ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて

マックス・テグマーク 講談社 2016年9月21日
読書日:2019年8月18日

世界的な宇宙論の物理学者がたどり着いた宇宙の実在の仕方とは。研究生活を自伝的に振り返りつつ、宇宙論の最先端を語る好著。

物理学は世界を方程式で表現するので、世界が数学的だということは問題なく納得できるとは思いますが、著者はそのさらに先を行っていて、数学的に表現できる世界は考えられるだけ全て実在する、と主張するのです。じゃあ、どこにそれが存在するのかというと、いわゆるパラレルワールド(並行宇宙、本書では「多宇宙」と表現)にあるというのです。

どうしてそんなふうに考えるに至ったかについては、本書ではほぼ著者の人生にそって記載されていますので、それなりに理解できるようになっています。多くの別の宇宙が存在すると考えると、問題の矛盾が無理なく解決される(こともある)のです。無理なく解決できるのなら、多宇宙が実在するとしても別に問題はないでしょう。かつて、数学であり得ないと言われた虚数が、今では当たり前になったように、多宇宙が実在するとしても不思議ではないかもしれません。

しかし問題は多宇宙が存在するとしても、それを確認するすべがないことです。どうやって研究を続けるんでしょうか。

この辺からは本書もなかなか歯切れが悪くなり、あまりまとまっているとは言えないのですが、どうも今後の研究の仕方は、数学の構造自体ということになりそうです。対称性がどうしたとか、初期値の概念の問題とか、なんかそんなことが書かれていて、その辺から多宇宙のあり方がある程度推察できるのかもしれません。

例えば、非常に簡単な計算プログラムで作られたマンデルブロー図が信じられないほど複雑な形状を形成することを考えると、この世界は見かけの複雑さとは裏腹に極めて簡単なプログラムで記述できる可能性がある、という話が出てきたりします。

どうもこの辺は、物理学者というよりも、数学者の方が寄与できるんじゃないかという気がしますね。

こういうパラレルワールドの話は雑誌やTVなどで面白おかしく述べられることが多いのですが、しかし実際に研究している研究者の話であり、しかも自伝的に自分の考え方の発展として述べられているので、かなり分かりやすいです。

自伝的なせいか、こういう非伝統的でチャレンジングな研究テーマをやろうと思ったら、ちゃんとした地位につくまでは本当にしたい仕事は2割ぐらいに留めておけといった、キャリア形成上のしごくまっとうな忠告もあったります(笑)。

(以下は、わしが個人的に作ったメモ)

宇宙はビッグバンから始まって、ビッグバンの痕跡は宇宙背景放射に残っている。著者は宇宙背景放射の研究者として実績をあげるが、その結果分かったのは、宇宙は驚くほど均一で平坦だということだった。(均一とはどこも同じこと。平坦とは空間が曲がっておらず、平らなこと)。ビッグバン理論からはこの特性は自明ではないので、なんらかの理由がないと説明できない。それをうまく説明するのがインフレーション理論だという。

つまり、ビッグバンが起きる前、宇宙は非常に小さな空間が大きく広がるインフレーションの期間があったという考え方である。インフレーションは全く同じ空間構造が2倍、4倍と指数関数的に増えていくものだから、宇宙全体が同じになるのも当然なのである。インフレーション自体は観測不可能だが、インフレーション理論はいまの宇宙をうまく説明できるので、これは実際に起こったものとほぼすべての物理学者は信じている。

ところが、インフレーションを認めると、とても困ったことも起こる。つまり、インフレーション理論には平行宇宙の存在が示唆されているのである。平行宇宙とは、いま私たちがいるこの宇宙とは異なる別の宇宙のことである。

インフレーション理論では、宇宙は有限とする理由がないので、無限に広いことになっている。ここで、私たちが観測できる範囲(半径138億光年)をわれわれの宇宙とすると、それより遠い先にもたくさんの半径138億光年の宇宙が無限にある。その中にはわれわれの宇宙と粒子の配置が全く同じ配置になっている場合もあるだろう。つまり、私たちと同じ世界、あるいは私たちと少しだけ違う世界である。

そこには、きっと地球があり、自分が、あるいはいまの自分とちょっと違った人生を歩んでいる自分がいることもあるだろう。むしろ同じよりもちょっと違っている場合の方が多いだろう。こうしてインフレーション理論はその中に、別の自分が存在している可能性を示唆してしまうのである。(レベルⅠ多宇宙)。

(なお、最後の方にインフレーション理論が「測度問題」で破綻するという話も出てくる。測度問題とは無限を数えるときその数える順序により、計算結果が変わるという問題。いまの宇宙を再現するための最適な数え方が見つかっていないので、インフレーション理論は十分説明できないらしい。またインフレーションを起こしている空間を外側から見ると、空間がどんどんできて広がるのではなく、内側に空間がどんどんできるというふうに、外側ではなく内部に広がるように見えるという興味深い指摘もある。)

それだけではない。今われわれがいる宇宙はインフレーションが止まっているが、別のところではインフレーションがまだ続いている可能性がある。すると、インフレーションが起きている中にインフレーションが終わった宇宙がたくさんあり、それぞれの宇宙はインフレーションの領域により分断されている可能性もある。レベル1の場合には、同じ宇宙のはるか遠くの話だったが、この場合、本当に全く別の宇宙ということになってしまう。このような宇宙同士も我々と同じ粒子配置になっている可能性があり、そこにも自分がいる可能性がある。(レベルⅡ多宇宙)

さて、かねてより量子力学の波動の収縮問題が知られている。量子力学シュレディンガー方程式という確率波の方程式で表される。これはどの現象がどのくらいの確率で観測されるかを表していると考えられている。たとえば、観測されるまでは、Aの現象とBの現象が起きる可能性がそれぞれある確率で起こり得るとする。ところが、それがAと観測されると、その瞬間、Aが100%となり、Bである可能性は0%になる。観測した瞬間に何が起きたのだろうか。それをうまく説明するために、普通は確率波が収縮したと考える(コペンハーゲン解釈)。でも量子力学では、この収縮現象を、方程式の中に組み込むことはできていない。

なので、別の解釈も可能なのである。エヴェレットという学者は波動が収縮するのではないと考える。つまり、Aという現象とBという現象が起きる宇宙が重なっていて、自分はAになる宇宙にいると考える。そしてBという現象が起きる世界にも自分は存在していて、Bという現象を観測している考える。これなら無理に収縮を説明しなくてもいいので、むしろエレガントだとする。著者もその方が合理的と考えている。したがって、宇宙にはいろいろな可能性を秘めた世界が多重に存在している、と考えられる、という。(レベルⅢ多宇宙)

なお、P214には、収縮しようとしている波動関数Ψ(プサイ)のイラストがあり(図7.8)、これがけっこう笑えた。

さて、弦理論という宇宙理論がある。弦理論では、パラメータをうまく設定しないと、われわれの宇宙は再現できない。パラメータの設定次第では、われわれの宇宙と異なるいろんな物理定数を持った世界が出現してしまう。弦理論に限らず、こうした無数の宇宙の可能性があるが、著者はこのような数学的に考えられる宇宙はすべて存在している、と考えるのである。(レベルⅣ多宇宙)

ここまでくると、数学的にあり得る宇宙はなんでも存在しているという主張になり、これが「数学的な宇宙」という表題にあらわれているわけだ。

でも、この本では、わしがかねて疑問に思っていた問題は取り上げられていなかった。その問題とは、そもそもわしらの数学的思考は、わしらが存在するこの時空間の構造に規定されていて、それを越えることはできないのではないか、というものである。もしも越えられないのなら、考えられるすべての構造は、この空間の性質を越えられないので、別の宇宙も存在してるかどうか、そもそも思考することもできないんじゃないだろうか。

★★★★★

 


数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて

世界の覇権が一気に変わる サイバー完全兵器

デービッド・サンガー 朝日新聞出版 2019年5月20日
読書日:2019年8月10日
 
ニューヨークタイムズの記者による、国家間のサイバー戦争の記録。

取り上げられている事件のほとんどは新聞などで読んだことがあったが、そういう事件の内実をさらに詳しく知るには好著。何しろ著者はホワイトハウスの高官にもインタビューできるような人だから、実際に対応した人のけっこう生々しい発言を聞くことができる。

例えば、アメリカがイランの核開発をサイバー攻撃で遅らせたとか、ロシアがウクライナを攻撃する前に電力を止めたという話とかが語られる。

皮肉な話もある。数年前ワナクライというマルウェアが世界中を席巻したが、それがもともとはアメリカが自分たちのために作ったものを、北朝鮮が改良してばらまいたものなんだそうだ。

とはいえ、サイバー戦争って、息詰まるような内容に仕立てるにはけっこう地味な題材で、なんかいまいち退屈。何しろ誰も死なないし、ロシアがアメリカの大統領選挙に関与したと言っても、どの程度効果があったのか、その測定は難しい。

読むことは読んだけど、けっこう飛ばし読みになってしまった。

★★★☆☆

 


世界の覇権が一気に変わる サイバー完全兵器

ない仕事の作り方

みうらじゅん 文藝春秋 2018年10月6日
読書日:2019年8月4日

みうらじゅんのことを知らない人は、多分いない。でも、みうらじゅんが何者なのかと説明するのはたいへん難しい。それは誰もほとんどしていないビジネスをやってるから。

そういうわけで、この本でみうら氏本人が、自分の仕事の全貌を語ってくれているのですが、その内容は、自分で企画し、自分で営業し、自分でブームを作って、投資を回収するというビジネスなんだそうです。「一人電通」と自分で称しています。

そんなんまねできまへん、ということで、今後ともみうら氏の独占状態が続くのかもしれません。(苦笑)

このまえ、しょぼい起業で生きていく、という本の書評を載せましたが、えらいてんちょう氏との共通点があるとすれば、(1)自分にストレスになることをしない、(2)自分をブランド化する、というところでしょうか。

たぶん、みうら氏はクリエイターの一種に分類されると思います。(漫画家で世の中に最初に出たし)、クリエーター系のひとがしょぼい起業で生きていくとすると、みうら氏が一つの典型になるのかもしれません。

みうら氏はクリエーターと言っても、すごい作品を作るわけではありません。でも、量がすごい。歌でも何でも、ものすごい数を作る。質よりも数で勝負するというのが、ひとつの考え方です。

収集癖もあるからコレクターでもありますが、誰もが集めたがるもの、価値を認めるものを集めるわけではありません。そこに必ず独自の視点を加えます。つまり、編集を行うのです。

これは子供のころの怪獣のコレクションで身につけたものだそうです。怪獣のコレクションをすると、どうしてもお金を持っている子供に負けてしまう。だから新聞、雑誌から怪獣関係の記事をなんでも集めて、スクラップブックに編集し、その数を自慢するわけです。(見せられた方は、すごいと認めるでしょうが、相当困惑するには間違いありません)

スクラップブック作りは今も続いていて(ただしビジネスには不向きなものも多い)、至福の時を過ごしているようです。

もうひとつの、もしかしたら最も重要なのはここかもしれません。つまり、みうら氏はずっとやり続けるのです。成功する秘訣は成功するまで止めないこと、というフレーズがありますが、もしも黙っていても必ずすることがあるのなら、それをマネタイズできれば、もっとも良いのです。

このマネタイズ化する部分がもっとも難しいのは確かですが、ここさえクリアできれば、ビジネスになろうがなるまいが必ずやってること、で生活ができるのかもしれません。

実をいうと、わしのこのブログも、その一環と言えないこともないです。なぜなら、本を読むと必ず感想を記録に残すのが、わしの癖だからです。ビジネスになろうがなるまいが、必ず書きますので、せっかくだからブログ化してるのですね。しかし書評ブログは激戦区なので、まったくマネタイズ化に成功していませんが(笑)。

★★★☆☆

 


「ない仕事」の作り方 (文春文庫)

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

呉座 勇一 中央公論新社 2016年10月19日
読書日:2017年03月20日

応仁の乱には苦い思い出がある。中学の時、室町時代が終わった理由が分からず、授業で質問したのだ。すると、クラスのあざけりの反応を受けた。「そりゃ、応仁の乱があったから・・・」今度はこっちがびっくりした。応仁の乱ってそんなに重要だったのか。なんか、ただのちょっとした諍いぐらいに思ってた(笑)。でも応仁の乱って、何度読んでもどんなものなのかよく理解できず、現在にいたるわけです。

というわけで、少しでも理解できるかなと思ってこの本を手に取ったわけですが、正直言いまして、やっぱりいまいち分かりませんでした。でもなんというか、このグダグダ感が現代の紛争に近い気がしました。例えばシリアのいろんな勢力に分かれての内戦に。

それから京都は大変だったかもしれないけど、地方は元気だったというのが、よくわかりました。

機会があったらまた応仁の乱関係の本を読んでみたいです。結局、この乱はいったい何だったのか、自分なりの答えが見つかるといいのですが。

★★★★☆


応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

しょぼい起業で生きていく

えらいてんちょう イースト・プレス 2018年12月16日
読書日:2019年8月2日

えらいてんちょうさんは、最近、あちこちで名前をよく見るようになった人で、ほとんどコストをかけずに起業して(数十万円)、すばらしい成績をあげていることで有名なようです。

この方の起業の方法は特徴があって、全ての人が使えるわけではないですが、非常に参考になることも多いです。箇条書きにするとこんな感じ?

(1)ストレスになることは仕事にしない。
てんちょうさんの場合は会社勤めが無理と判断したから起業したのですが、起業する場合は自分ができることをするのであって、わざわざ自分が苦しいと思うような内容を仕事にすることはあり得ません。

(2)店をとりあえず出す。何を売るかはあとで考える。ローコストで出店することはもちろんだけど、自分の生活をすべて見せに絡ませる。例えば
・店に住む、
・生活の延長のものを売る
  -食べ物を売るのなら、自分が食べるものをついでに売る。
  -家電とかのリサイクルをやって自分も使う。
など、すべてを自分の生活に絡ませて安くあげる。

(3)店を毎日開ける
開いていないと意味がないので、ともかく毎日店を開けるんだそうです。

(4)儲けよりもすべての資産が可動するようにする。
空間が余っているなら、ただでも人を集める。車があるなら、常に誰かが使っているようにする。

(5)周りの人に愛想よくする
暇なときは、手伝いはするし、周りの人ととにかく付き合う。

こんなことをしていると、人がたくさん店に集まってくるようになり、頼まれもしないのに、なにか持ってきたり、手伝ってくれたり、売ってくれたりして、謎の売上が発生するそうです。そして、

(6)ネットで宣伝する。
あんまり深く考えずにネットに自分をさらしていると、それを見た人が、実際に店に出現するようになる。最近は動画がおすすめ、

なんですと。

結局のところ、勝因は自分のブランド化ということになりそうですが、この手法だと、店を持っているので、店に縛られて本人はなかなか遠くへ旅行とか行けませんし、ネットで自分を晒すことに抵抗がある人もいるでしょうから、万人向けとは言えません。

えらいてんちょうさんは、ずっと同じ街に住んで活動するのに全く抵抗がないそうです。

そういうわけなので、しょぼい起業をするには、ひとそれぞれの特性に合わせて、ビジネスモデルを作る必要がありそうです。

ちなみに、えらいてんちょうさんは、ビジネスモデルを作るのが好きみたいで、お金が回るサイクルを作るのに喜びを覚えているようです。そして、いまでは、最初の投資の1万倍以上のリターンがあるようです。(少なくとも億単位ってことらしい)。

全然しょぼくないですが、ともかく、ローコストで起業して、失敗しても何度でも立ち上がれるというのがいいですね。

★★★★☆

 


しょぼい起業で生きていく

上級国民/下級国民

橘 玲 小学館 2019年8月1日
読書日:2019年8月3日

橘玲氏は、本人も認めているように、基本的には作家ではなく編集者です。

これまで発表された本をあるテーマに沿って編集し、まとめることで、驚くべき結果を導き出してきました。その殆どが、みんながうすうす気がついているものの、うまく表現できずにいることです。

その守備範囲は広く、過去の重要な本から最近の本までをカバーしており、時間的にも空間的にも大きく広がった全体像を見せてくれています。本書でもたくさんの本があげられていますが、おそらく実際に読んでいる本の数はその数十倍に達するのではないでしょうか。

本書は、まず日本で上級国民と下級国民に分かれているという現実から始まります。特に、若い男性が下級国民化しているといいます。これも誰もがうすうす気がついてきたことですが、橘氏はFACTにより、それを裏付けます。(実際には、裏付けのある本から引用するという形をとるのですが)。

しかし、大切なのは、この現象が日本だけでなく世界中で起きているということです。

最近世界中で起きている銃乱射事件や京都アニメーションのような惨劇が、若い男性により引き起こされているという現実があります。若い男性で下層階級に落ちてしまう人が続出し、それが事件の背景にあるというのです。

橘氏によると、この原因は端的に、世界が知識社会化したからです。つまりテクノロジーの発展についていけない人がいま大量に発生して、落ちこぼれているというのです。

知識社会に適応できる人とできない人で差が生まれることは、これまでもさんざん言われて来ていたことですけど、そのことがいよいよ政治問題として顕在化してきたらしいのです。そして、それが政治的には、これまでの保守やリベラルの対立軸では捕らえきれない、複雑な様相を呈して来たらしいのですが、そのへんをかなりうまく説明しています。

知能が根本原因だとすると、政治的に非常にセンシティブな話になります。政治家は誰もこれを指摘できないでしょう。あなたは知能が低いので貧乏なのです、とは言えるわけがありません。そして専門家も、それを指摘すると、激しいバッシングを受ける可能性があります。こうして対策が遅れるのは必至のように思われます。

これまでの中流神話では、努力さえすればだれでもそれなりの成功を収められるとされていましたが、それは幻で、知能の差が端的に成功するかしないかの差になってしまったわけで、これはそうとう恐ろしい現実と言わざるを得ません。

こうして落ちこぼれた人のなかでも、まだ女性は女性的な魅力(端的に言えばエロス)という意味でまだ救われる部分があるようですが、男性の方は経済的にも恋愛的にも誇るものが何もなく、彼らのアイデンティティは「白人であること」とか「日本人であること」といったところにしかなく、こうした男性が問題を起こしたり、ポピュリズムや外国人排斥の傾向を示すことになります。彼らは問題を起こしても、自分たちは正義を執行しているので、まったく悪いことをしているとは思わないといいます。

普通、こうした弱者は、リベラルと相性がいいような気がします。リベラルはこれまでも迫害されてきたマイノリティを養護する傾向があるからです。ところが、リベラルの人は知能の高い人が多く、知能の差で下層に落ちた人にとっては、敵でしかないので、両者は結びつかないのです。(ところが、さらに知能の高いリバタリアン的な傾向を持つ人たちは、下層の人たちと、考え方が似ている面があり、政治的に結びつきやすいのですが、このへんは複雑すぎるので割愛)。

さて、どうすればいいのでしょうか?

わしとしては、富めるものから富を回収して分配するしかないように思います。政治的に解決するしかないと思います。

すぐに思いつくのはベーシックインカムのような政策ですが、しかし橘氏は、この政策は必ず失敗する運命にあるといいます。子供を作りさえすれば、その子供の分のお金が手に入るなら、セックス以外は何もしない、セックスすることだけが仕事の人たちが誕生します。そういう人たちが大量に発生すると、社会は持続不可能になるからです。

それを防ぐためにベーシックインカムを与える対象を限定しようとすると、おぞましい差別社会が出現するといいます。

また、たとえベーシックインカムが可能となり、経済的に生きていけるようにたとえなったとしても、性愛は分配できないので(つまり女性を手に入れられないので)、そういう社会は幸福でなく、やっぱり不安定になるといいます。

氏としても妙案はないようです。政治的には対症療法を続けるものの、長い目では彼らを見捨てるということになるのでしょうか。長い目で見れば、皆死ぬので、世代が変わるのを待つというのも、現実的な解としてありえるように思います。(より知能の低い人の遺伝子が残らないということになります)。

これまでも、結婚できない男が大量に発生した時代はありました。つまりこれは人間社会、もっと言えば動物社会ではデフォルトなんじゃないでしょうか。

しかも、いまの社会は過渡期に過ぎないかもしれません。テクノロジーの進化が生物の進化を追い越している状況を考えると、2045年に本当にシンギュラリティが起きて、その結果、誰もテクノロジーの発達に付いていけなくなる可能性があります。そうなったら、社会はどうなるのでしょうか。

ここで、橘氏の限界が露呈します。橘氏は、すでに起きたことについてはデータを集めて解説できますが、その先を見通すような力はありません。

わしはシンギュラリティが発生した世界については、これまで楽観的でした。きっとシンギュラリティが起きても、誰もそのことに気が付かない、そんな状態になっているだろうなあ、と思っていました。

しかしシンギュラリティが起きたあとの社会がどうなるのか、そのことについてもう少し考える必要があると思いました。現実には生々しいいろんなことが起きるでしょう。

たぶん、そういう視点で書かれる本も今後多く出版されるでしょう。そのときには、橘氏は解説してくれるんでしょうね、きっと。

本書執筆の直接の動機は、おそらくトランプ政権の誕生とそれとともに注目されたプア・ホワイトという存在なのではないかと思います。そしてリベラルの人である橘氏は、なぜリベラルが彼らを取り込めていないかを考えたのでしょう。そして、この現象が単にアメリカのものではなく、日本を含めた世界中で共通で起きており、その根本原因に思い至ったということなのでしょう。

これは現在進行形で起こっている恐ろしい現実をしっかり指摘してくれる本です。

 ★★★★★

 


上級国民/下級国民(小学館新書)

第6の大絶滅は起こるのか―生物大絶滅の科学と人類の未来

ピーター・ブラネン 築地書館 2019年2月19日
読書日:2019年7月26日

これまで、地球では5度の大絶滅が起きた。では現在、人間が環境に引き起こしている影響は6度目の大絶滅を引き起こすのだろうか。

これまでの5度大絶滅は、ほとんどが二酸化炭素と関係がある。そのうち3度は二酸化炭素が急激に増えたことにより、気温が上がり、海が酸欠になることで発生している。

1つは逆に二酸化炭素がなくなることで気温が下がり、大絶滅に至っている。

最後のひとつは、有名な恐竜が絶滅したときで、これは巨大隕石が衝突したことで絶滅したことが分かっている。しかし、同じ時期にインドで大噴火が起きていることも分かっており、その結果、気温があがり、大絶滅に至った可能性がある。どっちが決定的な絶滅の原因だったのか現状では判断できないようだ。隕石が衝突したことでインドの大噴火が誘発された、と考えると辻褄が合うので、今後はそれが定説になるかもしれない。

このようにして、どの大絶滅も二酸化炭素に関係しているらしい。

現在、人類が化石燃料を燃やして、二酸化炭素濃度を上げている状況を考えると、これが6度目の大絶滅にいたることはないのだろうか。

しかしながら過去の大絶滅の状況と比べると、現在の状況はちょっと生活の質が下がるといった程度のようで、大絶滅とはとても言えないようだ。どの大絶滅のときも、信じられないくらい急激に二酸化炭素濃度が変化し、その時に地球を支配していた生物が滅んでいる。

この先、気温が上がることがあっても、人間は気温の低いところに移り住んで生き延びそうだから、支配的な種が滅ばず、大絶滅ということにはならなさそうだ。他の生物にとって大迷惑な話かもしれないが。

しかし、どんな生物もやがては絶滅する運命にある。きっと人間も絶滅するだろう。

まず人間が消えた数百万年後では二酸化炭素は逆に少なくなり、地球は氷の世界になるという。

ところが、太陽は徐々に巨大化して明るくなっており、そのせいで地球は温められる。8億年後には地球の平均気温は60度に達し、ここにすべての生物は死に絶える。

そうすると、生命の歴史はあと8億年に過ぎないことになる。地質学的にはあっという間である。もし人類の後継者がいたとしても、この時点で地球を放棄しなくてはいけないだろう。それまでに宇宙を航行するすべを身につけなければならない。

8億年もあれば楽勝でしょうか?

★★★☆☆ 

 


第6の大絶滅は起こるのか―生物大絶滅の科学と人類の未来

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