ムロン・シュエツン 編・クライブ・ハミルトン 訳・森孝夫 飛鳥新社 2023.3.31
読書日:2023.8.7
世界で最初にコロナのロックダウンを経験した武漢市民の体験談。
コロナでは世界中がロックダウンしたのだから、武漢の市民が体験した医療体制が崩壊し、マスクや食料がなくなるといった光景にも、自分の体験として既視感がある。しかし世界で初めてコロナウイルスの惨禍にまみれ、何の予備知識もないままにロックダウンに突入した武漢の人たちの気持ちはどうだったのだろう。
しかも、ここにコロナウイルスを軽視し、それを隠蔽しようとさえした絶対権力である中国共産党の物語が絡んでくる。
ほとんどの人たちは、パンデミックなど想像せず、というかできず、共産党の問題ないという言葉を信じていた。よく出てくるのが、春節の前の大晦日の番組、「春晩」を家族みんなで見ていたという話だ。
そして、さらに何度も出てくるのが、最初に武漢で新型SARSが発生しているとSNSで警告して、当局にデマを流していると非難され、自身もコロナウイルスに感染した医師、李文亮(リィウェンリャン)が2月7日に亡くなった事件だ。
李文亮は最初は非難されたが、やがて共産党は彼を英雄として自分たちの物語に取り込もうとしている。
李文亮の他にも武漢の様子を伝えようとした市民ジャーナリストたちがいたが、彼らのほとんどは当局に逮捕されて、多くは行方不明になっている。ノンフィクション作家である著者のムロン・シュエツンも、中国ではこの本を出版しようとしなかった。彼は国外に逃亡し、この本を英語で出版したのである。
医師や看護師などのエッセンシャルワーカーの話も出てくるのだが、わしが最も中国人らしいなあと思うのは、バイクタクシーの李の話だ。彼は、上に政策あれば下に対策あり(上が決定しても抜け道を見つける)、という中国に市民の生き方を体現しているような人物だ。
彼は、ロックダウンの中、地区を囲まれても抜け道を見つけて脱出し、毎日バイクタクシーを走らせ客を乗せた。稼がないと生きていけないからだ。ウイルスにかかっている人もいたかもしれないが、なるようにしかならないと思っている彼は、怖かったけれど気にしないようにしたという。
ロックダウンの間は、李にとっていい時期だったという。誰も値切らずに李に支払ったし、ロックダウンを取り締まるはずの警察も、ウイルスにまみれているであろう李に近づこうとしなかったからだ。彼は客に求められるままに、武漢のいろいろなところを訪ね、崩壊した病院へ運んだり、隔離病棟から脱出するひとを逃したりした。
いま中国はパンデミック後にも、なかなか景気が回復しない状態が続いている。これはひとつには共産党に対する信頼が減って、自分の命は自分で守らないといけないと改めて思い、過剰な貯蓄を続けているからではないだろうか。政治的なバランスシート不況である。
(バランスシート不況:負債を返済することを優先して消費を控える結果起きる不況のこと。)
★★★☆☆