという回路があることが2006年に著者らにより発見された。つまり習慣を意志の力でやめることができる回路が存在する。そうすると、自制心という意志の力で習慣を変えることができるのだろうか。しかし、多くのひとに対して行ったアンケート調査からは、習慣を変えることに成功した人とその人の自制心の強さとの間には関係がないことも分かった。

結局、習慣を変えることに成功した要因は自制心ではなくて、トリガーになるものを身の回りから排除するということに成功した、ということらしい。依存症から抜け出すのに成功するには、何度も引っ越しを行うということが効果的な対策なんだそうだ。(これはゲーム依存症の体験と整合する「僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた」)。

こうした習慣をリセットすることはできないのだろうか。いまのところ不可能なのだが、その可能性が見えてきたのだという。

(1)記憶を消す
記憶の定着に関係する分子にPKM−zertaがあるが、その働きを阻害するZIPという薬品を脳に直接注入すると、記憶が消去されたという。PKM−zertaは長期記憶の安定化に寄与しているらしい。
(2)記憶の再固定化
習慣が一度根付くと変えられないと思われていた。しかし、記憶を不安定化させて別の記憶に再固定化する可能性が見えてきたという。薬物依存症にしたラットを薬物と関係したトリガーがある環境において、薬物を思い出させた状態にして、実際には薬物を与えなかった場合、依存症が緩和されたのだという。環境(トリガー)と薬物の関係の記憶が改変されたわけだ。薬をつかって記憶を不安定化させる方法もあるが、ともかく鍵となるのは、消したい記憶を思い出した状態で記憶を不安定化させることだ。
(3)島皮質の損傷
島皮質を損傷すると、タバコの習慣がなくなったという信頼できる研究結果がある。

というわけで、将来的には、特定の記憶だけを消したり、改変したりすることができるようになるかもしれない。

**** メモ ****
近年の研究の発展は、このような神経の動きを直接観察できるようになったことだ。この本に紹介された技術について記す。
(1)オプトジェネティクス 光受容タンパク質「チャネルロドプシン」が発見されて、それをニューロンに注入すると、光で直接ニューロンのオンオフ(興奮)を制御できるようになったのだという。光は光ファイバーニューロンに届ける。
(2)ケモジェネティクス (1)と似ているが化学物質を使う方法。自然には存在しない分子の受容体をニューロンに付加することで、このニューロンを制御できる。
(3)カルシウムイメージング ニューロンが活性化するとカルシウムイオンの濃度が変化する。カルシウムイオンの濃度に応じて蛍光強度が変わるタンパク質の遺伝子をニューロンに入れて、多くの細胞の活動を一度に画像化できる。
(4)拡散強調画像 ニューロンの軸索は細長いので、水の分子は軸索方向に拡散する。そこでMRIを使って水の拡散方向を画像化すると、脳の神経の配線領域である白質の配線の繋がり具合を直接観察することができる。

★★★★☆

 

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