タミム・アンサーリー 訳・小沢千重子 紀伊國屋書店 2011年8月29日
読書日:2012年03月14日
いや、まじでイスラム教、ヤバイと思った。
1400年前に誕生した当時のイスラム教は、完全に平等、公平な共同体を目指した。だいたい狩猟採集時代の昔から平等、公平は人間の魂に刻み込まれていた精神だ。だからこそ19世紀のエリートが共産主義に共鳴したようにイスラム教も多くの人間の魂に訴えるものをもっていたわけだ。イスラムがたった100年足らずの間にミドルワールドを制覇してしまった破壊力にはすさまじいものがある。
本書の中でもいっていることだがイスラム教は宗教ではあるが、どちらかというと社会運動であり、イメージでいうと、現代の非営利団体に軍隊が付属しているような感じだ。
非常に残念なのは、イスラム教は小規模の集団では機能するものの、当然ながら国家単位の大きな人口で機能するためのソリューションにはなっていないことだ。結局のところ、政治的には普通の王朝になってしまった。しかし、それでもイスラムは当時の世界の先端を歩んでいた。
やがて西洋が近代に躍進すると、イスラムはなにか古いもののように見えてしまうようになった。(それはイスラムに限らず、中国を中心とする東洋も同じことで、要するに西洋以外のすべての地域が古くなってしまったわけだが)
しかし、近代以前ではイスラムが世界の大きな部分を占めていたことを忘れるわけにはいかない。イスラムの発想は確かに人間の核心に触れるものがある。
いまのところ、イスラムの世界は西洋とイスラムの間で生じた葛藤をまだ克服できていないようだ。あと何百年かすると、イスラムと近代が融合された何かが世界史に出てくるのだろうか。
ところで近代に至るまで、イスラムの世界史に西洋はほとんど出てこない。イスラムから見て西洋は存在感がなかったのだ。が、西洋以上に中国がまったく存在感がないことに驚かされる。つまり当時から中国はなにか外に広がろうとする力に欠けているように見えるのだ。
中国は中華の外に出て世界に進出することに不得手だったと言える。そうならば、おそらく、今後も中国が領土的に世界史に影響を与えるようなことは少ないのではないかと推測される。
★★★★★