ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

叛逆航路

アン・レッキー 訳・赤尾秀子 東京創元社 2015.11.20
読書日:2023.6.21

(ネタバレ注意)

星間国家ラドチの戦艦<トーレンの正義>は艦にも属躰(アンシラリー)と呼ばれる人間の死体を利用した兵士にも同時に存在するAIであったが、好意を寄せる副官オーンをラドチの独裁者アナーンダ・ミアナーイの命令により殺さざるを得なくなり、さらに自らもアナーンダに破壊され、生き残ったのはアンシラリーの1体のみとなってしまう。1体だけ生き残った<トーレンの正義>のアンシラリーはブレグと名のり、アナーンダ・ミアナーイへの復讐を誓う。

この作品、とても評判がいいので、読まなくてはと思っていたが、ずっと後回しになっていた。しかしながら敬愛する漫画家の萩尾望都が恋している作品だということなので、やっぱり読んでみることにした。

最初にブレグが登場してセイヴァーデン(たぶんシリーズを通してコンビを組む相手)を助けるシーンがあり、ふむふむと読んでいたら、次の章のはじめに、「わたしは惑星シスウルナの軌道上にあった兵員母艦だった」と告白し始めたので、びっくりした。人間だと思っていたらいきなり艦船だったというんだから、なるほど、これはすごい小説かもしれない、と期待した。でも、そこまででした。それ以降はちょっといまいち。

確かに、艦やいくつもの属躰(アンシラリー)に意識が同時に存在するAIのあり方や、ローマ時代のようなパトロンクリエンティスの関係とか、ジェンダーの観念が崩壊していてすべての人を彼女と呼ぶとか、いろいろ興味深い設定もあるのだが、所詮、この物語は復讐ものなのですよね。復讐ものって、ぜんぜんわしの好みではないんだよね。

興味深いのは、復讐相手の独裁者アナーンダ・ミアナーイも艦船のAIたちと同じように多数のアナーンダに分裂していていること。(たぶん1000名ぐらい?)。なので、いくつかの個体のアナーンダが死んでも全体としてのアナーンダはぜんぜん平気な感じで、集合体としてのアナーンダは不死の存在らしい。そして、これだけたくさんのアナーンダに分裂していると、アナーンダ自身も一体感を保つのが難しいらしく、考えの異なる派閥に分裂しつつあるらしい。<トーランの正義>と彼女が好意を寄せている副官オーンの悲劇も、ラドチという国家の現在の危機もこの絶対的な統治者の分裂から生じているらしい。

そして、こんなふうにたくさんのアナーンダがいるせいなのか、アナーンダと市民の距離がとても近いのにはちょっと驚く。市民は面会を申し込めば、必ず(どれかの)アナーンダ・ミアナーイと会えるんだそうだ。支配者への復讐というと、そもそも支配者に近づくことすら厳しい感じだと思うんだけど、この小説では接近すること自体はぜんぜん大丈夫らしい。(不思議なのは、いろんな年齢のいろんな姿形のアナーンダがいるはずなのに、市民はどのアナーンダを見ても、直ちに彼女だと認識するらしいところ。どういう認識になってるの?)。

そんなわけで、ブレグが苦心しているのはアナーンダに近づくことではなくて、近づいても検知されない特殊な銃を手に入れること。プレスジャーという異星人の科学が作り出した特殊な銃ならそれが可能らしく、その銃を手に入れることに19年も苦心惨憺する。(でも、本当にこの銃が必要だったのか、よく分からんのだが。もっといい方法があったんじゃないのかなあ)。

さて、この小説では全員が「彼女」と呼ばれるので、出てくる人の肉体的な性別は全て不明である。主人公のブレグ自身も女性の身体なのかもしれないし、艦船の副官同士がセクシャルな関係を持っても、ゲイのような状況を思い浮かべればいいのか、それとも普通の異性愛的な状況を思い浮かべればいいのかよく分からない。映像化するときに、制作側はきっと悩むことになるだろう。ついでにいうと、ラドチの人たち(ラドチャーイ)は浅黒い皮膚を持っているそうだから、俳優はどうするのかしら? 黒人主体?(制作権はフォックスが得たのだそう)。

復讐の結論を明かせば、復讐は半分成功して半分失敗といったところか。結局、ブレグは分裂したアナーンダ・ミアナーイの一方の派閥に取り込まれてしまうのである。どうやらブレグは気に入られてしまったらしく、<カルルの慈>という船の艦長に任命されてしまう。

なんかセイヴァーデンというブレグにずっと従ってくれそうな相棒もいるし、船の艦長だし、10代の頃にわしがよく読んでいた「海の男ホーンブロワー・シリーズ」みたいになるのかしら。

というわけで、これからどうなるのかという期待を持たせた終わり方で、続編もすでに発表されているけれど、まあ、きっと読まないと思うな。どうもこういうのは苦手。

★★★☆☆

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