ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

プーチンのユートピア 21世紀ロシアとプロパガンダ

ピーター・ポマランツェフ 訳・池田年穂 慶應義塾大学出版会 2018.4.25
読書日:2022.11.5

2006年から2010年までロシアのテレビ局に勤めてドキュメンタリーを制作した著者が経験したロシアでのプロパガンダの実際を述べた本。

著者のピーターはロシアからイギリスに亡命した一家で育ったが、プーチン政権下のロシアにチャンスを見出してロシアに渡り、TNTというテレビ局に入る。なにしろ当時のモスクワでは、ロンドンから来たというだけでありがたがられ、何の実績もない著者がいきなりディレクターになって、制作の予算がついたそうだ。西側的な感性があるはずと重宝され、いろんな会議に招かれて意見を求められた。

そこで知ったのはロシアでは、ニュースやドキュメンタリーには最初からシナリオがあるということだった。テレビ局の男たちが会議室に集まって、タバコを吸いながら、今度は誰を悪者にしようかなどと話し合っているのだ。つまりはすべては作り話であり、プロパガンダということである。もちろんこのショーの主役はプーチンである。

プロパガンダの元締めは元大統領付補佐官、副首相、外交問題大統領補佐官のウラジスラフ・スルコフという人物。別名「ロシア史上最高の政治工学者」でPRの達人だ。オリガルヒ企業のキャンペーンで名をあげた人物で、じきに政治家のキャンペーンもするようになり、ついには大統領プーチンのPRをするようになったという。複雑な人物で、ベストセラー小説「オールモスト・ゼロ」の作者と言われている。

スルコフは単純な大統領キャンペーンはしない。反体制派を取り込んで、政治ショーを演出する。スルコフの部屋には各反体制派につながる電話が並べられていると言われ、各派のリーダーに直接指示をするのだそうだ。つまり政治的なニュースは反体制派の動きも含めてすべてはショーであり、スルコフはまるでリアリティ・ショーのように政治を演出するのだという。そうしたひと目をひくショーの中で、プーチンによる「安定」とそれに反対するものとの対立のイメージを繰り返す。プーチンを資本主義的な「効率的な経営者」のイメージで売り込み、資本主義的な言葉を使って、独裁を正当化するPRをするのだという。

スルコフが取り込んでいるのは政治的な反体制派だけではなく、ロシア正教などの宗教や、ロシア版の「ヘルズ・エンジェルズ」と呼ばれるバイカー集団「ヌチニイエ・ボルキ(夜の狼)」なんかも含まれる。愛国的かつ宗教的なこのバイカー集団は、機械の部品で十字架を作り、クリミアでバイクショーやコンサートを開いて、クリミアを取り戻そうという運動をする(2014年のクリミア併合前の話)。スルコフはプーチンレイバンのサングラスを着けさせ、ハーレーに跨がらせる演出(ただし三輪(笑))をしたのだそうだ。どうやらバイクギャングのボスというイメージはロシアでは肯定的なイメージのようだ。なるほど。

というわけで、当時のロシアは、「本当のことは何もなく、何でもあり(本書の原題)」という状況だったそうだ。まあ、いまもそうでしょう。

こういうポストモダンともいえる状況は、とても興味深い社会的、文化的状況のようにも見え、なにか怪しげな魅力を感じないでもない。しかし、はたから見ている分にはいいかもしれないが、実際そういうところで暮らしているロシア人自身はどうなんだろう。

それがけっこう適応しているようなのだ。

これにはロシア人がソ連時代からいくつものペルソナを使い分けるという訓練を受けていることが大きいように思われる。つまり政治的、社会的なさまざまな局面で彼らは演技をしなければならなかった。ソ連崩壊後のロシアでは、国の制度が解体され、役人も軍も腐敗し、資本主義の強欲の洗礼を受け、オリガルヒ(政商)がばっこする、というようにつぎつぎと時代が切り替わったが、ロシア人はこの技術で、なんとか目まぐるしく変わる時代の変化を乗り切ったのだろう。

読んでいて、わしはなんだかロシアはファンタジーランドという点で、アメリカにとても近いように思えた。アメリカも宗教や陰謀論にまみれたファンタジー国家だから。(参照「ファンタジー・ランド」)。違いと言えば、アメリカ人はファンタジーを信じているが、ロシア人は演じているという点か。

一方、著者のピーターの方はこういう状況には結局はなじめなかったようだ。ロシアのドキュメンタリーには悲惨さは求められず、最後には救われるというエピソードや笑えるエピソードが必須だったという。しかし自殺したモデルを追いかけたピーターは、楽観的なエピソードを捻出できず、結局はイギリスに戻ったのである。

イギリスではうまく適応したようで、ロシア時代の経験を生かし、いまではプロパガンダの専門家として、LSE(London School of Economics)でなにか教えているらしい。

ロシア時代に結婚して娘ができたが、娘はロンドンになじめずモスクワに帰りたがり、夏休みには妻の親のダーチャ(別荘)で過ごすために空港から送り出すのだが、本人もなんだかロシアに未練たらたらに見えるのは気のせいか。

****メモ****
ピーターが取材した人々。
(1)オリオナ
大金持ちのパトロンを捉える方法を伝授する専門学校「ゴールドディッガー・アカデミー」の卒業生で愛人をしている。
(2)ヴィタリー・ジョーモチカ
極東の町ウスリースクのギャング。ソ連が崩壊したあとはギャングの天下となり、町を支配した。その後、本物のギャングと銃を使って6時間のドラマ「スペッツ」を制作し、評判になるが、ギャングの時代が去ると、風刺を利かしたユーモア作家に転身し成功する。
(3)ベネディクト
西側の国際開発コンサルタント。ロシアを教育するはずだったが、逆にロシアに取り込まれてしまう。
(4)ジナーラ
チェチェン出身のムスリムの売春婦。妹がイスラム過激派に心酔し、自爆テロを行うんじゃないかと心配するが、やがて過激派から離れて、同じ売春婦になったことを喜ぶ。
(5)ジャムブラト
7歳なのに体重が100キロもあるので人気者の子供。
(6)ヤーナ・ヤコブレバ
34歳の女性経営者で、突然逮捕されて会社を乗っ取られそうになる。
(7)アレクサンドル・モジャーエフ
壊されていくモスクワの普通の町並みを残そうと運動をしている。なのに外国に出ることを夢見ているらしい。
(8)NGO「ロシア兵士の母の委員会連合」
ロシア軍から脱走した兵士を助けている。ピーターは4人の18歳の元兵士にインタビュー。
(9)グリゴリー
タタールスタン出身の大金持ち。ピーターの大学時代の女性が恋人だったので知り合った。スクリャロフという半分狂人の男を拾って、本を出版させた。
(10)ルスラナ・コルシュノワ
カザフスタン出身のトップモデル。21歳のときにニューヨークで飛び降り自殺したが、ピーターはそれが「ザ・ローズ・オブ・ザ・ワールド」というセクト(カルト的な集団)の心理トレーニング(自己啓発セミナー)の影響だったことを突き止める。
(11)ヴァサリオーン
新興宗教の教祖。
(12)アレクセイ・ヴァイツ
イカー集団「ナチヌイエ・ボルキ(夜の狼)」のリーダー。
(13)ジェイミソン・ファイアストーン
ロシアに弁護士事務所を開いたアメリカ人。雇っていた弁護士セルゲイ・マグニツキーが逮捕され、拷問で殺された。ロシアを脱出して、ロンドンでクレムリンと戦っている。

★★★★☆

 

 

にほんブログ村 投資ブログへ
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ