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陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム

秦正樹 中公新書 2022.10.25
読書日:2023.5.2

陰謀論は外国だけではなく日本でも問題であり、何らかの信条を持っている人ほど陰謀論に陥りやすいことを、ネトウヨ出身の社会学者がデータにより明らかにした本。

陰謀論が恐るべき破壊力を持つということをまざまざと見せてくれたのは、トランプの支持者たちが議会を襲った2021年1月の事件だろう。このとき、Qアノンと呼ばれる人たちがアメリカには一部の人間が支配しているディープ・ステイトであり、トランプはアメリカを救う救世主だ、と信じていた。陰謀論が放置できない問題だと世界中が認識した瞬間だった。

アメリカはリベラルと保守という異なった信条をもつ分断国家であり、日本とは違うという意見もあるかもしれないが、もちろん日本も陰謀論とは無縁ではない。

なにより著者自身がもともとネトウヨであり、外国から日本を救おうと社会学者になったのだという。そして社会学を研究しているうちに、自分が陰謀論にはまっていることに気がついて、陰謀論を研究することにしたというのであるから、非常に説得力がある(笑)。(出来すぎていて、これこそ陰謀論という感じ)。

そういうわけで、日本の陰謀論がどうなっているのかが述べられているのであるが、これが世間から言われている常識と異なっているのである。この本の価値が非常に高いのは、常識を覆しているからだ。

まず驚かされるのは、SNSの影響だ。陰謀論はSNSを通じて拡散されると言われており、そのやり玉の筆頭にあげられるのがツイッターである。たぶんそのイメージは、トランプがツイッターを駆使して自分の主張を拡散させたことから来ているのだと思われる。ツイッターにはリツイートという機能があり、支持者が特定の主張を拡散させるのも簡単だ。いかにもツイッター陰謀論の巣窟という気がするではないか。

ところが調べてみると、ツイッターをよく使う人ほど陰謀論を信じないという結果が得られるのである。特に若いほどその傾向が顕著なのだ。これについて著者は、ツイッターをよく使う人が扱っている話題は日常的な話題が多く、陰謀論的な話題が決して多くはないからではないか、ということを述べている。

いっぽう、陰謀論を信じ込みやすいのが、まとめサイトを使っている人だ。あるいはヤフーニュースのコメント欄をよく読んでいるような人である。

これはどういうことなのであろうか。わしが思うのは次のようなことである。

ツイッターのユーザーは匿名であるが、いちおう「人格」というものを他の人から見られている。陰謀論ばかりつぶやいたりリツイートしていたら、この人はこういう人なんだと思われて敬遠されてしまう可能性がある。もちろん陰謀論にはまっている人はツイッターをそのために使うだろうし、お互いにフォローし合うのであろう。だが、その環の中に他の人が入っていくのは難しいだろう。だからツイッターは確かに陰謀論者がますますハマるのを助けるだろうが、なかなか陰謀論を信じていない人に陰謀論を広めることは難しいのではないかと思われる。一方、まとめサイトなどは、特定のテーマをわざわざ取りに行く動作を行うので、もともと陰謀論にハマりやすい人が使うということではないか。

次に興味深いのは政治的立場である。アメリカなどはリベラルの民主党と保守の共和党にはっきり分かれているのでわかりやすいが、じつは日本には右でも左でもない「普通の日本人」というカテゴリーがあるのだという。この普通の日本人というカテゴリーはいかにもあいまいで日本人らしい気がするが、この普通の日本人とはなんなのだろうか。

普通の日本人がいるということは、この人は普通でない日本人がいると認識していることになる。普通でない日本人のカテゴリーに在日外国人や移民などが含まれるのは簡単なように思われるし、そのほか自分が普通でないと考えるあらゆる人をそのなかに入れることが可能である。

また普通という言葉には、自分が主流派に属している、という意味合いがあると思われる。同調圧力が強い日本においては主流派に属している(つまり他の大多数の人と一緒)というのは正義に等しいから、自分が普通と思っている人は自分がとても正しいと思っているわけである。自分が正しいと信じている人は、ちょっと危なそうである。

実際に、自分を普通のカテゴリーに分類する人を調べると、ほかのカテゴリーよりも陰謀論を信じやすいのだそうだ。普通の人、要注意である。

わしの場合、普通と言われると侮辱されたと感じるし、入社してから数年後に同期の人から「あなたは帰国子女だとみんなが言っていて納得していてたんですが、違うんですか?」と言われて驚愕した経験があり、自他ともに普通の日本人ではないという認識なのだが(笑)、著者にはぜひ普通でない日本人の場合についても調べてほしい。サンプル数が少なすぎるかもしれないが。

陰謀論にハマるのを防ぐには、いろんなことに関心を持って常識的な知識を持とう、などという提言がなされることがあるが、これについてもまさしく常識を覆す結果が得られている。陰謀論はたいてい政治絡みのことが多いのだが、そうすると政治に対して知識が豊富な方がいいのだろうか。

結果は政治の知識が多いほど、陰謀論を信じやすいのである。

政治に詳しくない人は、そもそも陰謀論に接することはないし、一方、政治に詳しいほど接する機会が多くなるかららしい。そして、政治に詳しい人は何らかの政治的信条を持っているのがふつうだが、その信条に応じて正しいと信じてしまいがちな陰謀論がちゃんと用意されているのである。

もちろん、誰もが政治に関心のない世界を作れば陰謀論は拡散しようがないが、そのような世界は別の意味で脆弱に違いないから、結局あるていどの陰謀論は必要悪として認めるしかないようである。

著者は、「自分の中に過剰に正しさを求めない」というほどほどの態度が必要、と強調しているのだが、「過剰に」とか「ほどほど」とか、定義不可能な表現を使わざるを得ないところがなんとも微妙なのところなのである。

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