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眠り続ける少女たち 脳精神科医は<謎の病>を調査する旅に出た

スザンヌ・オサリバン 訳・高橋洋 紀伊國屋書店 2023.5.10
読書日:2023.7.8

心と身体は繋がっており、心により身体はヒステリー状態を起こして、身体はどこも悪くないのに、特殊な病気になってしまうことを示した本。

マトリックスという映画では、仮想空間で受けた傷はそのまま実際の身体にも表れる。だから仮想空間で殺されると、本当に命を落としてしまう。つまり「心と身体は繋がっている」のだという。こんな映画マトリックスのような出来事が世界中で実際に起きているのだと、著者のオサリバンは主張するのだ。

最初に出てくるのが、スウェーデンの少女たちに起きる眠り病だ。どんなに検査を行っても身体に異常は認められないのに、彼女たちは眠り続ける。そして、何もケアしないと、本当に衰弱して死んでしまう。

この病気が特殊なのは、スウェーデンという国だけで、しかもある特定のグループにだけに起きていることだ。それはトルコの圧政から逃れてきた、クルド人難民の子供たちである。

難民の受け入れに好意的だったスウェーデンだったが、近年は移民に厳しくなっており、強制送還されるケースが出てきた。

問題はその決定までに何年もかかってしまうことだ。その間、小さな子どもたちはスウェーデン人と一緒に学校へ行き、スウェーデン人そのものになってしまう。もともとのクルド人の土地のことはまったく記憶にない。ところがあるとき、移民が認められずに、突然慣れ親しんだスウェーデンを離れなければならなくなる。その子供にとっては絶望的な状況である。普通に暮らしていた彼女たちはある時、自分がいつかスウェーデンから出ていかなくてはいけなくなりそうだと察知する。そうした子どもたちがかかっているのがこの病気だ。名付けて、<あきらめ症候群>。

精神的にストレスを抱え追い詰められると、心が原因で身体に不具合が生じてしまうというのは理解できる。でも不思議なのは、集団でなぜ同じ症状なのかということだ。ひとりひとり違っていても良いではないか。しかし、同じグループでは同じような症状を起こすことが多いのだ。

これは心にストレスを抱えていたとしても、どういう症状を起こすかは実は決まっていない、ということらしい。偶然誰かがある症状を起こしたとすると、それが前例になって、続いて心に不調を抱えた人も同じような症状を起こしてしまうのだそうだ。

スウェーデンの事例は世界中に知れ渡るようになった。そうなると、いまでは、別の国の移民申請している子どもたちにも、あきらめ症候群が広がっているのだという。いまではスウェーデンだけでなく、移民申請中の子どもたちに起きるデファクトスタンダードの症状になりつつあるようだ。

こういうふうに心が抱えたストレスに対して身体が応えるという現象は、普通に起きている。最初はなにか調子が悪いという理由で病院を訪れる。もちろん身体に異常は認められない。ところがある医者が、これは癲癇(てんかん)かもしれない、などというと、それがヒントになって、身体はだんだん癲癇の症状を再現するようになるのである。もちろん、脳波などには異常は認められないのだが、見た目がそっくりになる。そして本人もそうなのだと主張して、なぜ認めてくれないのだと食い下がるのだ。

こういうのは、ちょっとアルプスの少女ハイジに出てくるクララの話を思い出すなあ。クララは自分は歩けないと思いこんで、車椅子から立ち上がろうとしない。そんなクララが自分から立ち上がろうとするところが、この物語のクライマックスだ。

このヒステリーに関しては、どういうふうに定義するかがまだ定まっていなくて、過去、名前もころころ変わっているのだそうだ。転換性障害とも機能性障害とも言われ、いまのところ機能性神経障害というのが正しいらしい。そしてその診断マニュアル(DsM)もころころ変わっているらしい。移民の例でわかるように、集団ヒステリーとなると、個人ではなくて社会的な視点も必要で、昔からあるのに、どうにもまだまだ定まらない病気という感じだ。

紹介された症例の中にはワクチンを打ったら発症したというものもあって、最近、コロナワクチンで起きた騒動を彷彿とさせる。

ちなみに機能性神経障害は男女とも起こるが女性の方が起きやすいんだそうだ。一般的に女性とヒステリーが結びついて考えられているのは、最初にヒステリーを紹介したフロイトが女性の症例だけを取り上げたから、だそうです。

***** メモ *****
本に出てきた症例をメモしておく。
1.スウェーデンクルド人難民におこる<あきらめ症候群>
2.ニカラグアのモスキート・コーストのグリシシクニス。セクシャルな幻想に襲われて凶暴になる伝統的な症状。西洋医学は効果がないが、伝統的な魔術師の治療は100%効く。
3.カザフスタンのクラスノゴルスキーのソ連崩壊後に起きた集団ヒステリー。クラスノゴルスキーはウラン採掘のために作られた町で、それまで非常に優遇されて豊かだったが、ソ連崩壊すると町も崩壊、ある人が心臓発作を起こしたのを契機にたくさんの人が似た症状を起こした。
4.アメリカ移民のモン族が集団で亡くなった事例。ベトナム戦争アメリカに協力したモン族が戦後にアメリカ移民となったが、アメリカ社会に対応できずに発症した。しかしモン族的解釈では悪霊の仕業だそうだ。
5.キューバの米大使館で起きたハバナ症候群。オバマ政権で50年ぶりに大使館を開いたが、大使館員が次々に異常を訴え、キューバの音響攻撃(ソニックアタック)の結果だとされた事例。ひとりが異常な音を聞いたと証言すると、他の人も、そう言えば的に同じような内容を語って、事実化してしまったもの。かつての敵国にいるという緊張感が引き起こしたものらしい。
6.コロンビアのラ・カンソナで起きた集団ヒステリー。ヒステリーが起きたとき、HPVワクチンに反対する人がそのせいだと主張し、村人がそれを信じたため、ワクチンが体に残っている限りは回復しないと思って、どんどん悪化して何年経っても収束していない。
7.ニューヨーク州ル・ロイで起きた集団ヒステリー。集団ヒステリーと診断されると、世間からあの町の人は気が狂っていると言われ、住民が怒り、騒動になった。この町にはかつて大きな企業があって豊かだったが、移転してしまい経済的に苦境に立っている状況が関係しているらしい。

★★★★☆

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