トーマス・オーリック 訳・藤原朝子 ダイヤモンド社 2022.3.29
読書日:2022.7.5
何度も崩壊すると言われながら中国経済が崩壊しなかったのは、中国共産党が過去の世界経済を反面教師とした柔軟で独創的とも言える対応をしたことだったとし、一方、今後もその独創性で苦境を切り抜けられるか不明と主張する本。
この本では中国経済が鄧小平の開放政策以降、困難に陥るたびに中国共産党が取ってきた手法を振り返っているが、ここでは2015年の上海市場崩壊への対応を中心に見ていきたい。そこがわしが一番わからなかったところだから。
2015年6月12日、上海総合指数は5166ポイントと史上最高値を更新した。しかしそこがピークで、1ヶ月後の7月には3割の下落が起こり、さらに2016年1月にはピークの半分にまでなってしまう。これに対して中国当局は1300銘柄の取引を中止するという最悪の対応をしてしまう。これをみて、誰もが中国経済はバブルであり、それが崩壊しつつあることが明らかだと確信した。
しかし崩壊はなかった。中国共産党とそのテクノクラートが崩壊を未然に防いだからだ。彼らに求められたミッションは、単純にソフト・ランディングさせることではなく、さらに景気を加速しつつ金融リスクも減らすという離れ業だった。でもそんなことが可能なんだろうか。
彼らが実際にやったことは、単純にまず経済を再膨張させ、その間に金融リスクのある経済部門の構造改革を行い、借金を減らしたのである。中国の場合、最大の金融リスクだったのは重工業、不動産、地方政府の3つの部門だった。
まず再膨張させるために、GDPの10%以上という巨額をインフラ投資に投じた。これにより成長のエンジンを回し、その間に構造改革を行った。インフラ投資は、官民パートナーシップで行い、地方政府の借金がこれ以上増えないように配慮した。また地方政府が短期市場から調達していた借金を長期の5年債権にスワップし、地方政府の債務を安定化させた。
構造改革は何をやったのか。
重工業では生産能力が過剰で利益が出ないことが問題だったので、企業の統廃合を行って生産能力を減らした。この統廃合は欧米では不可能な猛スピードで行われた。インフラ投資で景気が確保されている一方、生産能力が減ったので値段をあげることができ、重工業の利益は2017年には30%アップしたという。
不動産では過剰在庫が問題で、人が住まない鬼城(ゴーストタウン)が発生していた。これに対して、都市の中心部にあるスラムの再開発をしてマンションを建設した。そして住宅購入者にはその都市の戸籍を与えるという奇策を用いた。都市の戸籍を持っているとその都市の行政サービスを受けることができるので、農民戸籍者の購入意欲を掻き立てる作戦だ。さらに必要な頭金を減らし、住宅ローンも割安で提供されたのでブームが生じ、在庫が一掃されたという。ゴーストタウンは消滅した。これにより、地方政府も土地を売ることができたので、大いに潤ったという。
こうして、重工業、不動産、地方政府の債務のデレバレッジが進み、金融リスクが減ったのだという。
一方で、融資する側の金融機関への監視手法もすすんだ。人民銀行が利率を変えると、全ての金融機関が影響を受けてしまうという問題がある。そこで人民銀行は欧米にはないマクロプルーデンス評価の手法を導入した。これは自己資本比率に応じて、人民銀行に預けている準備預金の金利を上下させるという手法で、個別銀行ごとに管理することを可能にする方法だ。これによりすべての金融機関に悪い影響を与えることなく、一方で問題のある銀行に健全な融資に絞るという動機が発生し、シャドーバンクへの融資がマイナスになったという。また銀行同士が合併して上場し、株式を売却して自己資本を増やすということが起きたという。
というわけで、中国は2017年までに特に危険な経済セクターのデレバレッジを成功させて、安定した成長軌道に戻ることができた。これは法律の改定なしに強引に政策が実施できるという中国ならではの手法で、なかなか他国には真似できない。しかも戸籍などの中国独自の背景や、独特の金融機関管理手法を編みだすなどの柔軟な適応力を発揮している。
これらの政策は特定の部門の債務を減らすことには成功したものの、国家全体の債務は増やすことになっている。2019年では中国の債務はGDPの260%に達しており、これ以上の膨張は難しいという。
中国がいつか経済停滞に陥るのは確実だ。だが、中国経済を予測するのは難しいという。中国に関しては私見を廃して見ることが難しいからだそうだ。どうしても、政治的、地政学的な観点などの私見に邪魔されて、経済だけを素直に見ることができないからだそうだ。
それにしても、ゼロコロナ政策やウクライナ戦争への対応を考えると、今の中国は国際的に孤立を深めるように見え、柔軟性を失ってきつつあるように見えますよね……ほら、どうしても私見がはさまってくるでしょ? 素直に経済だけを見ることは不可能そうです(笑)。
★★★★☆