ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

上級国民/下級国民

橘 玲 小学館 2019年8月1日
読書日:2019年8月3日

橘玲氏は、本人も認めているように、基本的には作家ではなく編集者です。

これまで発表された本をあるテーマに沿って編集し、まとめることで、驚くべき結果を導き出してきました。その殆どが、みんながうすうす気がついているものの、うまく表現できずにいることです。

その守備範囲は広く、過去の重要な本から最近の本までをカバーしており、時間的にも空間的にも大きく広がった全体像を見せてくれています。本書でもたくさんの本があげられていますが、おそらく実際に読んでいる本の数はその数十倍に達するのではないでしょうか。

本書は、まず日本で上級国民と下級国民に分かれているという現実から始まります。特に、若い男性が下級国民化しているといいます。これも誰もがうすうす気がついてきたことですが、橘氏はFACTにより、それを裏付けます。(実際には、裏付けのある本から引用するという形をとるのですが)。

しかし、大切なのは、この現象が日本だけでなく世界中で起きているということです。

最近世界中で起きている銃乱射事件や京都アニメーションのような惨劇が、若い男性により引き起こされているという現実があります。若い男性で下層階級に落ちてしまう人が続出し、それが事件の背景にあるというのです。

橘氏によると、この原因は端的に、世界が知識社会化したからです。つまりテクノロジーの発展についていけない人がいま大量に発生して、落ちこぼれているというのです。

知識社会に適応できる人とできない人で差が生まれることは、これまでもさんざん言われて来ていたことですけど、そのことがいよいよ政治問題として顕在化してきたらしいのです。そして、それが政治的には、これまでの保守やリベラルの対立軸では捕らえきれない、複雑な様相を呈して来たらしいのですが、そのへんをかなりうまく説明しています。

知能が根本原因だとすると、政治的に非常にセンシティブな話になります。政治家は誰もこれを指摘できないでしょう。あなたは知能が低いので貧乏なのです、とは言えるわけがありません。そして専門家も、それを指摘すると、激しいバッシングを受ける可能性があります。こうして対策が遅れるのは必至のように思われます。

これまでの中流神話では、努力さえすればだれでもそれなりの成功を収められるとされていましたが、それは幻で、知能の差が端的に成功するかしないかの差になってしまったわけで、これはそうとう恐ろしい現実と言わざるを得ません。

こうして落ちこぼれた人のなかでも、まだ女性は女性的な魅力(端的に言えばエロス)という意味でまだ救われる部分があるようですが、男性の方は経済的にも恋愛的にも誇るものが何もなく、彼らのアイデンティティは「白人であること」とか「日本人であること」といったところにしかなく、こうした男性が問題を起こしたり、ポピュリズムや外国人排斥の傾向を示すことになります。彼らは問題を起こしても、自分たちは正義を執行しているので、まったく悪いことをしているとは思わないといいます。

普通、こうした弱者は、リベラルと相性がいいような気がします。リベラルはこれまでも迫害されてきたマイノリティを養護する傾向があるからです。ところが、リベラルの人は知能の高い人が多く、知能の差で下層に落ちた人にとっては、敵でしかないので、両者は結びつかないのです。(ところが、さらに知能の高いリバタリアン的な傾向を持つ人たちは、下層の人たちと、考え方が似ている面があり、政治的に結びつきやすいのですが、このへんは複雑すぎるので割愛)。

さて、どうすればいいのでしょうか?

わしとしては、富めるものから富を回収して分配するしかないように思います。政治的に解決するしかないと思います。

すぐに思いつくのはベーシックインカムのような政策ですが、しかし橘氏は、この政策は必ず失敗する運命にあるといいます。子供を作りさえすれば、その子供の分のお金が手に入るなら、セックス以外は何もしない、セックスすることだけが仕事の人たちが誕生します。そういう人たちが大量に発生すると、社会は持続不可能になるからです。

それを防ぐためにベーシックインカムを与える対象を限定しようとすると、おぞましい差別社会が出現するといいます。

また、たとえベーシックインカムが可能となり、経済的に生きていけるようにたとえなったとしても、性愛は分配できないので(つまり女性を手に入れられないので)、そういう社会は幸福でなく、やっぱり不安定になるといいます。

氏としても妙案はないようです。政治的には対症療法を続けるものの、長い目では彼らを見捨てるということになるのでしょうか。長い目で見れば、皆死ぬので、世代が変わるのを待つというのも、現実的な解としてありえるように思います。(より知能の低い人の遺伝子が残らないということになります)。

これまでも、結婚できない男が大量に発生した時代はありました。つまりこれは人間社会、もっと言えば動物社会ではデフォルトなんじゃないでしょうか。

しかも、いまの社会は過渡期に過ぎないかもしれません。テクノロジーの進化が生物の進化を追い越している状況を考えると、2045年に本当にシンギュラリティが起きて、その結果、誰もテクノロジーの発達に付いていけなくなる可能性があります。そうなったら、社会はどうなるのでしょうか。

ここで、橘氏の限界が露呈します。橘氏は、すでに起きたことについてはデータを集めて解説できますが、その先を見通すような力はありません。

わしはシンギュラリティが発生した世界については、これまで楽観的でした。きっとシンギュラリティが起きても、誰もそのことに気が付かない、そんな状態になっているだろうなあ、と思っていました。

しかしシンギュラリティが起きたあとの社会がどうなるのか、そのことについてもう少し考える必要があると思いました。現実には生々しいいろんなことが起きるでしょう。

たぶん、そういう視点で書かれる本も今後多く出版されるでしょう。そのときには、橘氏は解説してくれるんでしょうね、きっと。

本書執筆の直接の動機は、おそらくトランプ政権の誕生とそれとともに注目されたプア・ホワイトという存在なのではないかと思います。そしてリベラルの人である橘氏は、なぜリベラルが彼らを取り込めていないかを考えたのでしょう。そして、この現象が単にアメリカのものではなく、日本を含めた世界中で共通で起きており、その根本原因に思い至ったということなのでしょう。

これは現在進行形で起こっている恐ろしい現実をしっかり指摘してくれる本です。

 ★★★★★

 


上級国民/下級国民(小学館新書)

第6の大絶滅は起こるのか―生物大絶滅の科学と人類の未来

ピーター・ブラネン 築地書館 2019年2月19日
読書日:2019年7月26日

これまで、地球では5度の大絶滅が起きた。では現在、人間が環境に引き起こしている影響は6度目の大絶滅を引き起こすのだろうか。

これまでの5度大絶滅は、ほとんどが二酸化炭素と関係がある。そのうち3度は二酸化炭素が急激に増えたことにより、気温が上がり、海が酸欠になることで発生している。

1つは逆に二酸化炭素がなくなることで気温が下がり、大絶滅に至っている。

最後のひとつは、有名な恐竜が絶滅したときで、これは巨大隕石が衝突したことで絶滅したことが分かっている。しかし、同じ時期にインドで大噴火が起きていることも分かっており、その結果、気温があがり、大絶滅に至った可能性がある。どっちが決定的な絶滅の原因だったのか現状では判断できないようだ。隕石が衝突したことでインドの大噴火が誘発された、と考えると辻褄が合うので、今後はそれが定説になるかもしれない。

このようにして、どの大絶滅も二酸化炭素に関係しているらしい。

現在、人類が化石燃料を燃やして、二酸化炭素濃度を上げている状況を考えると、これが6度目の大絶滅にいたることはないのだろうか。

しかしながら過去の大絶滅の状況と比べると、現在の状況はちょっと生活の質が下がるといった程度のようで、大絶滅とはとても言えないようだ。どの大絶滅のときも、信じられないくらい急激に二酸化炭素濃度が変化し、その時に地球を支配していた生物が滅んでいる。

この先、気温が上がることがあっても、人間は気温の低いところに移り住んで生き延びそうだから、支配的な種が滅ばず、大絶滅ということにはならなさそうだ。他の生物にとって大迷惑な話かもしれないが。

しかし、どんな生物もやがては絶滅する運命にある。きっと人間も絶滅するだろう。

まず人間が消えた数百万年後では二酸化炭素は逆に少なくなり、地球は氷の世界になるという。

ところが、太陽は徐々に巨大化して明るくなっており、そのせいで地球は温められる。8億年後には地球の平均気温は60度に達し、ここにすべての生物は死に絶える。

そうすると、生命の歴史はあと8億年に過ぎないことになる。地質学的にはあっという間である。もし人類の後継者がいたとしても、この時点で地球を放棄しなくてはいけないだろう。それまでに宇宙を航行するすべを身につけなければならない。

8億年もあれば楽勝でしょうか?

★★★☆☆ 

 


第6の大絶滅は起こるのか―生物大絶滅の科学と人類の未来

大読書日記

鹿島茂 青土社 2015年5月25日
読書日:2019年7月21日

日経新聞の書評欄に紹介されていたので、読んで見る。2001年ー2015年までの週刊文春に書かれた書評を集めたもの。

こういう書評集はたいへん面白いが、知らない本をたくさん紹介されて、読みたい本のリストがどんどん長くなることが問題。でも今回はリスト追加はなんとか20冊以下に収まった。ホッとした(笑)。

鹿島氏は過去のフランスが主戦場なので、どうしてもフランスの過去に関する本が多くなる。しかもとても細かい細部になるので、こういうのは特にフランスになんの思い入れもないわしには、リストに加える必要がない。しかもフランス以外でも、過去の文学者、芸術家に関することが多くなる。わしはどちらかと言うと、未来に関心がある方なので、なんとか少ない冊数に抑えられた。

しかし、コレクター気質があると大変だなあ、と思う。本をしまうところがなくなって、次々に引っ越しをして、場所を確保しながら、本代や家賃を稼ぐためにまたたくさんの仕事を引き受けて、その資料のためにさらに本が増えていく、悪循環。収入は最高税率に達するまで増えているのに、まだまだ稼がなくてはいけないらしい。しかも、正月にはパリに出かけていき、毎回数百万の新本、中古本を手に入れて空輸しているんだから。

中身が読めれば何でもよく、ほぼすべての読書を図書館で賄っているわしには、とうてい理解不能な心理であるが、しかし、鹿島氏、もちろん手に入らない本は図書館から借りていて、その本も読むのだ。すごいなあ。

読みたい本が多すぎて、人生を費やしても、読める本の数が限られているところが、わしの悩みだけど、まあ、鹿島氏は読書し続けて、本の上で倒れれば本望なのかもしれません。表紙をめくったところの、イラストもそんな感じのものが記載されています(^^;。

さて、鹿島氏によれば、読書の効用を事前に説明することは不可能だという。したがって、

「読書の効能が事後的である以上、それを事前的に説明することはやめて、「理由は聞かずにとにかく読書しろ」と強制的・制度的に読書に導くこと、これしかないのである。」

だそうです。まあ、そりゃそうだよね。

★★★★☆

 


大読書日記

宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃

加藤 文元/著 -- KADOKAWA -- 2019.4
読書日:2019年7月17日

数年前に不思議な数学の論文が出されて、査読に入っているという話を聞いたことがありましたが、どうもこれのことらしい。その時も宇宙と宇宙をつなぐなどという言葉が躍っていて、これはいったいどういう理論?と不思議に思っていました。

この本を一読するに、まあ、確かに宇宙と宇宙をつないでいることには変わりはありませんが、特に不自然な感じもせず、ちょっとがっかり(笑)。だって名前、宇宙際タイヒミュラー理論からして、よほどぶっ飛んだ理論かと期待してしまうではないですか。でも本にも書いてありますが、別にパラレルワールドをつなぐ話ではありません。

とはいえ、こういう発想は聞いたことがないので、確かに画期的な発想なのでしょう。

かいつまんで言うと、この世は足し算と掛け算が固く結びついていますが(A+A=2Aみたいな)、この固い結びつきによって解析が難しくなっている分野があります。例えば、素数というのは掛け算の世界の概念ですが、普通にやると足し算の話が入ってきて、掛け算の部分だけを取り出すのは難しい。そこで、

(1)足し算だけが成り立つ世界と掛け算だけが成り立つ世界を構築する。
(2)足し算の世界と掛け算の世界が通信をして、その通信でのみお互いの世界が結びつくとする。
(3)通信をする内容は、対称性の情報だけをやり取りする。
(4)通信の結果、どのくらい誤差が生じるかは計算で出てくる。この結果、足し算の世界と掛け算の世界が誤差の分だけの差がある不等式で評価できる。
(5)誤差を小さくできるように対称性を選べば(対称性の制限を多くする)、誤差は小さくなり、二つの世界はほぼつながる。

この結果、何が分かるかというと、例えば「ABC予想」という、数の足し算と掛け算の不等式で表現される式が証明できるんだそうだ。ABC予想が証明されると、いろんなことがすぐに証明できることになっている非常に重要な予想らしい。(現在1万ページあるというフェルマーの最終定理の証明が、1ページで終わるらしい。)

ここでは足し算の世界と掛け算の世界で考えましたが、この発想はあらゆる固く結びついた関係をいったん解消して、それぞれ別々に考えた後、再度結びつけて再構築する場合に、非常に役に立つそうで、そのへんが画期的なようです。

このIUT理論自体については意外に説明の分量が少なくて、そもそも数学者って何をやってるの?みたいな話が半分以上あって、それはそれで興味深いけど、ちょっとかったるいです。

でもまあ、この画期的な理論の概要、というか発想を、これだけ簡単に説明できるとは、まったく驚きで、IUT理論(宇宙際タイヒミュラー理論)を構築した望月新一教授と毎週議論、というか研究報告を受けてきた著者ならではです。この本は世界中で翻訳されるんじゃないでしょうか。誰かが翻訳すればですが。

ちなみに、論文の査読は、今現在もまだ、絶賛続行中のようです。(笑) いったい何年かかるんでしょうか?

★★★★★


宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃 (角川学芸出版単行本)

 

補足:2020.2.5に数学誌PRIMSに受理されて、特別号に掲載されるそうです。おめでとうございます。(2020.4.3追記)

大人の週末起業 本物の「稼ぐ力」が身につく

藤井 孝一/[著] -- クロスメディア・パブリッシング 2019.6
読書日:2019年7月8日

かつて週末起業という言葉が話題になったことがあって、わしも感化されたものでした。著者はITツールを駆使して、ビジネスを生み出しており、すごいなあと思ったものです。しかし、なんだか敷居が高そうで、なにをしたらいいか分からず、いつの間にか忘れてしまいました。

その続編となる今回の「大人の週末起業」は、50歳代を対象にしていて、人生100年時代に定年後に仕事を確保することを目標にしています。

そのために、リスクを極力排除、無理をしない、というふうに、50代ならではの起業を目指すというふうになっています。

とはいえ、業務終了後、週末の時間を使って、起業するのはそれなりに大変だなあ、と思いました。リスクは少ないかもしれないけど、お金が稼げるようになるためには3~5年ぐらいは覚悟しなくてはいけないようで、その期間の情熱を保てるだけの「好き」を事業にしないと持たないでしょう。

というか、起業しようとしなくてもどちらにしろやってしまう、ぐらいのものが望ましいのかもしれません。でも、わしが日々情熱を燃やしているものって、投資は別にすれば、なんかお金にならないものばかりなんですよね。

なんだかもんもんとしてしまいます。

★★★☆☆


大人の週末起業

カメラ?カメラ!カメラ?!―計算をはじめた未来のカメラたち (丸善ライブラリー)

2016/4/1 児玉 和也 (著), 財部 恵子 (著), 国立情報学研究所 (監修)、丸善出版
読書日:2019年7月7日

ちょっと前、ライトフィールドカメラとか、不思議なカメラが出てきた。興味を持っていたので、今頃だが、参考になるかと思って読んでみた。

昔からフーリエ変換が苦手で、(フーリエ変換自体は理解できるんだけど、フーリエ変換後に計算するという行為が、何を意味しているのかいまいち納得できないの)、この本でもその辺は同じだった。もしかしたら、自分で実際にいろいろ計算してみれば分かるのかもしれないけど、これまでフーリエ変換に縁がなかったんで、なんか面倒くさいので、たぶんやらない。

しかし、ピンホールカメラにさかのぼって考えることで、新しいカメラのコンセプトができたとか、基本的な考え方は理解できたように思う。

最後にカメラの未来が見えるのかと思ったら、なぜか多視点の表示装置の話になっていて、まあ、こういうのを一度で撮影できるカメラが必要という意味なんですかね。よく分かりませんが。

さらさら読めるように書いてあって、ときどき図面をにらんで考えるようなことが適度に配分されてて、読む分にはいいんだけど、書く方はきっと大変だろうな、と思いました。特に編集の人は。

★★★☆☆


カメラ?カメラ!カメラ?!―計算をはじめた未来のカメラたち (丸善ライブラリー)

レンタルなんもしない人のなんもしなかった話

レンタルなんもしない人 晶文社 2019年4月17日
読書日:2019年7月6日

自分自身を貸し出すが、何もしない、という人の体験談。現在いまも絶賛貸出中らしい。料金は無料だが、交通費となにか食べた場合の実費はもらうというスタイル。非常に人気で、日に数件の依頼があるらしい。

何もしないので、ただ存在していればいいという使い方に限定される。なので、借りる側の想像力が必要とされる。最初は行列並びとかゲームの員数合わせなどの使われ方を想定していたが、だんだん多様化していくのが面白い。

例えば、駅で待ち合わせをするというだけのレンタルがある。学校へ行きたくないが、レンタルなんもしない人と待ち合わせていれば、なんとか行こうとするというわけだ。

家で仕事をしていると、遊んでしまうので誰かそばにいてほしいとか、創造的な使われ方が開発されていく。

入ってみたい店があるが一人では入りづらいので一緒に入ってくれ、というのは非常に定番の使い方で、これはめずらしいメニューの店の場合は、いろんな食べ物が食べられて、ちょっとうらやましい。

このように使い方はユーザーが勝手に考えてくれるので、なんにもしていなのに、どんどん仕事の内容が開発されていくという、不思議な発展をしている。

面倒くさそうな依頼やヤバそうな依頼は断るので、これまで危険な目には会ったことがないという。

結婚していて、1歳の子供がいるという。嫁は面白がっているそうだけど、親は嘆いているらしい。

基本的にツイッターに書かれたことをまとめるという体裁を取っている。それなりに内容にバラエティーがあるので、読めないことはないけど、続けて読むにはちょっと辛い。やっぱり、ときどきツイッターでつぶやかれたことを読んで、笑うぐらいがちょうどいいのではないかと思う。

わしは全部読んだが、この本は全部読む必要はないと思います。ぱらぱら面白そうなところを読んで終わればいい。

現代ではこんなビジネスも成り立つというところなんだけど、江戸時代もキセルのかっこいい吸い方を教えるだけの人とか不思議な商売が成り立っていたそうだから、単に江戸時代の日本に先祖返りをしているだけという見方もできるのではないかな。

★★★☆☆

 


レンタルなんもしない人のなんもしなかった話

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