ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

どうすれば日本人の賃金は上がるのか

野口悠紀雄 日経BP 2022.9.8
読書日:2022.11.17

日銀や政府のやっている通貨緩和政策は日本の安売りであり、賃金を上げるには一人あたりの創出する付加価値を上げる以外はないと主張する本。

野口悠紀雄はこれまでも日銀と政府の通貨緩和政策を非難してきた。この本でも野口は、円安政策は日本の安売りであり、経済成長と高付加価値企業化政策を行わなかったことが間違いだったと指摘している。わしは円安政策が間違いだったとは思わないが、高付加価値企業がほとんど生まれなかったことは確かだろう。

そこで成長を促し、高付加価値企業が誕生するために野口が提唱するのが、
(1)変化対応型社会にするために、年功序列や退職金制度を改革し、転職しても損にならない社会に変える。
(2)変化に対応できるように、高等教育改革を行い、リスキリングを勧める。
(3)労働力の減少に対応するために、女性の活用を。パートタイマーからフルタイム雇用へ転換する。そのためには103万円の壁のような税制を改革。
(4)報酬体系を年功序列からジョブ型に変える(特に経営者)。
(5)ファブレス製造業とビッグデータ活用する高付加価値企業の創出する。
などだ。

言いたいことは分かる。だが、これらのことは、言葉を変えて、いろんな表現で、これまでさんざん言われてきたことではないだろうか。

そうすると、なぜ分かっているのにできないのか、という問題に踏み込まないといけない。だが、それはあまりに広すぎる問題だから、単なる経済学者である野口の手には余る話である。そういうわけで、もちろん、本書ではそんなことには踏み込んでいない。

日本社会は本当に変われないのだろうか。

思い返すと、日本社会がガラリと変わった例が近代に2回ある。明治維新と第2次世界大戦である。明治維新は革命かつ内戦であり、第2次世界大戦も戦争だから、戦争級の危機的状態ならば、日本は変わるのである。逆に言うと、そのくらいの危機にならなければ、日本は変わらない。(年功序列は1940年代の戦争中にできた。野口は1940年体制が今も続いているという)。

野口は日本は変わらないとこのままでは停滞を越えて衰退に陥るという。でも、きっとちょっとした衰退では変わらず、徹底的に、極端に衰退しないと、日本は変わらないだろう。

野口は、賃金の議論をすると、「賃金だけでは幸福は決まらない」とか、「足るを知ることが大切だ」、などという反論を受けるという。野口は、人間の幸福が賃金だけで決まらないのは確かだが、賃金や給与の議論にこのような議論や意見が安易に持ち込まれることに強い違和感を感じるという。

それは分かる。

しかし、どうもこの高賃金の議論は日本人の感性にフィットしない気がする。

日本人の発想に近いのは、高賃金を得る、という問題ではなくて、「生き残る」とか「生き延びる」とか、そういう感覚ではないだろうか。

わしはどうも日本人が金持ちになってどんどん豊かになるというイメージがあまり浮かばない。でも日本人が、しぶとく生き残ったり、生き長らえたりするというイメージははっきり思い浮かぶ。それには、なにか確信のようなものがある。

生き残ることが大切なのだとすると、戦略は変わるのではないだろうか。

それは多様性である。いろんな日本人がいることが、日本人が生き延びるコツであろう。わしは日本は異様に多様性が確保されている社会なのではないかと思っている。変な人間や会社が存在できる隙間がたくさんあるのではないか。

そして多様性があるということは、ある意味、非効率なことである。

日本の生産性が低い(と言われている)のは、もしかしたら極端に多様性が確保されていることの裏返しなのではないだろうか。

日本人がマイナンバーなどのデジタルによる管理を極端に嫌うのも、多様性が損なわれることを本能的に悟っているからではないだろうか。

日本人は政府が無能であってほしいと願っている、そういうようなことをわしはここに書いた。いまもそう思っている。


**** メモ ****
野口悠紀雄は統計の1次資料に当たって分析をする人だから、その分析結果はとてもためになる。そして、ときどき、驚くような結果も披露してくれる。ここでも驚いた分析について少し述べよう。

(1)日本人で働いていない人は6割。
高齢者が多いということもあるが、あまりにパートタイマーが多いので、フルタイム換算(1日4時間勤務なら、0.5人とカウントする)で日本人の4割しか働いていないのだそうだ。なので、フルタイム労働力を増やすだけで、経済成長が実現する。それには、103万円の壁のようなパートタイマーを優遇する税制を改革する必要がある。(それにしてもこの4割はもしかしたらむちゃくちゃ効率がいいんじゃないだろうか)。

(2)大企業と中小企業の賃金格差は資本装備率の差
賃金は一人当たりの資本装備率に比例しているそうだ。簡単に言うと、機械やパソコンなどの固定資産である。ほんとうにそれだけの違いなら、ちょっと驚きである。そうすると、その固定資産を増やすような政策をすればいいということになるから。しかし、逆に言うと、中小企業は少ない予算で効率的に稼ぐことができているんだそうだ。

★★★☆☆

にほんブログ村 投資ブログへ
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ