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個人投資家目線の読書録

財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生

ステファニー・ケルトン 訳・土方奈美 早川書房 2020.10.15
読書日:2020.12.7

MMT(現代貨幣理論)は財政赤字の神話を突き崩し、国民の幸福のために国家財政を使うことを可能にすると主張する本。

ケルトンは、経済学を学んでいた修士のときにMMTに出会ったのだという。友人に勧められて、ウォーレン・モズラーの「ソフト・カレンシー・エコノミクス」という本を読んだのだそうだ。モズラーはMMTの父と呼ばれている人で、経済学者ではなくウォール街の投資家なんだそうだ。

ケルトンは、本を読んでぎょっとしたという。伝統的な経済学を学んでいたケルトンには到底受け入れられない内容だったからだ。首尾一貫しているが、正しいはずがない、そう思ったのだそうだ。

しかし、ここからが彼女のすごいところで、ケルトンはモズラーに実際に会いに行ったのだ。この辺の行動力は見習うべきものがある。そして、議論するうちに、MMTが正しいことを確信して、宗旨替えをしたのだ。

さて、モズラーの話で面白いのが、自分の家庭でMMTを実践した話だ。

モズラーは家が荒れているので、子供たちに掃除をさせようと思った。そして子供たちが行ったサービスに値段をつけて、サービスに応じて自分の名刺を配ったのだそうだ。つまり通貨を発行したのだ。

ところがすぐにそれは効果がなくなり、また家は荒れ始めたのである。子供たちによれば、「パパの名刺にはなんの価値もないから、集めてもしょうがない」のだそうだ。

そこでモズラーは子供たちに、月に30枚の名刺を支払わないといけない、と宣言した。支払わないとテレビもプールも使わせない、ショッピングモールにも連れて行かない、とした。すると、子供たちは一生懸命働き始めたのである。つまりモズラーは税を設定したのだ。子供たちは税金を納めるために懸命に働いたのだ。

ここになぜ国が通貨を発行し、なぜ税を取るのかの意味が凝縮されている。国民を一生懸命に働かせるためだ。実にひどいシステムだ(苦笑)。しかし、もともと国家とはそういうシステム(国民を強制労働させるシステム)なので、いまさら言ってもしょうがない。

さて、この話から次の簡単な事実が分かる。

通貨、つまりお金は、まず政府(国)が発行して支出する。政府が支出すると、それは政府の借金になる(マイナスになるから)。そののちに、一部を税金として回収する。つまり、
 支出 → (税金+借金)

しかし、通貨の利用者、つまり国民は通貨を発行できないので、まずお金を集めないと使用できない。だから国以外の国民は、
 (収入+借金) → 支出
となる。

国民は使う前にまず金を稼ぐ(もしくは借金をする)という感覚が染みついているので、国の場合も
 (税金+借金) → 支出
だと勘違いしている。実際には国はいくらでも自由に通貨を発行し支出できる。さらに、借金をしてもそれを返済できないことはあり得ない。これがMMTの主張だ。

ケルトンは財政に関するこうした神話、もしくは都市伝説のようなものをMMTの見方で論破している。例えばクラウディングアウトもそのような都市伝説の類だと説明している。クラウディングアウトとは、国が国債を発行すると、民間からお金を吸い上げるので、民間が投資をするお金が無くなるから民業圧迫だとする説である。

しかし、実際には、国がまず支出をして、その同額を国債に置き換えているだけなので、民間からお金を吸い上げているわけではない。国債は民間に売却されるが、国債は事実上の通貨と同じなので、これは「緑色のドル(普通のドル紙幣)」を「黄色のドル(国債)」に交換しているだけだという。緑のドルと黄色のドルの違いは黄色のドルが利子付きのドルだという以上の意味はない。利子がついている方がいいので、銀行は喜んで緑のドルを黄色のドルと交換する。つまり、国債を発行すると、その分だけ国民の富が増えるのである。

というわけで、MMTが正しいなら、日本の財務省が言うこと、たとえば高齢者の福祉のために消費税を上げなくてはいけないという言葉はまったくの嘘である。国は増税なしでどんな政策も実行可能だ。高齢者だけでなく、貧困層の撲滅、教育の無料化、住宅の保証、インフラの構築、ベーシックインカムだってなんだって予算上の制約はない。

予算上の制約はないのなら、なんでもできる? 本当に?

もちろん、そんなわけがない。労働力だけを考えてもそれは分かる。働ける国民の数(労働力)は決まっているのだから、どんどん政策を増やすとそれを実行する労働者の数がどんどん必要になり、いつか限界に達する。そうなると、それ以上実行できなくなる。

それでも無理に実行しようとすると、労働者の奪い合いになる。労働者を他から奪うには、他所よりも高い賃金を払うしかない。こうして労働者の賃金は高くなり、それはインフレいう現象となって現れる。

つまり物やサービスの供給の限界が、実行できる政策の限界だ。限界に達したかどうかは、インフレが発生しているかどうかで確認できる。

逆に、供給体制がきちんとできていれば、インフレは起こらない。元FRB議長だったグリーンスパンは、社会保障の給付を行うには財政は限界に達しているのではないか、と議会で質問されてこう答えたという。

「政府が必要なだけ貨幣を発行し、給付を実施することを妨げる要因はなにもない」と。そして給付できるかどうかではなく、「制度を通じて提供される実物資産を確実に生産する体制をどう作るべきか」という供給体制の確保が問題だ、と答えたのである。

現状では、まったく供給能力は限界に達していない。それどころか世界的にデフレ気味なので、供給は大幅に超過であり、需要が足りていない状態だ。インフレの危険がない以上、政府はもっと世の中に役に立つ政策を実行すべきなのである。予算を気にせずに。

しかしながら、MMT自体は通貨に関するものの見方を変えるためのものにすぎず、政府の予算の使い方をどうするべきかということは教えてくれない。ケルトンはいくつかあげているが、最も重要なのは、すべての希望する人に仕事を与えるという就業保証政策だろう。

資本主義では景気の波は避けようがない。民間で失業した人が発生した時には、国がすべての失業者を雇う。そして、景気が回復すると、その人は民間に移っていく。こうして、景気の波の影響は避けられるという。

国が与える仕事はどうやって用意されているのだろうか。なんの準備もないと、クソくだらない仕事が増えるだけになるだろう。

ケルトンによれば、あらかじめ仕事のリストを地域社会で用意しておいて、不況になったらそれを実行するということになるらしい。そのやり方で本当にいいのかどうかは疑問だが、就業保証の政策はベーシックインカムよりもいいかもしれない。人はなにもしないでお金がもらえるよりも、何らかの仕事をして人の役に立ってお金がもらえた方がきっといいだろうから。

さらに、こうした就業保証プログラムは自動的に始まって自動的に終わる自動運転型の政策だから、MMTの政策としてはもっともよいものになるだろう。他の政策、例えば医療の不足や教育の不足などに対応した政策は、一度始めるとたとえインフレになったとしても急にやめるのは難しいだろうから。

さて、このようなMMTの見方は普及するのだろうか?

ケルトンは2010年にモズラーと一緒にクリーバー議員のところに行って、MMTの見方を説明したときのことを語っている。最初は、MMTの話にそんなバカなと言っていた議員だったが、やがてMMTが正しいことを理解した。だが、最後に議員はこう言ったという。「私にはそんなことは言えない」と。周りの人間と見方が異なると、総スカンをくらってしまい、議員には大変にリスキーだったからだ。

それから10年が経った。少しはMMTの考え方は普及したが、まだまだ異端の状態が続いているようだ。ケルトンの苦闘はまだ続きそうだ。

 

(付記:リフレ派はなぜ失敗したのか)
日本が90年代にデフレに陥ったとき、リフレ派という人々が現れた。彼らはこう主張した。インフレやデフレは貨幣的な現象だから、貨幣の量を調整することでインフレにもデフレにもできる。インフレは貨幣の価値が減少することだから、お金を大量に供給すれば、お金の価値が下がり、インフレが起きる、と。

実際にこの政策が実行され、日本中にお金があふれた。しかしインフレは起きなかった。リフレ派は何を間違ったのだろうか。MMTの見方ならこれは当たり前だ。

結局、値段は需要と供給のバランスで決まっていて、供給が圧倒的に大きい状態では、過当競争で値段が上がりようがなかったのだ。MMTのような政策を実行して、需要を増やす、ということをしなければならなかったのだ。(それなのに政府は消費税をあげて、デフレを助長していたのだから)。

さらに言うと、国債と現金は利子がついているかどうかの違いだけで、国債を買い上げても実質的にはお金は増えていない。ケルトンの言う、黄色のドル(国債)を緑のドル(現金)に交換しただけだ。つまりリフレ派の政策は事実上、お金を増やすことに失敗している。おそらく利子がつかないお金に変わったので、何とか利子を得ようと銀行が融資を増やそうと努力することを期待したのだろうが、需要が増えず供給が多い状況では、期待したほど融資も増えなかったのだ。

(一方、株などの実物資産を買うのは、それなりに効果があるんじゃないかな)。

★★★★☆

 


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