マアザ・メンギステ 訳・粟飯原綾子 早川書房 2023.2.25
読書日:2023.10.14
(ネタバレあり。注意)
1935〜41年、イタリアがエチオピアに侵攻したとき、祖国防衛に立ち上がった女性兵士たちの物語。
内容はフィクションだが、女性兵士がいたことは事実らしい。小説を書き上げたあとに分かったことだが、著者マアザ・メンギステの曾祖母もこの戦争に兵士として参加していたのだそうだ。家族の男兄弟が小さかったからという、まるで「ムーラン」みたいな話だけど。
主人公はヒルトという少女で、貴族のキダネの使用人になる。キダネは祖国防衛の軍隊を組織するなど、地域の大物だ。ヒルトは父親の形見の銃を持っており、兵士として戦う気は満々だが、銃が足りないということでキダネに取り上げられるし、それどころかキダネにレイプされるし、さらには嫉妬したキダネの妻のアステルから鞭打たれてぼろぼろになるし、で散々な感じ。
一方で、キダネの妻のアステルは、女性も戦えると主張し、兵士に加えろと夫にうるさくいうような女性で、この点でアステルとヒルトは気が合い、一緒に戦ううちに親友と言えるような関係になる。でも最初のうちは夫のキダネに後方支援に回され、くさくさしている。
転機となったのは、エチオピアが劣勢となり、皇帝ハイレ・セラシエが英国に亡命したあと。皇帝がいなくなり、エチオピア軍の士気は落ち込んでいた。ここでムヌム(無価値な人間、という意味)という名の男が皇帝にそっくりなのをヒルトが発見し、ムヌムを皇帝に仕立て上げて「影の王」とし、自分は皇帝の護衛の兵士になる。
物語はイタリア側からも語られていて、司令官のカルロ・フチェッリ大佐と記録係のカメラマンでユダヤ人のエットレ、フチェッリの愛人フィフィがメイン。特にフィフィはエチオピア人で、大佐の愛人をしながらフェレスという名前でエチオピアの軍隊に指示を送っている謎めいた存在だ。
もうひとつ、皇帝ハイレ・セラシエの視点からの物語もある。
戦闘で最前線に出過ぎたヒルトとアステルは捕虜になってしまい、ここでヒルトとエットレが出会う。ヒルトは救出されるが、このときにエットレの父親の手紙(父親はユダヤ人なので強制収容所で死亡したらしい)を持っていってしまう。結局、イタリアは1941年に負けるのだが、エットレは自分がユダヤ人なのでイタリアに帰らずエチオピアにとどまり、父親の手紙を取り戻そうと、ヒルトを探す。そして、1974年のエチオピア帝国が崩壊した年にようやく2人は再会する。
物語の構造も工夫されていて、1974年の2人が再会しようとヒルトが旅をするところから始まり、1935〜41年の戦争に移り、また1974年に戻ってきてヒルトとエットレが再会するところで終わっている。
この辺が最近のお話の典型なのか、2人は再会しても、最後まで分かり合えないままである。それどころか2人とも、1935〜41年の戦争時代のままでまったく変わっていない。ヒルトはいまだに兵士のつもりで、さらには皇帝の護衛のつもりである。使用可能ではないと思うが、ライフルすら持ち歩いている。
物語の終わり方は皮肉たっぷりである。1974年のエチオピア帝国崩壊のとき、皇帝ハイレ・セラシエは亡命しようと駅にきたところで、ヒルトにばったりであってしまうのである。皇帝は変装していたが、いまだ皇帝の護衛のつもりのヒルトが騙されるはずがない。そしてヒルトは、私が護衛します、と言って、亡命するつもりだった皇帝を宮殿に連れ戻してしまうのである。(笑)
こう書いていくと、この小説はリアルな描写が満載のような気もするかもしれないが、実際にはまったくリアルではない。すべての表現は登場人物の心の描写が中心だ。戦闘シーンですらまったく情緒的である。(とくにヒルトが最前線で捕虜になるシーンの描写はかなり独創的)。さらに写真の説明がしょっちゅう入ってくるし、ギリシャ悲劇のコロスのような合唱のシーンも挟み込まれている。なので、なんとも説明しづらい物語なのである。
そのせいか、読み終わったときに、不思議な気持ちになった。感動と言えば感動なんだけど、なんとも不思議な感覚。
★★★★☆