島田卓哉 東京大学出版会 2022.1.20
読書日:2022.5.2
野ネズミ(主にアカネズミ)はドングリを餌にしているのに、飼育でドングリを与えると死んでしまうという現象が起こり、その問題を突き詰めていくうちに、野ネズミの数の変動など大きな問題に取り組むようになっていくというような、研究の範囲が広がっていく様子を述べた本。
研究者って、どんどん研究対象が広がっていくようなテーマに出会えるかどうかというのは、むちゃくちゃ重要で、島田さんの場合も野ネズミとドングリの関係を研究対象に選ばなかったら、研究者としてやっていけたのかどうかも危ないところだったようだ。
しかも若いときの島田さんは研究のテーマ選定に関するセンスがなくて、先輩研究者から「本当にお前はセンスが無いなあ」と呆れられるくらいだったらしい。
野ネズミの実験のために飼っていたネズミにドングリをあげると死んでしまうという現象が起こり、単なる飼育の失敗と思い込んで不思議に思わなかったが、先輩の研究者(すでにその分野で世界的に有名になった人らしい)に、そういえばこんな事がありました、というとその人は目を輝かせて、重要かもしれないからこのテーマを研究するように、と強力に言ってくれたらしい。で、最初はそんなに気を入れていなかったのに、これが世界初の発見に繋がり、一気に研究者人生が広がったらしい。
本当になんの実績もないときには、なんとか成功がほしいと視野狭窄に陥って、広い観点からの構想が浮かんでこないものなんだなあ、というのがよく分かる。いまでは著者もいろんな若手を指導している立場なので、逆に「お前、センスが無いなあ」と言っているのかもしれないが。
さて、題名の通り、ドングリにはタンニンという毒が入っていて、これをネズミがどのように処理してエサとしているかがわからないところだったが、結論をいうと、秋から少しずつ食べていくことで、身体が毒に慣れていく馴化(じゅんか)という現象が起きていて、それで野ネズミはドングリのタンニンを処理できるようにしているそうです。飼育していたネズミがドングリで死んだのは、少しずつ慣らしたのではなく、いきなり大量のドングリを与えたので、毒にやられたのだという。
これを確認するだけでも、仮説をたててそれを確認するデータを集めるのに何年もかかるし、分析方法を解析するのにもいろいろなツールを使わなくてはいけないのだが、ともかくひとつわかると次々と謎の部分が出てきて、全体像を把握するまでには10年以上かかっている。
さらには、これらの結果をもとに、ドングリが豊作だと野ネズミが増えるという一般論はなりたたず、野ネズミのタンニン耐性に関係していることを明らかにしている。
いまだ未確認のことも多く、しかも年単位の観察、実験が欠かせないようだから、きっと本人が定年退職しても、まだ研究テーマはたくさん残っているんじゃないだろうか。
投資でも、こういう末広がりとなる案件に出会いたいものです。
★★★☆☆