ダン・ヒース 訳・櫻井祐子 ダイヤモンド社 2021.12.14
読書日:2022.5.1
問題が起こってから対応する下流思考ではなく、問題の根本から問題が起こらないように予防する上流思考が社会問題を解決するときに求められると主張する本。
トヨタ生産方式のカイゼンでは、なぜを5回繰り返して、不良にかかわる根本の原因を見つけ出すように指導されるそうだ。根本から改善すれば2度とその不良は起きないからだ。
同じように社会問題(例えば貧困問題とか犯罪多発とか)も、その場しのぎの対応ではなく根本から改善しようと主張するのがこの本の趣旨だが、自動車の生産と異なって、解決するのが社会問題だとするとなかなか大変だということはすぐに分かる。
第1にカイゼンの場合、不良を発生させて困るのは製造している会社だから、その会社の経営者や社員にはその不良を解決する強力な動機がある。不良を起こさないようにすれば生産の効率が上がり、利益が増えるのだから。なので、会社がそのような活動を勧めて、社員が一生懸命に行うというのは非常に理解できる。
しかし、社会問題となると、関係者はいろんな組織に分散しているのが普通で、そもそも誰がそれを行うべきなのか分からない。すると、関係者のうち誰かが、この問題を解決しなくてはいけない、と固く使命感を抱かないと話は進みようがない。このような使命感を持った個人が一定数いないといけないという問題がある。
第2に、製造工程の不良が解決されると、それはお金に換算できてすぐに効果が理解できるが、社会問題だとなにか適切な指標がないと、その活動に効果があったのかどうかよくわからない。最悪の場合、問題が解決されれば問題があったことすら忘れ去られ、誰にも担当者の努力は気付かれず、逆になにか問題が起きると責任をすべて被ることになる可能性がある。つまり、成功しても褒められず、失敗すれば責められるわけだから、まったく割に合わない、という可能性がある。
しかも、問題によっては解決の成果が現れるのは、自分が死んだあとの何世代もあとの時代だったりする(環境問題とか、植林とか)。成果が感じられないのに、続けるには強い使命感が必要になるが、なかなか難しい話である。
第3にこのように成果がはっきりわからないと、この問題を解決するための資金やさまざまなリソースを手に入れるのが非常に困難になる。お金を出してくれるのは、たいてい地方公共団体とか政府とか個人の寄付になるが、うまくアピールするように宣伝しなくてはいけなくなるから、かなり大変だし、宣伝ばかりしてると肝心の根本の活動が妨げられる可能性すらある。
まあ、こんなふうに考えるときりがなく、始める前からこんなことを考えていては結局何もできないということなのだろう。これはあらゆる起業に通じる問題で、結局、えいやっと始めてしまう人がいなくてはいけないわけだ。
幸いにも、最近は社会起業家の方法論というのもけっこう浸透してきたようでな気がするし、相談できる相手も増えてきているのではないかという気もするし、この本のような参考になる本もでてきているし、社会起業家を目指す人は増えているような気がする。
うーん、こうして歯切れが悪いのは、自分でする気がないからです。すみません。
***メモ***
a.活動を起こすまでに超えなければいけない3つの壁
(1)問題盲:問題が見えなかったり、仕方がないと諦めること。
(2)当事者意識の欠如:それを解決するのは自分じゃない、と思うこと。
(3)トンネリング:小さな問題に追われて視野狭窄を起こし、大きく考えられないこと。
b.実際に活動を始めたら考えるべき7つの質問
(1)「しかるべき人たち」をまとめ上げる:関係する人たちを集めて包囲網を作り、データを学習のために使う(データを取ることを目的としない)。
(2)システムを変えるには?:よくできたシステムにはシステム設計者はいない。ルールや価値観、風潮を変えて、全体で少しずつ勝つ確率を上げていくようにする。
(3)「テコの支点」はどこにある?:問題に寄り添って1件1件見ていくことで、問題を解決するテコの支点を発見する。
(4)問題の「早期警報」を得るには?:警報がなってからの対応できる余裕があるように、誤検知がないようにセンサーを配備し、兆候を捉える。
(5)「成否」を正しく測るには?:「定量的な指標」と「定性的な指標」を組み合わせて、幻の勝利(一見改善したように錯覚すること、数字のみにこだわり目的を忘れること)を排除する。
(6)「害」を及ぼさないためには?:副作用や間違いを知るためのフィードバックを設ける。
(7)誰が「起こっていないこと」のためにお金を払うのか?:ランダム比較試験などで成果を見るようにして、成果連動型プログラムで、お金を出す人に利益を納得させる。
★★★☆☆